第891話 黙認される集落③
「連れてこれたようだな。村長の挨拶も終わって丁度良いところだった」
『アレン様の命だから当然なのじゃ』
アレンが働きを誉めると、ヨボヨボのしがれた声で魚Bの召喚獣が答えてくれる。
「うあああああ! 何かが海から上がってくるぞ!!」
大木に実った栄養食の実をとろうとしていた村人たちが、魚Bの召喚獣の背後で起きる水面の盛り上げりに驚いてしまう。
水面から数十メートルも溢れてやってきたのは、亜神の域に達したマーマン種の魔獣であるベスペルだ。
配下のマーマンたちを引き連れてきたようで背後に何十体といる。
ぐんぐんと沖合から浜辺にある石を積んで作られた祭壇の手前までやってくる。
(随分遅かったな。ゲンブに「さっさと来ないとアレン様自らが全てのマーマンを滅ぼす」って言わせたのに。っていうか、腕が直っているし。さすが亜神級なので、再生能力はそれなりにあると言うことね)
アレンはベスペルと戦ったが殺さずに逃がした。
その際、クワトロに特技「追跡眼」を発動させ、動向を注視していた。
ここから10キロ以上沖合の海底でマーマンたちを従えて宮殿のようなものを作って暮らしているようだ。
20日近くたっても何もしてこないし、クワトロの特技を発動させる4つの眼の枠のうちの1つを埋めてしまうので解除しようと思っていた。
そこへきての今回の混血人の集落についての問題だ。
ベスペルがどこにいるのかすぐに分かるので特技「追跡眼」を解除しなくてよかったと思う。
「なんか強そうなのが出てきたな! 父さんも母さんも下がって!! 俺がやったるぜ!!」
ベスペルの見た目が凶悪な魔獣とあって、タジンが前に出て戦闘態勢をとろうとする。
なお、霊Cの召喚獣たちが浜辺の海岸線とは反対側に村との境界上に金の豆を植えているため、Aランク以下のベスペルの配下は沖合からこちらに近寄れないようだ。
ベスペルは阿吽絶叫の村人など気にせず、浜辺にいるアレンを見つけて口を開く。
『村だが集落ができたとかいう理由で我を呼ばないで欲しいのだが……』
ベスペルの第一声は困惑であった。
だが、アレンはベスペルの言葉を無視して集落の人々に対して大声で叫ぶ。
「皆! 跪かぬか!! 豊魚の神ベスペル様が態々いらっしゃったぞ!!」
「ほ、豊魚の神様……」
『豊魚の神? なんだそれは……』
魚Bの召喚獣はベスペルにすぐに海岸の生贄の祭壇にくるようにしか伝えていない。
なお、魚Bの召喚獣は酸の海でダメージを受けるため口の中にペクタンを入れて回復させながら水中を移動してもらった。
ベスペルが話についていけないと首を傾げた。
アレンがびっくりするくらい大声で叫ぶので集落の者たちはそうなのかとワラワラとアレンの背後に集まり、砂の上に膝をつき跪き始めた。
イルゼとタジンが立ち尽くしているのだが、神だと聞いて祈りを捧げる者がちらほら現れ始めた。
「豊魚の神ベスペル様、同族から拒まれ、道を彷徨い、安寧の地を求め、新たにやってきた者たちでございます。日々の豊魚をお約束し、魔獣たちからお救いして海から戻れますようお取り計らい頂きますようよろしくお願いします!!」
(いや~。亜神級の魔獣が漁業をする上で助けになるなんて、人助けはするものだな!)
「おお、この地を治める神様でしたか……」
「わてらにも祈りを許された神様がおいでになったのか」
「ありがたや、ありがたや」
暗黒界も人間界と同様に海には魔獣が出る危険な場所だ。
漁業をする上で沖合は金の豆、銀の豆の範囲外だし、そもそもSランクの魔獣、亜神の魔獣には破魔の効果はない。
短期的な対応なら召喚獣の1、2体枠を使って守護させることもできるが、それは本当に集落を継続的に営むための解決にはならないだろう。
安全に漁業を営むには配下を従え縄張りを持つ亜神ベスペルにお願いするに限ると、アレンは跪きながら極悪の顔で笑みを零す。
『お、おい。何を祀り上げようとしているのだ。我は話についていけない……ぶっ!?』
話を合わせようとしないベスペルに対して、アレンはゆっくりと顔を起こした。
その顔は怒りに歪んでおり、背後にいる集落の者たちに見えないよう魔導書からアレンの剣に殺気を込めて握り締めた。
アレンの胸元で引き抜いた刃が光り、無言の圧で「死」か「話を合わせる」か、ベスペルに選択させる。
『……ほ、ほう? 我を奉りたくて新たにやってきた者たちか』
「はい! そのとおりでございます。何卒、豊漁をお約束くださいませ!!」
『うむ、良かろう。我は暗黒神アマンテ様よりこの地の支配を許されたベスペルだ。今の思いを努々忘れるでないぞ!!』
「はは!! ベスペル様、ありがとうございます!!」
ベルペルは話に合わせながらも、アレンと目を離さず、後ずさりで後退していき、ある程度離れたところで、一気に速度を上げて逃げるように海底に消えて行った。
「ふう、そういうわけです。本日は夜遅いので、あの岩穴に戻します。村をどうしていくか話し合っておいてください」
タジンがパチャオ村から非常食を盗んで、集落をガディアック島に移して現在に至るのだが、既に夜が更けてしまっている。
こうして、一端荷物があるだろうと、全員を岩穴に帰した。
明日にでもパチャオ村のダルトン村長には事情を説明しようと思う。
村長のダルトンの話ではパチャオ村のためにも長年苦しめられてきたという。
なんでもタジン一家はパチャオ村の出身らしく、それもあってか、執拗に食料などを盗まれたのだとか。
これから厳しい冬を迎えるのに食料が不安だと言うので、草Hの召喚獣の覚醒スキル「栄養食」の大木を1本生やしていく。
イルゼが代わりに解決したと報告することについても了解してくれた。
なお、今回の獣神ブラキウスの課題に、混血人の集落からの謝罪や誠意などと言うものは含まれない。
あくまでも現状で困ったことの解決のみの対応に過ぎない。
混血人の集落の者たちはアレンと共に、岩穴の中に、村を追い出された時に持ってきた家族の形見の品、炊事などに使う生活用品を運ぶ出す作業をしている。
岩穴は念のために最後に塞いでおくらしい。
集落の女たちが荷物を移動させてどこに誰が住むのか話し合っている間に、村の男たちも手分けして、村の外から木々を切り出して浜辺へと運び始めた。
「お? また実が実り始めたぞ!!」
「高くて採れねえぞ! はしご持ってこい!」
「僕にもちょうだいよ!!」
昼前になると今日の分と言わんばかりに集落の混血人の子供たちがはしごをかけて幹から枝によじ登り、栄養食の大木から実をとり始めた。
まだ登れない子供たちのために体の大きな子が地面に向かって栄養食を落としてあげている。
1日100個実る栄養食は1個で大人1人の1食分になる。
「ふむ、後は狩りや漁もできて村が軌道に乗れば良いか」
浜辺の集落にイルゼとメルスがアレンたちと合流する。
(栄養食の大木を何本も生やすことはできるんだが、それだと自立したことにならないからな。昨日は挨拶だけで済んじゃったけど、ベスペルを集落が祈りだしたことも伝えておくか。あとはこの集落とカラッタ村を豊魚になるようにしてと)
貧すれば鈍することになり、無益な争いが起こるかもしれない。
魚Hの召喚獣の覚醒スキル「海の幸」を使って、カラッタ村と集落の周囲の海の豊魚になるようにしておく。
この召喚獣は覚醒スキルを発動すると1万体の群体となって魚たちの餌になる。
細かい検証はこれからだが、食べた魚は病気になりにくく、栄養満点に成長するようだ。
この際、たまに集落に訪れ、どう育つか検証になるだろう。
なお、召喚獣は覚醒スキルを発動後、召喚枠から外れる仕様だ。
まだ、ここに集落で必要なことを整理していると、イルゼが話しかけてくる。
「……随分な手際だな。あとは暗黒神様が許してくれたらよいのだがな」
まだまだこれからだが、村の形が出来上がり始めたところでイルゼが辺りを見渡すように呟いた。
「まあ、即席だな。後は皆がどう生きるかだ」
「そうなのか。随分な手際だと思ったぞ。昨日の今日の話だ。タジンを見た時のお前では想像できなかったからな」
タジンを冷酷に始末しようとしていたアレンからは考えられないとイルゼは言う。
「……皆で村や軍隊を作ってきたんだ。置いてきたけどな」
ヘビーユーザー島やアレン軍のことを思いながら、これからできる混血人の集落を見る。
「……だったら、早く皆の下へ戻らねばならんな」
(お? 少し優しくなったか)
ここまでのアレンの行動に一定の信用が蓄積したのか、どれだけの思いで戻りたいのか、イルゼにも伝わってきたようだ。
「そうだ。一刻も早く戻らねばならない。さて、召喚獣たちにはまだもう少し手伝わせるが、大神殿の獣神様に問題は解決したと報告しにいこう」
「そうだな。じゃあ、ラバンにその旨伝えて立ち去るとしよう」
昼休憩を取っているラバン家族の下へと向かう。
そこは集落の最も中央で、非常食の大木、祭壇が一直線につながる場所だ。
ここに集落の長であるラバンの大きな家ができる予定だ。
ラバンも腕や足の欠損が直って、さっきまで木材の切り出していたようだ。
首にタオルをかけて、妻のカイアと子のタジンと一緒に、非常食を1個ずつと干し肉をかじっている。
「おお、アレンとイルゼ様!!」
「お疲れ様です。そのまま食事を取りながらで良いので聞いてください。お別れを伝えに来ました」
「おい、どっか行くのか? アレン」
「そうだぞ、タジン。集落はもう少しで軌道に乗れそうだ。俺たちは獣神ブラキノ様に今回の顛末を報告する。もう他の村を荒らすなよ。特に隣の村は困ったときに助けになるんだからな」
「分かったよ。お前、強いのに何でも知っているし色々できてなんかすごいな」
「召喚獣たちにはまだ手伝わせるが集落はお前たちで作るんだぞ。では、皆さん、失礼しま……」
「なあ、俺も一緒に連れて行ってくれよ」
「おい、タジン。何言ってんだ」
「そうよ。タジン。あなたはまだ幼いの。ここで私たちと一緒に暮らしましょ」
両親はタジンに言葉に驚いたのか止めにはいる。
「なんだよ。俺がもっと強ければ、皆苦労しなかったんだ。死ぬ人も出なかったんだ! アレンと一緒に外の世界を見て回って、誰も困らないくらい強くなってみせるぞ!!」
(なんだ? 優しくし過ぎたから変なフラグが経ったか? それとも1日で集落を軌道に乗せて勘違いしたか)
「すまないがお前を連れて行けない」
アレンはきっぱりとタジンの申し出を断った。
(魔神の力だ。昔なら何でもパーティーの力になると思ったからな。だが、今は違う)
アレンは魔王ゼルディアスと戦って多くの犠牲を払ってこの場にいる。
タジンが暗黒界でも特殊な存在かもしれないが、それが仲間にする理由ではないと考える。
「な!? なんでだよ!!」
「足手まといだからだ。俺にはやるべきことがあってこの集落も手伝ったし、他の村々との調整もした。だが、それだけのことだ」
「そ、そんな……」
アレンは有無を言わさないはっきりとした言葉でタジンが仲間になりたいという思いを断ったのであった。





