37話 無力な転生者
ドンッと大きな音がして、私は急いで駆けつけた。継母がイーギス様を突き飛ばしたのか、イーギス様が倒れている。
「イーギス様!」
私は駆け寄って、イーギス様の体を起こす。キッと継母を睨んだ。
「そんな顔しても無駄よ。敷地内に置いておくだけでも感謝しなさい」
「イーギス様に謝って!」
もう我慢できなくて、私は声を荒げる。継母の後ろにいたリーゼルが、継母にしがみついた。
「こわーい。せっかくママが優しくしてあげてるのに」
「離れもいいところだと思うよ」
思ってないくせに。3人揃ってたら敵わなくて、だけどそれが悔しかった。
「この家はイーギス様の家よ!」
私は立ち上がって、継母を突き飛ばす。きゃっ、とわざとらしく継母は床にしゃがんだ。
「何よ!生意気ね!」
「ナターシャ!」
手を上げようとする継母に目を瞑ると、イーギス様が私を抱きしめる。バシンとイーギス様が叩かれた。
「イーギス様……」
「ナターシャ、俺は大丈夫だから」
大丈夫なわけない。そんな暗い顔して、イーギス様にそんな顔をさせることが許せない。
「イーギス様に謝ってよ!」
「私は悪くないわ!不満があるならあなたが出て行きなさい!」
フンッと立ち上がって継母たちが去っていく。反対から使用人たちが来て、イーギス様や私の部屋の荷物を運び出してくのが見えた。
「イーギス様……、こんなの理不尽です……。グランドル公爵に訴えましょう」
「無駄だよ、お父様はあの人を愛してるんだ」
そんな……。イーギス様がこんな目に遭ってるというのに、息子のイーギス様は大切じゃないとでもいうのだろうか。
「それより、ナターシャ。俺を庇って今みたいなことしないで」
「でも、」
イーギス様が私の頬に触れる。
「ナターシャが追い出されたら、俺は耐えられないんだ」
「……イーギス様、私の家に来ませんか?」
この家がダメなら私の家がある。公爵家ほど豪華じゃないけど、暮らしていくには十分なはずだ。イーギス様は首を横にふる。
「俺は、この家を出れない」
こんな扱いを受けてるというのに、異世界の常識は私には理解できない。暗い顔して俯くイーギス様を、私は抱きしめた。
「イーギス様、きっと良くなる日が来ます。イーギス様がずっと幸せになれる未来がそのうち来ますから」
「ナターシャ……」
ゲーム本編が始まって、フローラがイーギス様ルートに進めばすぐに幸せになれる。私はそれを知っているから。
「ナターシャ、早く俺を好きになって」
耳元で囁かれた言葉にドキッとする。でも私はそれには応えられないんだ。
「イーギス様の幸せを願っています」
それだけは変わらない確かな愛の形。イーギス様の髪を撫で、耳にキスをする。私の愛情だけでイーギス様を救えるとは思ってないけど、イーギス様が幸せになれるように。
「ナターシャ、ナターシャ」
私の存在を確かめるように抱きしめるイーギス様の背中を優しく叩く。わずか10歳の子供が、こんな辛い思いしていい訳がない。それでも、私が追い出される危険を犯すのは私には出来なかった。




