11.1 手紙
一芸研究会の設立から二ヶ月。
夏季休暇前に、本団体の活動記録を報告する。
先ず、校内外の奉仕活動について。教室の清掃7件。敷地内の草むしり3件。プール清掃1件。地域のゴミ拾いのボランティア活動1件。その他雑務多数を、滞りなく完遂した。また、先週実施した児童館への出張は子どもたちに大好評を博したことをここに記す。
次いで、部員の個人活動について報告する。
部長である遊仁 或波は放課後に志望者を募り、ペン回しの技術指導を始めることで一般への普及活動に取り組んでいる。共通の趣味を持つ友人に囲まれ、充実した日々を過ごしている。
乾 涼夏はルービックキューブに打ち込み、自身のYouTubeでの動画投稿を周囲に公表した。チャンネル登録者数1000人という目標の達成は険しいものになるだろうが、その困難すら楽しみながら日々格闘している。
兎澤 文乃はかつて悪用していた卓越したヨーヨーの腕を買われて『風紀委員』の特例保安官に就任した。教師の目の届かない不良生徒を取り締まることで、理不尽な力のない学校を作りたいと本人は語る。
根古屋 薙はネット上での音楽活動と両立して、最近は無遅刻無欠席で学校生活に参加している。社会復帰を果たす上で、彼女の中で本団体が居場所になっていたことは言うまでもない。
そして、
「……」
そこまで書いて俺はペンを置いた。空き教室のドアがガラリと開く音がしたのだ。大塚先生の計らいで、引き続き活動場所としてこの部屋が割り当てられていた。俺は首をめぐらせて入ってきた人物を見る。
「おーっす! 早いねシロー!」
パーコだった。相変わらずの短いスカートに活動的なスニーカー。長袖のシャツの袖口をまくり、夏服を謳歌している。あれからまた少し髪が伸びた。ふわふわとした金髪のショートボブをシュシュでひとつに結んでいる。尻尾が揺れているみたいで、ますます犬っぽくなる。
「なに書いてんの?」
パーコはこちらに歩きながらそう訊いてきた。俺は机上のA4用紙をつまんでその眼前に突きつけた。
「活動報告書。大塚先生に書けって言われただろ」
「いやマジメかっ! 明日から夏休みだよ!? 暗い暗い! うぇ〜い!」
「ちょっ、やめ、肩パンすんな! 痛った! チッ! マジで加減しろ!」
続いてドアが開く。子供料金で改札通れるんじゃねーかってくらいチビな男と、それより小柄な女子。肩にかかる黒髪を外ハネにしていて、胸元のリボンは青。やってきたのはユニ助とキャロさんだった。
「おーおー今日も仲良さそうだな!」
「冗談にしちゃ面白くねーぞ」
「……風紀の乱れは取り締まるぞ」
「何がですか!?」
キャロさんにもいつもの無表情でからかわれる。鷹爪高校のテロリストが、今や風紀を守る保安官様だ。左手首にはその証である黒のリストバンドが巻かれている。有事の際に出動する人型兵器という扱いらしい。
「ふん、相変わらずバカみたいな空間だな」
遅れてきた根古屋はいつもの憎まれ口を叩くと、カバンからノートPCを取り出して無造作な動作で机に置いた。赤髪のツインテールは健在。夏なのでピンクのパーカーを重ね着するスタイルをやめて、サイズの大きいバンドTシャツを着ている。
「うわ、それ新曲!? すっげー! 画面見ても何やってるか全然わかんねー!」
画面を覗き込んだユニ助が無自覚に距離を詰める。根古屋は赤く染まった頬を見られないようにそっぽを向いた。
「寄るな、クソチビが! べつに、あんたのために作ってんじゃないから!」
「マジか新曲かぁ! 俺お前の曲めっちゃ好きだからさ! 完成したら一番に聴かせてくれよ! な!?」
「ダメ」
「ええええ!?」
「ふん、明日からそのうっとおしい顔を見なくて済むと思うとせいせいするな!」
根古屋がいつものツンデレを発動していると、パーコが何か思いついたような顔をした。
「てか夏休みどうするー? なんか活動するん?」
俺はユニ助の代わりにその問いに答えた。
「夏休み中は教室の使用許可降りなかった。まあ部活じゃないからな」
「まじかー、あ! じゃあ、あれやる!? 合宿やっちゃう!?」
「はあ? やらね〜よ」
「でも、どっかで会いたいよな! 夏休み中も! 都合いいとき集まろーぜ!」
「やれやれ、このボクはお前らと違って忙しいんだよ。……だから、予定は早めにくれ」
「キャロちゃん先輩はどうですかっ!?」
「構わんよ」
「やったー! ねね、どこ行くユニ助! せっかくだから学校の外で集まろ!」
「そーだな! おいシロー! 一緒に考えるぞ!」
みんな、わいわいと夏休みの予定について好き勝手喋っている。俺ひとりでは静かだった部屋が一気に騒がしくなった。
「ちぇっ、報告書どころじゃねえや」
俺はため息をついてスラックスのポケットに手を入れた。いくつかのロリポップキャンディを取り出して机にバラまく。カラフルなそれらは、一つずつ味が違う。
サイダー味のロリポップキャンディを選んで口に入れると、口の中で歯と当たり、カロンとくぐもった音が鳴る。やはり飴は甘いものに限る。
「俺にもアメちゃんくれ!」
「いいないいなー! えーっとね、イチゴもらい!」
「……普通の味なら、なんでもいい」
「ふん、ボクの舌はプリン味しか受け付けないんだけど?」
「どいつもこいつも好き勝手言いやがって!」
棒を軽く噛み、くわえタバコのようなポーズで報告書を眺め、消しゴムを手に取った。半端な書き出しを消すと、再びペンを握る。
何かを始めるのに、遅すぎることはない。
どこかの誰かに擦られまくった有名な名言だが、そんなものは嘘っぱちだ。
全ては遅すぎる。だから、今すぐ始めねば間に合わないのだ。
本報告書の著者である黒崎は、『小説執筆』を新たに開始した。メンバーとの交流を通して、自身の掲げた『何者かになる』目標を達成するために、何か一つのことを手放さずに続けてみようと考えた。
誰にも負けない一芸を持つ彼らは俺の憧れである。高校生活三年間をかけて、自分の中でそれを誇れるものにできたとき、俺も彼らの背中に追いつくことができるかもしれない。いや、追いついてみせる。
現在は基礎的な脚本術を学習中であり、年度末の目標は、本団体の設立までの軌跡を一本の小説に書き起こすことだ。
その小説の完成をもって、年度末の活動報告とさせて頂く次第である。
一芸研究会 書記 一年六組 黒崎 志狼
以上で本編は完結となります。一年間に渡りお付き合いいただきありがとうございました。あまりに遅筆なせいで更新をお待たせしてしまうことが多く、そこは反省点だったと思います。しかし、おかげさまで完結を迎えることができました。読者の皆様に改めてお礼申し上げます。
この後、ささやかながら余興の用意がありますので、もしよければあと少しだけお付き合いください。




