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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
道程1.三兄弟の話
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1-7

 アヴァとブラムは、最後の弟が町の中にいるものだと思っていたのだが、道中でまた建物を見つけた。遠くに大きな壁が見えることから、もう町はすぐそこのようだが、二人は気になってその建物に寄ることにした。


 今度は馬を繋ぎ止めるところがわかりやすかったため、二人はそこに馬をつなぎ扉をノックする。


「お客さんかい?」


 扉を開けて出てきたのは、ガルトやハンクに似た面持ちだが、その二人に比べるといささか若い男性だった。


「あなたがイゴールさんですか?」

「ああ、そうだけど、二人はお客さんかい?」

「お客さんというよりは、お使いですね。こちらは、ガルトさんから受け取った手紙です」


 残った便箋を渡し、イゴールの様子を確かめる。驚いた様子と、やはり嬉しそうな表情を浮かべる。その表情は、兄たちとそっくりだ。


「話はよくわかったよ。全部大丈夫だ。二人は、もしかしたらハンク兄さんにも会ったのかい?」

「はい。薬草の知識を教えてくれました」

「ああ、薬草か。そう、あの知識は上の階級が独占しようとしたから、一般で販売しようとしたハンク兄さんは出て行ったんだ」


 イゴールは目を細め、楽しそうに過去を語った。どう見ても、嫌っているようには思えない。


「イゴールさんは、ガルトさんとハンクさんを嫌ってはいないんですね」

「当然さ。二人とも素晴らしい人だった。むしろ、町に残っていた僕が、二人に愚かだと思われてるんじゃないかと思ってたよ。それが怖くて、会いたいとは思ってなかったけど、これはいい機会かもしれない。いや、いい機会だ」


 イゴールの手に力がこもる。便箋がクシャっと音を立てたのに気づくと、イゴールは慌てて便箋を丁寧に丸める。


「さて、と。正直なところ、僕から君たちに教えられることがない。兄たちのような才能がなかったからね。ああ、本当に残念だ」

「では、どうやって暮らしているんですか?」

「はは。親から受け継いでしまった遺産をね、三割は国に取られてしまったが、それなりに引き継いだんだ。堅苦しい生活が嫌で、兄たちのようになりたくて、土地も家も売り払ったっていうのに、今じゃこんなところにいるだけさ」


 イゴールが情けないよ、と続けて小声で言った通り、その声は情けなさそうだった。しかし、雰囲気はそうでもないように見えた。


「まあ、兄たちと協力できるなら、僕にもなにかできるかもしれない。君たちには、なにもしてあげられないかもしれないが、なにか聞きたいことはあるかな?」

「あの町のことについて、大切なことがあれば教えて欲しいです」

「ふむ。それはいいが、そもそも君たちは、なにをしにあそこへ行くんだい?」

「幸せを探しに」


 アヴァはどう答えようか迷ったが、ブラムが即答する。あまりにも曖昧で、だけど素晴らしい、そんな願い。


「君の言う幸せとはなんだい? お金持ちで、なんでも叶う? 怖いもののない、安全な場所に住むこと?」

「それは、わかりません。ただ、幸せだと感じられるような日々を送れる場所、それを探しています」

「なるほどね。あそこでそれが叶うかはわからない。人にもよるだろうから」


 イゴールは、町についてあまり肯定的な態度ではないようだ。そもそも、そうでなければ出て行くなんてこともしないはずだ。


「ただ、あそこで暮らすなら、あの町の宗教は、信仰しているように見せた方がいい。信仰していないものは、露骨なほど差別される。国の方針に逆らうって言うんだから、当然だけどね」

「なるほど。そうしてみます。あと、外から来た人間でも働けるような場所はありますか?」

「そうだな。武力に自信があるなら、騎士になるといいだろう。この国が攻め込まれたことは少ないが、重要施設は見張りも必要で、兵力は募集しているよ。稼ぎもいい方だ」

「わかりました。そうしてみます」


 ガルトとの特訓、そして鍛錬が実を結んだようだ。もしかしたら、ガルトはそこまで想定していたのかもしれない。ブラムはそう思い至る。

 ブラムが考えている間に、アヴァが気づいたことを話す。


「そういえば、兄弟で皆、他の兄弟に嫌われていると思ってたんですね。だけど、本当は全然そんなことなくって、すごく心配してたみたいで」

「そうなのかい? ……うん、でも、兄弟ってそんなものだと思うよ。表には出てこなくても、やっぱり血の繋がった兄弟だ。嫌われていると思っても、気にはなるよ」

「そういうもの、なんですかね」

「そういうものだよ。まあ、愛っていうのかな。兄弟に対して、思いやり、大切にする心は、生まれた時から持っているものなのかもしれないね」


 アヴァは、なんとなく腑に落ちたような、そんな気がした。

 お兄様のことが嫌いなわけじゃないけど、強くなって、怖くなっても、やっぱりお兄様はお兄様で、だから心配になってしまう。お兄様も同じで、わたしがなにをするにも不安なのだろう。だって、これだけ成長した大人の人たちでも、お互いに心配しているのだから。


「ありがとうございました」

「うん? よくわからないけど、どういたしまして、かな。と、他に聞きたいことはあるかい?」


 二人は、聞きたいことがあるはずなのに、それを思いつくことはできなかった。知らないことが多過ぎて、それを訊くことができないのだ。幸せになるにはどうすれば、そんな抽象的なことではなく、具体的な質問にするということが難しい。

 ブラムが質問できたことだって、彼はアヴァを養うためのお金を得る方法が知りたくて、そこまで明確になっていたから訊くことができたのだ。


「すみません。いろいろあるんですが、思いつきません。困ったときは、ここに来てもいいでしょうか?」

「うん。まあ、邪険にはしないさ。君たちが幸せになれることを願っているよ」


 兄妹は頭を下げる。三兄弟にはかなりお世話になった。扉から外へ出る前に、ブラムが振り返る。


「えっと、馬だけお願いします」

「ああ、任せて。必ず兄さんたちのところへ送り届けるよ」


 そう言いながら浮かべる笑みに送り出され、二人は建物の外に出る。

 空には疎らに雲が散り、背を押すように風が吹く。二人は、始まりに立ったような気がしていた。多くを失い、囚われ、そしてようやく、自分の足で歩むべく道の入り口に立った。

 深呼吸をして、二人は一歩を踏み出す。

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