38話 変わってしまった人
私はグランドル公爵の部屋に行く。
「ナターシャ様、旦那様はお忙しいのでお引き取りを」
「今日は絶対話するわ」
書斎の前に立ってる執事に止められるが、気にせず私は身を乗り出して扉をノックする。
「ナターシャ様」
「グランドル公爵!お話があるのですわ!」
大きな声で呼びかけても返事はない。絶対に部屋にいるのに。
「グランドル公爵!どうしてイーギス様が酷い目に遭ってても無視するんですの!可愛い我が子じゃないんですか!」
「ナターシャ様、お静かに」
ずるずると引きずられて書斎の前から剥がされる。私はさらに大きな声を出した。
「それでも、イーギス様のお父様ですの?!そんなの、公爵の位に相応しくないですわ!」
私が叫ぶとようやく書斎の扉が開く。冷酷な表情で、グランドル公爵が私を見た。
「おとなしくしてなさい、ナターシャ。さもなくば君を追い出さなければいけなくなる」
静かに、グランドル公爵が言う。本当にあの、グランドル公爵なのだろうか。睨む私に近づいて、グランドル公爵は私の頭に手を乗せた。
「サリアは王族の家系だ。私でもコントロールは出来ない。だから、ナターシャがイーギスのそばにいてあげてくれ」
そう言って、グランドル公爵は書斎に戻る。そんなの、ずるい。事情をちらつかせても結局イーギス様を守ってあげられない、父親失格じゃない。だけど、これ以上喚いてもどうしようもないことはわかる。私はおとなしくイーギス様の部屋に行った。
「ナターシャ、おかえり。そんな暗い顔しないで」
「イーギス様、侍女が誰もいなくても大丈夫ですわ。私がついてますもの」
顔を上げて、ドンッと胸を叩く。イーギス様はふわりと笑った。
「そうだね、ナターシャがいてくれたら何も要らないよ」
「もっと願ってもいいんですわよ」
私はイーギス様に近づいて頭を撫でる。早くにお母様を亡くしてるから、望むことをしなくなったのかもしれない。でも私は、イーギス様には子供らしくいてほしいのだ。
「本当だよ。ナターシャも俺がいればいいでしょ?」
「……まぁ、それが私の存在理由ですし」
私の肩に腕を乗せて、イーギス様がこてんと首を傾げる。この世界に来たのも、この世界に留まってるのも全てはイーギス様を幸せにするため。だから常に笑っててほしいのだ。イーギス様の困難を全て取り除いてあげたい。なぜ私はイーギス様の母親ではなく、婚約者になってしまったんだろうか。
「ナターシャ、難しいこと考えてる?」
「どうしたらイーギス様を幸せにできるか考えてましたわ」
不思議そうに私を見るイーギス様に素直に答える。イーギス様は私の手を掴んで、小指を絡めた。
「ナターシャがずっとそばにいてくれたら、俺は幸せだよ」
「……イーギス様は良い子ですわね」
もっと望んだっていいのに。まだフローラに恋してないのか、望みが少なくて心配になる。天使の笑顔を私に見せるイーギス様に、今考えても仕方ないと思って私は微笑んだ。
「本当だよ、ナターシャ。だから俺から離れないで」
約束、とイーギス様が笑う。私だってそうしたい。そう出来ると思っていた。




