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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
2章.心の支え
29/60

2-3

 町の広さがどれ程のものかはわからないが、遠くには高い石垣が見えた。二人はまず、石垣の方へ向かっていき、行き止まると中央を目指してそちらへ進む。家があって通れなくなると、引き返して中央を目指す。


 すると、石垣が開けている場所に着いた。門扉はないが、剣を突き立てた騎士が左右に一人ずつ立っており、中が見えない詰所も一つずつある。あの中には、何人かの騎士がいるであろうことが予想された。


 騎士たちの前の道は、大勢が来れないように対策しているようで、道は細く橋のようになっていた。これまた石造りで、(へり)は高くしてあり、普通に歩けば落ちないようになっている。

 橋の下に落ちたら戻れるのか、二人には確認できなかった。誰かが梯子でも掛けるのだろうか。


「このまま行ってみるか?」

「うん」


 橋を渡ろうとする人物は見当たらないし、渡ってくる人物も見当たらない。やはり、ここでも人通りは少ないようだ。しかし一方で、橋の向こう側からは、活気のある声が聞こえたり、歩いている人々が見える。


 こちらとあちらが別世界であるような、そんな錯覚を覚えさせられる。

 アヴァとブラムは小さな村で育ったため、どちらかといえば、活気のある向こう側の方が身近な世界ではあった。その活気の種類は、大きく異なるのだが。


「よし、行くぞ」


 ブラムはアヴァに手を差し出す。アヴァはしっかり握って、二人並んで橋を渡って行く。騎士の顔の動きで、二人は気づかれたのがわかる。


「お前たち、何者だ?」

「俺たちは、旅をしてきた兄弟です。妹は探し物を、俺は騎士になりたくて、ここを通りたいのです」

「探し物とはなんだ?」

「この首飾りの持ち主、エフィーの家を探しています。商人の家系で、数年前から行方不明になっているはずです」

「わかった。調べてみよう。お前、頼んだぞ」


 片方の騎士が、もう一人の肩に手をやると、やられた方は詰所へ入っていった。


「で、兄の方は騎士になりたいんだったな。理由は?」

「妹を養うためだ」

「ふむ。正直だな。まあ、いいだろう。中には、信心深さも実力もないくせに、騎士になろうというものもいる」


 騎士は鼻で笑った。ブラムは、それだけでこいつは嫌いな人間だと判断する。


「旅人なら信心深さはないだろう。なら、実力を示してもらおう。詰所から見届け人を呼んでこよう」


 そう言ってその騎士は、先に詰所へ入った騎士と反対側の詰所に入る。少しばかり話し声が聞こえると、間も無く詰所から何人かの騎士と共に出てきた。


「お前、相手は子どもじゃないか」

「そうだが、旅人だというし、実力がないならわからせる必要がある」

「そう言うなら、止めはしないが」


 詰所から出てきた騎士は、あまり乗り気ではないようだ。しかし、ブラムとしては、慢心こそしていないものの、早く中に入れるのならそれで構わなかった。


「俺は大丈夫です。決着方法はどうしましょうか。木剣など、安全なものはありませんが」

「その剣でいいぞ。俺の胴に、10回剣を打ち付けられれば合格だ」

「危なくないですか? もしも鎧に傷が入ったら、大変ですよ」

「なら、鞘で戦ってみろ。持ちにくいし、俺は剣の方がいいと思うがな」


 ブラムは、穏便に済ませたかった。人を殺すということに躊躇いはないが、それはアヴァのため、そして障害に対しての場合に限られる。

 ここでこの男を殺せば騒ぎになるし、なにも得はない。ならば、鞘で戦った方が良いだろう。


「鞘にします」

「そうか。俺は盾と、胴以外の部分で胴を守る。時間に制限は設けないが、お前が降参するまでだ」


 騎士が盾を構える。男は鎧で体は大きく見えるが、盾は大体その男の胴くらいはありそうだ。


「おいおい、なにをするつもりだ?」


 エフィーの情報を探っていたはずの騎士が、詰所から出てくる。


「実力を測ろうと思ってな。探し物は見つかったのか?」

「ああ。確かに行方不明の一家があった。今は元使用人が引き継いでいるようだから、呼びに行ってくるよ」

「そうか。なら、打ち込みの期限はこいつが帰ってくるまでにしよう。よし、始めるぞ」


 詰所から出てきた騎士はため息をつきつつ、緩やかな足取りで中へ入っていった。


「さあ、来い」


 盾を構えた騎士は、腰を低くして待ち受ける。橋の上であるため、男の左右には人一人が通れるくらいの隙間しか空いていない。

 ブラムは身軽なため、速さで翻弄(ほんろう)するつもりだったが、騎士もそれはわかっているだろう。ブラムにとっては行動が狭められ、かなりの悪条件だ。


「お兄様、大丈夫?」


 妹が心配そうな目で見上げてくる。一瞬、短剣を隠したアヴァを突撃させるというのも思いついたが、即座に却下する。勝つためならば、それもあり得るが、アヴァが怪我をするような選択は取り得ない。


「やれるだけやるさ」


 正直なところ、ブラムは体格も経験も上であろう相手に、この不利な環境で敵う気がしなかった。動ける場所が限られているのだから、相手はブラムの動きに合わせて向きを変えるだけだ。盾がブラムを向いていれば良い。

 しかし、つけ込むならそこしかない。相手は装備が鎧であるため、自重によって動きは鈍くなるはずだ。


 ブラムはまず、様子見で正面から襲いかかる。鞘を両手持ちにし、思い切り振り下ろす。隙は大きいが、これで確かめたいことがあった。

 振り下ろされた鞘は、盾と打ち合い鈍い金属音を響かせる。盾が少し、へこんだようにも見えた。


「くっ。なかなか良い材質に、力もある。だが、それでは崩せんぞ」


 確かに、振り下ろせば力が入るのは盾と接触するときが最大で、そのまま押し込めそうにはなかった。このまま盾と鞘を突き合わせてても、戦況は変化しないだろう。

 ただ、ブラムの気になっていたことは確認できた。鞘に込めた力を抜いて、何歩か足を引く。一息ついて、もう一度駆ける。目指すは騎士の左側だ。

 視線で気づいたようで、騎士は体をそちらに捻ろうとする。そこで、ブラムは左足に力を込め、右足を大きく右へ伸ばす。


 騎士は捻った体を、対応させることができなかった。狙いに気づいて右側へ捻ろうとするが、その隙にブラムは騎士をすり抜ける。

 そのまま態勢を整え、もう一度騎士に向かっていく。無理に向く方向を変えようとしたせいで、態勢が崩れている騎士に向けて、鞘を大きく振りかぶった。

 そのまま、鞘は騎士の背中に当たり、大きな音を立てる。


「いったっ!」


 騎士は背後からの衝撃と痛みに悶えて、前のめりに倒れてしまった。ブラムは倒れた騎士の脇腹当たりを、9回ほど小突いた。


「これは、勝負ありだな」


 見ていた騎士が二人、歩み寄ってきた。片方は悶えている騎士を助け起こし、もう片方はブラムに寄ってきた。


「なかなかうまかった。軽い攻撃が10回来るのだと、あいつも油断していたんだろう。少なくとも武力に関しては、騎士になる素養として十分だ」

「ありがとうございます」


 騎士が手を差し伸べて来る。ブラムはその手を握り返した。


「や、やるな」


 肩を借りて立ち上がった騎士が、震え声で称賛する。鎧は思ったより薄かったのかもしれない。動きやすさを重視するなら、もちろん軽鎧にはなるだろうが、ブラムにはどれくらいの力が伝わるのか、その実感がなかった。


「騎士になれるよう、俺たちも推薦するぜ。な、いいだろ?」

「これを目の当たりにすればな」


 ブラムは騎士に囲まれ、アヴァはポツンと橋の手前側で佇む。ポケットの中がモゾモゾ動いて、フィンが顔を見せる。


「大丈夫。寂しくないわ」


 フィンの顔を見て、アヴァが呟く。

 本当に、寂しくなんてない。むしろ、ああやって人に囲まれているお兄様が見れて、それだけで嬉しい。わたしのことだけじゃなく、お兄様自身のことも見て欲しいから。


「おい、連れてきたぞ。って、なんだ騒がしいな」

「おお、来たか。こいつ、勝っちまったぜ。しかも一撃でな」

「本当か? 逸材じゃないか」


 奥へ入っていった騎士が連れて来たのは、初老の男性だ。髭を蓄え、髪は白髪混じりの茶髪。服装は緑のマントに、丈が太もも辺りまである、これまた緑のチュニック、足首まで裾のあるパンツは白い。


「この子がそうですかな?」

「ええ。エフィーさんの家を探していると」


 初老の男性は、ブラムに近寄っていく。ブラムに手招きされて、アヴァもブラムに寄る。


「初めまして。私はリアム。エフィーお嬢様と、そのご両親に仕えておりました。今は仕事を引き継いでおります」

「初めまして。俺はブラムで、こちらは妹のアヴァです。エフィーにはお世話になりました」

「なるほど。お二人は、エフィー様とはどのようにお会いしたのです?」


 リアムは、疑っているような様子だ。家の人間ではなく、その代理が先に来たのだというから、それは当然のように思われる。


「遠くで山賊に襲われ、多くの旅人が捕らえられていました。エフィーと俺たちも、同じ立場です。ただ、エフィーが中心になって、その山賊は壊滅し、最後は全て燃えました」

「燃えた?」

「はい。エフィーが言ったんです。燃やすことで、浄化されるはずだと。悪い記憶も行いも、全て燃やすことで浄化すると。そして、エフィーも共に。彼女は最後に、彼女の生家を頼って欲しいと言ってくれました」


 あまり、アヴァには聞かせたくない話だった。察しているとは思うが、実際にどういう経緯であのようになったのか、それは知らないはずだ。


「お嬢様も死を選び、君たちを生かしたと。しかし、それを裏付けるものはない。もしかしたら、君たちがお嬢様たちを殺したとも考えられる」

「そんなことしてません! 見てください、これはエフィーに渡されたものです」


 アヴァは、エフィーから受け取った首飾りを見せる。しかし、それでも懐疑的な目は変わらない。


「それも、奪ったのではないのかね。返してもらおうか」

「いやっ!」


 リアムの伸ばして来た手を、アヴァは撥ね除ける。リアムは汚いものを払うように手を振って、ため息を吐く。


「お嬢様たちが亡き今、あの家を継いでいるのは私だ。ならば、あの家のものであるそれも、私が持つべきだと思うがね」

「でも、これはわたしがエフィーに貰ったものです。大事なものなんです!」

「……と言っているが、君たちはどう思うかね」


 リアムは騎士たちに問う。あまり、答えたくはないようだが、リアムは更に付け加える。


「こちら側にいられる私と、この町に来たばかりだという旅人、まして、子どもな上に片や女だ。どちらを信じるというのかね。これは、君たちが神を信じるかという問題にも発展すると思うが?」


 そこまで言われて、騎士たちの一部は、自分らに話を振られた理由に気づいた。要するに、証人がいる上で、この子らを追い払いたいのだ。しかし、それはこの男にとっては至極当然のことで、神に逆らう冒涜を働いているのかは判断できない。

 強いて言えば、身寄りのない子どもたちを力ある商人が見捨てて良いのか、そう突き詰めることはできるが、子どもたちを信用できる根拠がない以上、見捨てるという判断を否定はできない。


 騎士たちは、子どもたちに味方したかった。だが、自身の立場を考えれば、国が公認の商人を信じない、つまり神を信じないことに繋がるやもしれぬ判断はできなかった。


「妹よ。その首飾りを、リアムさんに渡しなさい」

「どうして、そんなこと言うんですか」

「どうしてもだ。いいから、渡すんだ」


 理由など、言えるはずがなかった。ここにいる彼らは、どちらかといえば、信心深さではなく実力でのし上がって来たものが多い。そのために、要所の警備を任せられているのだ。

 しかし、だからこそ、神に、国に従って子どもたちを見捨てる、などというのは、情けないように思えて、口には出せない。


「騎士たちも言っているぞ。渡しなさい。そうでなければ、騎士に捕らえてもらい、牢に行くかもしれんぞ」

「アヴァ、渡そう。エフィーだって、捕まることは望んでいないはずだ」


 ちょっとした揉め事で収まるなら良かったが、捕らえられるとなればそうも言ってられない。

 アヴァは、ブラムにも裏切られたように感じたが、すぐにその思いを振り切る。もう、そこまで子どもではなかった。


「……わかりました。渡します」


 首飾りを外して、リアムに渡す。ほくそ笑んだように見えたのを、アヴァは見逃さなかった。

 この人は、絶対に悪い人だ。

 アヴァの中では、そうとしか見えなくなった。


「よろしい。旅の途中で拾ったのだと考えておこう。では、用事は以上ですかな?」

「はい。すみませんでした」


 ブラムは頭を下げる。もし、無理にでも渡そうとしなければ、エフィーを殺して奪ったとして、捕まえさせるつもりだったのだろう。


「殊勝な心掛けだ」


 リアムは鼻で笑い、その場を去っていった。その姿が見えなくなると、騎士たちは、露骨に肩を落とす。


「悪かった。味方になれなくて」

「仕方ないです。俺は騎士になって、アヴァは孤児院に預けることにします。アヴァ、いいか?」

「……うん」

「嬢ちゃん、首飾りを守れなくてごめんな」

「いいです」


 アヴァは俯き、呟くように返した。諦めてしまったけれど、諦めきれるようなものではない。エフィーの大事な形見なのだから。


「じゃあ、俺はアヴァを孤児院に送ります。そのあと、俺はまたここへ来ればいいですか?」

「そうだな。早い方がいいなら、今日中に騎士に推薦しよう」

「わかりました」


 ブラムは一礼して、アヴァの手を引く。少し重い足取りで、アヴァは視線を落としながら歩き始めた。

 足元の石畳間に入った筋は、方々へ伸びて行く。それは複雑な迷路のようだ。どこへ進んでも終わりが見えない。見えたと思ったら、それは行き止まり。歩きながらだと、視線で筋をなぞり、引き返すことも難しかった。

 諦めて、見る気になれなくなり、アヴァは前を向く。

 死んだような灰色の町が、どこまでもどこまでも続いていた。そして、わたしたちを、冷たく見下ろしている。

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