40話 悪役令嬢
イーギス様の世話をして1ヶ月が経った。離れにいるから義家族と会わなくて、むしろ気が楽だった。
「ナターシャ、なんか楽しそう」
「え、そうですか?」
イーギス様は大変な状況だと言うのに、私が楽しんでて申し訳ない。けれどシナリオを変える能力がないから、せいぜいイーギス様の側にいてお世話をすることしかやることがなかった。こうやって毎日、朝から晩までイーギス様を眺めていられる。こんなに幸せなことはないだろう。もっと欲を言うなら、15歳になったイーギス様のお世話をしたい。だから、早くゲームが始まってほしかった。
「イーギス様がこんなところに閉じ込められてるなんてありえないわ!」
今日も朝食を取ってると、廊下からそんな声が聞こえてくる。顔を上げて不思議そうにするイーギス様とは反対に、私は眉を顰めた。何でこの声がこの家で聞こえるんだろう。
「誰だろう」
「開けなくていいです」
席を立って扉の方に行くイーギス様を止める。だが、イーギス様が手を伸ばすよりも前に扉が開いた。やっぱりエイシアだ。
「イーギス様っ!」
エイシアはイーギス様に飛びつく。
「わっ」
一瞬後ろに傾いたイーギス様は何とかエイシアを受け止める。私は席を立ってエイシアを引き剥がした。
「なぜエイシアがここにいるんです」
低い声でエイシアを責めると、ふふんっとエイシアは偉そうに笑う。
「お姉様の役目はここまでですわ。私がイーギス様の婚約者になるんですもの」
「「え?」」
胸に手を添えて自慢げにエイシアが言う。私は頭が痛くなった。前もそんなこと言ってたような気がするけど、そんな簡単に鞍替えできるわけない。
「嘘はやめなさい、エイシア」
「そうだよ。俺の婚約者はナターシャだけだ」
イーギス様がエイシアから手を離し、私の肩を抱き寄せる。エイシアはそんなイーギス様と私を引き剥がして、イーギス様に抱きついた。
「嘘じゃないですわ。ずっとお父様に交渉してましたもの。私とイーギス様が婚約者になれるように」
「嘘よ。お父様は私に聞かずに決めるわけないわ」
いつも平等だったのに、こんな大事なことでエイシアを贔屓するわけない。ゲームの中のキャラクターとはいえ、3年一緒にいた信頼がお父様にはある。だけどエイシアは嘲笑って私を見上げる。
「お姉様が悪いのよ。家に帰らないでイーギス様の家に入り浸るから。お父様は寂しがってたわ」
「だとしても!こんなの卑怯だわ。エイシアがイーギス様の婚約者になっても変わらないじゃない」
これはシナリオの強制力だというのだろうか。私が悪役令嬢らしく振る舞わないから、その役目がエイシアに変わった。まるで私がこの世界のヒロインみたいに、妹に婚約者を取られる日が来るなんて……想像もしてなかった。
「俺は反対だ。ナターシャ以外と婚約する気はない」
「2人の意思なんてどうでもいいのよ。これは家同士の婚約だわ。公爵様も私の方が婚約者に相応しいと思ったのね」
嘘だ。グランドル公爵は私がイーギス様の側にいることを了承してたのに、こんな簡単にエイシアに代わられるなんて。もっとエイシアを問い詰めようと思ったけど、エイシアの連れてきた使用人に腕を掴まれてイーギス様から離される。
「ナターシャ、俺は絶対に認めない!」
「もちろんですわ」
エイシアが婚約者なんかになったら、イーギス様を苦しめるだけ。だから、これだけは絶対に譲れない。そう思ってたのに。




