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「なるほど。承りました。では、ブラムさんが騎士になったときは、一部の収入をこちらへ寄付してくださるということですね」
「はい。アヴァをお願いします」
「わかりました。丁重にお預かりします」
アヴァとブラムは、キーファのいる孤児院に戻ってきた。アヴァが一緒に住むと知って、ジーンはすぐさまアヴァにすり寄ってきた。
「では、俺はこれで失礼します。もし、時間に余裕があれば、アヴァの顔を見に来ます」
「最初は訓練、次は騎士としての仕事で、なかなか余裕はないかもしれませんね。寄付については、あちら側からできるでしょう。中には、悪徳な者もいると伝え聞いています。そうした輩には気をつけてください」
「そうします。アヴァ、じゃあ、しばらくかどうかはわからないけど、お別れだ。大丈夫だよな?」
アヴァは、素直には頷くことができない。これまで、あの地下で、エフィーも連れて行かれて、それでもフィンという友人がいたから、独りにはならなかった。決して短くはない期間だ。
だが、それが平気だったはずもない。もう一度会えるはずだという、希望を持っていたから耐えられたのだ。
そうして脱出したあとは、いつもブラムがいた。守ってくれる存在がいた。望んで、再び家族と離れ離れになりたいなどと思うはずもない。少なくとも、それは彼女にとっての幸せではない。
だが、受け入れるしかないということもわかっていた。生活するのに必要だという、お金。その知識はエフィーから得ていた。
そう考えると、やはりガルトとの生活が、最も幸せだったのではないかと彼女は思う。しかし、兄に従ったのもまた彼女の意思だ。だからこそ、やはりこの現状を受け入れて、彼女のもう一つの思い、兄の枷にならないという願いを叶えるしかない。
今はまだ、枷にしかならない。だけど、それを外して、兄も幸せになれるような、そんな暮らしを得るために。でなければ、今の兄は、今のわたしから離れることを、むしろ望んでいるかもしれない。
「大丈夫。フィンもいるから、心配しないで、お兄様」
「……そうか。うん。そうだな。フィンもいるし、大丈夫だ。じゃあな」
ブラムは、アヴァの頭を撫でる。ガルトの店にあった高価なものを手入れするときよりも、優しい手つきだ。
そして、ひとしきり撫で終わると、外へ出て行った。一度も振り返ろうとはしなかった。
「では、アヴァさん。部屋に案内しましょう。個室に余裕がないので、誰かと相部屋になるかと思いますが……ジーンがいる部屋がいいですかね」
「先生、わたしもアヴァさんに来て欲しいです」
「とのことですが、よろしいですか?」
「はい。ジーン、よろしくね」
アヴァがジーンに微笑むと、ジーンもアヴァに微笑み返す。キーファもその光景に、どこか満足そうだ。
これから夕食の準備があるということで、ひとまずアヴァはジーンに部屋を案内してもらうことになった。
「一人か二人の部屋が多いです。ときどき、とっても小っちゃい子は、院長先生じゃない先生が担当したりします」
「他にも先生がいるの?」
「はい。でも、そうした子どもは、他のところで育てられてからここに来るので、見たことないです。だから、ここには院長先生しかいません」
だから先生と呼ばれているのか、とアヴァは納得する。他にも先生がいれば、きっと名前も呼んでいるはずだ。
他にジーンの説明として、ここにいる子ども達のことだったり、アヴァくらいの歳の子は少ないということだったり、いろいろな話を聞いた。
そして、二人の部屋に入る。
窓があり、ベッドを五つほど置けば床が見えなくなりそうな部屋だ。あまり物はないが、棚と机は置いてある。ベッドは二つあるが、使われているのは片方だけのようで、もう片方は布団を敷くための台しかない。
「たぶん余っているので、あとで布団は持って来ましょう。棚の中は服が入るので、入れてくださいね。もしも貴重なものがあったら、ちゃんと持っていてください」
「わかったわ。じゃあ、服だけ置いておこうかしら」
荷物のうち、服は重さこそないが邪魔だったため、袋から出して折り畳み棚の中に収納する。金属や装飾品は、袋に入れて腰にくくりつける。
服を収納し終わったタイミングで、フィンがポケットから飛び降りた。
「あら、どうしたの?」
孤児院に戻って来てすぐに、キーファに住みたいという意思を伝えるとともに、フィンの存在も説明した。そのときには起きて大人しくしていたのだが、今更になって動き始めた。
服を収納するために屈んでいたからだろうか。
「わっ。どこに行くんですか?」
フィンはそのまま、ジーンの足元をすり抜けてどこかへ行ってしまった。
「探検かしら。新しい場所に来たから、周りが気になるのかも」
「大丈夫なんですか?」
「きっと大丈夫よ。もしかしたら、あの子はわたしよりも賢いかもしれないわ」
ジーンは当然ながら信じられないようで、不審そうな表情を浮かべるが、アヴァは本気でそう思ってもいた。きっと、フィンは兄とは違う方法で守ってくれるだろう。
「今日の夜が楽しみね」
「どうしてですか?」
「いっぱいお話しましょう?」
ジーンはキョトンとしたが、すぐに気づいて目を輝かせながら頷いた。
「布団を持って来ましたが、よろしかったですか?」
「え、あ、ありがとうございます」
ジーンの背後に、キーファともう一人女の子が現れた。キーファが布団を、女の子が枕を持っている。
「先生はやっぱり優しいですね」
「まあ、孤児院にいる子は、全員我が子のように思っていますからね。そうだ。アヴァさん、この子はレイラです」
「よろしくお願いします」
レイラは大人しそうに見えたが、人見知りなだけなのかもしれない。髪はショートで、アヴァよりも淡い金髪。背はアヴァよりも低い。
「こちらこそ、よろしくお願いします。とりあえず、布団と枕は受け取りますね」
キーファの両手に抱えられた布団を、台の上に置く。次にレイラから受け取り、同様に置いた。あとで整えるつもりだった。
「アヴァさんは料理はできますか? ここでは協力して生活してもらうことになっているので、なにかしら手伝ってもらいたいのですが」
「できます。教えてもらったので。味が皆に合うかはわかりませんが」
「なるほど。では、味付けの程度もわかりますし、早速手伝ってもらいましょうか」
キーファの方へ近づくと、レイラが睨んで来たような気がした。気のせいだろうと思いながら、四人で調理場へ向かう。
その後、料理に挑戦してみたが、味覚はそれほど差はないようだった。作られた料理も知っているもので、ガルトがこの国出身だったからというのもあるだろう。
できた料理は全員に配り、大きな卓を囲んで、皆と夕食を共にした。来たばかりのアヴァに、尻込みする子もいれば、物珍しげに話し掛けてくる子もいた。
旅の話を訊かれたが、アヴァからはあまり話せることはなかった。あの過酷な地下の話はできないし、他に楽しい出来事があったわけでもない。
ただ、動物の解体方法や、ガルトとハンクから得た知識については需要があったようで、キーファが興味を持った。
どうやら、普段はキーファが知識を教えているらしい。さながら、学校のようなものだ。アヴァのいた村にはそういった文化がなかったため、彼女は少し楽しみにしていた。
また、教わるだけでなく、キーファからの勧めで彼女の知識も伝達することにした。
ここの子達が将来、なにになりたいかを見つけるため、また、それをできるように、様々な知識をつけたいとのことだ。
キーファだけでは補えない範囲についての授業、そして簡単な算術を学ばせる手伝い、しばらくはそれらがアヴァの役目になりそうだった。
彼女は馴染めるか不安だったが、子ども達とは強制的に関わることになるようで、今のところあまりしんぱいにはならなかった。
「アヴァさんの話は、初めて知ることばかりでした」
暗い部屋の中、アヴァとジーンはそれぞれベッドに寝転がっていた。明かりはなく、互いにどんな体勢なのかもわからない。
「あまり、楽しいものではなかったし、話せることもないと思っていたんだけどね」
アヴァは、もぞもぞとジーンが身動きするのがわかった。声の向きで、仰向けからこっちを向いたのだと気づく。
「それは、思いました。だって、旅の話は少なかったから。でも、外に出るのもいいかな、ってちょっと思いました。この冷たい町で頑張るよりも」
孤児院の中しか知らないアヴァには、ジーンがどこに冷たいという感情を抱いたのかわからなかった。アヴァなりに考えるならば、石造りの静かな町は、確かに冷たいと感じるのだが、それがジーンと同じ冷たさなのかがわからない。
ただ、それを自ら訊こうとは思わなかった。踏み込むのが少し怖い。話してくれるのを待ちたい。
「わたしには、なんとも言えないわ。まだ、この町のこともよく知らないから。これから、知っていこうと思う」
「わたしは、好きじゃないです。アヴァさんがどう思うかわからないですけど。……これ、聞かれたらまずいですね。忘れてください、おやすみなさい」
「うん。おやすみなさい」
しばらくして、ジーンの寝息が聞こえてくる。フィンの足音も聞こえて来た。
「おかえりなさい。おやすみ、フィン」
呟いて、アヴァも眠りにつこうとする。外からは騒音もなく、まるで森の中にいるようで、引き摺られるようにして野宿した日々を思い出す。その中に、一つだけモヤのかかったものがある。
掻き分けても掻き分けても、先が見えない。それどころか、だんだん頭痛が酷くなってくる。
だめだ。なんだか、触れちゃいけない気がする。
アヴァはなんとか気を紛らわせながら、眠りについた。
不定期更新、最低週一以上、になるかもしれません。
今後は毎週金曜、ではなくなると思います。




