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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
断章1.光
19/60

1-7

 きっと、説明すれば、アヴァは全て理解できるだろう。でも、話したくなかった。アヴァには、綺麗なままで、アタシの押し付けだけど、そうでいて欲しかった。


 むしろ、自分の口を封じることしか考えていなかった。そうでもしないと、きっとアタシは、とっても嫌なやつになる。アヴァの好きな、アタシじゃなくなってしまう。


 どうせ、もう、会わなくなってしまうんだ。


 これが最後。それなら、最後まで、アタシはアヴァの知るアタシのままでいたい。ブラムも、アタシのことは信頼してくれたみたいで、途中から口出しする気配もなくなっている。


 アヴァは、何度も泣きそうになってる。アタシだって、嬉しかったり、悲しかったりするけど、涙は見せられない。全部、アヴァのため。


 アヴァは、なかなかわかってくれなかった。わかっていて、認めてくれなかった。アタシは、逃げてしまいたいのに、逃さないようにするみたいに。

 でも、それにアヴァは気づいていなかった。多分、ただのワガママだった。アタシが勝手に、追い詰められそうになってただけ。


 だって、アタシの目を見て、アヴァはやっと理解したんだから。


 こんなアタシにできるのは、アヴァを送り出すことだけ。アタシの身勝手な行動に、付き合わせるわけにはいかないから。


 首飾りをあげる。生きる目的をあげる。


 だから、アタシを振り切って。


 そして、生きて。


 幸せに。


 アヴァ。アタシの妹みたいな、女の子。


 あなたが本当に妹だったら、わたしはもっと頑張れたのかな。


「行くぞ、アヴァ」

「うん」


 良かった。アヴァは前を向いてくれた。

 もしかしたら、彼女に生きていて欲しいというのは、ただの呪縛でしかないのかもしれない。生きる気がないのに、わたしの生きて欲しいという意思が、そのために与えた目的が、彼女の邪魔をするかもしれない。


 自由を得るために外へ出るのに、わたしは彼女に枷をはめてしまったのかもしれないのだ。

 でも、そうではなかったと信じたい。彼女のためを思ってしたことが、彼女のためのものでなかったのなら、わたしは一体なにができたというのか。アヴァにとっては、わたしは、姉のような存在にすらなれない。なんの意味もない存在になってしまう。


 だから、ここへ縛りつけないために、これで良かったのだ。誰か、そう言って欲しい。これで良かったんだって。


「さよなら。アヴァ」


 もう、聞こえないはずの声を送る。聞かせてはいけないから、ここまで耐えた。すると、鳴き声が聞こえた。


「あなたは、アヴァの部屋にいた」


 アヴァがフィルと名付けたネズミが、ベッドの上に残っていた。言葉を交わしたことはない、アヴァの友人。


「話すこともなかったのに、別れを惜しんでくれるの?」


 言葉を理解できるとも思わず、試しにそう言ってみると、ネズミは消え入るような鳴き声をあげた。悲しんでいるように聞こえた。ネズミの頭に手を伸ばす。


「ふふ。あなたは、アヴァによく似て、優しい子なのね。さあ、行ってあげて。アヴァのことは、よろしくね」


 ネズミは、エフィーが伸ばした手を恐れなかった。その人差し指が、頭を優しく撫でると、彼は元気に鳴いて、走って行った。


「夜になったら、全て終わりか。もっと違う形で、もっと早く、アヴァに会いたかったな」


 誰もいなくなった部屋で、彼女はようやく弱音を独りごちる。


 そして、泣いた。


「アヴァ! アヴァ! わたし、嫌だよ! なんで、こうなったの? どうしてこんなことになったの!? 死にたく、死にたくないよ!」


 顔を(うず)めて泣くその姿は、気丈さなど感じられない、幼気(いたいけ)な少女そのものであった。


 * * *


「ディル。わたし、生きてもいいのかな」


 役目を終えたディルは、わたしのベッドに腰掛けている。


「俺に聞いていいのか?」

「……うん」

「なら、生きていいんじゃないか?」

「……そっか」


 わかってた。ディルなら、そう言うって。つまり、わたしの答えは決まっていたんだ。


「皆は、どうだった?」

「楽しそうにしてるな。出て行くやつは出て行った。もちろん、ブラム達も」

「そう……。わたし、怒られないかな」

「誰が怒るんだ? 自由、なんだろ?」

「……そうだったね」


 わたしは、限られた自由を用意した。自分で選ぶことのできない人のために、終わりを選べるようにした。わたしも、終わらせるつもりだった。

 だから、怒られるような気がした。お前はこっち側なのに、どうしてそっちへ行こうとするのか、と。

 それはきっと、裏切られたというよりも心配なんだ。そっちへ行って、本当に大丈夫なのかという、不安の表れだ。


「ディル、わたしは、ううん。アタシは、やっぱり生きたい」

「ずっと、その言葉を待っていた。期待はしてなかったけどな」

「ごめん」


 言葉少なに謝ると、ディルは無言で脇に肩を入れてくる。


「全体重を俺に掛けろよ」

「嫌だ」


 アタシは、自分の足でも歩きたいから。いつかまた、アヴァに会えるように。アヴァと二人でいられるように。


「なら、好きにしてくれ。むしろ俺が、全部背負わせたいくらいなんだ」

「どういうこと?」

「俺も、生きていていいのか?」


 そうか。ディルも、そうだよね。アタシとは違うけど、アンタだって、一人で立つことが難しいやつなんだ。


「……アタシが許すまで、死ぬことは許さないから」

「……そうか。ありがとう」


 どうせ、ディルを許すか許さないか、その権利を持つ人間は、そう残っていない。なら、アタシが勝手に決めても、別にいいでしょ。


 二人は、出口を目指して歩き出した。


 * * *


「あんた、出ていくつもり?」

「……悪い?」


 出口の前にいたのは、最も会いたくないやつだった。わざわざ、アタシが出て行かないか見張っていたのだろうか。本当に嫌なやつだ。


「……別に、止めやしないよ。あんたがどうなったのか、ここを出て行くのか、それだけ気になっただけさ」

「そう。どう思った?」


 目の前のやつは、ふんと鼻で笑う。


「ザマァないわ。あんたも所詮、あたしらとおんなじ奴だったってことね」

「……ふふふ。そうだったみたいね。アタシも、アンタ達とは違うと思ってたのに」

「なによ、その笑い方。気持ち悪い」


 彼女は心底そう思ったのだろうけど、特にどうとも思わなかった。こういうアタシがいた可能性だって、あったかもしれないんだなと思うと、決して可愛くない彼女も、可愛げがあるように見えてきた。


「早く出て行きなさいよ」

「アンタは?」

「あんたらの代わりに、火を点けてやるよ。そして、浄化、されるんでしょ?」

「……いいの?」

「いいもなにも、あたしにはもう、なにも残ってないんだよ。あたしは、あんたへの執着心だけで心を保っていたんだ。それももう、すっからかんさ。自由だなんだって言われても、あたしは重荷が外れたわけじゃない。空っぽの器に、なにも入るものがないってだけでしょ」


 アタシが悪いわけじゃない、とは思う。勝手に知らないところで恨まれて、それを生きる糧にされて、自由になったせいでそれが無くなっただけ。

 憎しみに塗れて生きるより、空っぽになってしまった方が良いような気がする。でも、一応、救えなかったということに罪悪感があった。彼女は、自由でも浄化でも、救われない存在だ。だから。


「それは、ごめん。……ねえ、アンタも、一緒に来ない? 仲良くってわけじゃないけど、見知った顔だし、今は嫌いじゃないし」


 けど、彼女は首を振る。


「ここを出て、両の足で立てる気がしないわ。あんただって、たまたま支えがあったから立ててるんだ。あたしには、そんなもんないからね」


 そうかもしれない。アヴァがいて、生きたいと思って、ディルがいて、それを実現できるかもしれない可能性が生まれた。アタシは、運が良かった。


「なら、お願い。皆を、救って」

「任せな。最期に人を救えるなら、あたしも心が晴れるだろう」

「そうだと、いいんだけど」

「そう思っとけばいいさ。どうせ、死んだら終わりだ」


 女性が出口の方へ(あご)をやり、早く出て行けと急かす。


「ありがとう。さようなら」

「あんたに礼を言われるなんて、前のあたしは信じないだろうね」


 小さく聞こえた笑い声を背にして、ディルとアタシはは外へ出る。

 眩しい。久しぶりの外だ。血の匂いはしない。なんの匂いもしない。足元で砂利の音が鳴る。吹く風は温く、頬を撫でた。


「さて、これからどこへ行く?」

「さあ。あまり長いと、アタシが保たないかも」

「それが不安だな。早めに動くか」


 どこへ向かえばいいか、向かう先はあるのか、自由になってしまえば、アタシ達にはなにもわからない。

 ただ、それでも、足取りが重くなることはない。


「とりあえず、見晴らしのいいところに。運良く誰か通りがかれば、アヴァよりも速く街に行ける可能性だってあるわ」

「そうだな。ついでに、ここの最後も見届けたいところだ」

「そうね。なら、目指す方向は決まりよ」


 進むのが遅くとも、アタシたちは前を目指す。行く末が野垂れ死にだろうと構わない。

 どうせ、消えかけた命。一度、消えてしまった命。

 それなら、惜しくない。


 ただ、生き延びることができたなら、そのときは━━。

 目の前に決められた道はない。そこにあるのは、見渡す限りの荒野。そしてそれは、どこまでも拡がっていくのだった。

断章終了です。

実は途中からストックが切れ始めてました。

文章の質が低下している気がしますが、物語を進めることに気を遣おうと思います。お許しください。

まだ2章には入らず、もう一つ章を挟みます。

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