第11話「朝の側」
三月になった。
梅が咲いた。大学の正門を入ってすぐの場所に梅の木が一本あって、白い花が枝を覆っていた。毎日その下を通るたびに、花びらが少しずつ増えていくのがわかった。月曜日に三分咲きだったのが、木曜日には五分になり、日曜日には八分になった。花びらの一枚一枚は小さくて薄くて、風が吹くと震えた。
春が来ていた。
暦の上ではとっくに春だったけれど、体感として春だと思えるようになったのは三月の第二週くらいからだった。コートを着なくても外を歩ける日が増えた。空気の中にかすかな甘さが混じり始めた。何の甘さかはわからない。花粉かもしれないし、土の匂いかもしれないし、名前のない何かかもしれない。
私の生活は元に戻っていた。
朝七時に起きる。コーヒーを淹れる。グアテマラの中深煎り。一杯。二杯目はない。八時十二分の電車に乗る。大学に行く。後期の成績が出て、全科目をクリアしていた。ひとつだけA+があった。十八世紀イギリスの社会構造についてのレポート。あれは力を入れて書いた。夏の終わりに図書館で書き始めて、参考文献を八冊読んで、四千字のところを五千二百字書いた。
バイトは火曜と金曜と土曜。書店の棚に本を並べる。背表紙を揃える。ポップを書く。新しく入った天然の店員——カイが「人類学のフィールドワーク」と形容した人——は、二ヶ月経ってもまだ天然だったけれど、レジ打ちは速くなった。人は変わる部分と変わらない部分がある。
夕飯は自炊。月曜に鶏の照り焼き。火曜に豚汁。水曜に鮭のホイル焼き。木曜は疲れているのでレトルトのカレー。金曜にほうれん草のパスタ。土曜に肉じゃが。日曜は気分で決める。
食器を洗う。歯を磨く。髪を乾かす。日付が変わる前に電気を消す。
判で押したような生活。
七月以前のルーティンと、ほとんど同じ形をしていた。同じ時間に起き、同じ時間に寝て、同じ手順で一日をこなす。外から見たら、何も変わっていない。七月以前の私と三月の私を並べて比較しても、差分は見つからないかもしれない。
でも同じではなかった。
何が違うのかは、うまく言えない。判のインクの色がほんの少しだけ薄くなったような。あるいは、紙のほうが少しだけ厚くなって、インクの染み込み方が変わったような。同じ判、同じ動作、同じ結果。でも仕上がりの質感がどこか違う。
手のひらの中に何かを握っていた人間が、それを手放した後の手のひらは、握る前の手のひらとは違う。形は同じでも、筋肉の記憶が違う。一度握ったことのある手のひらは、空っぽであることの意味を知っている。
*
夜中に目が覚めることは、まだあった。
頻度は減っていた。週に四回が三回になり、三回が二回になった。体内時計が少しずつ忘れ始めていた。あるいは諦め始めていた。起きても外に出ないことを学習して、アラームの音量を下げていくように。
目が覚めると天井を見た。国境線は見えた。いつも見えた。暗闇に目が慣れれば見える。クロスの継ぎ目。地図上の境界線。
窓の外の音を聞いた。風の音。ときどき車の音。ときどき何かの動物の声。猫かもしれない。猫の声だとしても、あの猫ではない。たぶん。
外に出ようとは思わなかった。
思わなかった。思わないようにしている、のでもなかった。初めてアラームを切ったあの夜は、「思わないようにしている」と「本当に思わない」の区別がつかなかった。今はつく。今は本当に思わない。出たいという衝動がない。衝動のあった場所に、静かな凹みが残っているだけ。雨上がりの地面に残る水たまりのように。水はもう蒸発していて、形だけがうっすらと残っている。
あの世界がまだあるのかは、わからなかった。
たぶんある。深夜三時は毎晩来る。時計が三時を指す瞬間は二十四時間に一度、必ず訪れる。その瞬間に世界がわずかにずれるのかどうか。自販機に「夜光」が現れるのかどうか。公園の時計が遅れるのかどうか。
わからない。確かめに行っていないから。
確かめに行かない理由は、カイと別れた夜に考えたのと同じだった。確かめて、何もなかったら。確かめて、あの世界が本当に消えていたら。その確認は取り返しがつかない。
でも理由はもうひとつあった。あの夜にはなかった理由。
確かめて、まだあったら——どうするのか。
まだあったとして。自販機に「夜光」が立っていたとして。公園の時計が遅れていたとして。一人で飲む「夜光」の味は、あの夏と同じだろうか。一人で見る時計の遅れに、あの興奮はあるだろうか。
たぶん、ない。
カイがいないからではない。カイがいなくても、最初の数回は一人で歩いていた。一人でも十分に特別だった。
でもあのとき私は「初めて」だった。初めて深夜三時の外の空気を吸い、初めてコンビニの蛍光灯を見上げ、初めてアスファルトの上に自分の足音だけが落ちていくのを聞いた。すべてが最初で、すべてが発見で、世界の底を初めて覗き込んだ人間の震えがあった。
あの震えは、二度と来ない。
一度見た底は、二度目には底ではない。
*
三月の第三週。土曜日。バイトの後で美咲とカフェに行った。
美咲はアイスのカフェラテ。私はホットのカフェラテ。まだホットの季節だった。カップを両手で包むと温かかった。
「元気?」
「元気だよ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
ほんとだった。元気だった。食欲はあったし、睡眠も取れていたし、成績も落ちていなかった。元気の定義が「日常生活を正常に営めている」であるなら、私は完全に元気だった。
「海人くんとは、もう連絡取ってないの?」
「取ってない」
LINEのトーク画面は残っていた。最後のやりとりは二月二十八日。別れた日の翌日の朝、カイから「昨日は、ありがとう」と来て、私が「こちらこそ。元気でね」と返して、それきりだった。ブロックはしていない。削除もしていない。ただ、開かない。
「そっか」
美咲はそう言った。
それ以上の言葉はいらなかった。美咲にはそういうところがあった。聞きすぎない。踏み込みすぎない。でも聞くべきときには聞く。「元気?」と「ほんとに?」の二回で十分だった。
「春休みどうするの」
「実家帰ろうかなと思って」
「あ、いいね。いつ帰るの」
「来週あたり」
「お母さん喜ぶよ」
「どうだろう。いつもどおりだと思う」
「いつもどおりが喜んでるってことだよ、親って」
そうかもしれなかった。
*
三月の最終週。実家に帰った。
電車で一時間半。私が一人暮らしを始めてから、実家に帰るのは年に三回くらいだった。夏休み、年末年始、春休み。今年の夏は帰らなかった。深夜三時の散歩があったから。年末年始は帰った。三日間。カイと付き合っていた最中だった。母に「彼氏できた」と言ったら「そう」と言われた。父には言わなかった。父はそういう話題に対するリアクションの引き出しが少ない。
実家は変わっていなかった。
二階建ての一軒家。私が使っていた二階の部屋は、そのままにしてあった。ベッド、机、本棚。高校生のときの教科書がまだ本棚の下の段にあった。壁に貼っていたポストカードもそのまま。ヨーロッパの風景写真。プラハの街並み。行ったことはない。
荷物を置いて、一階に下りた。母がお茶を淹れてくれた。煎茶。湯呑みが温かかった。
「元気?」
「元気だよ」
「ご飯ちゃんと食べてる?」
「食べてる。自炊してる」
「そう」
母との会話はいつもこの密度だった。薄いのではない。要約されている。十八年間一緒に暮らした人間とは、文脈を共有しているから言葉が少なくて済む。省略しても伝わるものが多い。
父が仕事から帰ってきた。「おかえり」「ただいま」。それだけ。夕飯は母の手料理で、豚の生姜焼きと味噌汁とほうれん草の胡麻和えだった。三人で食べた。テレビがついていた。ニュース。父がときどきニュースにコメントした。母が相槌を打った。私は黙って食べた。
生姜焼きは昔と同じ味だった。母の生姜焼きは砂糖がやや多めで、甘辛い。子どものころからこの味だった。たぶん二十年後も同じ味だろう。変わらないものは変わらない。変わらないことの安心感が、生姜焼きの甘さの中に溶けていた。
食器を洗った。母が「いいのに」と言ったけれど、洗った。実家でも一人暮らしの部屋でも、食べた後に食器を洗うのは同じだ。手順が同じだと安心する。それは変わっていなかった。
風呂に入った。実家の風呂は一人暮らしの部屋のユニットバスより広くて、足を伸ばせた。湯船に浸かった。あたたかかった。窓の外から虫の声が聞こえた。三月の虫。まだ弱々しい声。でも確かに鳴いている。
十一時に布団に入った。実家の布団は重い。母が毎年冬の終わりに干す、分厚い綿の布団。重さが体にかかると、地面に押しつけられるような安心感があった。一人暮らしの部屋の、軽い羽毛布団とは違う。
眠った。
*
午前五時に目が覚めた。
三時ではなかった。五時。朝の五時。窓の外が白み始めていた。実家の二階の窓からは、東の空が見える。一人暮らしの部屋の窓は西向きだから、朝焼けは見えない。
白い空を見ていた。灰色がかった白。夜が明ける前の、まだ太陽が地平線の下にいる時間の色。
階下から音がした。
水の音。ガスコンロの着火音。かちかちかち、ぼ。
誰かが台所にいた。
布団から出て、階段を下りた。パジャマのまま。スリッパを履いて。
台所に父がいた。
父は作業着を着ていた。土曜出勤だ。父は建設会社の現場監督をしていて、繁忙期は土曜日も現場に出る。三月は年度末で忙しい。
父は鍋の前に立っていた。
小さな片手鍋。水が沸いている。その中にインスタントラーメンの麺を入れるところだった。
サッポロ一番の味噌。
黄色いパッケージが、シンクの横に置いてあった。
「起きたのか」
父が言った。驚いた様子はなかった。父はたいていのことに驚かない。三月の早朝に娘が台所に下りてきても、「起きたのか」の五文字で処理する。
「目が覚めた」
「食うか」
「え」
「ラーメン。食うか」
鍋の中で麺がほぐれていくのを見た。湯気が上がっていた。味噌の匂いが台所に広がり始めていた。
「……食べる」
父が頷いた。鍋にもう一つ麺を足した。サッポロ一番の味噌。二人分。
椅子に座って待った。テーブルの上に箸が二膳出ていた。父はいつも起きてすぐにラーメンを食べるのだろうか。知らなかった。実家にいた十八年間、父の早朝の食事を見たことがなかった。父が出かけるのは六時前で、私はいつも七時に起きていた。父の朝は、私の知らない時間にあった。
麺が煮えた。父が鍋のまま二つの丼に分けた。スープの量が均等になるように、交互に注いだ。味噌の色。濃い茶色のスープに、黄色い縮れ麺が沈んでいる。
父が粉末スープの小袋を破いて入れた。箸でかき混ぜた。丼を私の前に置いた。
「熱いぞ」
「うん」
箸を持った。麺を持ち上げた。湯気が顔にかかった。温かかった。
すすった。
味噌。麺。スープ。サッポロ一番の味噌の、あの味。
知っている味だった。
中学二年の冬。テスト勉強で夜更かしして、午前一時に台所に下りて、一人でこっそり作ったあのラーメンと同じ味。同じ麺。同じスープ。同じサッポロ一番の味噌。
同じ味だった。
でもあの夜の味ではなかった。
あの夜のラーメンには、秘密の味がした。誰にも許可を取っていない、誰にも見つかっていない、自分だけの真夜中のラーメン。禁じられてはいないけれど許可も取っていないことをしているときの、胸の奥がきゅっと狭くなるような密度。あの密度が、味噌スープの中に溶けていた。
今、父と向かい合って食べるラーメンには、その密度がなかった。
おいしかった。味は同じだった。むしろ父が作ったぶん、湯の量が適正で、スープの濃度が中学生の私よりずっと正確だった。麺の茹で加減も良かった。客観的に言えば、今のほうがおいしいラーメンだった。
でもあの味ではなかった。
あの味は、ルールを破っていた自分だけが感じられた味だった。
真夜中に起きていること。誰にも言わずに台所に立つこと。冷たいタイルの上をほぼ裸足で歩くこと。禁止ではないけれど想定されていない行為。日常のルールからほんの少し外れただけで——
世界が違って見える。
深夜三時の散歩と同じだった。
あの夏に私がしたことは、中学二年の冬にしたことの延長線上にあった。ルーティンの外に出る。決められた手順を外れる。判を押す代わりに、判を持った手を止めて、紙のほうを見る。紙にはまだ何も書かれていない。何も書かれていない紙の白さが、押されたインクの色よりも鮮やかに見える。
あの鮮やかさは、「外れている」ときだけ見える。
「外れている」ことを自覚しているときだけ感じられる。
だから二度目のラーメンには、あの味がなかったのだ。中学二年の冬に味わったあの密度は、一度きりのものだった。二度目に作ったら、もう秘密ではない。三度目には日常になる。深夜のラーメンが「深夜のラーメンという名前のルーティン」に組み込まれた瞬間に、特別さは消える。
深夜三時の散歩も同じだった。
最初の夜は特別だった。二度目も三度目もまだ特別だった。でもアラームをセットした時点で、外れることが新しいルーティンになった。外れることを予定に組み込んだ時点で、それはもう「外れている」のではなく、「別のルールに従っている」だけだった。
そしてカイと出会って、名前を知って、LINEを交換して、昼間に会って——そのすべてが、深夜三時の世界を昼間のルールに翻訳する作業だった。外れたものを元に戻す作業。特別を普通に変換する作業。
私はあの世界を失ったのではない。
自分でルールの中に回収したのだ。
*
父がラーメンをすすっている。音を立てて。男の人がラーメンを食べるときの、あの遠慮のない音。
「父さんはいつもこれ食べてから仕事行くの」
「ん。腹が減るからな」
「いつから」
「いつからって、ずっとだ。お前が小さいころから」
二十年。父は二十年間、早朝にサッポロ一番の味噌を作って食べてから仕事に行っていた。私が知らなかっただけで。
「おいしい?」
「おいしいっていうか、これがないと一日始まらん」
儀式だ。カイのBOSSのブラックと同じ。父のサッポロ一番の味噌。毎朝同じものを食べることで一日のスイッチを入れる。
「飽きない?」
「飽きん」
父は短く言って、スープを飲んだ。
窓の外が明るくなっていた。東の空が白からうすい黄色に変わり、雲の端がオレンジ色に染まっていた。三月の朝焼け。静かな光。派手ではない。夏の朝焼けのような劇的な色彩ではない。控えめで、穏やかで、でも確かに世界を照らしている。
朝の光だった。
深夜三時の、あの名前のない色ではない。紺色でも紫でも藍でもない。朝の、普通の、誰にでも見える光。
私はもう「朝の側」にいる。
深夜三時の世界は、あちら側にある。国境線の向こう。天井のクロスの継ぎ目の向こう。ドアを開けた先の、暗い空気の中に。
私はこちら側にいる。朝の光の側に。コーヒーを一杯だけ淹れて、八時十二分の電車に乗って、食器を洗って、歯を磨いて、日付が変わる前に眠る側に。
戻ったのではない。帰ってきたのだ。正確に言えば、帰ってきたのですらない。ここがもともとの場所だった。深夜三時の世界は旅先だった。夏のあいだだけ開いていた、期間限定の展覧会のようなもの。展覧会は終わった。作品は撤去された。会場はもとの何もないホールに戻った。
でもパンフレットは手元にある。紺色のノート。「夜光」の空き缶。スマートフォンの中の写真とメモ。
記憶がある。
記憶は消えない。公園の時計が正常に戻っても、百合がシャッターから消えても、記憶の中には遅れる時計と薄青の百合がある。「夜光」の青い味を舌は覚えている。カイの声を耳は覚えている。深夜三時の空気を肌は覚えている。
記憶の中でだけ、あの世界はまだ回っている。
それは悲しいことだろうか。
わからなかった。悲しいような、悲しくないような。コップの水が半分ある。半分しかないと見るか、半分もあると見るか。どちらも正しくて、どちらも正しくない。
ラーメンをすすった。味噌のスープが体に染みた。温かかった。三月の早朝に食べるインスタントラーメンは、特別ではなかったけれど、確かにおいしかった。
「あの頃なんであんなにおいしかったんだろう」
口に出していた。独り言のつもりだった。
「なんだ」
「中学のとき、テスト勉強してて、夜中にこれ作って食べたことがあるの。すごくおいしかった」
「知ってる」
「え?」
「鍋、洗ってなかっただろ。翌朝残ってた」
知っていたのだ。父は知っていた。秘密だと思っていた深夜のラーメンは、翌朝の鍋によって父にばれていた。
「怒らなかったの」
「なんで怒るんだ。ラーメン食っただけだろ」
「……そうだけど」
「腹が減ったら食えばいい。何時でも」
父はそう言って、丼のスープを最後まで飲み干した。
何時でも。
父にとっては、それだけのことだった。夜中にラーメンを食べることは、ルール違反ではない。腹が減ったら食べる。それだけ。早朝でも深夜でも。時間帯は関係ない。父の中に、「夜中に食べるラーメンは特別」というカテゴリーは存在しなかった。
そうか、と思った。
あの特別さは、私が勝手に作り出したものだった。「ルールを破っている」という自意識が、味噌ラーメンにスパイスを加えていた。実際にはルールなど存在しなかった。父に見つかっても怒られることはなかった。禁じられてなどいなかった。
深夜三時の散歩も——
深夜三時に外に出ることを禁じる法律はない。深夜三時のコンビニは営業している。深夜三時の道路は公道だ。誰でも歩ける。誰でも自販機で飲み物を買える。誰でも公園のベンチに座れる。
特別だったのは時間帯ではなく、私の目だった。
ルーティンの外に出たという自覚が、目のフィルターを変えていた。世界は同じだった。百合は最初からシャッターに描かれていたのかもしれないし、描かれていなかったのかもしれない。時計は遅れていたのかもしれないし、遅れていなかったのかもしれない。「夜光」は本当にあったのかもしれないし——
いや。あった。空き缶がある。バーコードのない缶が四本、部屋の本棚の脇にある。あれは本物だ。
全部が幻想だったとは思わない。でも全部が客観的事実だったとも思わない。たぶん、その中間のどこかに、あの世界はあった。私の目が変わったことで見えるようになったものと、もともとそこにあったものが、混ざり合っている場所。どこからが主観でどこからが客観かの境界線がない場所。
深夜三時とは、そういう時間だった。
*
父が席を立った。丼をシンクに置いて、水を入れた。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
父が玄関に向かった。作業着のジャケットを着て、ヘルメットを持って、安全靴を履いた。
「夕飯は要らん。現場の打ち上げがある」
「わかった」
ドアが開いて、閉まった。
父が出て行った後の台所に、ラーメンの匂いが残っていた。味噌の匂い。湯気はもう消えていたけれど、匂いはまだ空気の中にあった。
テーブルの上に丼が二つ。箸が二膳。スープの残りが丼の底に少しだけある。
窓の外は明るかった。
朝の光が台所に差し込んでいた。白い光。影が薄い。朝の七時前の光は、まだ角度が低くて、窓の下半分だけを照らしていた。テーブルの上に光の四角い形が落ちている。
私は丼を持ち上げて、残ったスープを飲んだ。
ぬるくなっていた。でもおいしかった。味噌の塩気が舌に残った。
丼を洗った。箸を洗った。鍋を洗った。シンクを拭いた。台所をきれいにした。食べた後に片づける。いつもの手順。
窓の外を見た。空は完全に明るくなっていた。雲が薄いピンク色に染まっていた。三月の朝の空。
ここにいる。
朝の側にいる。
それで十分だと思おうとした。
「思おうとした」。まだ完全には思えていない。でも思おうとしている。思おうとすることは、いつか思えるようになるための最初の一歩かもしれないし、永遠に「思おうとしている」のままかもしれない。
どちらでもいい。今は。
父のラーメンの味が、まだ口の中にあった。特別ではない味。毎朝の味。儀式の味。飽きない味。
それだけで——
それだけで。
句点を打てなかった。「それだけで十分だ」と言い切ることが、まだできなかった。「それだけで十分ではない」と否定することも、できなかった。どちらでもない場所に、今の私は立っている。
どちらでもない場所。昼でも夜でもない場所。特別でも普通でもない場所。
そこに立っている。
立っていることだけが、今の私に確かなことだった。




