8.3 Wake Me Up③
昨日、お前に言われて繁華街に行く電車に飛び乗ってよ。あいつ、ふらっとどっか行っちまいそうだから家出って聞いてメチャ焦ったぜ。焦りながら駅降りたら、改札出てすぐのロータリーに根古屋が座っててよ。髪の毛真っ赤だから目立つんだよな。服はいつも通りのピンクのパーカーにジャージ。あれがあいつの制服なんだろ。
ちょうど向こうからこっちは気づかれないくらいの遠さで。まぁ、あのへん人多いからな。夕方になって、スーツ着たおっさんとか大学生とかで駅前が混み出してきてたな。
根古屋、道に座り込んでなんかやってて。遠くから見てたら、スーツケースからちっちゃいスピーカーとかぐるぐる巻きのケーブルとか色々出して、道端にどんどんセットしていくんだよ。ギターケースから赤いエレキギター出して構えて、そこでやっと路上ライブって気づいたぜ。ニブいって? 俺もそう思う。音出しする前深呼吸しててさ、あいつも緊張するんだなって思った。
折りたたみのマイクスタンド立てて根古屋が歌い始めてよ。うなぎいぬPの人気曲をな。……何の顔だよそれは。え、気にすんなって? まあいいや。
なあシロー、あいつは天才だぜ。知らない人の前で歌うってだけでもすげーのに、歌めっちゃ上手くてギターも弾きながらだからよ、もうテレビで見るプロとなんも変わんねーよ。同い年って気がしなかったぜ。たぶん、路上ライブ初めてじゃねーんだろうな。……雰囲気? うーん、荒っぽいっつーか、なんか必死って感じだったな。
客なんか誰もいなくてよ。どんどん人が通り過ぎてって、邪魔そうにされたり、避けられたり、動画撮られたり、笑われたりして、誰にも届いてないって感じなのに、真っ直ぐ前向いて、必死で歌ってた。
でも、2曲目の途中で警備員のおっさんがやって来て演奏がストップしたんだ。遠くからで喋ってる内容は分かんねーけど、許可取ってなかったんじゃねーかな。言い争いみたいになってたぜ。他の警備員もぞろぞろやって来て根古屋が捕まりそうになってたから、飛び出していって一緒に逃げたんだけど――
* * *
「逃げた?」
口を挟んだつもりはなかったが、ユニ助は話すのを中断してこちらを見た。意識が昨日のロータリーから昼休みの食堂に引き戻される。俺は食堂の2人掛けの席に座ってユニ助の話を聞いていた。昼休みの食堂は腹ペコの生徒たちで溢れかえって騒がしい。
根古屋の家に行く電車賃で金欠のユニ助は自作の弁当を持ってきているが、ほとんど手付かずだ。俺は二段弁当をほとんど片付けていた。ユニ助が一方的に話しているので食事量に差があるのだ。
「また補導されんのはマズいだろ! 一緒に荷物持ってトンズラよ!」
さも当然のようにユニ助は言う。逃げるのを助けた時点で共犯ということになぜ気づかない。コイツはアホで真っ直ぐだが、やはりアホだ。友達の危機とあらばためらいなく不良行為の片棒を担ぐ。その危なっかしさが俺との最大の違いだ。
話を聞いてあの動画の意図が分かった。根古屋は路上ライブを誰かに見てほしかったのだ。でも、それを告知する素直さはない。だから、動画を見て場所を特定されるのを期待して、フォロワーを試すようなことをして傷つくのを避けている。けっ、面倒くさいガキンチョだ。
そして、ユニ助は話を再開する。
* * *
根古屋の後追ってめちゃくちゃに走って。スピーカー重いし、持ちながらで走りづらいし、後ろから警備員が追っかけてくるから捕まらないかヒヤヒヤだったぜ。人混みとか路地裏をくぐり抜けて警備員をまいて、小さい公園に着いたんだ。そこは街から外れてて、騒がしい駅前が嘘みたいに静かだった。どうやって逃げたかは全然覚えてねーけど、ギター抱えて走る根古屋の後ろ姿がカッコよかったのは覚えてるぜ。
2人で小さいベンチに座ったぜ。走ってへとへとだったからな。根古屋は、スーツケースに荷物しまいながら「どこから見てた?」って俺に聞いたんだ。準備してる頃から、ってやつの背中に答えたら、あっそ、だってさ。でも、いつもみたいな突き放す感じじゃなかった。それが嬉しかったな。
そのままちょっと喋ったぜ。ペン回し部なんて本気でできると思ってんのかよ、って言うから、できるって答えた。顧問もいないのに? って弱いとこ突かれたけど、なんとかなるって答えた。亀掛川先生との約束はなくなったのになんでボクにつきまとう? って言うから、俺がそうしたいからだって答えた。
何系の音楽聴くんだ? って聞かれて、音楽はよく分かんねーって言ったら、グリーンデイがおすすめだって言ってくれたぜ。根古屋は洋楽が好きなんだってさ。ほらこれ、シロー知ってるか? このバンド。なんだシローも知ってんのかよ! 特にこのBasket Caseって曲がサイコーだよな! ノリノリだ!歌詞分かんねーけど洋楽も悪くねーな!
そうそう、根古屋も冗談言うんだな。夏休みの予定聞いたら、忙しいから9月まで伸ばしてくれ、だってさ。
* * *
「ちょっといいか?」
俺はユニ助の話を遮った。
「そこ、詳しく教えてくれ。根古屋がなんて言ったのか、なるべく正確に」
「えーと、俺もうろ覚えだぜ? たしか、俺がいつも路上ライブやってんのかって聞いたら、毎日夏休みみたいなもんだからなって言って。話の流れで夏休みの予定聞いたら、フェスとか作曲のイベント多くて忙しいから、9月の間は寝かせてくれ、だってよ」
「……」
「それが?」
「ユニ助」
ユニ助は俺の方を見た。
「根古屋のそれは冗談じゃない」
「どういうことだ!?」
「自分で考えろ」
俺はユニ助の追及を避けるべくテーブルを立ち、食堂を後にした。ここで俺が正解を教えるのは簡単だ。部活の申請期限まで時間がない現状を考えてもそうするのが合理的だろう。
だが、試されているのはユニ助だ。コイツが自分で答えを見つけなきゃ意味がない。問いと呼ぶには簡単すぎるが、それゆえ見落としてはマズいのだ。俺は袋に包んだ弁当を小脇に抱え、廊下の人混みに紛れて食堂から遠ざかった。そして、ブレザーの内ポケットからハッカのロリポップを取り出した。




