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4、おしまい




 十六歳になった。村には中学校までしかないので、高校通学のために隣町へ出掛けなくてはならなくなり面倒になった。


 退魔師業は依然伊吹と一緒且つお付きの退魔師一人~二人で続けている。宮内庁傘下の退魔組織“日ノ本”の一部隊“黒”にも伊吹と一緒に部分参加させてもらってますます実戦的な戦闘が増えていっていた。


 相変わらず私にはお付きの人が離れる事がない一方、伊吹は付き添いなしで速水と一緒に独自の任務とかを課されているみたい。


「あいつは過酷な作戦に出しても結果を出すばかりに酷使されている。見捨てられない」


 速水と一緒の任務となると危険過ぎるとして、私に甘いお父様ですら同行を許可して下さらない。では、伊吹の身はどうなのだと私は憤りを覚えている。


 速水と一緒の任務はいつも機密レベルが特に高いのも怪しい。伊吹は何をさせられているのか、酷い目にまた遭わされているのではと思うと落ち着いてはいられない。


 私だって前線に出られるだけの力は手に入れたと思う。勿論、元々が前線向きじゃないって承知はしてる。けれど、もうお守りに囲まれているだけの私じゃない。


 退魔組織“黒”と遠見家の連携不足を付けば、伊吹と速水が担当する主要作戦を補佐する支作戦へ潜り込む事くらい訳ない。


「見えました。ここから三キロ先の貯水池のそばへ行きましょう」


 十一の齢より退魔行へ参加し続け、もう五年になる。将来を見据え、私が退魔行で担う役割も大きくなってきている。


 今回私と四人の退魔師が参加して実行される作戦においては第三級魔之物大蜥蜴甲種二型を倒さなくてはならない。かなり高い等級のため、私以外の退魔師はベテランばかり。


「見えた。流石遠見の【千里眼】ですな」


 体高三メートル体長十五メートルの漆黒の巨体を池に浸し、じっと動かない。あれを倒さないといけない。


 短期決戦で決めてやる。もたもたしていると主作戦が終了してしまう。そのためには今まで作ってきた符を惜しげも無く使ってやるさ。


「今日は私が第一撃を任せて貰っても?」


 符を収納している腰帯から五枚の連鎖術式を見せながら聞く。


「五枚、それもそのサイズを……いつの間にそこまで?」

「訓練の賜物です。それで、どうでしょう」

「それはもう! これは一撃で決まるやもしれませんなご同輩!」

「遠見家のご令嬢も成長なされましたなあ」


 遠見の符術では大きな順に三十センチもあってかさ張る伊型、縦十二センチ横七センチで扱い易い呂型、縦横三センチで携行しやすい波型が存在する。


 移動用隠密符や完全隠匿符は呂型一枚で達成出来るが、対人隠匿符は伊型でないと術式を書ききれない。


 しかし対人隠匿符と同等の効果を呂型でも三枚あれば達成可能だ。


 五枚となれば、第三級程度それこそ一撃で仕留めきれる。その分魔力の消費は多いんだけどね。


「では、やります。【光輝散崩】」


 五枚の符へ魔力を込めて、空中に解き放つ。すると白く光り輝く光弾が大蜥蜴の頭上に出現し、恐竜ほどもある体躯を丸ごと飲み込んでしまった。


 そして、炸裂。光の奔流が周囲一帯にいる者の視界を完全に奪う。今だ、【身体強化】と移動用隠密符!


 伊吹が一体何をしているのか、教えてくれないなら直接見てやる。




 大蜥蜴がいた場所より僅か二十キロの地点に緩やかな丘があり、その頂上には崩れかけたコンクリート製の四角い建物があった。枯れた雑草が周囲を囲い、あちこちが崩れている建物は物悲しい印象を受ける。


 【千里眼】で内部を確認すると、伊吹と速水が人を相手に戦っていた。魔之物相手じゃなくて、対人? 一体、伊吹は何をしているの?


防御符と移動用隠密符を併用し、慎重に内部へ私は入っていった。


 その時、銃声が響いた。退魔師同士の間で拳銃はメジャーな武器と言えない。となると、伊吹の可能性が高い。


 暗く冷たい空気の満ちた一室に伊吹と速水はいた。そのそばには血に塗れた男が倒れている。伊吹の手には、役に立たないとこき下ろしていた拳銃が握られていた。


「躊躇っていると死ぬぞ」

「ごめん。でも慣れないんだ」

「……退魔師なんてやめてしまえ。光なら他にいくらでも仕事も見つけられるさ」

「それは無理だよ。今さら退くなんて出来ない……伊吹こそ俺なんかといていいのか? 他に組める奴なんていくらでもいるだろ?」

「まだ言うか。もう決意は伝えたはずだが?」

「ごめん。もう言わないよ」

「謝りすぎだ」


 伊吹、何をしているの? 何で、何で退魔師なのにそんな……訳が分からないよ!


「伊吹……」

「菫? 何故ここに?」


 伊吹にしては珍しく驚いている。ああ、私に見られて怯えている。見られてはまずかったんだね。


「……伊吹、まずこの場から離れよう」

「そうだな。菫、外に出よう」


 それ以上何も言わない二人に、私は従うしかない。外に出ると、既に日が傾き始めていた。


「それであれはどういう事なの? 何で伊吹が人を……人と戦っているの?」

「退魔師は魔之物を討伐するのが主任務だ。だが、力を悪用する人間もいる。誰かがやらなくてはいけない事だ」


 それは……悪人を裁く必要がある事は私も分かる。


「でも、伊吹がする必要があるの? 手を汚す必要があるの?」

「……田口家は善行ばかりではのし上がれなかった」


 そんな。でも、でも、まだ大人じゃない伊吹にやらせる仕事なの? こんな事大人がやるべき事じゃないの?


「違う! 伊吹は俺が巻き込んだんだ。こんな、こんな事になるとは思わなかった……」

「言うな」

「これが初めて……じゃ、ないんだよね」

「そうだな。もう、何度も経験している」


 こんなのおかしい。退魔師の数が少ないって言っても、伊吹を、中学生でしかない子供を生死を左右する任務に付けるなんて!


 確かに魔之物相手の戦いで命を落とす事態もある。でも、魔之物は自然現象だ。こまめに退魔していれば強い個体は現れない。


 人との戦いは違う。魔之物とは比較にならない知恵を操り、そして明確な殺意を持って臨んでくる。


「後悔してない?」

「それは……」


 伊吹は答えなかった。詰まる所、やりたくないって事だ。よし、分かった。私が何とかしなきゃ。




 帰宅すると、珍しく眉間にシワを寄せたお父様に呼び出される。でも、これは逆に好機。伊吹の現状を訴えて待遇の改善を訴えるのだ。


「菫。勝手な行動をしてはいけない。命のかかった事をしているのだから、行方をくらませては周りに多大な迷惑が掛かる。分かるね」

「はい。申し訳ありませんでした」


 あの後、同行した退魔師の人に怒られたし伊吹たちの後始末を担当する人にも怒られた。でも、私を止められないよ。


「伊吹の件はお父様はご存知ですか? 退魔師でなければ敵わない危険な犯罪者と戦わせられているのです。まだ伊吹は中学生ですよ? 止めさせて下さい!」

「私もその件は承知している。あの歳で気の毒だが、田口家が下した決断にどうこう言う力はないよ」

「ですが……二人だけというのはおかしくありませんか? 何故危険へ赴くのにもっとたくさんの人員を投入しないのです! 私の時はどんなに魔之物が弱くとも三人はいましたし、大抵後方支援を受けた四人で行動していました。それが伊吹たちは支援もなしの二人ですよ! 明らかにおかしいです!」


 魔之物に強力な個体が現れた際現地の退魔師へ増援が派遣されるのだけれど、その際遠見家だけでも退魔組織としての派遣でも各種の退魔補助具を用意して出発する。


 何故なら退魔師といっても【身体強化】していなければただの鍛えた人間にすぎないし、補助具の有無で単純に交戦時間が大幅に伸びる。


 魔力量の少ない退魔師なら補助具がなしには戦えないほどにその存在は重要なのだ。それは伊吹も例外ではない。私の半分しか魔力を持たない伊吹は全力で【身体強化】すると十分間戦えるか怪しい程度しか魔力が持たない。


 それが、補助具の存在で二倍にも三倍にも交戦可能時間が伸びる。その存在は不可欠なのだ。


「少数精鋭なのだろう。伊吹君は大人顔負けの実力を持っているし速水君は世界の頂点を狙える力を持っている」

「私だって模擬演習で大人の方を破っていますよ! 私が二人に加わっても……」

「その話は終わっただろう!」


 私の話を遮った。お父様が怒鳴り声を上げてまで。


「そこまで私を参加させたくない事に伊吹が参加している事に私は耐えられません……」

「私は菫の身を案じているのだ。分かっておくれ。伊吹君も私は我が子のように可愛がっているが、あくまで田口家の子供だ。手は出せんよ」


 お父様がこうも非協力的だったなんて。今まで言う事を聞いてくれたお願いとは次元が違うって事なんだ。


 でも、お父様が駄目なら伊吹のお父様にお願いしよう。もしかしたら実情をご存知でない……それはないか。そうは言っても、例え過酷な任務へ伊吹が参じる事を許していたとしても。十分な支援を得られていない事は理解されているのかな? 私の伊吹を閉じ込めて安全な空間で保護しておきたいという願望が聞いてもらえなくても、あってしかるべき支援がないという訴えは流石に聞いてくださるに違いない。


 私に下された罰は軽く、精々が退魔師業半年禁止程度。高校には変わらず行けたし、田口家を訪問するのに制限はない。


 翌日の早朝、私は日課の散歩へ向かう。果たして伊吹は来ているかな……あ、いた。


「おはよう伊吹」

「ああ、おはよう」


 普段は会話が弾むけれど、私は喋る気になれず伊吹も今日は話しかけてこない。無言のままに時速四十キロの散歩は終わってしまった。


「伊吹、善臣様とお話があるの」

「父と? 何を話す気が知らんが、昨日の事は知っておられる」

「それは分かってる。いいから、連れてって」

「……いいだろう」


 伊吹のお父様、善臣様は一人道場で道着に身を包み静かに座り込んでいた。私もその背後に座り、挨拶をする。


「ご無沙汰しておりました。田口菫です」

「久しいな。それで、話とは?」

「伊吹が速水光と従事している任務の事です。善臣様はこの任務に割かれている支援体制をご存知でしょうか? 明らかに他の任務に比べ足りていません」

「そういう事は“黒”の隊長に任せている」

「では、これをご覧下さい」


 調べた内容は全て電子化している。今の私は伊吹の支援体制に関する項目だけを印刷して持ってきていた。書類には使用した退魔補助具について記入するスペースが設けられているが、綺麗さっぱり抜け落ちている。これは断じて書類の記載漏れではない。伊吹には必要不可欠な補助が与えられていないのだ。


「任務は全て成功している」

「な……伊吹の年齢でこれらの任務を遂行しているのは時期尚早でしょう! 他家では一切見られません! せめて、二十歳を過ぎてからでもよかったのではないですか? まだ義務教育も終えていないんですよ?」


 私が持ってきた資料を一瞥もせず、善臣様は伊吹への処置を妥当と判断なさるのか。こんな理不尽を伊吹に押し付けていいはずがない! 間違っている!


「遠見菫。これは我が一族の決定だ」


 私が反論を捲し立てようと意気込んだのを察したのか、鋭く重い威圧を浴びせかけられた。私の中のいきり立つような憤りは威圧の前にへし折れ、口から出た言葉は善臣様をおもねるかのように弱々しくなってしまった。


「でも……ですが、伊吹に酷です。労ってやるべきです」

「伊吹はよくやっているのは私も認めている。そして伊吹の実力ならばこれらの任務に投入して問題はないと判断した。これが全てだ」


 立ち上がり道場から立ち去ろうとする善臣様。


「待って下さい!」

「菫様。いくら遠見家の方でもこれ以上の面会は許されませんな。お帰り願おう」


 追いすがろうと駈け出した私は、善臣様のお付きの人たちに阻止されてしまった。


「おい、待て。自分が送っていく」

「は……」


 刺すような監視の目から田口家を出て逃げ切ると、付き添ってくれた伊吹へ思わず謝ってしまいたくなる。


「ごめんね。私じゃ何も出来なかったよ。ごめんね……」

「気にするな。自分は嬉しかったよ。だけどもういいんだ。殺すのは気が引けるが、悪人を捕まえる行為は嫌がっていないよ。あの時見られた表情だけで嫌悪を見破られるとは思わなかったが」

「だって付き合い長いし、私伊吹をずっと見てきたんだよ?」

「見られて嫌われると思った」

「そんな事ないよ! ただ、死体にびっくりして。後は伊吹がやった事にも」

「そうか」


 伊吹の手を握る。


「この手……変わらないよ。暖かい。大丈夫」

「ああ」

「今まで殺した人も悪い事をしたからなんだよね」

「そうだ。裁かれなければならなかった奴らだった」

「なら伊吹は悪くないよ」


 伊吹は悪くない。私のお父様も悪くない。善臣様だって悪意を持って伊吹を冷遇している訳ではない。


 ただ、私が伊吹に危険な事をして欲しくないだけだ。するとしても、私の目の届かない場所でなんて許せない。


「着いたな。それじゃ」

「待って」

「ん?」


 もし、私が伊吹に危ない事をやめてと言ったらやめてくれるだろうか。やめてくれたら嬉しい。


 けれども、伊吹の事だからそんな言葉を言ったら困らせるだけだろう。私は伊吹を困らせたくない。


「私……ううん、また会おうね」

「ああ、またな」


 だから、気付かれないようにやめさせたい。


 私は高校を抜け出して、“黒”の本拠地を訪れていた。目的は隊長である西田太一郎に会って伊吹の待遇改善を訴えるため。“黒”の所属人員が少ないなんて言い訳は通らない。何しろ伊吹と速水二人だけの任務の時だけ支援がないのだ。あからさま過ぎる。


 新幹線……と見せかけ地方空港を利用し東京へ上京した私は都内にある古ぼけたコンクリートビルに足を踏み入れる。


「失礼ですが、面会のお約束は取り付けていますか」

「いえ、してません……けど、会わなくちゃいけないんです」

「残念ですが、本日は在席しておりません」


 嘘だ! 飛行機に乗る前と降りた時に【千里眼】で確認した。ここで事務作業をしていた。今だって……あれ? 何か、よく見えない。妨害されてる。【未来視】も併用してみると、苦り切った表情をして扉を開ける老年男性の姿が微かに見えた。


 その時、部屋の扉を蹴破る勢いで西田太一郎が飛び出てきた。


「遠見家の……そういう事か」


 【千里眼】で見られたのに、気付いたのかな? でも、出て来たのは好都合だ。


「あの、お話したい事があるんです!」

「私にかね?」

「はい、田口伊吹と速水光二人の待遇改善を訴えます」

「それより自分自身を心配したらどうかね」

「え?」


 後ろを振り向くと叔父様が震え上がるような恐ろしい顔で私を睨みつけていた。


「学生の本分も退魔師の本分も全うせずに他人の心配をしている場合か! 帰るぞ!」

「ま、待って叔父様! まだ話もしてない!」

「話は帰りの飛行機でゆっくり聞いてやる」

「待ちなさい、名刺を渡しておく。話なら後で聞いてあげよう」

「あ、ありがとうございます!」




 あれから私は自宅謹慎携帯没収諸々の罰を受けた。高校を無断で欠席し上京したのだ。罰を受けるのは当たり前と言えた。


だが目的を未だに達成していないというのに引き下がる訳にはいかない。私は携帯を返して貰ったその日には、即座に西田太一郎と連絡を取った。


「君か。実は明日そちらへ出張の予定がある。会えないか」


 ええと、どういう意味だろう。


 私が返答に困り黙り込んだのに気付いた太一郎様は電話越しに微笑する。


「そう怯えなくていい。いくつか口頭で確認したい点があってね。君の叔父さんも同行するから高校前で待っていてくれないか」


 剛太叔父様も一緒なら、大丈夫かな。メモ帳に要点を走り書きしつつ、私は了承した。


「それと……公費での出張なので寄り道を知られると面倒が発生してしまう。他言は無用で願いたい」

「分かりました。誰にも話しません」

「助かる。ではまた明日会おう」

「はい、ありがとうございます」


 メモ帳に他言無用と追加で書き込みしている内に、電話は切れる。


 これで伊吹の待遇改善は果たせるといいな。いや、伊吹のお父様も私のお父様もまともに相手をしてくれなかった。私が何とかしなくてはならない。


「菫お嬢様。伊吹様がいらっしゃいました」

「そう、通してちょうだい」


 お、来たか。今までの謹慎で伊吹と会える時間がざっくり削られたから会わせてってお父様にゴネた甲斐があった。


「おはよう菫。それで、何か用か?」

「用がないと駄目なの?」

「そうは言ってない。ただ、久し振りに呼ばれたものだから何かあったかと」

「別に。ただ顔が見たかっただけ」

「そうか。まあ、しばらくゆっくりさせてもらうよ。家にいると何かにつけて稽古させられるから疲れるんだ」

「へへ、感謝してよー?」

「感謝してるさ」

「伊吹君。久し振りだね」

「お久しぶりです、幸久様」


 あれ、お父様まで来たのか。何で来たのかな、邪魔しないで欲しいな。


「菫は迷惑を掛けていないかな?」

「もう、お父様!」


 伊吹は私が謹慎になった理由を退魔師としての任務を疎かにしたためだと思っている。それだけでも責任を感じさせちゃうのに、伊吹のために東京まで行ったなんて知られたらこれ以上何もするなって怒られちゃう。


 だから余計な事を喋ったりしないでお父様! 喋ったら後が怖いよ。


「はは、そんな事はありません。菫とは一緒にいて安心します」

「それはよかった。これからもよろしく頼むよ?」

「はい」


 よかった、いなくなってくれた。でも一応伊吹が帰るまでに接触しないよう注意しなくちゃ。


「もう、いきなり押しかけてきて何なのかな」

「心配なんだろうさ。幸久様の一人娘なのだから」

「でも、邪魔しないで欲しいって思わない?」

「そんな事ないよ」

「ええー。そうかなー? って、勝手に見ないでよ!」


 うわあ! メモ帳処分するの忘れてた! 咄嗟に掴んで背中に隠したけれど、伊吹の動体視力じゃ見られてるかな?


「ん? ああ、すまない」

「乙女には秘密があるんだよ!」

「秘密、ねえ。何でもいいが、もう自分のために行動しないでくれ。今の待遇は納得の上なのだから」


 伊吹が納得していても私が納得出来ないのだ。後方支援なしで伊吹が全力戦闘したら十分持つかどうか。【電子砲】を一発を一発撃つ毎に戦闘可能時間が三分は削れるので、十分は肉弾戦のみの想定だ。それが後方支援を受ければ最低でも二倍は戦闘時間が伸びる。各種魔法具の支援で魔力の消耗は抑えられ、本当に必要なときに全力を出す事が出来る。


 本当は何もさせずに閉じ込めておきたいけれど……それが無理なら、私が安心して伊吹を送り出すには後方支援は必須事項といって構わない。


「……分かったよ」


 でも、そんな事言って伊吹を困らせても悪い。私が陰から支援体制を改善させて、私自身を安心させるのだ。




翌日。授業を終えて正門前に出て、いつもの出迎え運転手さんと軽い会話を交わしながら車に乗り込む。すると、乗り込んだ瞬間に携帯電話が鳴り出した。


『やあ、菫だね』

「あら、叔父様? 高校前で待っているのですけれど何処にいるんですか?」

『前に黒い車が止まるから、それを追いかけてくれ』


 一体どういう思惑なのだろう。でも、この声は叔父様そのものだし今目の前で停車した車の後部から剛太叔父様がこちらを携帯片手に見つめている。信頼……しても大丈夫だよね。


「あの運転手さん! あの車に叔父様が乗ってるので追いかけて下さい!」

「はあ。真っ直ぐ帰らなくてよろしいのですか?」

「大丈夫大丈夫。叔父様が手配してるわ!」

「では、追いかけますよ」


 剛太叔父様の事は運転手の中山さんもご存知だ。だから、何の疑問も抱くことなく私の指示に従ってくれた訳だけれど。


「菫お嬢様? 本当に宜しいのでしょうか?」

「ちょっと待って」


 前の車に付いて行って三十分。私たちはとうに市街地から離れ地元の人間もほとんど通らない木々に覆われた山道を走っている。何だかおかしいような気がする。携帯を手に取り、叔父様へ電話を掛ける。


「あの、叔父様? 何処へ向かっているのですか?」


 その瞬間、車の上部に大質量が掛かり叩き潰される。咄嗟に私は【身体強化】で難を逃れた。受け身を取りながら一瞬車へ視線を向けると厚さ十センチの金属塊へ変貌していた。一体何が




 う、ううん。何が起きたの? 


目を覚ますと、赤く錆びついた、電柱ほどの太さがある鉄柱に掛けられた白熱球ランタンが視界を照らす。


灯りは弱い。頭の真上にあるのに、足元が暗くてよく見えない。


どうなっているの? 手で辺りを探ろうとしたけれど、背中に回された私の腕は手錠のようなもので拘束されている。動いたせいで、拘束具が赤錆に塗れた床とこすれあって黒板を引っ掻いた時に感じるような嫌悪感を催す金属音を立てる。


足も……駄目。同様に左右二本纏めて足首と膝の二箇所を金属製の拘束具で動きを制限されている。


「何、これ」


 何が起きているの? 目を周囲へ動かすと、二十五メートルプールほどの空間に私一人が転がされていた。灯りは床に倒れている私の足先すら十分に照らしてはくれない。


 逃げたい。【身体強化】すれば破壊出来ないかな。あれ、使えない。なら、【千里眼】がここが何処なのか……こっちも駄目。どうしたらいいんだろう。不安に駆られ思わず助けてって叫ぼうと思ったけれど、思いとどまる。


 何が起きたか分からないのに、大声なんて上げられない。


 辺りをもっと確認しなくちゃ。頭の近くには長いチューブが開口部に取り付けられた二リットルペットボトルが十本、私みたいに転がされている。あ、これって口で吸わないと中身がこぼれない仕組みになっているみたい。


 飲めって事なのかな? 目の前に飲み物があると気付くと途端に喉が乾いてくるけれど、あからさま過ぎる。罠に違いない。


 他には、何かないのかなと何分も辺りへ目を凝らし続けるも駄目。何もない。


 ただ、弱々しい明かりとペットボトルがあるだけ。それ以外に目につくのは赤く錆びついた柱と床。


 駄目だ。こんな場所にいればいるだけ頭がおかしくなってしまう。手足が拘束されていようが、移動しよう。


 そう思い切り、体をバネのようにして立ち上がろうとしたら背中の手錠が私を勢い良く引っ張って床へたたき落とす。


「そっか……床と手錠が繋がれてるんだね」


 よく見ると足首の拘束具も鎖で床と繋がっていた。つまり、逃げられない。


「だっ、誰か! 誰かいないの!」


 もう我慢出来ない。何でもいい、誰でもいいから姿を見せて!


「助けて! 誰か聞こえないの!?」




 気が付くと、私は粗末ながらも清潔感のある入院服が着せられていた。部屋は真っ白でとても明るい。


 助かったの!?


 喜び勇んで寝かされていたベッドから立ち上がろうとすると、ベッドの手すりに両手両足が固定され動けなかった。


「あ、ああ」


 じゃあ、あれは夢じゃなかった……ペットボトルの液体を飲んでただ生きながらえた悪夢のような時間が現実?


「嫌! もう嫌! 助けて! 助けて! こんなの嫌! 私を自由にして!」

「黙りなさい」


 あ……人だ。ガラス越しに白衣を着た男女が数人見える。悪人であろう事は予測が付くのに、何故か私は安堵を覚えた。人を見て、言葉を話しているだけなのに。


「全く、十日もスポーツドリンクだけでよく生き延びたものです。トイレくらい行かせてやれば洗浄の手間も省けたろうに」

「そう言うな。彼奴らも退魔師の女を捉えたとて安心出来なかったのだろう」

「名家の人間は貴重なサンプルだ。必ず成果は上げろ」

「勿論です」


 あははは。人がお話をしてる。人の声を聞けるのがこんなに安心出来るなんて知らなかったなあ。


「しかし、十六人しかいない良質なサンプルを三人も投入するのか」

「これは失敗が許されないな」

「よし、隔壁を開けろ」


 あ。真っ白なお部屋が広くなったよ。私と同じ格好でベッドに寝てる人が二人出て来た。あれ? 何だか真下が黒く光ってきた。あはは、黒なのに光ってる。黒は……“黒”、黒之隊……西田太一郎……伊吹。


「伊吹……助けてよう」


 頭が朦朧としてきて、思考が段々とまとまらなくなっていく。目の前は真っ黒になり、何も見えなくなる。


 最後に私の視界に写ったのは、水晶のような翼を持つ白銀の天使だった。






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