第886話 タジン
アレンは鳥Dの召喚獣の特技「夜目」ごしに、塀を飛び越えて村の中を走る影を追った。
村人に戦闘をお願いする予定はないので、イルゼに暗黒騎士の立場で門番の数は半分に減らしてもらい、夜間に騒ぎが起きても家から出ないように厳命してもらっている。
防具とは言えないほどのぼろ布を纏った侵入者は、裸足のまま軽快に飛び回り、何かを探すようにゴソゴソと軽快に走り回っている。
バキッ
村の中で使われる穀物などの食料を補完する高床式の蔵の扉を壊し、中に入って物色する。
まるで、秋が始まったこの時期に食料がたくさん蓄えられていることを知っているような自然な動きだ。
だが、事前に被害が出ずに広場に誘導できるよう、蔵に格納された食料は魔導袋に入れて村長に管理してもらっている。
これは広場に積んだ創生した非常食だけに気を取られてもらうための措置だ。
「……何もねえじゃねえか。おっかしいな。収穫した食料はどこに行ったんだよ」
不満を口にしながら、空っぽの蔵から混血人と思われる少年が外に出るなり村の中にある他の蔵の場所へと軽快に駆け出した。
(村長から聞いたとおり、混血人の少年か。そこからだと顔が見えないな。ホロウ。なるべく気付かれず正面に回り込んでくれ。クワトロは広場を通り過ぎる際に鑑定してくれ)
『ホーッ!』
『畏まりましたわ』
鳥Dの召喚獣が音もなく羽ばたき、侵入者で混血人の少年を回り込もうとする。
さらに、幼雛化して目立たなくしたクワトロを広場の近くに植えられた木の枝に止めていた。
慣れた足取りで、他の蔵を回ろうとして広場を横切ろうとして、アレンたちが置いた非常食の山に気付いた。
「ん? 広場にあるのは……。お? おおお! 果物じゃねえか!! しかもこんなに!!」
意気揚々と近付き、腰に巻いていた袋を取り出して意気揚々と詰め始めた。
「え? こいつは……」
「おい、1人で納得していないで私にも状況を説明しないか」
広場の近くで隠れているアレンが絶句したことに対して、側にいるイルゼが詰める。
「いや、ちょっと待て……。装備無しで魔神級の力があるぞ。しかも13歳で」
イルゼの言葉を遮って、アレンはクワトロに鑑定させた。
【名 前】タジン
【年 齢】13
【種 族】半魔半獣
【職 業】ヘルビースト
【体 力】29000
【魔 力】29000
【攻撃力】32000
【耐久力】32000
【素早さ】32000
【知 力】26000
【幸 運】26000
【攻撃属性】無
【耐久属性】無
(ヘルビーストだ……本当に出たぞ。結構なステータスだな。魔神くらいだな。13歳でこれか。エクストラモードだと思うが人で。っていうか魔神じゃねえか)
ステータスを見ていると鳥Dの召喚獣の特技「夜目」の視界の範囲にヘルビーストと鑑定できたタジンという名の少年の顔が入った。
アレンが鳥Dの召喚獣から入ってきた情報を含めて詳しくイルゼに状況を説明する。
「村にやってきた混血人の少年がこれまで村々の食料を奪い、Sランクのドラゴンを狩ったで間違いなさそうだ……。どうやら、暗黒大神官たちの言うとおり少年はヘルビーストのようだな」
正面に回った鳥Dの召喚獣が必死に非常食を詰める少年の正面の姿を鮮明に映し、アレンの共有で情報を送る。
(魔王軍が暗躍していたのか。長年活動していたってことか? 魔王軍自体が前線基地を設けているって考えに至らなかったとはな)
「ヘルビーストか……。これはこの大陸の暗黒騎士にも応援を呼ぶべきか。ん? アレンよ。どうしたのだ?」
この数日、付き合っていつも淡々としており、人と接するときは笑みを絶やさないアレンの視線に殺意が沸いていることに気付いた。
ぼろ雑巾のような恰好をする少年の額には小さな角が生えており、全身の肌は濃い紫色だ。
さらに、目の下に真っすぐ黄色のラインが引かれていた。
「ひひっ。さて、全部入れられなかったぜ。だが、また来るからな!」
角の大きさは、これまで戦ってきた魔神レーゼルやそのほかの魔神たちよりも短く1本だが、その風体は魔族ではなく魔神の特徴を捉えていた。
「……袋いっぱいに詰め終わって移動し始めたな。後を追うぞ」
イルゼと違い、暗黒騎士を応援に呼ぶなどアレンの中に考えはなかった。
プレゼントを抱えるサンタクロースのように、持ってきた麻袋にパンパンに詰めたタジンはスクッと立ち上がり、侵入経路を逆走するように駆け始めた。
アレンはタジンの後を追うことにする。
「ヘルビーストが向かう先を確認するのか。あいつをここで捕まえるでは駄目なのか?」
泥棒は捕まえるべしと思うイルゼと意見が分かれてしまった。
「当然だ。ブラキノも暗黒大神官も『この村が困っているから助けてほしい』が今回の試練だったからな。あの少年1人をどうにかしてもしょうがないかもしれない。アジトとなる拠点があるはずだ」
「たしかにな? 見つけてどうするのだ?」
「当然、根絶やしにする。魔王軍の前線基地があるかもしれない。あいつはそいつらが作った魔神だったら問題は解決しないぞ」
(何億人も人間界の人々を殺しやがって。悪の芽は全て取り除くぞ)
「おいおい……。随分、物騒な話になったな。だが、ヘルビーストなら戦いはやむを得ぬか」
「村の外に出たな。浮遊羽で飛べるようにした。一緒に移動するぞ」
村長などへの報告は後回しにして、すごい勢いで駆けて行くタジンの後を追う。
アレンとイルゼはかなり距離をとって村や街を繋ぐ道などを無視して草原を駆け抜けて、近くの森の中に入った。
(ホロウ、ツバメンはすぐ後を追ってくれ。クワトロはさらに上空から森全体を俯瞰してくれ。絶対に見失うなよ。それにしても、この辺りの森も調べたんだがな)
『ホーッ』
『ピピッ』
『承りましたわ』
成長レベルを上げている召喚獣たちにタジンの後を追わせつつも、この村の周辺のかなり広範囲に召喚獣たちを使って、しらみつぶしに調べたことを思いだす。
深い森の中を含めて人々が集落を築いている痕跡すら見つけることはできなかった。
タジンは深い森を抜けて、草原に出ると、向かう先に巨大な岩があった。
30メートルくらいの大岩に向かってまっすぐ進んでいく。
(この辺は水源である川が近くにあるし、何かあれば、深い森に逃げることもできるな)
「少年の速度が落ちてきた。この辺りに奴らの集落があるようだ。降りるぞ」
「ああ」
アレンとイルゼは森から出ず、木々に身を隠し、大岩に向かって走る。
岩の側までやってきたタジンは肩にかける大袋を置いた。
「へへ。これで皆、喜ぶぞ。んっしょ!!」
ゴトッ
大岩の手前にある3分の1くらいの岩を抱えて退けると、洞窟なのか、大岩の中は空洞であった。
「ほう? あんなところに隠れていたのか。だが、あの岩の中になら何世帯も住めないが食糧庫か何かにしているのか。混血人どもが集落を作っているって考えていたが違ったのか」
住む場所を追われた混血人の人たちは、魔獣から逃れるため助け合うための集落を作ると言う。
守護番や大神殿を頼ることもできず、冒険者ギルドに依頼することもできない、村を追い出されて混血人の子供を抱えた家族が高ランクの魔獣に襲われるなんてことはよくあることらしい。
だから、混血人たちは身を寄せ合って多くても100人程度の集落を作っていると聞いた。
当然、その集落であっても、高ランクの魔獣に遭遇したらひとたまりもない。
だから混血人の集落は大きくなりすぎることはないらしい。
「……いや、あれだけの大きな岩の中だ。岩をくり貫いて転移システムか何かがあの中にあるかもしれん」
(魔王軍はこの世界の魔族を攫っていたらしいからな。だったら戻る手段は別にあるのかも。人間界に帰れるかもしれない。転移装置を起動される前に捕まえるぞ)
魔王軍の存在を感じるアレンとイルゼの話が合わない。
魔導書から剣を取り出したアレンが逃がすまいと森の中から草原に出てくる。
数歩遅れてイルゼが腰の剣を抜き、アレンに続く。
少年はすぐに穴の中に入らず、辺りを警戒しているようだ。
「ん? 誰だ? てめえらどこから来やがった!!」
(……いきなりバレたか。普段から気を付けているのか。警戒心が強いのか。この距離で聞こえるとは思えないが野生の獣並みに耳が良いのか)
100メートル以上離れているのだが、小枝を踏み締める音か、2人の気配か何か分からないが背後の森から現れたアレンたちに向かって大声で叫ぶ。
「見つかってしまったようだな」
「ああ、そうだな。そして、向かってくるぞ!!」
「てめら、よくも俺たちの住処を見つけたな。生かしておかねえぞ!!」
剣幕を上げたタジンは、拳を握り締め一気に駆けてくる。
「俺に任せてくれ」
イルゼよりも数歩前に歩みを進めたアレンにタジンは狙いを定めたようだ。
10メートル手前のところで跳躍し、アレンの顔面目掛けて拳を振り下ろそうとする。
だが、所詮は魔神程度のステータスだ。
アレンは拳の軌道を読んでタジンの拳を、余裕をもって頬をかする程度に躱した。
「うわ! とっとっと!? げは!!」
振り下ろした拳の勢いに数歩、前のめりになったところ、アレンは剣の柄をタジンの後頭部に叩き込んだ。
(魔神の姿をしているが貴重な情報源だからな。今は生かしておいてやる)
「よし、イルゼは少年をこの鎖で縛りあげてくれ。俺はすぐに岩の中を調べる」
「ああ、分かった」
「てめら、よくも……」
魔導書からアダマンタイト製の鎖縄を出すと後頭部を打ち付けられ悶絶するタジンを縛るように言う。
(協力者が岩の中にいるかもしれない。今の騒ぎを聞いて逃げられたら。時間との戦いだな)
捕らえるべきは少年1人でないとアレンは考えた。
アレンはそのまま急いで岩の中に何があるのか調べようとした。
転移装置などを起動させて逃げられるかもしれない。
漆黒の雲が真っ赤な月を覆い僅かな明かりが天から漏れるなか、倒れた少年を見ることなく草を踏みしめ、アレンは岩へと歩みる。
「おい、これ以上進むんじゃねえ!!」
「暴れるでないわ。村から食料を盗んだことを問わせてもらうぞ!」
迅速に鎖で縛るイルゼにタジンは必死に抵抗しようとした。
「許さねえ。こんなことしやがって。ぜってぇ許さねえぞ……」
一歩、また、一歩と岩の中へと向かう中、地面に顔面を押し付けられたタジンの変化をイルゼが気付いた。
ボコボコッ
メキメキッ
タジンの服の中に何かが暴れるように膨らみ始めた。
「ん? 貴様! 服の中がどうなっているのだ……」
『放せと言ったんだ! グロオオオオオオオオオオオオ!!』
淡い満月の光に照らされたタジンの体が変貌を遂げるのであった。





