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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
2章.心の支え
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2-5

 目が醒める。眩しい光が窓から差している。背中の心地が良くて、なかなか動こうと思えない。土や石じゃなくて、柔らかいせいだ。確かめるように布団の中で動いていると、目の前にジーンの顔が現れた。


「アヴァさん、起きれる?」

「……うん」


 他の誰かが起きていることがわかると、眠っているわけにもいかない気がして、アヴァは半身を起こした。意識が覚醒しきらずに、瞼を擦っていた。ガルトの家でもそうだったのだが、寝心地がいいせいか布団の中だとぐっすり眠ってしまうようだった。


「おはよう、ジーン」

「おはようございます! 顔を洗って、ご飯を食べましょう」

「わかったわ。……連れていってもらってもいい?」


 アヴァは、ジーンの方へ手を伸ばす。意識してのことではなかった。


「えっと、これは?」

「手をつないで、連れていって」

「え? えっ!?」


 ジーンは慌ただしく首を左右に巡らせる。ジーンからすれば、大人に近いアヴァがそのような様子を見せるのが予想外らしい。


「わ、わかりました。でも、そうですよね」

「なにが?」

「皆、同じなのかなって、そう思っただけです。行きますよ?」


 ジーンがアヴァの手を引く。アヴァは軽く欠伸を一つして、ベッドから降りるとジーンの力に従っていった。


「お、アヴァさんおはよう!」

「おはよう」


 孤児院の外に出ると、何人かの子供たちが挨拶をしてきた。石家が作る日陰の涼しさで、アヴァの眠気が解けてくる。

 彼女の目の前にはジーンがいる。二人は、子供たちの列に並んでいた。その先には、井戸がある。


「井戸から水を()むのね」

「はい。この町にはいくつか井戸があって、そこから汲んでいます。それと、不潔なものは、全てあっちの中でやることになっています。似たような場所は、いくつかありますが」


 ジーンが、少し離れた建物を指差す。位置としては町の隅にあるようで、周りに建物もなく、とても目立っていた。


「不潔なものって、そういうことよね」

「多分、アヴァさんの考えているもので合っています。宗教上、不潔だとされて、その処理のために用意されているんです」


 アヴァのいた村の習慣にもあった。排泄物は、まとめて山中に捨てられていたのだ。もしかしたら、この宗教に影響を受けたのかもしれない。


「誰も掃除しないので、汚いし臭いですけどね。虫やネズミも多くて、早く出たくなります」

「そう。でも、仕方ないわね。その辺りを汚すわけにもいかないわ」

「はい。あ、そろそろ順番ですね」


 井戸から水を汲みあげると、それで顔を洗う。ジーンが言うには、体はあとで洗うことになるらしい。溜めた水を熱して、その中に浸かる。村では水浴びだったが、ここでは日本でいう風呂に近いようだ。

 アヴァや子どもたちが使った水は、そのまま辺りに()かれた。


「次は、ご飯です。アヴァさんも手伝いますよね」

「ええ。目も覚めたし、手伝わないとね」


 朝食も順調に整え、卓を囲んで朝食を摂る。夕食でもそうだったのだが、食事には毎回、固い果実もついてくるらしい。

 アヴァの感覚としては、不味くはなかった。ただ、食べるのは大変だ。一度で噛み切るのは難しい。何度も噛んで、それでようやく噛み砕けるようなものだ。

 どうやら、キーファが決めたらしく、誰も逆らう者はいないようだった。


 食事を終えると、キーファの勉強会が始まる。アヴァが参加することになったからか、しばらくは復習をするらしい。


「この町のことは、あとで教えようかと思います。今日は、この世界についての話を復習しましょう」とのことだった。


「さて、私たちの住む世界は、未だどのような形をしているのか解明されていません。未開の地も多くあります。

 また、歴史というのが残され始めたのは、300年ほど前からです。この頃から、一部の国で紙が開発され、記録が遺されるようになりました」


 紙は町で流通しているものの、村までは普及していない、というよりも、入手する方法が作るしかない。流通が行き届かないためだ。

 アヴァの記憶では、村には書物があったし、紙の知識はあった。


「また、どの世界でも、日常文化や通貨に似たような特徴が見られ、言語も基本的に通じています。このことから、元は皆が同じ一つの国にいたが、その後なんらかの理由により人々は生活の地を分けた、と一般的には考えられています。

 つまり、他の場所では伝わらない、独自の単語を持つものは、国が分裂した後に発明されたものだとも言えますね」


 アヴァは、そんなこと考えもしなかった。同じ村の人には言葉が通じるし、ここまでも通じてきた。それが当たり前のことだったが、そこから得られる知識もあるのだ。

 そう考えてみると、空に浮かんでいる光、月と太陽というのも、一体なんなのだろうと気になる。


「また、国の分裂後は、それぞれ独自の発展をしています。これはなぜか。記録がなかったからです。

 たとえば、この町では排泄物を不浄なものとして処理する場所がありますが、同じ役目のものは他の町にもあります。ただ、仕組みは異なっています。

 これはつまり、知識としてそういう施設が必要なのはわかっていたが、その仕組みまでわかる者が、その町にいなかった、ということだと考えられています」


 アヴァは、話を聞くのが面白くなってきた。これまで考えたこともなかったものへの、気づきを得たのだ。それはつまり、好奇心を得たということである。

 閉鎖的で教育の機会もなかった村で、なんとなくそういうものなのだと思っていたことが、理由があってそうなっているのだということを知る、知ろうとする機会を得たのだ。


「では、そういう知識が必要なのは、なぜでしょう? これは復習ですし、きっと皆さん答えられるでしょう」


 キーファの発言に対して、何人かの子どもが手を挙げる。それに対し、キーファが指名する。指名されたのは、昨夜に布団を持ってきてくれた少女、レイラだった。また、アヴァはここで、挙手と回答の意味も学ぶ。


「はい。それは、危険な病が広がるからです。排泄物に病の元がついていると、それが空気や生物によって広められます」

「正解です。レイラさんはいつも、一度も間違えませんね。感心します。

 似たような理由で、死体も多くの国では焼却します。この町では、宗教上の理由として焼却される文化がありますね」


 アヴァは、キーファの口振りから気になることがあった。これだけの知識があって、他の国のこともよく知っている。もしかしたら、この町の生まれではないのかもしれない。

 ただ、それがなにかに影響するとも思えなかった。少なくとも、アヴァ自身の故郷が出身だとは思えなかった。それならば、聞く必要もない。


「この町に限らず、知識なく広まった慣習は、多くあります。知識があれば、それは応用もできます。

 私は皆さんが、清く正しく賢く、孤児院から送り出しても恥ずかしくない人間にしたいと思っていますから、ぜひともよく学んでくださいね」


 子ども達は元気よく返事をする。アヴァも、キーファから目を向けられて、力強く頷いた。すると、キーファも満足げに頷き返す。


「この世界についてはわからないことが多く、私も伝えられることとないことがあります。また、正確なこと、正確ではないこともあります。

 確実である情報、または確実性の高い推測、それらを話すよう心掛けていますので、皆さんに伝えられることは、私の持つ情報の一部でしかないでしょう」


 それが口惜しいのか、キーファは残念そうな声音だ。アヴァがようやく得た好奇心、それに囚われているかもしれない。今のアヴァには、そうでもおかしくないと思える。


「ですが、確実なことが一つ。それは算術です。数え間違えなければ正確であり、日常でも使えるものです。今日は再度復習をしますよ」


 それから、アヴァはキーファのサポートに入った。子ども達の年齢は異なるが、学習している内容は同じだ。理解にも差は出てしまう。

 教える側には、キーファ、レイラ、アヴァの他に数名の子ども達がいた。


 アヴァはジーンに教えようかと思ったのだが、交流を広めるためにとの理由で、他の子が担当になってしまった。

 アヴァは教えるということが初めてで、なかなかうまくいかなかった。内容の理解はしているのだが、それが伝わるように説明するというのが難しい。


 また、印象的だったのは、そうした状態でいると、レイラが睨みつけてきているような気がしたことだ。理由はわからないが、嫌われているのかもしれないと、アヴァはそう感じた。

 もしかしたら、目つきが悪いだけなのかもしれないけど。


 そうして、しばらくは算術を教えて過ごした。それが終わると昼食、そしてアヴァが来たからということで、今日だけは午後を休みにして町を見学することになった。


 算術がまだ理解できていない子ども達もいたため、補習用の人員は孤児院に置いていかれた。町へ出るのはキーファ、アヴァ、その他に理解できた子どもが三名で計五名だ。

 レイラも行きたがっていたのだが、キーファが頼み込むと渋々といった様子で残ることになっていた。


「では、行きましょうか」


 全員が孤児院の前に揃うと、キーファが告げる。服装は全員が軽装だが、女の子は生地が厚めだ。そして色は白っぽい。なるべく肌を隠すようにというのは、キーファから聞いていた。

 服の色が全体的に白っぽいのは、偶然なのか、それともこの町の特色なのか、判断はつきそうになかった。


 扉を開けて、五人は外へ出る。

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