8.1 Wake Me Up①
その日の放課後。俺たち……ユニ助、パーコにキャロ先輩を加えた4人は空き教室に集合した。俺は定位置の窓際席ではなく、グループ学習のようにくっつけられた4つの机のひとつに座っている。机の島は教室の真ん中にあり、隣にはユニ助、対角にパーコ、正面に先輩が座る。釣りグミにクッピーラムネ、ヤンヤンつけボーやキャベツ太郎などの駄菓子を囲んでいる。先輩のペン回し部加入パーティーらしい。
「……嫌なら外していいんですよ?」
俺は先輩の頭上に乗った三角コーンを指して言った。パーコの悪ふざけでその他にもハート型のサングラスやらフラワーレイやら『本日の主役』と書かれたタスキなどを被らされている。
「ピロピロ笛もありますよ!」
「……」
先輩はパーコの差し出したピロピロ笛……縦長で、吹いたら巻き紙がカメレオンの舌みたいにまっすぐ伸びるあれ……を無言で眺める。そして。
「ピューーー!!」
「うぇーい! ひゅー!」
「だははははっ! さすがキャロパイ!」
「この人も乗っちゃうからなぁ……」
童心に帰り、駄菓子を肴に歓談。和気あいあいとした様子を俺はどこか他人事のように眺めた。
ユニ助。不思議な奴だ。こいつに関わるとみんな、やつに毒気を抜かれるというか、心の隔たりが取っ払われちまう。
俺は手元の釣りグミを引っ張る片手間にそんなことを考えた。四角いプラスチックのトレイに一筆書きのくぼみがあり、そこに紐状の細長いグミが一本埋まっている。始点が持ち手で、終点には魚を模した大きめのグミがある。グミが途中で千切れないように魚をケースから釣り上げる過程を楽しむ食玩だ。ドキドキスポットが3つもある。最高難度だ。
向かいでは、パーコが明るい調子で先輩に一方的なトークを仕掛け、先輩も無表情ながら迷惑ではなさそうな顔で受けている。
才能に縛られた女の子。孤独なテロリスト。何者かになろうとあがく俺。共通点など何一つない俺たちが、このペン回しを愛する変人を中心に集まって、放課後の空き教室で菓子なんぞつまんでいる。とても奇妙なことのように思える一方、学校の中で自分の居場所はここしかないように思えた。
「フッ……」
釣りグミに視線を戻す。現在ドキドキスポットを1つ攻略し、依然としてトレイにはサメ型のグミが鎮座している。子供向けと侮っていたが意外と繊細だ。本気を出せばどうってことないが、だからといって気を抜いたらあっさり千切れそうな危うさがある。
不意に芽ヶ崎の言葉が蘇る。『孤独な中学時代送った少年が、学校の中に居場所がほしくて……』。勝手に想像するなとユニ助は怒ったが、その態度は分析が的を射ていることの裏返しだ。ユニ助は学校に居場所がない根古屋に過去の自分を重ねて、仲間意識を持ったのではないだろうか。
ペン回し部の設立を夢見て、禁止令をはじめとする体制の締め付けや、周囲の批判や冷笑と戦うユニ助。あえて他人と馴染むよりもやりたいことを優先する点で、登校を拒否してネット上で表現活動を行う根古屋と共通している。
「……」
ユニ助よ。
根古屋はお前の分身なんじゃないか?
お前が根古屋に優しくして、部員にしようと思うのは、本当はお前自身がそうしてほしいとーー
「……あっ!」
バカみたいな声が出る。カーブの負荷に耐えきれずにグミが千切れてしまったのだ。対面の先輩が、心なしか目を丸くしてこちらを見ていた。驚かせてしまって申し訳ない。
「だはは、なにしてんだよシロー! ったくしょーがねーな、貸してみ? ……と言いたいとこだけど、そろそろ俺行くわ!」
俺が釣りグミを失敗するのを見届けると、ユニ助はパーティーを抜け出した。今日も根古屋の家のインターホンを鳴らしに行くんだろう。ドアの向こうに消える後ろ姿をぼんやりと眺めた俺には、さっきの思考を続ける集中力は残っていなかった。
手元で切れてプラプラと下がっているグミなんかをいつまでも持っているので、まんまとパーコにからかわれる。
「や〜い、シローがさつ〜」
「じゃあお前やってみろよ」
「いや、私もムリだった! 意外とムズいよね! でも、シローにはできてほしかったかもなあ」
「なんだそれ」
「なんとなく、シローにはこういう繊細な作業が得意であってほしかったっていうか。勝手なイメージだけど」
意味がわからん。
ユニ助から預かったペン回し部の立て直しという課題をクリアするには、前にやつが言っていた『心の中の何かを守るため』という行動原理がヒントになる。今の状況を考えるとペン回し部がペン回し部として成立するのはもはや不可能だ。ユニ助がペン回し部に求めていることを可能な限り保ったまま、生き残りやすいような形に変えるのが現実的だ。
俺はトレイに残ったグミを引っ張り出して口に放り込むと、なんとなく根古屋のことが気になってスマホを手に取った。俺たちは根古屋が運営しているXのアカウントを一方的に知っている。『うなぎいぬP』として作曲界隈ではそこそこ有名らしい。
フォローしていないので検索画面からプロフィールを開く。すると、数分前に動画を投稿しているのに気づく。何の気なしに開いてみる。
「これは……」
俺はLINEを開き、ユニ助に根古屋宅の訪問を止めさせるように連絡した。




