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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
断章1.光
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1-2

「大丈夫か?」

「……見ててわからなかった?」

「悪かった。ゆっくりしてくれ」


 ゆっくりしてくれと、ディルはそう言うが、エフィーからすれば、休息よりも会話こそが彼女を支えるものであった。なにもしなければ、余計なことを考えてしまう。彼女は、水を勢いよく頭に被った。


「ねえ、どうだった? アヴァの兄さんは誘えた?」

「そうだった。今日、うまく一緒になれたから話してみたよ。興味を持ってくれたらしい。早い方がいいかと思って、来てもらうのは今日にしてみたが、会えるか?」

「会う。アタシの楽しみなんて、もうそれくらいだもの」


 エフィーの日々は変わった。まともな食事。唯一の苦痛を除き、なにもする必要がない暮らし。その苦痛さえなければ、今の日々は明らかに好転しているように思える。

 しかし、そのなにもない空白の時間が、彼女を(さいな)む。新しく刻まれる嫌な感触、感情、それらの記憶が蘇るからだ。エフィーは、これまでに同じことをしてきた女性らの苦しみを、初めて理解した。


「そうだ。アヴァのお母さんには会えないの? 彼女も、アタシと同じことをしてるんでしょ?」

「クレシダのことか。……彼女は、死んだよ」

「死んだ!? どうして?」

「病だ。どうすることもできなくて死んだ。お前は、その補充だったんだ」

「そんな。アヴァや、彼女のお兄さんになんて言えば」

「隠しておくべきだ。辛いことは、知らなければないのと同じだろ?」


 エフィーはどちらが良いのか考える。

 知っていてなにも伝えないのは、アヴァへの裏切りのように思われる。アタシはもう、アヴァを裏切りたくはない。

 でも、アヴァは、その事実を受け入れられるだろうか。まだ、あんなにも幼く、そして純真だ。その彼女を傷つけるかもしれないことを、はたして伝えるべきだろうか?

 いや、早いと思う。もっと成長してから、そのときに話せばいい。その機会は、将来手に入れられるはずなのだから。そして、彼女の兄にも、伝えるべきではないだろう。


「わかった。伝えないでおこう。アヴァの兄さんにも言わないで。あまり、嫌われるようなことはしない方がいいと思うから」


 母親が亡くなった話をされたら、その怒りは身近なディルに向かってしまうだろう。それに、ここを出ようという気力が削がれるかもしれない。アヴァ一人を連れ出すよりは、母親も連れ出すと考えてくれた方が、やる気はあるはずだ。


「わかった。聞かれても隠しておこう。嘘をつくのは慣れてるからな」


 外から聞こえる自嘲気味な声に、エフィーが苛立つことはなくなっていた。


「だが、一つだけあいつに話したいことがある。それは、いいか?」

「なにを話すの?」


 エフィーに話すべきか彼は逡巡(しゅんじゅん)したが、結局は正直に話した。


「俺の罪だ。お前がされたのと同じことを、俺はあいつの母親にやった。いいや、クレシダだけじゃない。拐おうとしたやつらの何人かもだ」

「それって、アタシみたいな状態になる前に、それをやったってこと?」

「そういうことだ」


 それは、エフィーの怒りを沸騰させるには十分過ぎる内容だった。それを聞いたのが今でなければ、内容を想像できていなければ、きっとここまで激昂することはなかっただろう。

 だが、ディルはその怒りを受けなければいけないと考えていた。言わなければ、その怒りは発生さえせずにいられたというのに。


「なんで!? わざわざこんな酷い目に遭うってわかってるのに、その前に更にそんなことまでしてたの? もしかして、アタシのお母さんにも!?」

「ああ。本当に、悪いと思っている。ただ、それしかなかったんだ」

「なにが? 他にいくらでもあったでしょ?」

「これが、手っ取り早く確実だと思っていたんだ。人は、嫌がることをすれば遠退いていくだろう。だから俺はーー」

「なに、その子供みたいな理由。アンタ、大人でしょ?」

「なら、他になにがあるって言うんだ! 言ってみろよ!」

「それ、本気なの?」

「ああ、本気だ」


 そこで、エフィーは一つの答えに思い至った。それは、ディルが求めるものの答えではなく、エフィーとディルとの間にある、考え方の差であった。

 エフィーは、町で成功した商家の家族だ。家庭教師も付いて、ある程度の教育を受けていた。だからこそ、成熟した考え方をすることができた。


「ねえ、ディルって、なにかを師事したことってある? いや、アンタの知識ってどこから来てるの?」

「なんだよ、急に。知識って言ったって、生きている間に学んでいくだろ」

「ディルって昔は、なにをやっていたわけ?」

「昔か。あまり、思い出したくないが」


 そう言いつつも、彼はエフィーに対する引け目から話さざるを得なかった。思い出したくないことだが、自身が与えてきた苦痛に比べれば、大したことじゃないと、ディルは考えた。


「俺は金も人もない農村で生まれて、ガキのときはこのまま大人になって畑を耕すだけだと思ってた。だけど、あるとき見世物一座が寄ってきて、俺を(さら)っていった」

「誘拐されたの?」

「いいや、俺が手を取った。これもまた、顔がいいからって理由で選ばれてな。しばらく世話になったが、見世物がうまくいかなくなって、捨てられたよ。そうして当てもなく歩いていたら、ここに捕まったってわけだ」

「アンタも大変だったのね。まあ、頭が悪い理由はよく分かったよ」

「ありがとう、エフィー」

「は?」


 タイミングが重なり、エフィーは誤解を抱く。ディルはすぐに、それを払拭しようと試みた。せっかく外へ出したその想いを、勘違いされたくはなかったからだ。


「違う。お前の悪口に感謝したわけじゃない。俺の人生の中で、お前だけが正しい答えを出してくれたんだ。それに、俺は感謝したんだよ」

「……そう。それは、どういたしまして」


 エフィーは水の中に手を入れて、パシャパシャと暴れさせた。同じ感謝でも、アヴァとはまた、少しなにかが違っていた。同じなのは、心が温まること。違うのは、顔まで熱くなること。


「と、とりあえずっ、アンタが純粋な悪人じゃなくて、ただの馬鹿だってことはわかったよ」


 自分の顔に思い切り水を掛けて、エフィーは外へ出る。


「また、そうやって」

「いいでしょ。アヴァのお兄さんが来るまでに服を着れば」


 地下にいたときは異なり、服もまた人並みのものになっていた。着れば寒さを感じることはない。にも関わらず、ディルの前に裸で現れるのは、無意識ながらも彼女の信頼の証であった。


「脱出するときが来たら、外で生活するんだ。それが癖にならないように気をつけろよ」

「大丈夫よ。今は疲れているから、こうしているだけ」


 苦痛が精神にまで響いて来るのか、とても疲れる。最初こそ抵抗したが、今ではされるがままだ。倦怠感(けんたいかん)は水を浴びたくらいでは取れない。


「そうだといいが。ん、足音か」


 ディルが音を察知して、そちらへ向かう。エフィーへの態度を、他の男に見られるわけにはいかなかった。しかし、ディルは程なく、安心した様子を見せる。


「ブラムが来たみたいだ」

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