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きっと、説明すれば、アヴァは全て理解できるだろう。でも、話したくなかった。アヴァには、綺麗なままで、アタシの押し付けだけど、そうでいて欲しかった。
むしろ、自分の口を封じることしか考えていなかった。そうでもしないと、きっとアタシは、とっても嫌なやつになる。アヴァの好きな、アタシじゃなくなってしまう。
どうせ、もう、会わなくなってしまうんだ。
これが最後。それなら、最後まで、アタシはアヴァの知るアタシのままでいたい。ブラムも、アタシのことは信頼してくれたみたいで、途中から口出しする気配もなくなっている。
アヴァは、何度も泣きそうになってる。アタシだって、嬉しかったり、悲しかったりするけど、涙は見せられない。全部、アヴァのため。
アヴァは、なかなかわかってくれなかった。わかっていて、認めてくれなかった。アタシは、逃げてしまいたいのに、逃さないようにするみたいに。
でも、それにアヴァは気づいていなかった。多分、ただのワガママだった。アタシが勝手に、追い詰められそうになってただけ。
だって、アタシの目を見て、アヴァはやっと理解したんだから。
こんなアタシにできるのは、アヴァを送り出すことだけ。アタシの身勝手な行動に、付き合わせるわけにはいかないから。
首飾りをあげる。生きる目的をあげる。
だから、アタシを振り切って。
そして、生きて。
幸せに。
アヴァ。アタシの妹みたいな、女の子。
あなたが本当に妹だったら、わたしはもっと頑張れたのかな。
「行くぞ、アヴァ」
「うん」
良かった。アヴァは前を向いてくれた。
もしかしたら、彼女に生きていて欲しいというのは、ただの呪縛でしかないのかもしれない。生きる気がないのに、わたしの生きて欲しいという意思が、そのために与えた目的が、彼女の邪魔をするかもしれない。
自由を得るために外へ出るのに、わたしは彼女に枷をはめてしまったのかもしれないのだ。
でも、そうではなかったと信じたい。彼女のためを思ってしたことが、彼女のためのものでなかったのなら、わたしは一体なにができたというのか。アヴァにとっては、わたしは、姉のような存在にすらなれない。なんの意味もない存在になってしまう。
だから、ここへ縛りつけないために、これで良かったのだ。誰か、そう言って欲しい。これで良かったんだって。
「さよなら。アヴァ」
もう、聞こえないはずの声を送る。聞かせてはいけないから、ここまで耐えた。すると、鳴き声が聞こえた。
「あなたは、アヴァの部屋にいた」
アヴァがフィルと名付けたネズミが、ベッドの上に残っていた。言葉を交わしたことはない、アヴァの友人。
「話すこともなかったのに、別れを惜しんでくれるの?」
言葉を理解できるとも思わず、試しにそう言ってみると、ネズミは消え入るような鳴き声をあげた。悲しんでいるように聞こえた。ネズミの頭に手を伸ばす。
「ふふ。あなたは、アヴァによく似て、優しい子なのね。さあ、行ってあげて。アヴァのことは、よろしくね」
ネズミは、エフィーが伸ばした手を恐れなかった。その人差し指が、頭を優しく撫でると、彼は元気に鳴いて、走って行った。
「夜になったら、全て終わりか。もっと違う形で、もっと早く、アヴァに会いたかったな」
誰もいなくなった部屋で、彼女はようやく弱音を独りごちる。
そして、泣いた。
「アヴァ! アヴァ! わたし、嫌だよ! なんで、こうなったの? どうしてこんなことになったの!? 死にたく、死にたくないよ!」
顔を埋めて泣くその姿は、気丈さなど感じられない、幼気な少女そのものであった。
* * *
「ディル。わたし、生きてもいいのかな」
役目を終えたディルは、わたしのベッドに腰掛けている。
「俺に聞いていいのか?」
「……うん」
「なら、生きていいんじゃないか?」
「……そっか」
わかってた。ディルなら、そう言うって。つまり、わたしの答えは決まっていたんだ。
「皆は、どうだった?」
「楽しそうにしてるな。出て行くやつは出て行った。もちろん、ブラム達も」
「そう……。わたし、怒られないかな」
「誰が怒るんだ? 自由、なんだろ?」
「……そうだったね」
わたしは、限られた自由を用意した。自分で選ぶことのできない人のために、終わりを選べるようにした。わたしも、終わらせるつもりだった。
だから、怒られるような気がした。お前はこっち側なのに、どうしてそっちへ行こうとするのか、と。
それはきっと、裏切られたというよりも心配なんだ。そっちへ行って、本当に大丈夫なのかという、不安の表れだ。
「ディル、わたしは、ううん。アタシは、やっぱり生きたい」
「ずっと、その言葉を待っていた。期待はしてなかったけどな」
「ごめん」
言葉少なに謝ると、ディルは無言で脇に肩を入れてくる。
「全体重を俺に掛けろよ」
「嫌だ」
アタシは、自分の足でも歩きたいから。いつかまた、アヴァに会えるように。アヴァと二人でいられるように。
「なら、好きにしてくれ。むしろ俺が、全部背負わせたいくらいなんだ」
「どういうこと?」
「俺も、生きていていいのか?」
そうか。ディルも、そうだよね。アタシとは違うけど、アンタだって、一人で立つことが難しいやつなんだ。
「……アタシが許すまで、死ぬことは許さないから」
「……そうか。ありがとう」
どうせ、ディルを許すか許さないか、その権利を持つ人間は、そう残っていない。なら、アタシが勝手に決めても、別にいいでしょ。
二人は、出口を目指して歩き出した。
* * *
「あんた、出ていくつもり?」
「……悪い?」
出口の前にいたのは、最も会いたくないやつだった。わざわざ、アタシが出て行かないか見張っていたのだろうか。本当に嫌なやつだ。
「……別に、止めやしないよ。あんたがどうなったのか、ここを出て行くのか、それだけ気になっただけさ」
「そう。どう思った?」
目の前のやつは、ふんと鼻で笑う。
「ザマァないわ。あんたも所詮、あたしらとおんなじ奴だったってことね」
「……ふふふ。そうだったみたいね。アタシも、アンタ達とは違うと思ってたのに」
「なによ、その笑い方。気持ち悪い」
彼女は心底そう思ったのだろうけど、特にどうとも思わなかった。こういうアタシがいた可能性だって、あったかもしれないんだなと思うと、決して可愛くない彼女も、可愛げがあるように見えてきた。
「早く出て行きなさいよ」
「アンタは?」
「あんたらの代わりに、火を点けてやるよ。そして、浄化、されるんでしょ?」
「……いいの?」
「いいもなにも、あたしにはもう、なにも残ってないんだよ。あたしは、あんたへの執着心だけで心を保っていたんだ。それももう、すっからかんさ。自由だなんだって言われても、あたしは重荷が外れたわけじゃない。空っぽの器に、なにも入るものがないってだけでしょ」
アタシが悪いわけじゃない、とは思う。勝手に知らないところで恨まれて、それを生きる糧にされて、自由になったせいでそれが無くなっただけ。
憎しみに塗れて生きるより、空っぽになってしまった方が良いような気がする。でも、一応、救えなかったということに罪悪感があった。彼女は、自由でも浄化でも、救われない存在だ。だから。
「それは、ごめん。……ねえ、アンタも、一緒に来ない? 仲良くってわけじゃないけど、見知った顔だし、今は嫌いじゃないし」
けど、彼女は首を振る。
「ここを出て、両の足で立てる気がしないわ。あんただって、たまたま支えがあったから立ててるんだ。あたしには、そんなもんないからね」
そうかもしれない。アヴァがいて、生きたいと思って、ディルがいて、それを実現できるかもしれない可能性が生まれた。アタシは、運が良かった。
「なら、お願い。皆を、救って」
「任せな。最期に人を救えるなら、あたしも心が晴れるだろう」
「そうだと、いいんだけど」
「そう思っとけばいいさ。どうせ、死んだら終わりだ」
女性が出口の方へ顎をやり、早く出て行けと急かす。
「ありがとう。さようなら」
「あんたに礼を言われるなんて、前のあたしは信じないだろうね」
小さく聞こえた笑い声を背にして、ディルとアタシはは外へ出る。
眩しい。久しぶりの外だ。血の匂いはしない。なんの匂いもしない。足元で砂利の音が鳴る。吹く風は温く、頬を撫でた。
「さて、これからどこへ行く?」
「さあ。あまり長いと、アタシが保たないかも」
「それが不安だな。早めに動くか」
どこへ向かえばいいか、向かう先はあるのか、自由になってしまえば、アタシ達にはなにもわからない。
ただ、それでも、足取りが重くなることはない。
「とりあえず、見晴らしのいいところに。運良く誰か通りがかれば、アヴァよりも速く街に行ける可能性だってあるわ」
「そうだな。ついでに、ここの最後も見届けたいところだ」
「そうね。なら、目指す方向は決まりよ」
進むのが遅くとも、アタシたちは前を目指す。行く末が野垂れ死にだろうと構わない。
どうせ、消えかけた命。一度、消えてしまった命。
それなら、惜しくない。
ただ、生き延びることができたなら、そのときは━━。
目の前に決められた道はない。そこにあるのは、見渡す限りの荒野。そしてそれは、どこまでも拡がっていくのだった。
断章終了です。
実は途中からストックが切れ始めてました。
文章の質が低下している気がしますが、物語を進めることに気を遣おうと思います。お許しください。
まだ2章には入らず、もう一つ章を挟みます。




