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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
断章1.光
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1-4

 気持ちが悪い。倦怠感とともに押し寄せる吐き気。身体が、自分のものじゃないみたいに重かった。


「おい、フラついてるぞ。肩を貸すか?」

「汚れるからいいよ」

「無理するなって」


 脇の下に肩を入れられ、抵抗する意思も湧かずに身を任せる。すると、ディルの両腕は背中と足に回された。


「ちょっと」

「俺が肩代わりできる負担なら全て背負う。それが、贖罪だ」

「……なら、任せる。ついでに、身体を洗うのも手伝って。今日は、アタシ一人じゃ辛そう」

「わかった。できることなら、なんだってやるさ」


 * * *


「仲間は十分に集まってきただろう。あまり増え過ぎると計画が漏れる危険もあるしな。あと気をつけることは、念入りに計画を立てることだ。そうすれば、決行日に勢いに任せて仲間を引き込める」


 エフィーがブラムと会ってから、二ヶ月が経過した。大きく動くことができなかったため、少しずつではあったが、反乱を企てる仲間は順調に増えていた。

 中心となっているのは、ディル、エフィー、ブラム、そして他に数人だ。


「それがいいわね。あとは決行日。相手に隙があると突きやすいけど、なにか機会はある?」

「いや、それが意外にないんだ。お前を苦しめている仕組みを具体的に組み立てたり、俺たちの行動の仕組みを考えたりしたのは、頭がキレるやつで、なかなか表に立たない。リーダーよりも厄介だ」


 ディルが忌々しげな表情で、吐き出すように続ける。


「よく考えれば、新しく引き込んだやつらを、少人数の集団で行動させたのも、こういう反乱が小規模になるようにするためだったのかもな。俺が裏切ったのは、予想外だろうが」

「そんな人がいたのね。なら、潰すとしたらそこからか」

「そうなるだろうな。とりあえず、計画として話すべきことは、隙を突くことだけか?」

「え? うん。まあ、今はそれくらいだと思うけど」

「なら、お前は休んどけ。俺たちの話を聞いて、気になるところがあれば言ってくれ。無理はさせたくない」


 その気遣いが、エフィーには気持ち悪くなってきた。

 アンタ、そんな性格じゃなかったでしょ? そう考えてしまい、本当は裏切者なんじゃないかというところまで至る。

 しかし、首を振ってすぐに払う。ディルだけは、疑うわけにはいかない。この計画の要だし、今のアタシにとっては彼だけが心を慰める存在なのだ。

 変だ。自分は、こんなに余裕がない人間だっただろうか。違うはずだ。地下にいた頃に比べれば、生活はよほど楽になったのに、苦しいはずがないのに。


「おい、大丈夫か?」

「あ、ごめん。わかった、休ませてもらうわ。アンタのこと、信じてるからね」

「任せろ」


 頼れる人間がいるということが、どれだけ心強いことか。それは、エフィーの胸に染み渡っていた。


 * * *


「なあ、お前、もしかして」

「言わないで」


 身体がおかしくなったみたいだ。同じ場所ばかり痛むし、吐き気は止まない。原因は、わかっている。自分の身体を見れば、嫌でも気づく。でも、認めたくない。だから、耐えて、隠してきた。


「どうするつもりだ?」

「どうすればいいと思う?」


 本当に、わからなかった。だから、答えから目を背けたかった。考えることを放棄したかった。


「わからないなら、手を伸ばす。お前は、どうしたいんだ。なにができると思う」

「考えたくないの。この出来事のおぞましさを、それに、おぞましいと思ってしまうことが嫌なの」

「なら、無かったことにしてしまえばいい。捨ててしまえばいい」

「本当に、それでいいの? それじゃアタシは、あいつらと変わらない。なにかを奪うやつらと変わらないじゃない。命を投げ打つなんて、アタシにはできない!」


 そう。嫌だ。あいつらと同じになることが。でも、捨てないことを選んだとき、自分がそれを正しく見守れるのか不安でもある。


「ゆっくり考えればいい。計画はすぐに始まるわけじゃないし、終わればその後には、いくらでも時間があるさ」

「……うん」


 ただ、ぼんやりと、その答えは出ているような気がした。


 * * *


「何の用だよ」

「相変わらず生意気ね。アタシの方が年上なのよ?」

「関係ない。俺の村じゃ、子どもは子ども、大人は大人だ」

「あはは。アタシが子どもってことか。まあ、そうかもね」


 エフィーは、ブラムを呼び出していた。彼に伝えなければいけないことがあったからだ。

 ディルにはもう伝えたし、後で反乱する全員に伝わり、選択を迫ることになるだろう。しかし、その前に二人きりで話したかった。


「アンタ、前にさ、反乱が終わったその後はどうするのかって言ったよね。その意味が、ようやくわかったんだ」

「そうか」

「うん。あれさ、自由ってのに疑問を覚えたんでしょ? 最近、答えを出したくない問題があってね、誰かが決めてくれればって思っちゃったんだ」


 誰でもいいから、答えを出して欲しいと思った。自分の責任にしたくないという、無責任な考えの結果だ。だから、最初に話す相手をディルにはしなかった。彼はきっと、全て肯定してしまう。それなら、相手にディルを選んだ時点で、アタシが答えを決めたのとなに一つ変わらない。


「それで?」

「それだけじゃない。生きるのが、なんか、ね。どうして、こんな目に遭ってまで生きないといけないんだろうって、思ったんだよ」


 そして気づいた。地下にいたとき、生きることを諦めた人が多くいた。それに、最近になって増えてきた仲間たちにしても、後からここへ来た者ばかりで、以前からここにいる者はそう多くない。


「アンタが言いたかったのは、本当に生きたい人間が、どれだけいるかってことでしょ。ここにいるのは、アタシやアヴァみたいに、前を向いているやつよりも、下を向いているやつの方が多いもの」


 見てきたはずなのに、そんな人たちのことを考えることはなかった。弱いやつらだと思って、路傍の石のように、蹴飛ばせば消えてしまうような、情けないやつらだと思ってた。

 でもそれは、アタシが彼女らを理解していなかっただけだ。心も身体も本当に辛い今になって、遂に理解した。


「ああ。その通りだ。俺にはアヴァと母さんがいる。だから、二人を守るためにも、先に進む必要があるんだ。だけど、他のやつらは、指針の折れたようなやつばかりだ。新しく与えられないと、先に進むことさえできやしない」

「わかるよ。今のアタシもそうさ。アヴァにもう一度会いたかった。ここを出て、一緒に遊びたかった。だけど、今はそれが正しいのかさえ、こんな身体で、会ってもいいのかさえわからない」


 最初は気にならなかったのに、今ではこの汚れきった身体で彼女に触れていいのか。汚してしまうのではないか。そんなことが気になる。そして、新しい命を潰したら、彼女に合わせる顔などないのではないか。だけど、彼女やアタシが憎むべき相手の欠片を持った命を、アタシに育むことができるのか。


「アヴァに会うかどうかなんて、それを決めるのは、お前自身だろ。それで、その話をしてどうしたかったんだ? 慰めて欲しいなら、ディルの方がうまいだろ」

「アンタって、本当に可愛くないわね。ただ、一つ計画として決めたことがあって、先に聞いてもらおうかなと思ったのよ」

「どうして俺に言うんだ?」

「アンタの言う、指針を持っているやつが納得すれば、大体の人も納得するでしょ」

「なるほどな。それなら、聞かせてもらおうか」


 これが、正しいかはわからない。だけど、ここに生を捨てた人間と、死を捨てた人間が、どちらも先に道を見出せるような方法を、わたしには一つしか思いつけなかった。


「燃やすの。全部、全部。外へ向かう人には、貯め込まれている換金できそうなものや、武器を持っていってもらって、残る人間には食料と飲み物を振舞って、最後には全て燃やすの。人もモノも記憶も全て」

「それで、本当に皆が納得すると思っているのか? 指針が見えなくとも、生きているんだ。わざわざ、死のうとするやつがいるか?」

「アタシの国では、死者を燃やすんだ。炎には浄化の力があるとされて、神に救われるって言われている」

「つまり、生きることを諦めた全員が、それによって救われるってことか?」

「そう。死後の安寧が約束されるんだよ」


 ここでの罪、記憶を背負い、そのまま新しい旅路へ出るのと、全てをここで焼き払っていくことの、どちらが優しい選択か。今のアタシには、焼き払ってしまうことこそが、救いになるのだとしか思えない。


「お前は、どうするんだ?」

「アタシは、消えるよ。未来が辛くて、もうなにも、考えたくないんだ。ただ、もしも、アヴァが会いたいって言ったら、アタシは会うよ。それくらいしか、今のアタシには決められない」


 ブラムが顔を逸らす。視線の先には、ディルが部屋に飾った二本の剣がある。柄の色が黒、赤の二つ。今は赤い方が傾いているのに気づいた。


「ブラム、気になっちゃうからそれの位置、直してよ」


 言われた通り、ブラムは大人しく剣の方へ向かう。しかし、少し見てエフィーの方を振り返った。


「駄目だ。金具が曲がってる。錆びて劣化したんだろうな」

「そう。面倒だけど、準備して直すか、交換しないと駄目ね」

「そうだな」


 そのまま、ブラムはエフィーの近くに戻る。溜息を吐き、視線をエフィーに合わせた。


「なにか言おうか考えたけど、お前の選択だから、俺が言うことはなにもなかった。アヴァのために生きろ、って押し付ける気もない。その後の計画も、お前の選択も、俺にはなに一つ文句はない」

「そう。聞いてくれて、ありがとうね」

「……別に、礼を言われるようなことはしてない。計画、成功するといいな」

「そうだね。成功したら、いいな」


 ブラムはいつもと違うその口調に驚いたが、なにも言わずに部屋を出ていった。

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