第917話 魚神ミンギア
暗黒大神官ドリアーヌがイルゼたちに歓迎の意思を示す。
(この感じはあれだな。暗黒騎士、守護番、冒険者ギルドなどでも対応できない。解決にならない問題を依頼したい感じか。陸地がないとか環境問題か? SDGsの波が暗黒界にも来ているのか。二酸化炭素濃度を減らしたいとかそういう話なのか)
アレンは今回、3大陸目となるエクスワイヤ大陸にやってきて、どんな依頼を受けるのか余計な思考を巡らせる。
冒険者ギルドで、大陸内で困ったことの情報収集は済ませているが、暗黒大神官の様子からも、かなり困ったことが起きているのは間違いない。
暗黒騎士などがいる暗黒界の制度では対応できない内容を頼みたいようだ。
アレンの思考とは別にイルゼが眉間に皺を寄せながら、暗黒大神官に対して改めて問う。
「陸地となるジャイアントレンゲが年々少なくなったと私も以前から耳にしているが具体的にどうなっているのだ?」
「はい、イルゼ様。このエクスワイヤ大陸は大小のジャイアントレンゲが時計回りに沈んだり浮き上がったりして生活を営んでおります。その大事なジャイアントレンゲが原因不明ですが数を減らしているのです」
「たしか、そのジャイアントレンゲという大きい蓮の葉が年の半分は海の底に沈み、残り半分は陸地になっていたな。元々沈んでいるのだがそういう話ではないのだな」
(暗黒騎士としての常識の話か。まあ、1つの大陸の大きな営みの1つは担当しない暗黒騎士も情報が共有されていると)
「我らの住まう土地が失いつつあるのです。……住んでいるジャイアントレンゲがエルダータートルと呼ばれる亀の魔獣に襲われることもあって、人々の住む場所が少なくなってしまい困っております」
アレンの思考が加速する中、イルゼはさらに顔を険しくする
そして何かを決断するように口を開いた。
「大神殿の足場にもなる亀の魔獣はどうしているのだ? 神化した魔獣であるなら暗黒騎士が討伐しているのではないのか」
「はい。……この足場も数百年前、暗黒騎士ウイク様たちが討伐してくださったものです。もちろん、ジャイアントレンゲを食料とするエルダータートルの討伐を守護番も守護兵も行っています」
(葉っぱを専門で食べる魔獣がいるのか。亀の魔獣が増えて葉っぱが減ってしまったと?)
「申し訳ない。暗黒大神官ドリアーヌよ。それはさすがに我ら暗黒騎士であっても解決できる問題ではないぞ」
(え? 断るの?)
「そ、そんな!? 何でもできると魚神ミンギア様に伺っているのですが……」
「魔獣同士の闘争問題ならなおさら我らの領分ではないな」
暗黒騎士としての働きに問題がないと言い切った。
そもそもジャイアントレンゲとエルダータートルの覇権争いとも言えるらしい。
「巻き込まれて被害を受けているこの大陸に住まう人々がいるのです!!」
「ふむ……。だが、あくまでも間接的な話なのだろう」
「ですが!?」
イルゼは何でもかんでも解決できる問題ではないと言い切ると、暗黒大神官は涙ながらに訴える。
大神殿に向かう際、魔石の募集ついでに冒険者ギルドでも話を聞いたところ、暗黒大神官と似たような相談があった。
何でも、エルダータートルという亀の魔獣がジャイアントレンゲを多く喰らってしまうため、毎年のように陸地が減っていっているのだとか。
エルダータートルの各ランクの魔獣を倒せば、他の魔獣の倍の報酬を払ってくれるらしい。
それもここ最近と言うよりも、数十年とかの長い話だと聞いた。
「お、おい。いいのか? アレン」
イルゼが話を打ち切ろうとする中、タジンはこのままで良いのかアレンに問う。
アレンはここでようやく口を開いて暗黒大神官に言い切った。
「いえいえ、何も問題は何もありません。暗黒騎士イルゼに解決できない問題はないのです。情報収集からになりますが確実にエクスワイヤ大陸の災いを振り払って見せましょう」
「ぶは!? お、おい、アレン!!」
アレンは問題なく解決できる断言すると、イルゼは口に含んだお茶を正面に座る暗黒大神官目掛けて噴き出した。
「あらあら、大丈夫でしょうか」
ハンカチで顔を吹きながらぱちくり瞬きをしてアレンを見る。
「もちろんです。暗黒騎士として正規の解決方法ではありませんが……。私たち3人での活動に打ってつけの課題でございます。ただ、今回の課題を整理させていください」
「な、何を言って……」
「イルゼは黙ってろよ。アレンが解決できるって言ってるだろ!!」
「何だと、タジン! もう一度言ってみろ!!」
横でイルゼとタジンがソファーの上でワチャワチャしているが、アレンは話を続ける。
「まず、巨大な蓮の魔獣が陸地になっているという話で、大量の亀の魔獣によってその数を減らしている。問題の解決が蓮の魔獣の数を戻すでは厳しいのはお分かりですね」
「たしか、アレンさんというお名前ですね。もちろん、その通りですが?」
暗黒大神官は首をコテッと曲げて、アレンが何を言いたいのか理解しようとする。
「これ以上、この大陸に住まう人々の陸地が急速に減らないようにする以上の解決を求めては困ります。例えば『蓮の魔獣の数を以前の数に戻す』が課題の解決とみなされますとかなりの時間を要すると考えられます。あくまでもこれ以上の速度で蓮の魔獣が減らないようにし、増える方向に導いたところで問題の解決として頂きたいのです」
「あの? え? えっと? 先ほどから問題ないと言っているのですが?」
(これで巨大な蓮を喰らう亀の魔獣を掃討すれば良くなったかな。それでも結構時間が掛かりそうだな。っていうか、この暗黒大神官、まだ理解していないぞ)
ここまで説明して首を傾げたままの暗黒大神官に対してさらなる説明をしようとしたところだ。
『アレンさん、分かりました。それで問題はありません』
「む? 声が外からしたぞ?」
「ああ、魚神ミンギア様がいらしたのですね!」
「おおおおお!! すっげええ、キラキラしてる!!」
イルゼはこんな高い建物の外から声がしたと警戒する。
しかし、暗黒大神官だけが誰の声かすぐに分かったようだ。
4人でワラワラとソファーから立ち上がり声がした方向の風通しの良い窓へ向かう。
(リュウグウノツカイだ! とんでもない長さだぞ。クワトロ一旦戻ってこい! これが上位神であり、光魔八神将の一柱で100万年以上生きた魚神ミンギアか!!)
窓の外の水中にいる者が 暗黒大神官の言う魚神ミンギアと理解した。
10階以上の高さにある巨大な大神殿の最上階の窓の外から見ても巨大で長い魚神ミンギアの全容を捉えることはできなかった。
暗黒大神官との会話中も先を見越して、問題解決に向けて飛ばしていたクワトロをこちらに戻した。
クワトロの特技「万里眼」が見たのは全長300メートルを超える亀の魔獣の甲羅をグルグルと何十も巻き付いた、アレンの前世の記憶の健一だと、リュウグウノツカイやタチウオのような胴体が縦に平べったく長いタイプの魚の姿をした者だ。
全長は空へ飛ばしたクワトロでないと全体が見えない10キロメートルをはるかに超えており、口元に生えた無数の髭だけで数キロメートルあって胴体は虹色に輝いている。
黄色や緑色に濁った暗黒界の酸の海なのだが、あまりにも美しく輝くので、イルゼたちは思わず息を呑んで見とれてしまった。
「……課題は『これ以上、急速にエクスワイヤ大陸が足場である蓮の葉の魔獣であるジャイアントレンゲの数が減らないように対応する』でよろしいでしょうか?」
『……できれば、増える方向まで行動してほしいようですが、アレンさんが急いでいる話は暗黒神アマンテ様から聞いております。それで手を打ちましょう。よろしくお願いしますよ』
アレンだけが見とれることなく落ち着いて3大陸目であるエクスワイヤ大陸の課題について魚神と話をつけた。
「なんか海がキラキラしているな!!」
初めて見たものにしっかり反応するタジンが魚神の尾びれの先を指さす。
魚神は何周も亀の魔獣の死骸の周りを巻き付いていたのだが、するすると解放して、ゆっくりとこの場を離れていく。
尾の先に何やら虹色に輝く何かを振りまいていく。
「ツバメン、取って来てくれ。水中は酸性だからな、水面に浮かんだのでいいぞ」
『ピピッ』
鳥Aの召喚獣を召喚して、水上に浮かぶキラキラしたものを嘴で咥たものを受け取るとアレンはつぶやいた。
「鱗だな。魚神ミンギア様の虹色に輝く鱗だ」
魔導書に収納してみる。
『魚神ミンギアの鱗を収納した』
「おい、なんだよ。キラキラしたの俺にもくれよ!」
「お前はカラスか。ただの鱗のようだぞ」
「それは魚神ミンギア様の鱗です。海中を漂う魚神様の鱗は海に住まう者たちの恵みになると伺っておりますわ。この鱗を取り込んだジャイアントレンゲは大きく育つのです」
「なるほど……」
(魚神が大神殿にいないのは、大陸内の海の中を泳いで常に鱗をばらまいているからか。あとは町や村でもう少し事情の聞き取りをするか)
クワトロが遥か海の先へ泳いでいく魚神を見守った。
「課題達成に向けて行動します。イルゼもそれで問題ないか」
「うむ、暗黒騎士たちに伺いを立てる話でもなかろう。まあ、早々解決できる話とは思えぬがな」
(言い方にトゲがあるね。はなから解決できないと言いたげだ。まあ、見てなさい。俺に解決できない問題はない。できないという言葉は嘘つきの言葉だから)
暗黒騎士の仕事じゃないので、エクスワイヤ大陸担当の暗黒騎士たちに確認を取る必要はないと言う。
「それで、アレン。どうやって解決するんだ?」
「そうだな。困っているみたいだし、実際に困った人に話を聞くところから始めるか」
「話を聞くだと? 先ほどの街に戻るのか?」
「いや、イルゼ。あそこはクラゲの魔獣の死体の上の街だろ。実際、巨大な蓮の葉の上で暮らしている人の暮らしが知りたい。暗黒大神官、この大陸の正確な地図はありますか?」
「地図でございますか!? えっと、海中に葉っぱが沈んでいる期間も陸地は海上にあるものとして描いた地図ならございます。最新の地図は5年前に改正されたもので、そのころよりも陸地である葉っぱの数が減っており『正確』な地図ではなく……」
アレンの要求に暗黒大神官は明らかに慌ててしまう。
「いえ、沈んだ場所が分かった方が、何らかの大陸となる葉っぱが減少する法則があるかもしれません。ですので、その地図で問題ありません。お借りしてもよろしいですか?」
「下の階の資料室にあります。少々お待ちください!!」
すごい勢いで祭壇のある最上階の広間から暗黒大神官は出ていくのであった。





