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作戦が決行された。
頭がとうとう部屋に引きこもり、出て来なくなったのだ。その部屋に立ち入れる者はわずかで、理由はわからない。だが、そのわずかな者たちは、誰が代わりに頭を務めるかで揉めていた。
最も候補として有力なのは、俺が殴りたいやつだった。他の奴に聞いた話だと、ここの集団も、昔はもっと穏やかだったという。と言っても、山賊紛いであるのは違いない。ただ、通りがかった人間を狙って、金品を強奪するくらいのもので、命も自由も奪いはしなかった。
しかし途中で、襲われたあとに嬉々としてこちら側に入ったやつがいた。そいつは狡猾で、集団の不安を煽り、逃せば反撃が恐ろしいからと、襲った相手を取り込む制度を作った。
そして、内部での不満が高まらないようにと、男にはその不満の解消先を用意し、逆らう奴の中でも若くないものは殺された。若者は力があるし、従順になりやすいからと調教される。
女性には動物を解体させ、解体したものは売り出されたり食用になったり。一方で、女性が力をつけないようにと、彼女らの食事は最低限なものにされてしまった。
恐ろしいやつだ。仲間には力をつけさせ、抗う者からは力を削ぎ落とす。
男だって、そいつの信用度に変わって、持てる武器や装備が違う。集団行動だって、数人でしかできない。徒党も組ませなかった。
俺には、勝てない相手だと思っていた。
だが、それを崩したのがエフィーだ。
今では、俺を筆頭に数十人が、血だまりと死体を作っている。歯向かうやつは殺し、仲間は増やし、どちらかわからない奴はそいつを知ってる者が判断する。
頭決めで揉めてたせいだろう。統率が取れているはずもなく、こちらは少ない被害で進行していた。
早めに俺は離れることにし、あとでまた合流することにした。ブラムは早めに動いているから、きっと進行が終わる頃には、妹と二人、どこかで隠れているだろう。
母の死を知ったあいつが、どうなるかはわからないが、俺とエフィーはアヴァの存在に賭けることにしていた。……そんなの建前で、計画が進行するための面倒な壁を作りたくなかっただけだが。
俺は扉を開けた。唯一、進行ルートには入れなかった場所。こいつなら、ここに隠れるだろうと思ってた。
「だ、誰だ! ディ、ディルか!? お前は、どっちだ!」
切れ切れの言葉だが、なにを言いたいかは伝わる。俺は無言で歩み寄る。
「お、おい、どっちなんだよ!」
後退りするが、後ろは壁だ。俺は距離を見計らい、勢いをつけて。
「ぐえっ!」
思い切り顔を殴った。後頭部が壁にぶつかり、大人しくなる。
「━━の分、━━の分、━━の分、━━……」
思い出せる名前を言いつつ、何度も殴りつける。顔も手も血に染まっていく。拳が痛くなってくる。それでも止めない。この痛みも、こいつの痛みも、全て俺たちの罪だ。
俺には、力で解決することしかできない。それに、頭を使って考えたとしても、それで納得できる気がしなかった。感情のままに、ひたすらにそれをぶつけることでしか、俺には納得できない。
もう、男は意識を失っているように感じた。元の顔が思い出せないくらいにグチャグチャだ。死んでいるかもしれない。いっそ、死んでくれていた方が気も楽だ。
思い出せる限りの全員分、殴り終えた。ブラムはそろそろ、母の居所を知っただろうか。心の中を全て放出したからか、頭はひどく冷静だった。むしろ、感情が一切ないと言ってもいい。拳に全て吸われてしまったみたいだ。
男が死んでいるかも確かめずに、俺は集団に合流することにした。今の俺は、こんな俺が、彼らの指針にならないといけないのだ。本来、エフィーがやるべきことも、彼女が浴びるべき賞賛や感謝も、俺が代わりに受けるだけだ。
どうして、こんなやつが生き残っちまったんだか。どっかで、のたれ死んでおけば良かったものを。だが、自虐もここまで。俺は、頼れる扇動者になり、命だって、その先で潰えることができるんだ。
* * *
真っ赤だ。道は全て、赤や黒で濡れていた。
そして、頭の居住地前で、集団は待機していた。彼らの目は爛々としていて、日頃から狩っていた獣のような瞳をしていた。
さっきまで、俺もその仲間だったはずなのに、怖気付きそうになった。集団を掻き分けて先頭に立つ前に、突然刺されるのではないかとさえ思った。
しかし、そんなことはなく、彼らは俺に従順だった。返り血でベタベタになっても、獲物しか見えていないような目をしていても、その狂気的な様にあってなお、彼らは人だった。
合図を出せば、彼らは突撃を始める。
しかし、中に入ってすぐに、一部はその意気を削がれる。腕を失った男たちが、苦しんでいる光景を目の当たりにしたからだ。
ディルには、ブラムがやったことだろうと検討がついた。他の者にも、誰がやったのかはわからずとも、どのような人間がやったのかはわかる。
しかし、それでは晴らされなかった者もいた。自らの手を汚さなければ納得できない、さっきまでのディルのような者が。
苦しんでいる相手にさえ、慈悲はなく、その命を刈っていく。
本当に、俺たちみたいなのでも、浄化されるのだろうか。最初に理不尽に遭ったのは俺たちだが、そうだとしても、この蛮行が許されるのだろうか。
エフィーは、彼女の国が信仰している宗教では、燃やすことは浄化に繋がると言っていた。死体は燃やし、灰にすることで浄化されると。
そこに、なぜ、というものはない。なぜ浄化されるのか、そんなことを知っているのは、神だけだ。
なら、考えても意味がないのか。不安になる方がおかしいのか。この激情が渦巻く中で、体が空っぽになったように冷静な俺がおかしいのか。
いや、おかしいんだ。これが正しいことだと、それを疑ってしまうわけにはいかない。俺は指針だ。終わりまで、空っぽの人間を導かなければいけない。俺が指針になっているから、これだけの蛮行が繰り広げられているのだ。
つまり、全て俺のせいなんだ。彼らに罪はない。目の前で行われる慈悲のない行動が、全て俺のものだと思っていればいい。彼らのものだと考えるから、おかしくなるんだ。
終わりは近づいている。なにも考えるな。やらないといけないことだけ考えろ。
扉が開く。気の抜けたような顔の男がいた。お頭だ。彼は、幻でも見ているかのように、どことも知れぬ方へ歩き出していた。親の場所を探る赤ん坊のように、よたよたとした動きだ。
元々、気の強い性格ではなかったはずだ。たまたま、最初にここを根城にした人間だから、お頭になっただけの男。そうした野次は、何度か聞いてきた。
それが、ここまで凶悪な場所を作り上げてしまった。環境や、人のせいで。
同情する必要もない。合図を出そう。そう考えたところで、風を切る音がした。
誰が放ったかはわからない。火矢にするため、矢を番えている者は何人もいた。ここにいる一人一人の名前を、全て把握しているわけでもない。
ただ、誰かが、強い意思を持って、あっさりと、命を打ち砕いた。
その事実だけが、目の前にある。
そして、誰かが悲鳴を上げる。それは、虐げられた者の上げる声。
人の川に飲まれ、俺も、それも、溺れた。
気づいたら、前に出て声を上げていた。終わりを告げていた。
そう、終わりだ。全て終わりだ。
だが、エフィーに会いたいというアヴァの意思を知り、終わったのが全てではないことに気づいた。
あとは、この幼い少女に、俺の微かな希望を乗せて、顛末に従うだけだ。




