余興②ボツ案2公開-3
「あっははははは!」
放課後。オレは自席に座って黒崎くんと雑談していた。自己紹介での黒崎くんを思い出してかなり笑った。のけぞった姿勢を元に戻すと、黒崎くんは涙目でむくれていた。
「笑いすぎだよ! そのおかげでクラスの親睦会にお呼ばれしたんだからな! 君も来るかい?」
「あ〜……オレはなぁ」
せっかくのお誘いありがたいけど、騒がしいのは得意じゃない。視線を泳がせて断る理由を探していた。
と、大きな黒目と目が合う。いつのまにか、目の前に黒井さんが立っていた。怯える黒崎くんを無視して、黒井さんは無機質なトーンでこう言った。
「おう由仁助……お前ちょっと、面貸せや」
渡りに船とはまさにこのこと。二つ返事で立ち上がると、困惑気味の黒崎くんに別れの挨拶をした。
* * *
オレは黒井さんに人気のない階段の踊り場に連れて来られる。黒井さんは周囲に人がいないことを確認して、一気にオレに詰め寄った。
「事務室で見たこと、全部忘れること。いい? 私とあんたは会ってないし、会話もしていない」
「……せっかく作ったキャラが崩れるから?」
「キャ、キャラとか言うな! 私も頑張ってるんだから! あんまナメんなよ! もしバラしたら……」
黒井さんはオレに詰め寄り、怖そうな顔をして凄んでみせる。
「どうなるの?」
「えっ? あのー、それはそのー……ろ、蝋人形にしてやろうか!」
全然怖くない……。
「ん? つまり、オレは黒井さんの弱みを握っているということになるのか?」
ヤンキーの黒井さんが実は高校デビューの普通の女の子でした、なんてことが知れ渡ったら、黒井さんの高校生活ははっきり言ってジ・エンドだ。イメージが崩れる反動でめちゃくちゃナメられるし、普通に恥ずかしい。
黒井さんは悔しげに唇を噛んだ。なんだろう、オレ相手なら勢いで騙せると思ったんだろうか。残念でした。オレはその手の漫画いっぱい読んでるから詳しいんだ。ライアーゲームとか超好きだから。
「くっ……わ、わかった。わかりました。代わりに、なんでもひとつだけ言うこと聞きます。だから、このことは絶対黙っててください」
「……なんでも?」
「な、なんでも!」
言いながら、黒井さんは涙目になって脚も小刻みに震えている。震える手は縋るようにスカートの裾を握りしめて、ギリギリの精神力で虚勢を張っている。この子がここまで意固地になる理由ってなんだ?
それが気になったので、オレが黒井さんにする願いはこれにした。
「それじゃ――黒井さんには、ペン回し部のメンバーになってもらいます」
「へ……?」
黒井さんは、ふぬけたような声を出した。一体オレがどんなひどいお願いをすると思ってたんだ。失礼しちゃうよ、まったく。
「ちなみに部長オレね」
「――何?」
黒井さんの雰囲気が明らかに変わった。ざわ……と踊り場の窓から覗く木の葉が揺れて、黒井さんの霊圧的なものが爆発的に跳ね上がった。
「ペン回しで貴様の軍門にくだる――? それは、この私が『ダブルチャージの黒井』と知っての失言か?」
黒井さんはブレザーの内ポケットに手を入れたかと思うと、拳銃を抜くような動作で黒光りするものを取り出した。
「へぇ……『ドクターグリップCL』とはわかってるじゃない」
「当然、鉄芯も抜いてある……普段使い用に『G-SPEC』も持ってるけど、クリップがないこのモデルはペン回しに最適……勝負しろ、或波由仁助。私が勝ったら部長の座は譲ることね」
「部には入ってくれるんだ」
「約束は守る。早いこと得物を抜きな」
西部劇のようなセリフを吐く黒井さん。その目には今までの冷めた色はなく、火傷しそうな闘志がみなぎっていた。オレは、昨晩感じた体の内側をくすぐられるようなドキドキを思い出した。自然と笑みが浮かぶ。
「ふふ……面白い。入学そうそうこんな大物とやり合うとは、ついてるよ。いいね、やる気のある部員は大歓迎だ!」
オレも、ブレザーの内ポケットから相棒を取り出す。uniアルファゲル-クルトガエンジン搭載モデルに、フレフレビートニックのフリシャーパーツを移植した改造ペンだ。要するに、機能付きシャーペンの2大巨塔であるクルトガとフリシャーの両方を搭載したオレ専用の最強ペン。現在フレフレビートニックは廃盤になっており、今やロストテクノロジーと化したそれを備えたオレの愛機にはかなりロマンが詰まっている。
「『uni α-gel クルトガエンジン搭載モデル』? ドクグリCL一強のペン回しシーンに、そんなオモチャで何ができる?」
「ふっ、わからないのか? オレがコイツを採用する『理由』が……」
「何っ……!? まさか、いや、ありえない。鉄芯抜きCLこそ正義。フリシャー機構というアイデンティティを犠牲にして性能をペン回しに振り切った改造ドクグリが、握りやすいやわらかグリップにクルトガ機構まで搭載された半端者に負けるわけが――」
「簡単なことさ。コイツはuni α-gel。そしてオレの名は『或波 由仁助』! まさに、このペンを回すために生まれてきたような男だ!」
そして妹の名前はクルミだ。まさに、日本一uni α-gelに近い男と言えよう。
「くだらない……私は少々貴様を買い被っていたようだな……いいだろう、そのくだらない御託ごと、我がドクグリの黒ずみにしてやる!」
黒井さんはDr.Grip CLを構える。市販シャーペンの中ではペン回しに最も適した機種のひとつとされていて、オレ調べによれば校内ペン回し界のメインストリームはこの機種である。その中をアルファゲル一本で勝負するオレはやはりロマンチストである。
ところで、ペン回し勝負って具体的に何をするんだろう。そう思ったら、黒井さんは1,2,1のスプレッドトリプルーー通称サイクロンを決めた。競技用じゃないペンでこの技を決めるなんて、この子間違いなく実力者だ。
黒井さんは勝ち誇ったようなドヤ顔でオレを見る。素晴らしい技術だ。黒井さんにはぜひ我がペン回し部のメンバーになってもらいたい。
オレはダブルチャージからのガトリング、〆にリシャーボの3連発でこの勝負を終わらせた。黒井さんの目が点になり、手からペンがカタリと落ちた。口なんか半開きになっている。何か言わなきゃいけない雰囲気なので、次元大介から名台詞を引用する。
「黒井さんがどれだけ環境ペンを回そうが知ったことじゃないが……オレに言わせりゃ浪漫に欠けるな」
「……負けた! ペン回し部でもなんでも入ってやるわい! その代わり、あのことは絶対秘密だからね!」
黒井さんはオレから紙を奪い取り、名簿一覧に署名した。何はともあれ、今日だけで4人集まった。正式な申請書は明日先生にもらおう。
黒井さんから渡された名簿を見る。「黒井根子」。
「黒井……ねっこ?」
「ねつこ! 黒井根子!」
「失礼。ときに黒井さん。なんでそこまでしてヤンキーになりきろうとするの?」
「そんなの……或波くんには、関係ないじゃん」
黒井さんは、ヤンキーキャラとは違う、冷たい声で突っぱねた。話は終わりと言わんばかりに、そのまま階段を降りて行ってしまった。
* * *
「――ってことがあってね、いやーなかなか面白い入学式だったよ」
オレは、妹のクルミと通話して今日の出来事を話して聞かせた。クルミは楽しそうに笑っていた。
「なに、涼夏ちゃんとはいつ結婚するのか、だって? だから、オレたち別にそんなんじゃないって。はいはい、クルミは涼夏ちゃん大好きだもんな……ふふ、そうだね、みんなのおかげで、これからは楽しい話がいっぱいできそうだよ。……じゃ、また明日」
オレはクルミとの通話を終了する。線香はほとんど燃え尽きて灰になっていた。




