1-3
二人が向かった先には、ポツンと建物があった。木でできているようだが、外装は小綺麗で、古びた様子は感じられない。
近くには高めの柵に囲まれて、家畜と思われる動物たちが閉じ込められている。馬小屋もあるようで、今は四体の馬が繋がれていた。
ブラムが建物の扉をノックする。少しして、中からアヴァが遭遇した老人が現れた。
「お客さんとは珍しい。……おや、嬢ちゃんか。来てくれたんだな」
「はい。兄も興味を持って」
「そりゃ良かった。さあ、入ってくれ」
中の空間は開けていた。カウンターの前には、背の低い棚が三つ。鎖に巻かれた武器や道具が置かれている。
壁際には机があり、その上には鎧が飾られ、壁には盾や大剣が掛けられていた。なにが売っているのかは、比較的見やすい。
「さあて、なにか必要なものはあるかい?」
「武器は十分だ。衣服はあるか?」
ブラムが腰に帯びた剣を見せる。老人はそれを見て、考え込むようだった。
「衣服か。二人はやけに荷物が少ないようだが、そんな状態で旅を続けてきたのか?」
「実は━━」
ブラムが身の上を説明する。同情してくれないだろうかと、その話すら利用するつもりだった。アヴァはそれを、顔を伏せて聞いていた。
「……なるほどな。ここに来る客が減っていたのは、それが理由だったか。そういうのがいるって話は、噂に聞いていたんだが、そこまでの規模だとは思っていなかった」
「あそこから逃げ出せた人間はいないはずだ。わかるはずもない」
「そうだな」
老人は頷いて髭を撫でる。その瞳は穏やかなもので、二人を見下ろしている。
「俺は商売人だ。無償の施しができるような奴じゃない。……が、お前らみたいな子どもを見捨てられるようなやつでもない。旅は急ぎか?」
「向かっているのはこの先にあるという町ですが、特別な事情がない限り、急ぎということはありません」
ブラムがアヴァに目配せすると、アヴァは気づいて頷いた。エフィーの家に急ぎたいのは本心でもあったが、野宿に疲れていたのは大きい。
「そうか。なら、しばらくここに泊まっていかないか? 家事を手伝ってもらえるなら、それで十分だ。そのうちに、仕込めるものは仕込みたい」
「なにを教えてくれるんだ?」
「商人としての知識や算術を教えよう。加えて、お前さんには簡単な剣術もだ。これまで教わったことがないなら、覚えておいて損はないだろう」
「手伝う家事というのは?」
「掃除やら洗濯やら家畜の世話だな。三人でやれば空き時間も増える。その時間で教えようと考えているが」
ブラムが頷く。ブラム自身、自己流の技ではなく剣術としての技術が必要なことは痛感していた。父親から学べきれなかったのは、ブラムにとって唯一の心残りだった。
「アヴァ、いいか?」
「わたしは大丈夫。一番大切なのは、生きることでしょ?」
「そうだな」
そんな二人の様子を、老人は沈痛そうな表情を浮かべながら見ていた。
「世の中、いつからかおかしくなっちまったみたいだな」
そう呟いて、彼は二人の頭を撫でた。
「俺の名前はガルトだ。お前たちの名前は?」
「ブラム」
「アヴァです」
「そうか。いい名前だな。これから短い間だが、よろしく頼む」
* * *
アヴァとブラムが家事を手伝い、技術や知識を学ぶ日は続いた。
家畜の種類だったり、柵に施された工夫だったり、すぐにでも使える知識もあれば、いつか使えそうな知識もあった。
「俺たちが向かっている場所は、どんなところなんですか?」
「それすらも知らんかったのか」
ブラムが木剣を振り下ろすと、ガルトは盾でそれをいなした。
「片手で切りかかれば隙は少ないが、それだけ力も入らないから危ないぞ。で、町だったな。あそこは、昔から宗教を信仰しているところだ」
「そうなんですか」
ブラムが木剣を両手持ちに変え、横から振り払う。ガルトは一歩引いて、木剣の切っ先すら届かない。
「力一杯やれば、躱されたときの隙が大き過ぎる。やはり腕力を鍛えるのが先だな。で、そうそう、一つの志を皆が持てば、国は幸福に満ち溢れるってやつだ。争いは好まず、信心深さを金で表さなければ、商売さえ出来やしない」
「どういうことですか?」
ブラムは振り払った勢いに身を任せ、腰を低くし回転斬りをガルトの足に叩きつけようとした。ガルトは膝を折り、跳ねてそれをかわした。
「獣相手なら十分に戦えるが、それなりに慣れた人間ならかわせる。悪くはないが。で、商売は商品の質に差がなければ、値段を下げるか特典をつけるかしないと売れない。それはつまり商売をするというのは、争いに身を落とすということだ。だからこそ、一定の上納金でそれを見逃すってわけさ」
「なるほど」
軸足が耐えきれず、よろめいたブラムの目の前には、ガルトの木剣が突きつけられていた。
「技術より先に筋力と体力だな。相手はほとんど獣だろうが、万が一また賊にでも襲われたら、な」
「はい。今度こそ、俺は家族を守ります。なにをすればいいか、教えてください」
ブラムはガルトに師事し、剣術の基礎と鍛錬を行なっていた。そうしながら、会話を重ね知識もつける。
「それにしても、最初は信じられんかったが、あのネズミは随分と頭がいいな」
「俺も驚きですよ。アヴァが連れて行くことに、心の中では賛成していなかったんですが」
フィンの存在について、一悶着起きていた。ネズミは病を招くし、起きてる間は糞尿をし続けるし、商品を汚されたり傷をつけられたりしたら敵わないと、ガルトは嫌がったのだ。
アヴァと、ブラムでさえも必死に頼み込み、フィンは他のネズミとは違うと何度も説明した末、様子見を条件にようやく住むことを了承されたのだ。
「家畜を守るにしても、小さい毒持ちの生物は気づけないことも多いからな。いつの間にか体調を崩しているやつだっている。あいつが追い払ってくれてるみたいで、助かるぜ」
日常生活で危ぶまれていた行為をしないことが確認されると、ガルトはフィンの役割を求めるようになった。そうして考えついたのが、家畜の守備だ。
「あれの頭の良さは異常です。昔、誰かに飼われたり、芸でも仕込まれていたりしたのかとも思いましたが」
「まあ、理由なんてどうでもいいだろう。頼れる仲間は、多いに越したことはないだろ?」
「そうですね」
ブラムが立ち上がり、木剣を構える。ガルトも一歩引いて、盾を構えた。
「そういえば、アヴァも武器を持ちたがっているようだ」
「アヴァが?」
木剣の先端がぶれ、盾に弾き返される。仰け反ったが木剣を地面に突き立て押しとどまった。
「弱点だな。アヴァもお前一人に戦わせたくないらしい。持たせるなら、弓矢か短剣だと思うが」
「そんな必要ありません。俺が守れば十分です。……それに、弓矢はダメです。俺たちの父親と、それともう一人、アヴァの目の前で殺されました」
「酷な話だな。なら、アヴァの説得はお前がしてくれよ。俺は、護身用に武器を持つくらいはいいと思ってる。そのときは、短剣だな」
ブラムは木剣を引き抜き、頷いた。土が舞って、足にかかる。それも厭わず、彼はガルトに挑み掛かった。
しかしそこで、声が響く。
「お兄様、ガルトさん、昼食ができたよ!」
ブラムは木剣を止めることなく振り下ろすが、躱され踏み込まれ、足を払われる。そのまま盾で胴を押さえつけられた。
「……ガルトさん、アヴァの前で急に張り切らないでくださいよ」
「妹の前でいいところを見せられる余裕ができるくらい、強くなれよ」
「当然です」
ガルトの手を借りて、ブラムは起き上がる。ガルトの手はシワが多く、これだけ動けてもやはり年老いた人間であるということに気づかされる。
「アヴァ、ありがとう。今から行くよ」
アヴァを幸せにするために、その具体的な光景も見えない今は、見えた時に、それを実現できるような力を身につけておかないといけない。
そのために、俺は強くなるんだ。
ブラムは頭の中で特訓の反省をしつつ、アヴァとガルトの行く先へ向かっていった。




