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二人が進んだ先には、地下にあったアヴァの部屋と同じような構造の部屋があった。鉄格子と小さな窓がある。ただ、空間はアヴァのよりも広い。アヴァとリーダーの母、二人の部屋を足して割ったようなものだ。
しかし、内装は異なる。床には肌触りの良さそうな絨毯が敷かれ、壁には質の良さそうな衣服が一着分、机の上には飲食料が置かれていた。急拵えといった様子だ。
ブラムはぱっと見で、幼い頃に作った秘密基地を思い出した。居心地が良いとは言えない場所を、無理矢理にでも、できうる限り住みやすい場所にしてみようと、そうした結果がこれのように感じた。
「アヴァ、久しぶりね」
部屋にはベッドが一つある。アヴァ達が住んでいた家にあるようなベッドだ。土台が木製なのは変わらないが、柔らかそうな毛布が掛かっており、布団と合わせて見ても小綺麗で、あまり使われていないような感じすらある。
そして、そこに上半身を起こしているエフィーがいた。
「エフィー、良かった、無事で……。もう、二度と、会えないなんて言われてーー」
エフィーの顔を見た瞬間から、アヴァはもう涙を我慢できなくなっていた。エフィーは、アヴァにとって姉のような存在で、ここを生き抜くための支えになった存在だ。今のアヴァにとっては、家族の誰より大切だと言っても過言ではない。
「なら、そんなこと言ったやつは、許しておけないね。もしも会ったら、片目を下に引っ張って、舌でも出してみたらいいよ」
「どういう意味?」
「ああ、説明は面倒だね。うーん、悔しい思いをさせてきたやつを、馬鹿にした感じじゃない? アタシは前にやられて苛立ったんだけど」
「思い浮かべたら、確かにそうかも。わかった。いつか、必要になったらやってみるね」
そんなときが来たら、俺が絶対に止めてやろうと、ブラムはひっそりと誓う。これは保護者としての考えが働いただけだが、妹にそういう行為をさせたくないと思っていた。
「わたし、エフィーに会ったら、話したいことがたくさんあったはずなのに……。でも、なにも思い出せないの」
「いろいろあったんだね。アヴァが思い出せるまで、いくらでも待つよ。思い出せなかったら、新しく話題を考えればいいさ」
そう促されると、アヴァは新しく話したくなったことを考え始めた。ただ、今日ここまでの話は、あまりしたくなかった。もう、過ぎ去ったこと、忘れ去りたいこととして、彼女の脳が処理しようとしていた。
「そうだ。エフィー、ベッドに座っているけど、具合が悪いの? まさか、病気じゃないよね?」
せっかく泣き止んだのに、また泣きそうな顔をしているアヴァを、ちょっと不思議そうにエフィーは眺める。
「そんなんじゃないよ。ちょっと、眠いから寝てるだけさ。えーと、そう、なんか、いろいろ考えて、寝るのが遅かったから」
苦しそうな言い訳だったが、アヴァは納得する。彼女に、エフィーを疑う理由などない。しかし、次に放った言葉で、エフィーの表情が歪んだ。
「でも、健康そうで良かったよ。ご飯もちゃんと食べてるみたい。でも、運動もしないとだめだよ? お腹が膨らんでいるもの」
「アヴァ、それはっーー」
これまで、地上へ上がってきた女性の身になにが起きてきたのか。そして、既に事情を知っているブラムは、咄嗟に話を逸らそうとした。エフィーが望んでこうなったわけではないと、わかっているからだ。
しかし、彼の言葉は立ち消えた。エフィーが、彼に目で訴えてきたからだ。
「お兄様、どうしたの?」
「ーーいや、なんでもない。邪魔して悪かったな」
「アヴァ。アンタの言う通り、運動した方が良さそうだね。ところで、二人はここを出て行くんだろ? もうそろそろ、行った方がいい。夜道は危ないからね」
ディルに出会ったのも、あいつらにさらわれたのも、どちらも昼だったけどな。ブラムはそう心の中でそう呟く。だが、エフィーの意図は汲み取った。
「そうだな。アヴァ、そろそろ行こう」
「え? もう? エフィーは? 一緒に来てくれないの?」
「アタシは……あとで、行くよ。いつか、きっと追いつくから」
「嫌だよ。それじゃ、いつ会えるかわからないじゃない! 今から一緒に行こう?」
「準備があるんだよ。だから、早くさ」
「準備が終わるまで待つよ。ほら、わたしも手伝うから。そうしたら、早く終わるでしょ?」
「はあ。あ、そうだ。アヴァ、ちょっとおいで」
エフィーは、聞き分けのない子どもを相手にしているかのようにため息を吐き、なにかを思い出したようだ。そして、毛布の中に手を入れると、なにかを取り出した。
「ほら、これ。あげるよ」
エフィーの近くに来たアヴァが渡されたのは、ネックレスのようだった。輪は飾り気のないシンプルな装飾で、先の部分には、球状の鉱石が三つあしらわれている。三つのうち真ん中には赤い鉱石が、左右にはそれぞれ青と桃色の鉱石が寄り添っている。
「これは、なに?」
「アタシの家族が持っていたのよ。両親とアタシで一つずつ。これは、一つだけ残ったものよ」
「それならこれ、エフィーの大事なものだよね? エフィーが持っててよ」
エフィーはゆっくり首を振った。そして、言い聞かせるようにして、アヴァに話し始める。
「これを持って、国でアタシの家を探すんだ。しばらく空けて、どうなってるかわからないけどさ、使用人達は優秀だから、まだ残ってるかもしれない。そのときは、それを見せてアタシがいたって証拠を見せてやって欲しいんだ。アンタの助けになってくれたら、もっと嬉しいけど」
「それなら、エフィーが行かないとダメだよ。ちゃんと、自分で、自分の言葉で伝えてよ!」
アヴァがエフィーの手を掴む。その懐かしい体温に、少しだけ心が揺らされる。
こんな感覚、いつぶりだろうか。いや、そんなに時間が経ったわけでもないだろう。でも、そう感じるくらい、二人で一緒に眠ったあの頃が、果てしなく遠い。
エフィーは、微笑みながら、アヴァに囁く。
「アヴァ。アタシの目を見て。わかるでしょ?」
アヴァは、ここで初めてエフィーの目をしっかりと見た。そして、気づく。彼女の瞳に、かつての光は見えなかった。
そんなはずない。彼女は澱んだ闇に向き合う。光を、眩しいくらいの光を、掬い出さないと。あるはずだ。どこかに、どこかに!
しかし、彼女は見つけることができなかった。どれだけ瞳を覗き込んでも、潤んだ眼の奥にあるはずの光は、捉えられなかった。
「いやだ……いやだよ、エフィー! ねえ、一緒に来てよ。お願い。お願いだからっ!」
エフィーは微笑を崩すことなく、アヴァになにも返答することはなかった。唐突に、人形のようになってしまったようだ。
アヴァがひとしきり泣いて、ごねて、体を揺すって、それでもどうにもならないと気づいた頃に、ブラムがその肩に手を置いた。
「いやだよ。エフィー……」
エフィーは、アヴァに対する最後の言葉を伝えた。
「ねえ、アヴァ。アタシね、神様っていうのを信じてた。今でも信じてる。だからね、もしもこの世界に神様がいて、アタシらをこんな運命に遭わせたのがその神様だとしたら、ぶん殴ってやりたいんだ」
エフィーは拳を固め、その身を震わせる。ブラムは、それが演技だとすぐに感じ取った。どこかわざとらしさがある。しかし、なにも言わない。それが、アヴァとエフィー、二人のためだと思っていた。
「アヴァ、生きて。そして、神様を探して。見つかったら、アタシの代わりに殴ってやってよ。泣きついてきて、ごめんなさいって言ってくるまでさ」
それは、アヴァを生にしがみつかせるための呪縛であり、願いでもあった。ブラムは言葉にはせず感謝する。彼は、アヴァに前を向いて欲しかった。非情なようだが、既に諦めているエフィーに、引きずられることを忌憚していた。
「わかったよ。わたし、絶対にそうするから。いつか、絶対にやってみせるから! だから、それを見て欲しいから、あとで、絶対についてきてね?」
アヴァは、力強く言う。
叶わないとわかっていても、願わずにはいられない。万に一つの奇跡や偶然で、エフィーがこの世界に残ろうとしてくれることを。アヴァにはもう、信じることしかできなかった。
「行くぞ、アヴァ」
もしかしたら、このままでは、アヴァが離れられなくなるかもしれないと考え、ブラムは彼女の肩に手を置いた。
「うん」
しかし、アヴァはそこまで弱くはなかった。できることがないと知り、足掻くのではなく、諦める強さを得ていた。エフィーの言葉があったからだ。先へ進ませるために、彼女はアヴァの背中を押した。エフィーが残って欲しいと言えば、アヴァは迷わず残るつもりだった。
ブラムがアヴァの手を握り、外へと連れ出して行く。アヴァは空いたもう片方の手で、いくら拭っても止まらない涙を、必死に収めようとしていた。




