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ペン回し部は廃部です!  作者: 中二病でも小説が書きたい!
最終章 黒崎シローの独白
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10.5 走れ!⑤

 

 申請は却下だ。


 最初は、聞き間違いだと思った。現実味のないふわついた意識のまま棒立ちしていた。みんなが喜んだら、そのとき一緒に喜ぼうと思った。でも、凍りついたような場の静まりようから、だんだんとこれが現実だと分かった。


 そうか。終わったのか。俺の、俺たちの夢は。夢破れた敗北感と、定期試験後のような解放感がごちゃまぜになり、全身から力が抜けていく。


「なんでですか先生! 何が気に入らないっていうんですか!」


 ユニ助は、誰よりも早く凍りついた空気を突破して大塚先生に噛み付いた。腹の底を震わせるようなその声で、俺は金縛りが解けるみたいに全身の感覚を取り戻した。


「時間切れだ。規則は守れ」


「んな理由じゃ納得できないっすよ!」


「ガタガタ抜かすな!」


「いや抜かすね! たった数分がなんだってんだ! こっちはマジでやってんだよ! 入学式んときから今日まで! せっかくシローが戻ってきて、答えを出したんだ! それなのに、こんなのってあるかよ!」


「……」


「はっきり言えばいいだろ! 俺が気に食わねえって! 目障りだってよ! それを、ごまかすような言い方しやがって! シローが、どんな気持ちでここにいると思ってんだ! 俺の友達バカにすんなよ!」


「そうではない」


「じゃあなんだよ。先生。教えてくれよ、本当の理由を。じゃなきゃ、俺は死んでも死にきれねえっすよ」


 大塚先生は腕を組んで瞑目した。ユニ助の礼節を欠いた物言いには言及してこなかった。筋肉質な体が岩のように固まる。その沈黙は、何かを迷っているようにも見えた。ややあって、先生は長いため息をついた。


「……これは俺の独断ではない。この部活の是非を巡って、何度か職員会議で議論されてきた。そして、申請を許可しない方針が先週時点で既に決定していた」


 ユニ助は唖然とした様子で大塚先生を見上げた。先ほどまでの烈火のような弁舌は見る影もなく、ひゅっ、と音を立てて喉から空気が素通りする。


「部活動の新設、それも前代未聞の取り組みとなると、新しいものが嫌いな大人どもの腰は重くなる。情けないが、これがこの高校の現実だ。その理不尽に押し潰されるくらいなら、俺一人を憎んでいればよかった」


 根古屋が小声で悪態をついた。職員室の空気が重みを増した。デスクに座った先生たちは素知らぬ顔で何かの作業をしている。向こうの都合も分かる。ただでさえクソ忙しいのに、俺たちみたいな厄介者の面倒なんて見切れないってことだろう。だが、どこからか聞こえた他人事みたいなキーボードの打鍵音に、俺は言いようのない苛立ちを覚えた。


 俺は冷や汗をかいていた。焦りと苛立ちが腹の中を駆け巡った。こんなのありかよ。ペン回し部を作る道が、元から断たれていたなんて。クソったれ。ユニ助の夢をなんだと思ってやがる。はっ、俺が言えた義理じゃねえか。


 ユニ助は、ペン回しを、好きなことをする居場所を学校の中に作りたかった。そして、同じ思いを持つ仲間を。その真っ直ぐな夢は、眠たい大人たちの都合で、このまま握りつぶされてしまうのか。




 ――走るぞ!




 不意に、ユニ助の力強い声を思い出した。


 そうだ。


 走れ。


 諦めるな。


 目の前のことを簡単に手放すな。


 粘れ。考えろ。ペン回しをする居場所を作る方法を。正規ルートが存在しないなら、バグでも裏技でもチートでもなんでも使え。屁理屈は得意だったはずだろ。


 この2ヶ月の記憶を全て思い出せ。これは根古屋にはできない。ユニ助の隣で、ペン回し部の歴史を見続けてきた、お前にしかできないことだ。




『一体何してる部活なんだ? ペン回し部って』




 根古屋のことを考えたら、彼女が初めて部室に来た日のことを思い出した。


 あのとき、俺たちの自己紹介を聞いた根古屋はそう言ったんだ。全員の趣味がバラバラだったから疑問に思ったんだろうな。


『特に決まったことはしてないな』


『今はな! ペン回し部設立で忙しくて!』


 俺はそんなふうに答えて、後からユニ助が補足した。


『ペン回し禁止令もあるからねー」


『……ん?』


 パーコが何気なく発した聞き慣れない単語に、根古屋はぴくりと眉を動かす。そのわずかな困惑を、少なくとも俺は見逃さなかった。


『芽ヶ崎とペン回しで戦ったりな。流血沙汰になるとは思わなかったが、あの逆モヒカンには笑わせてもらったな』


『いやー私たちもけっこう頑張ったじゃん? 暗号ポスター貼りまくったり!』


『え? 暗号? え?』


 根古屋はまるで迷子の子供のように、きょろきょろと俺とパーコを見回した。そうそう、あのとき、根古屋をからかう流れになってたんだった。


『ポスターと言やぁ風紀委員がうっとーしーんだよな! 授業中にペン回しもできやしねーよ!』


「同好会潰しめ、仕事は果たしたということか……』


『ちょ! ちょっと待ってくれ! 知らないことをいっぱい言うな! ……クソっ、何笑ってんだ! このボクをからかってるのか!?』


 根古屋は羞恥に頬を染めてわめいた。思った以上に良いリアクションをする。こいつ、意外といじられキャラか、って思ったな。……。


 とりとめのない日常の回想の中に、俺はかすかな引っかかりを覚えていた。この中に答えがあると、俺の直感がそう告げていた。あのときの俺たちは、ものを知らない根古屋に、内輪の用語を浴びせてからかっていた。どこかで俺も似たことをされた。初めて聞く言葉に驚いたことが。それは……。


 前触れなくシナプスが弾けた。頭がフル回転し、電撃が貫通したみたいに痺れている。すげえ。すげえ、すげえ! これしかない!


「先生」


 俺は片手を上げた。


「一芸研究会を申請します。――『特別活動団体』として」


 大塚先生は、わずかに目を見開いた。手のひらにかいた汗を握りつぶし、俺は続けた。


「『風紀委員』。正式名称、特別活動団体・生活安全係。兎澤先輩が教えてくれました。正式な委員会ではないけど、学校公認の組織だって。聞いた話じゃ、推薦でゴロツキ釣って自警団組ませてるようなメチャクチャな組織らしいですね。そのメチャクチャが通るなら、学校の隅っこでペン回しするような平和な団体、どうってことないでしょう?」


 さあ、どうだ。最後の悪あがき。いや、最後じゃない。これがダメでも、また何度でも絞り出してやる。俺は余裕あるように見せかけたが、心臓はバクバクと高鳴っていた。情報不足で勝算は不明。また否定されるかもしれない。でも、やらなきゃ悔いが残る。


「部活動にしなくていいのか?」


 大塚先生はそう訊いた。一蹴されずに済んだが、ここからが本番だ。ひとつでも返答を間違えたらこの細い糸は簡単に切れてしまうだろう。


「いえ。特別活動団体として活動するのは今年度だけで、教師陣の認知を促すと同時に実績を積みます。そして、来年度、正式に部活動として申請します」


「特別活動団体は、ただ学校の公認を得ているというだけで、他の権利は何もない。部活動より下の扱いだから、当然部室も活動費もない」


「部室も活動費もいらないのが、俺たちの強みです。絶対学校には迷惑かけません。雑用なんでも引き受けます。ボランティアでも課外活動でも、なんだってやります。便利屋として居させてください」


「ふん……」


 大塚先生は、椅子の上でのけ反って背もたれをきしませた。その息遣いは、心なしか笑ったようにも聞こえた。


「なら、早速雑用とやらをしてもらおうか。その出来で本気度を判断する。お前たちに、空き教室の掃除を命ずる」


 大塚先生は無造作に立ち上がると、壁に吊り下げられている鍵のひとつをもぎって俺に放った。咄嗟に掴むと、手の中の鍵には丸いタグが付いている。そこに書かれた教室名は、2-9。俺たちの部室だ。


「……!」


「明日までに終わらせて、俺のところに来い。ボールペンを忘れるなよ」


 俺はユニ助と顔を見合わせた。ユニ助はきょとんとした顔をしていて、きっと俺も同じ顔だ。大塚先生はため息をつき、机上の申請書を指で叩いた。


「お前らな。こういった正式な書類は、消えないボールペンで書くのが常識だぞ」




 * * *




「ちぇっ! 一言多いんだよオニヅカのヤローはよ!」


 ユニ助は悪態をついたが、声が上擦っている。今にも廊下を跳ね回って叫び出しそうだ。腕時計を見ると、5時半を回っていた。最終下校時刻まであと30分もない。そして、2-9の散らかりようを思い出した。明日までにあれを綺麗にするなんて。今までなら無理だと思っていただろう。


「今日はあと30分でガラクタの仕分けをする。明日は早く来てその続きと、亀掛川先生にことの次第を報告。昼休みに亀掛川先生に来てもらって、捨てていいものを確認する。放課後は手分けしてゴミ出しと掃き掃除、机の位置合わせ。ってところか?」


「シロー。お前、カッコいいぜ」


「俺はもともとカッコいいんだよ」


「よーし、それじゃみんなやるぞー!」


 ユニ助が拳を天に掲げると、パーコも「おー!」と同調し、先輩は無言で右手を握り、根古屋はフンと鼻を鳴らした。




 * * *




 そこからの顛末は、特筆に値しない。


 大塚先生の指示通りに空き教室の掃除を終わらせた俺たちは、大塚先生のデスクの上で特別活動団体の申請書を書いた。そして、それはすんなりと通った。特別活動団体を仕切っているのは大塚先生ただ一人だったからだ。


「もともとは、風紀委員を作るためだけに立ち上げた制度だったんだがな。フン、上手いように使ってくれたな」


 大塚先生は珍しく軽口を叩いた。


「忘れるな。お前たちは学校の中に居場所を得たが、その立場は風前の灯と同じだ。ほとんど奇跡的なバランスでかろうじて立っているに過ぎない。この1年、もしも問題を起こしたり、半端なことをしやがったら、そのときは俺が引導を渡してやる。その覚悟で過ごせ」


「はい!」


「今は実績を積め。……そしたら、来年の職員会議で、俺も推しやすい」


 諸々の手続きを終えて職員室を去ろうとしたら、「黒崎」と、なぜか俺だけ呼び止められた。他の4人がそそくさと消えていき、大塚先生と2人きりになる。大塚先生は俺の方に筋肉質な身体を向け、俺の目を見て言った。


「焦らなくていい。お前の色は、お前の中にしかない。この3年間で、それを見つけろ」


 俺は、胸が熱くなるのを感じながら「はい」と答えた。さて、俺も早く合流しないと。これから祝賀会なのだ。職員室を出た俺はブレザーの内ポケットからハッカのロリポップを取り出そうとして、少し前に切らしていたのを思い出した。


 角を曲がると、ユニ助たちの背中が見えた。俺は小走りでそれに追いつき合流する。ユニ助がくだらない冗談を言い、パーコが笑って話を広げる。俺がそれにツッコみを入れると、根古屋が小さく噴き出す。その様子を、キャロ先輩がヨーヨーを回しながら優しく眺めている。俺たちはどこか不完全で、それぞれの孤独を抱えている。それでも、束になれば学校に居場所を作るくらいのことはできる。指一本でペンを回すことはできないが、五指それぞれが役割を全うすればできない技などないのだ。不完全な俺の世界は、ペン回しを愛する男、遊仁或波を支点にして回り出した。




 第10話 走れ!完


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