7.4 雨上がりの夜空に④
頬に冷たいものが当たる。じきにパラパラという音がする。頭上を覆う木の葉に雨が衝突する音だ。先輩は屋根のある渡り廊下に歩くので、俺たちも続く。
「キャロ……この名前をくれたのが、ヒナタっていう娘だ。ヨーヨー部作るっていうあたしの夢に全力で乗ってくれたよ。よく笑って、うるさいくらい元気だった。あの子はあたしの太陽だった。……もう、あたしの顔なんか見たくもないだろうけど」
先輩は俺たちに背を向けたまま話した。
「変わっちまったあいつへの罪滅ぼしに、いじめの関係者を調べ上げる過程で同好会潰しの存在を知った。その結果を、放送室を占拠して校内放送で流した。でも、こんなイカれたヤツの言葉なんて誰も聞く耳持たなかった。シローくんよ。『鷹爪高校のテロリスト』なんて、そんなカッコいいもんじゃないんだ。此処にいるのは何も守れなかったただの負け犬だよ」
渡り廊下に行き着く。先輩はくるりと振り返る。相変わらずの無表情だが、心なしか悲しい顔をしている。俺からすればぶっ飛んでてカッコいいし復讐として充分だと思うのだが、先輩は自分を許せていないようだった。
「そのヒナタさんは今クラス違うんですか?」
と、パーコが訊く。確かに先輩の口ぶりだとしばらく会ってないように聞こえる。
「転校した」
「……」
その一言だけで色々と察してしまう。
「じゃあ連絡とかはしたり?」
「いや。転校してそれっきり。今じゃどこで何してんのかも――」
「え、それ悲しくないですか!? 友達なんだからもっと話した方がよくないですか!?」
「必要ない。何もいいことがなかったこんな学校のことなんて、忘れちまった方が――」
「え、それはヒナタさんにそう言われたんですか!? そういうわけじゃない!? 自分で距離取ってるだけ!? じゃあ、これきっかけで話しましょうよ! 仇打ち記念ってことで!」
「術がない。1年のとき、何ヶ月経っても既読付かないから消した」
確かに、先輩のLINEの友だち、両親の2人だけだったな。
「え、でもそのヒナタさんって友達多そうなタイプっぽいですけど、誰か他にLINE持ってる人いないんですか?」
「い、いや、まあ持ってる人もいるかもしれないけど――」
「じゃあ探しましょうよ! LINE持ってる人! ヒナタさんって1年何組でした? あーそっちか、わかりました、任せてください!私が絶対、ヒナタさんと話させてあげます!」
「おいアホ、先輩困らすなよ」
なぜかしつこく食い下がるパーコの勢いに先輩が押されている。暴走するパーコをたしなめるが、やつは全く聞く耳を持たない。
「え、えぇ……いや、ほんとに大丈夫だから。ちょ、どこに電話してるの。親指立てないで。……何? 服引っ張らないで。どこ行くの。レッツゴーじゃなくて。ねえちょっと……」
パーコと先輩ではゴールデンレトリバーとチワワくらい馬力に差があるので、先輩はなすすべなく引きずられている。困惑している先輩の腕を取ってグイグイとどこかに連れていく様子はまるでリードを引っ張る散歩中の大型犬だ。なんだこいつ、何張り切ってんだ。
「っておい、マジでどこ行くんだよ」
俺もパーコの後を着いていく。
渡り廊下を進み、屋外と屋内の境界みたいな場所に着く。体育館で活動中と思われる屋内系運動部たちの声や、シューズが床を擦る高い音が聞こえる。入り口に積まれたスリッパに履き替えると、俺たちは体育館に足を踏み入れた。
中に入ると音が大きくなる。ボールが床を叩く低い音が重みを持って足を伝い、腹の底を振動させる。ボールを防ぐネットカーテンに仕切られたスペースで活動中の間を縫って、パーコは体育館の奥の方に進む。
「……うわ……ヨーヨーちゃんだ……」
「……ヒソ……ヒソ……」
「体育館でも占拠するのかね……」
「……やばいって……殺されるぞ……」
「……なんです? あの人? ……」
「それはね……ヒソヒソ……」
上級生たちから遠巻きにチラチラと視線を向けられるが、先輩は何食わぬ顔をしている。これが先輩の日常なんだろう。バドミントン部やバスケ部を素通りするうちになんとなく目的地が分かってくる。案の定、たどり着いたのは女子バレー部のエリアだった。休憩中のようで、壁際に座る部員たちから何の用かとじろじろと眺められる。
「おー、来たかワン子」
その中から見覚えのある顔が立ち上がり、こちらに近づいてくる。長身にコンパクトなショートカットが映えるシュッとした美人。バレー部のユニフォームをまとい、両膝に黒のサポーターを巻いている。前に一度だけ会った、パーコの中学時代の先輩の確か申谷先輩だ。




