8.2 Wake Me Up②
その動画は下向きのアングルで、アスファルトで舗装されたどこかの歩道を映したものだった。歩きながら無造作に撮ったように手ブレしている。カメラを下向きに構えているので街並みがはっきり見えないが、多分あの繁華街だ。前に歩いたことがあるのですぐに分かった。
スマホを持ち替えて音量ボタンを長押しする。音量を最大にすると、絶え間ない自動車のエンジン音に紛れて、ガラガラという音が薄く聞こえる。単体の音ではなく、複数の同じ音が重なっている。この音には聞き覚えがある。
あぁ、これはスーツケースのキャスターが凸凹したアスファルトの上を転がる音だ……。と、気づくと同時に嫌な想像が浮かんだ。つまり、家出だ。繁華街、家出、女子高生。嫌な予感は急速に膨れ上がった。
俺はLINEを開き、ユニ助に電話をかけた。電車内かもしれないが事態は一刻を争う。
『おう! なんだシロー!?』
2秒でユニ助が応える。いつもより声を張っている。混雑した駅のホームにでもいるのか、声の背後でぼんやりとしたざわめきが霧のようにかかっている。
「今、根古屋の家行ってると思うけどな」
『ああ!』
「行くな」
『ああ!?!?』
ユニ助の素っ頓狂な声が耳をつんざく。俺は反射的に首を振ってスマホのスピーカーから耳を離した。小さく舌打ちして再びスピーカーを耳に当てる。
「細かい説明は省く。根古屋は家出してる可能性がある。前に補導されたっていう繁華街をうろついてるかもしれない。危ないから行ってやれ」
『マジかよ!? そんじゃ爆速で行ってくるぜ! ……っつーことはあの特快に乗りゃあ……』
独り言が漏れ聞こえる。ユニ助が隣のホームの電光掲示板を真剣な眼差しで見つめている様子が頭に浮かぶ。続いて、リズミカルな呼吸音が聞こえてくる。走っているのだろう。
『シロー』
切ろうと思ったら画面の向こうからユニ助に呼びかけられる。
「どうした?」
『お前が相棒でよかった!』
けっ、恥ずかしげもなくよく言うぜ。
通話を終えた俺は沈黙するスマホを眺めた。静かな教室で椅子に座ったまま、どこかの駅のホームを走っているユニ助のことを考えた。ユニ助は俺の言うことを疑いもせずに走っている。あの野郎はアホだが、それゆえまっすぐなのだ。
「家出? ねこやなちゃんが?」
声をかけられて顔を上げると、パーコと先輩が神妙な顔つきでこちらに視線を向けている。俺はスマホで根古屋の動画を再生した。
「キャスターの音」
俺が説明するまでもなく先輩はそれに気づいた。流石に俺の暗号を1日で解いただけのことはある。今でこそ頭に三角コーンが乗っかっているけど。
「そうです。それにこの道は根古屋が前に補導された繁華街です」
「なぜ?」
「前にこの付近を歩いたことがあります。このまま進むと小さい公園に着くはずです。まあヤツも公園で夜明かすつもりはねーでしょうけど、そこにいる可能性は高いと思います」
俺が説明すると、先輩はハート型のサングラスを押し上げて「そうか」と呟いた。格好が付かない。
「それで、ユニ助向かわせてるってわけね!」
パーコが口を挟んだ。大人しく聞いていたと思ったら、蒲焼さん太郎をかじっている。チョイスが渋い。
「まあな」
思い過ごしならそれが一番だけど。それに、1つ分からないことがある。根古屋がこの動画を投稿した意図だ。家出という個人的な事情を『うなぎいぬP』名義のアカウントで発信するのは不自然だ。いい線いってるが、決して完璧ではない。俺の回答は部分点止まりだ。
駄菓子をつまみながら悶々としていると、スマホからLINEの通知音がした。開くと、ユニ助からだ。通話した時間から30分ほど経っていた。
[ねこやいた!]
[でも家出じゃなかった]
「家出じゃない?」
じゃあなんだよ、と返信をフリック入力する間にユニ助からメッセージが届いた。
[路上ライブ!]
「路上ライブぅ!?」
今度は俺は素っ頓狂な声を上げた。




