62話 2人きり
その声の主は暗くて姿がはっきりしないけど、すぐにわかった。聞き間違えるはずない、大好きなその声だったから。
「何で……?」
何でイーギス様がここに……。
「俺は倉庫で調べ物をしてて、鍵閉められたの?」
その言葉にハッとする。これは……、イーギス様とフローラのイベントだ。何でまさか私が、なんて。
「待ってね、今開けるから」
イーギス様が本を置いて、ドアに手をかける。だけどびくともしなくて、イーギス様は振り向いて苦笑した。
「ごめん、開かないみたいだ。誰か来るまで待とう」
「無駄です、誰も来ないです」
少なくとも一晩はここで過ごすことになるだろう。閉じ込められて悲しいのに、イーギス様がいる安心感とフローラとのイベントを奪ってしまった罪悪感でぐちゃぐちゃだ。
「ナターシャ、大丈夫だから」
涙を流す私をそっと抱きしめて、イーギス様が背中をとんとんと叩いてくれる。
「ごめんなさい、フローラじゃなくて……」
「何で?ナターシャが1人で閉じ込められなくてよかったと思ってるよ」
ずっと一緒にいたのに、イーギス様の胸は大きくて私はイーギス様に抱きついて泣いた。イーギス様の大きくて暖かい腕に安心する。あんなに小さかったのに、いつの間にこんな大きくなったんだろう。
「ナターシャ、何持ってるの?」
ふとイーギス様が私の体を離して手に触れる。あ。
「カップケーキです。フローラがイーギス様にあげようとしていた……」
「フローラが?ああ、そういえば言ってたな……」
納得するイーギス様に胸が締め付けられる。私が望んだことなのに、もうフローラとイーギス様はそんな親密になっていたのか。しかも私が知らないイベントまで起こってるし。
「フローラから奪っただけですから、イーギス様食べていいですよ。お腹空いちゃうだろうし」
「ナターシャが全部食べな」
カップケーキをあげると、イーギス様が私の口につける。甘くてふんわりしていて、口を開けそうになった。私はイーギス様の手を押し返す。
「フローラはイーギス様のために作ったんです」
「でも俺は要らないんだ。フローラにも言ったんだけどな、ナターシャのご飯の方が美味しいし」
頭を掻くイーギス様を見上げる。フローラの前でも、私の話をしたの……?
「ねぇナターシャ」
静かな倉庫で、イーギス様の声が耳に届く。耳に息がかかってくすぐったい。だけど、イーギス様と離れたくないと思った。
「フローラとも話してみたんだけどさ、やっぱりナターシャとは全然違うよ」
「違うって、」
その先の話を想像ついてるのにわざわざ聞く私はなんて性格悪いんだろう。イーギス様と一緒にいて、よりそう思った。
「ナターシャに対する思いは特別なんだ。家族だからじゃない、恋なんだ」
「イーギス様……」
その言葉が嬉しくて、私は涙を流す。イーギス様は戸惑いながらも私の涙を掬ってくれる。この気持ちが何なのか、鈍感な私でもわかる。あの頃は平気だったのに、今はイーギス様をフローラに取られると考えるだけで胸が痛い。それがイーギス様の幸せだとしても。
「イーギス様は、私といて幸せですか?」
「幸せだよ。ナターシャ以外には何もいらない」
そう言って、イーギス様は私を抱きしめた。




