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ペン回し部は廃部です!  作者: 中二病でも小説が書きたい!
第四章 根古屋薙の感傷
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7.5 雨上がりの夜空に⑤


「練習中にいきなりすいません! ど〜しても先輩の力をお借りしたくて!」


 パーコがつかつかとスリッパの底を擦らせて申谷先輩のもとに駆け寄る。前に見たときより自然体というか、普段通りのあいつで先輩に接している姿に意外な感じがした。


「あーいいよいいよ。紅白戦付き合ってくれる約束だからね。そんで次の大会が――」


「いやいやいや! 紅白戦までっすよ!? 私今ギャルなんで! ちょっとそれだけは勘弁してください!」


「はは、冗談冗談。ちょっと待ってて」


 申谷先輩はバレー部の塊の中に戻り、部員と何か話している。パーコがいつもの調子で、特に気まずくもなさそうな様子で話していたことに俺は驚いていた。


「……よく話せるな」


「うん! あの後、なんでも遠慮なく言い合える関係になったっていうか。休みの日もたまに遊び行ってるし!」


「え?」


「やっぱりさー、自分の思ってることはまっすぐ伝えた方がいい! って思ったよ! ね、キャロちゃん!」


 そう言うパーコの顔はとても晴れやかで、なんだか大人びて見えた。なんだこいつ。俺の知らない間に成長している。ペン回し部に頼らなくても、自分の言葉でNOと言えるようになったのか。ふん、遠くに行きやがって。


 腰に手を当てた申谷先輩がやってきた。手にはスマホが握られていた。申谷先輩は呆れ半分の目を兎澤先輩に向けていた。


「そんなことだろうと思った。ワン子経由であんたと友だちになっといたから、ヒナタの連絡先送るね」


 兎澤先輩と申谷先輩はあまり仲良くない様子で、互いに一定の距離を取っている。先輩はブレザーの内ポケットからスマホを取り出し、通知を確認する。無表情な半目をわずかに見開くと、申谷先輩に対して深く頭を下げた。


「感謝する」


「いいから。そろそろ休憩終わるし行くね。ほらワン子も」


「了解です! キャロちゃん先輩ガンバ! シローもお疲れ!」


 パーコは短く俺たちに手を振ると、小走りでバレー部の輪に混ざっていく。制服にスリッパで練習が務まるんだろうか? まあ、俺の知ったことではない。


 兎澤先輩と2人で体育館を出て、惰性のように渡り廊下を無言で歩く。しとしとと降りしきる雨の音が強まり、体育館から聞こえる部活の騒がしさが遠ざかる。先輩の手の中に握られたままのスマホ。


「余計なことを……終わったもんをまた引っ張り出すなんざ……今更どのツラ下げて……」


「……」


「人の心に勝手に入ってきたと思ったら、勝手にいなくなって……馬鹿みたいに明るくて、うるさいくらい元気で……」


 先輩が立ち止まった。ヒナタ先輩と通話する覚悟を決めたんだろう。水いらずを邪魔しちゃ悪い。そのまま歩き去り、曲がり角の死角で足を止める。柱にもたれ、息を潜めて、屋根のへりから水が滴るピチャピチャとした音に耳を澄ませる。身動きひとつ取れない沈黙がしばらく続き、やがて先輩の声が聞こえた。


「……久しぶり……うん、急に悪い……まぁぼちぼちだ。そっちは? ……そうか……」


 途切れ途切れに声が聞こえる。先輩の声色が心なしか柔らかい。ぎこちなくも優しく、これまでの空白を埋めるように言葉を交わしていく。


「……大ニュースだ……同好会潰しのクソッタレが……壊滅したんだ……それを伝えたくて……そう……ハハッ……」


 先輩が軽やかな笑い声を上げ、そこからはたわいない雑談に移った。俺は柱にもたれた体を起こして渡り廊下を歩き去った。これ以上は野暮ってもんだ。


 聞くつもりもなかったが、先輩の最後の言葉を背中で聞いた。


「……また……こうして話しても、いいかい……? そうか……ありがとう……」




 * * *




 渡り廊下と校舎の間のドアの先で待っていると、通話を終えた先輩が、渡り廊下を歩いてきた。


「シロー」


 先輩が俺の名を呼ぶ。振り返ると、先輩はほぼ直角に腰を折って俺に頭を下げていた。


「いろいろと、ありがとう。返しきれないほどの恩を受けた」


「顔上げてください。それと、礼ならあの2人に。俺は何も――」


「いや。君たちと出会えたのは、シローの暗号があったから。あの張り紙を見つけて、死んだように生きてた日常に色がついた。この学校に、あたしの他にも馬鹿がいると思うと、少しだけ嬉しかった」


「先輩。ペン回し部に入ってください」


「……」


 先輩は顔を上げる。思ってることはまっすぐ伝える、だったか?


「ユニ助……部長は、ペン回し部を作るのは、やつの心の中のなんかを守るため、って言ってました。俺にはそれが何か分かりませんけど、先輩にも同じものがあるような気がします。人数合わせなんかじゃなく、俺は、ペン回し部に入るのは先輩じゃなきゃダメだと思ってます」


 今言ったことは本心だが、打算がないとは言わない。パーコの暴走もあったが、先輩には同好会潰しの壊滅という充分な手土産を渡している。前に誘ったとき先輩が断ったのは、同好会潰しに睨まれている自分が関わるべきじゃないと考えたからだろう。その枷が外れた今なら、誘いを受ける可能性は低くない。


「断る理由もない。ただ……条件がある」


 先輩がつぶやいた。


「遊仁部長はキャロパイ、パーコちゃんはキャロちゃん先輩。……シロー。君だけあたしをその名で呼ばないな」


「いや、先輩をあだ名で呼ぶアホ2人が異常っていうか……」


「へえ? 君はずいぶんと()()だな?」


 挑発するような物言いをされる。前に俺が普通じゃつまらないと言ったことを覚えていてくれていた。思い返せば、先輩は俺のことをずっとシローと呼んでいた。


「分かりましたよ。キャロ先輩」


「……うん」


 先輩は、はにかむように薄く笑った。きっと、その名前は先輩にとって親愛の証なんだ。普段の殺伐とした言動や無表情からは想像つかないような、可愛らしい笑顔だった。


 先輩と連れ立って部室まで歩く。この小動物然としたあぶない先輩を仲間に引き入れたら、怖いものなんてない。窓の外では雨の強さは増すばかりだが、隣を歩く先輩を見ると心強い思いがした。


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