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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
断章1.光
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1-1

 覚悟はできていた。できていなければ、ここにいない。

 目の前には、下卑た笑みを浮かべる男たち。くだらない。わたしに力があれば、こいつら全員ぶん殴って、アヴァのことだって解放できるのに。


「ほら、早くしろよ」


 急かして来る。こいつらは、動物となんにも変わらない。いや、理性があるだけ、動物の方がマシだ。理性があるのに、その欲望を抑えられていないのだ。動物よりもくだらない存在ではなかろうか。


「うるさい。わかってるわよ」


 ああ、本当にくだらない。気持ち悪い。アヴァをこんなところに来させなくて、良かった。


 * * *


「誰か、こいつを気に入ったやつはいるか?」


 ことを終えると、そんな声が聞こえた。もう、意識が無くなりそうだった。誰よ。気持ちいいことって言ったやつ。なんにも知らないで、適当を言ったに違いない。

 痛い、苦しい、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。


「俺のお気に入りにさせてくれ」


 もう、目を動かす気も起きない。ただ、聞いたことのある声だった。


 * * *


「罪滅ぼしでも、しているつもり?」


 エフィーが、体を洗い流しながら問う。姿は見えないが、近くに相手がいることはわかっていた。

 これ、どれだけ洗えばいいんだろう。


「それに近いな。俺が連れて行くのは、俺が騙してきたやつだけだ。俺のせいで、酷い目に遭わせたくはない」

「馬鹿みたい。それなら、最初から騙さなければいいのに」

「そうさな。それができないのは、俺が保身に走ってるからだ」


 乾いた男の笑い声が聞こえる。エフィーはそれに苛立ちを覚えた。

 この汚れきった水を、あいつの口に注ぎ込んでやろうか。


「体を洗い終わったら、殴らせて」

「好きにしろ。顔じゃなければ、いくらでもやってくれ」


 彼女にとってそれは、なんとも、気力が削がれる返答だった。そもそも、彼がエフィーを「お気に入り」にしてくれなかったら、もっと酷い目に遭っていたというのは、想像に難くない。


 こいつだけは、絶対に許さないと思っていたのに。それが、一番まともなやつかもしれないなんて。

 それよりも、体が気持ち悪い。どれだけ洗っても、汚れが落ちている気がしない。どこかで見切りをつけるべきか。


「アンタが悪いやつだっていうのは決まっているんだ。アタシが出てくる前に、罪を全部吐きな。その数だけ殴ってやるよ」

「はっ。それは恐ろしいな」


 どうでも良さそうな声だ。だが、男は一つずつ罪を告白した。声音は変わっている。それが意図的なものか、無意識なものか、エフィーには姿が見えないためわからない。


「全部、覚えてるんだね」

「忘れられるわけがない。忘れることを、俺は許さない。他人を苦しめておいて、俺だけがのうのうとそれも忘れて自由になるなんて、おかしいだろ」

「アンタ、そこまで思ってるのに、どうしてこんなことやってるの?」


 彼女の中に浮かび上がった、当然の疑問だった。行動は全くまともではないが、まともな倫理観は持っている。それでいて、なぜこんなことを続けているのか。


「逆らえないから。それだけさ。俺は死にたくない。みっともなく、生きたいと思っているんだよ。だから、ずっと人を騙し続けてきた。少し顔がいいからって、そんな理由で当てられた役だ」

「ディル。アンタ、どうして生きたいの?」


 エフィーは初めて、男の名を呼んだ。


「死んではいけない気がしてるんだ。これまで騙してきたやつを、裏切る気がして」

「あははは! それこそ笑い種じゃない! 散々、他人を騙して苦しめて裏切ってきたのに、自分が死んだら裏切る気がしたって!? 馬鹿じゃないの!」


 なにも面白くない。

 彼女はただ、馬鹿だ、愚かだと、嘲りたかった。一人で深刻そうに抱えている悩みを笑ってやれば、ささやかながらも復讐になるんじゃないかと思った。


「そうだな。ただ、裏切った代償を払いたい。さっき、お前が言ったよな。殴ってやるって。俺が騙した全員から、満足するまで殴ってもらうってのも、いいかもしれないな」


 調子だけなら軽口のように聞こえる。しかし、エフィーには本気で言っているような気がした。それがエフィーの神経を逆なでる。

 アタシを、アヴァを、皆を傷つけて、そのくせに、どうしてそんな、苦しんでいるのは自分だとでもいうようなことを口走れるのか。


「ねえ、そこまで思っているなら、逆らえばいいじゃない。死にたくないから命令に逆らわなかったんでしょ? それなのに、アタシ達に殴られるのもいいなんて、変なこと言ってるの気づいてる?」

「ああ、よく考えれば変だな。それなら、なにか他の償い方はないか?」

「だから、逆らえって言ってるじゃない。それが一番の償いよ。罪を清算できる方法としては、一番なんじゃないの?」


 ディルは、ふん、と馬鹿にしたように鼻で笑う。


「そんなの無理に決まってる。俺が翻ったとして、敵がどれだけいると思う。お前は地下にいたから知らないだろうが、この組織は、お前が思っているより随分と大きいんだよ」

「アンタこそ、知らないでしょう。誰か個人じゃない。この集団の存在を憎んでいる人たちが、どれだけいるのか。だって、アンタはその憎まれる側だもの」


 そうだ。ディルは憎まれる存在だ。皆の敵だ。それなのに、彼は敵であることを嫌がっている。そして、大人なのに、迷子だ。

 なら、アタシが道を作ってやろう。見つけてやろう。ここから抜け出すために。アヴァのためにも。

 一緒にここを飛び出て、いつか、二人で街を歩き回りたい。買い物を教えてあげるんだ。あの子に似合う服を見繕って、お店の人には姉妹みたいね、と言われたりするかもしれない。

 ああ、考えてみれば、いくらでも膨らんでいく。そうだ。アタシが頑張らないといけないんだ。でないと、誰があの子を救うのか。


「さあ、もう一度考えてみなさいよ。アンタ達に敵はどれだけいる。アンタの本当の敵は、どれだけいる!」

「おい、まさか」

「簡単なことでしょ。アタシみたいな子どもでも思いつく。なのに、アンタがそうやって一人でいじけて、どうせ他の男たちも、そんななんでしょ。情けないし、くだらない」


 さっきの集団の中に、父親がいなかっただけまだいい。でも、どうせあの中には、騙されて奪われて、それでも快く、あいつらの味方になっているような奴だっているはずだ。


「どうなのよ。アンタの敵は、どれだけいるの。早く言ってよ。決めてよ!」


 考えるまでもないはずだ。考える必要のないものなのだから。


「……わかった。そうだな。最初から、そうするべきだったんだ」

「ふん。そこはどうせなら、味方が増えるときを待っていた、なんて言っておけば格好がついたのに」

「それもそうだな。だが、こんなところで見栄を張ったも仕方ない。全て、ことが済んだら計画通りだったとでも言おうか」

「そうしてよ。そのときは、アタシだけでも褒めてあげるからさ」


 そろそろ、いいだろうか。嫌な感じが紛れてきた気がする。

 エフィーは体を布で拭きながら、外へと向かう。滴る水が、地面を冷たくさせた。

 そのまま、彼女が開けた空間へ出ると、すぐ隣に人が立っていた。石壁に背中を預けたディルだ。


「なっ、お前、もう少し恥じらいをもてよ」

「は? 今更でしょ? まあ、思い返せば、さっきはアンタ、あまり手出ししてこなかったね」

「昔は、そうでもなかった。うまく立ち回るようになったのは、罪悪感を覚えてからだな。だから、別に俺が意識するからって訳じゃない。俺はお前のことを考えて言っているんだ」

「だから、今更でしょ? アタシはもう、どうでもいいよ」


 そう、身体はいい。もう、取り戻せるものでもない。これからは新しいものを手に入れるんだ。残されたのは心。手に入れるのは未来。自由を得て、アタシはアヴァと一緒に幸せになる。


「まあ、お前がいいなら、それでいい。なら、計画の進め方を考えよう。まずは、味方を増やす。それが露見されないように注意して」

「なら、最初はアヴァの兄にすればいい。アンタのことは絶対恨んでいるだろうし、アタシと話せば信頼も得られるはずよ」

「そうだな。それが良さそうだ。その後は、そのままブラムに仲間集めを頼もう。くれぐれも、慎重にな」


 エフィーは、ブラムの名を初めて知った。また、ブラムと話したいというのもあった。アヴァのことを教えてあげたいし、自分の知らないアヴァのことも知りたかった。

 ただ、前しか向いていないエフィーに対して、ディルには憂慮していることがあった。


「でも、お前は大丈夫なのか?」

「なにが?」

「これから、何度も同じ目に遭うはずだ。反乱の日まで、どれだけの時が必要かもわからない。そのときまで、お前はそれを耐えられるのか?」


 ディルは、これまで何度も心が折れる瞬間を見てきた。希望の光が消える瞬間を見てきた。

 あるときは、話し合えば分かり合えるはずだと信じた女性、またあるときは、終わりを信じて待ちきれなかった女性、自ら命を絶った女性もいた。

 だからこそ、彼には自らを支えるものがなかった。なにかをするための意思を保つための、変わらないものがなかった。


「アタシは、耐え切るよ。もう、アタシみたいな被害者は増やさない。ここで止めるんだ。だから、アタシを信じなさいよ」


 信じろ。その言葉に、ディルは撃たれる。なに一つ信頼できるものも、信頼したいものもない。そんな中で苦悩と葛藤を抱えていた彼にとって、それは強力な言葉だった。


「わかった。俺は、お前を信じる。信じさせてくれ。希望を、光を失わないでくれ。お前が折れない限り、俺も折れない。だから、頼む」

「任せなよ。アタシは、きっとこのためにここへ来たんだから」


 エフィーは、そう思わずにはいられなかった。

 彼女の住んでいた国では宗教が布教されていた。信仰なき者は差別されるような国だ。それもあって、彼女は神を信じていた。そして、彼女だからこそできるこれを、神に与えられた役目であると考える。そう思わなければ、意思が挫けてしまうような不安がわずかにあった。

 これがアタシの役目なら、全てうまくいくはずだ。運命のままに。そう、彼女は信じていた。

 ディルの趣味か、部屋の端に飾られた鋭い剣に、彼女はその意志を重ねた。

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