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アヴァとブラムは、町があるという方角を目指し、旅を続けていた。元は母親の目指していた場所で、人聞きの話もあり、その存在は確かなものになった。
道は整備されつつあるが、まだ建物には遭遇することなく、二人は野宿を繰り返していた。
昼のうちは歩き続け、日が落ち始めると、ブラムが野性動物を狩る。あの集団の中にいたときは、動物は専ら罠を仕掛けることで狩っていたが、今は襲い掛かってくる中型から大型の動物を相手にしていた。進むことに時間を割くためだ。
ここは人通りも少なく、動物が狩られることもないのだろう。あの集団で狩っていたときと比べて、動物を見かける頻度は多かった。
唯一気をつけることは、怪我をしないこと。そのため、狩りをするときは、アヴァは遠く離れた場所で、ブラムに教えてもらった火起こしをしている。
離れることで、守る必要はなく、逃げるのも容易になる。
動物を狩るだけではなく、木の実や果物もあった。ただ、枝に多く実が残っているものは、動物もなかなか手をつけないもののようで、味はよくなかった。それでも、食べられないことはなく、見つけたときは皮袋に入れるようにしていた。食べることになるのは、主にフィンだったが。もちろん、与えるときは袋から取り出してからだ。
そういう点で、ブラムはフィンを快く思っていなかった。食中毒や感染症、その知識はなかったが、そういうことが起こる媒介になるということは知っていたからだ。
あの集団の中でも、ネズミは見つければすぐに駆除しなければいけない対象だった。
ブラムは川を見つける度、アヴァに服とネズミをよく洗うよう指示した。
ネズミから病を移されては困る。リーダー格の男から、母が病で死に至ったという話も聞いていたため、そこは慎重だった。
ただ、その洗うという行動によって、ネズミは特異性を発揮した。
川の中で洗われるというのは、この小動物からすれば水の中に沈められるのと等しいことのはずだ。しかし、フィンはそれに抵抗することなく、アヴァに洗われるときも大人しいのだ。
最初こそ、ブラムはアヴァがフィンを丁寧に洗っているか監視していた。それはフィンに優しくせず、ちゃんと体を洗っているかということの確認であったが、ネズミがあまりにも大人しいので、途中からはしなくなった。
まるで、こちらの意図を理解しているかのようで、ブラムは少し気味悪くも思った。ただ、アヴァへの実害は今のところない。彼はそれを未然に防ぐためにいるのだが、こればかりは、どこまで踏み込んで良いものかもわからなかった。
また、夜になれば、フィンはブラムの見張りを手伝ってくれる。元々、夜行性のネズミだ。昼はポケットに収まり、夜は火の回りを歩き回る。
フィンは物音に反応すると、耳がピクッとなる。ブラムは彼自身には聞き取れなかったその音を、フィンのおかげで警戒できる。
一度は、眠ってしまったところに獣が近づいており、起こしてくれることまであった。
やはり、ネズミにしては、あまりにも賢いのだ。
ブラムの思い当たる節は、アヴァの能力くらいだ。それが、何らかの作用を及ぼしたのではないかと、そこまでは至る。
ただ、その先はわからない。どんな作用なのか、そもそも作用が存在するのか。そこまで考えてしまうと、その労力を惜しむ流れになる。
アヴァを幸せにする。まだ、何一つ具体的になっていない、その目的を達成するにはどうするか。それを考え始める。
ブラムの最初の目標は、まず、こんな平野を抜け出して、町に送り届けること。そして、アヴァを養う方法の模索だ。
アヴァは、エフィーの住んでいた家に行ってみたいと言っているし、そこを新しい居住地にできるかもしれない。そううまく行くとは思えないが。
エフィー達家族、その本人らがいない状態で、託されたと言って信用されるとは考え難い。拾ったとも疑えるし、最悪の場合、殺して奪ったと思われる可能性だってある。
そのときは、町にいることも難しくなるかもしれない。元々の住民と、外から来た子ども達。信用されるのがどちらかは明白だ。
ただ、アヴァの意思を尊重するためには、その可能性があっても使用人との接触を避けることはできない。
ただ、そのときはどうすれば良いか。アヴァと一緒にいることは難しくなるだろう。
例えば、俺が用心棒になったとして、二人ぶんの衣食住は確保できるかもしれない。しかし、そもそもそれ程までに治安の悪いところかも知らない。
ブラムが具体的な対策を練るには、情報があまりにも足りていなかった。
「どうすればいいんだろうな」
彼のそれは、独り言ではなかった。認めたくはないが、相手を聞き手として扱ってしまったのだ。
「俺も焼きが回ったか。お前が答えられるはずもないのに」
ネズミは応えるように鳴く。
「励ましてんのか、適当なのか、わからねえよ」
ブラムが笑う。彼は、久しぶりに顔の筋肉を動かした気がした。
思い返せば、いつも気を張り詰めていて、笑う余裕なんてなかったな。アヴァとも話すことはないし、いつの間にかコイツのことも信頼してたってわけか。
アヴァは、ブラムに話しかけにくくなっていた。それは、ブラムがぶっきらぼうだからではなく、精神的な疲れや、邪魔になるのではないかという遠慮もあった。
そうした状況であったから、アヴァもブラムも精神的に疲弊していた。アヴァは充分に休むことができるため、肉体だけなら、ある程度は回復できたが、ブラムは睡眠時間も僅かだ。
そして、会話がないことから、プラス方向へ働く感情も生まれないのだ。食事でさえ物静かで、ブラムはときどき家族で囲んだ食卓が愛おしくもなった。
「明日になったら、アヴァと話してみるか。町に届けることしか考えてなかったけど、ちゃんと休むことも大切だよな」
フィンが鳴く。ブラムには、同意しているように聞こえた。
「お前がなに考えてるか、わかり始めたかも。そりゃ、何日も一緒にいれば当然か」
はたして町までどれ程あるのか、果ての見えない不安も、今だけは忘れることにした。
そうして、日が暮れるまで、ブラムはアヴァの友人と語り合った。村での日常や、アヴァの小さい頃の話。話していると涙が出そうになったが、浮かんだ感情は楽しさだった。
フィンがタイミングよく鳴き声で相槌を入れてくるために、ブラムにはそれが会話にしか思えなかった。彼は、会話が成り立っているわけではないのに、意思疎通の楽しさを思い出すことができたのだった。
「なんなんだよ。お前は、本当にさ」
フィンはその意味を理解しているように鳴くが、それはやはりブラムには言語として理解できない。ただ、フィン自身はわかっているような、そんな雰囲気は感じ取れてしまった。
「ふん。お前は特別だ。アヴァの近くにいることを許してやるよ。その代わり、アヴァのことをちゃんと守ってくれよ」
フィンは、任せてくれとでも言いたげに胸を張る。ブラムは笑みをこぼしつつ、そのまま微睡みに身を委ねた。
PC向けですが、フリーのノベルゲームが完成したことをご報告します。
http://novelgame.jp/games/show/773
未成熟な高校生たちが交わっていく物語です。興味を持ったら、プレイしていただけると幸いです。
主人公がいわゆるメンヘラなため、そういうのを好まない方はプレイを避けた方がよいかもしれません。




