46話 愛してるからこそ
逃げる私をイーギス様が追いかけてくる。
「イーギス様!イーギス様の愛する人は他にいます!」
ドレスを持ち上げて浜辺を全力で走る私を、イーギス様は追いかけてくる。人生の最推しに追いかけられるこの状況を、誰もが一度は夢見たことがあるだろう。だけど私はヒロイン×イーギス様のカップリングが見たいのだ。
「ナターシャ、何でそんなことを言うんだい?」
私が居てもお構いなしに女遊びをしてたから安心しきっていた。イーギス様の腕が私に伸び、抱きしめる。じたばた暴れても、力強いイーギス様の腕の中からは逃げられやしない。足を振り上げると水飛沫が顔にかかる。イーギス様は私を抱きしめたまましゃがんだ。
「俺がどれほどナターシャのことを愛してると思ってるんだ」
私の首元に吸い付いて、イーギス様が愛を囁く。私はイーギス様の幸せのために、フローラと結ばれてほしいのに。甘い言葉に揺らいでしまう。
「イーギス様、私は悪役令嬢です」
「ナターシャは俺のフィアンセだ。お願いだから、どこにも行かないで」
イーギス様からは想像つかないようなか細い声に、私はイーギス様の方を向く。美しい顔、深い紺色の瞳、長いまつ毛に白い肌。一つ一つが私の大好きなイーギス様そのもので。
「ダメですって」
だからこそ幸せになってほしい。私は心を鬼にしてイーギス様を突き放す。イーギス様、私の一生のお願いです。
「誰よりも幸せになってください」
それがファンの、1番の望みなんだから。
「だから、ナターシャがいないとダメなんだ」
イーギス様が私の頬を両手で掴む。不安なのかイーギス様の瞳が揺れる。突き放さなきゃダメなのに、イーギス様のそんな表情を見たら私は戸惑った。今のイーギス様から私が離れるのは得策じゃないのかもしれない。イーギス様にとっての私は、お姉ちゃんみたいなものなんだろう。昔から側に私しかいなかったから、イーギス様は私に執着してるんだ……。
「わかりました」
イーギス様の背中に手を伸ばして、そっと抱きしめる。
「イーギス様の側にいますから」
「ナターシャ……」
ぎゅーっと強く私を抱きしめるイーギス様。
「イーギス様、立たないと砂で汚れてしまいますわ」
「もう少しだけ」
私の肩に顔を埋めて、イーギス様は呟く。推しに対してこんな感情を抱くのも変だけど、私にとっても今のイーギス様は弟みたいな存在だった。
「ナターシャ、立って足あげて」
「え?」
いつの間に拾ってたのか、イーギス様が私に靴下を履かせる。時折イーギス様の指が肌に触れてくすぐったかった。
「イーギス様、自分でできますから」
「いいから、そのままにして」
イーギス様は微笑んで、私に靴を履かせてくれる。フローラと幸せになることを望んでるけど、こんなに愛を向けられて正直悪い気はしない。推しに構ってもらえて喜ばない人なんていないと思う。靴を履くと、イーギス様が私の手を掴む。私たちは手を繋いだまま、イーギス様の乗ってきた馬車に乗った。イーギス様は私の隣に座り、強く私を抱きしめる。
「もう逃げませんよ」
「ナターシャは信用できないから」
ひどい言われようだ。だけど、私が側にいなかった期間イーギス様は1人で耐えてきたんだと思うと突き放そうとは思えなかった。




