あっという間の解散劇
パーティのリーダーを務めていたニックスの心は傷つき、そして完全に折れた。
解散を口にされたマリーシェ達は、顔を突き合わせて今後の事を相談する。
ニックスの治療が終わった翌日、「獅子の牙」の面々は、定宿にしている1階の食堂で顔を合わせていた。
まだ昼に差し掛かろうかと言う時間帯にも拘らず、随分な賑わいを見せている食堂なのだが、その一角に陣取る面々は誰とも会話しておらず、その表情は誰も彼もが優れない。
それも当然の話で、彼ら彼女らの話している内容は、とても笑顔で行えるものでは無かったのだから。
「……で、どうするのよ?」
重い空気の立ち込める一角で、沈黙が続く状態であったが、その無言を破って最初に口を開いたのは……マリーシェだった。発した声音に色はなく、どこかぶっきら棒で投げやりな言い様は、まさに今の心境を映し出していた。
「どうするったってなぁ……」
内容も何もなく、ただ一言だけの問い掛けだったのだが、その場の全員がその意味を正確に理解しており、困った表情のキッソスは、頭をボリボリと搔きながら返答に窮していた。
そう……困っていたのだ。分からないでも、答えないでもなく、困っていたのだ……返答に。
「……困らんでも、結論は出てるんとちゃうんかぁ」
答えを見い出せず一向に話が進まない現状に、些かウンザリしているサリシュが、口籠るキッソスに投げやりな言葉を発した。
もっとも、その口ぶりはぞんざいなれど、言っている事は実に正しかったのだが。
「……そうねぇ。リーダーが決まらないんじゃあねぇ……」
溜息でも付きそうな表情で、サリシュに賛同する意見を口にしたのはデンテだった。テーブルで頬杖をついている格好は、どこか等閑に見える。実際、ニックスがこの場にいない時点で、デンテのやる気は地を這っていた。
昨日ニックスが宣言した通り、彼は自身の作ったこのパーティ「獅子の牙」のリーダーを辞し、この場にも顔を見せていない。キッソスやカナヴィが参加するように、かなり強く勧めていたのだが、結局頑なに拒否し出て来なかったのだった。
ニックスに恋心を抱いていたデンテにしてみれば、もはや彼のいないこのパーティに、何の思い入れも無いのは想像に難くない話だった。
「リーダーならあの……えっと、キッソスがやれば良いかなぁ……って。あはは……」
それでも、パーティを解散しバラバラになったとして、次の所属先がすぐに決まる保証はない。また、今と同等以上の待遇や雰囲気とも限らない。
それを考えれば、このメンバーがバラバラになる選択を安易に採れずにいた事が現状を招いていた。
お座成りなデンテの意見に、カメリアが代案を出して留めようと図るのも分かる話である。
ちなみに、カナヴィは先ほどから視線を不安気に巡らせているのだが、自分で発言しようとはしていない。消極的な彼は自分で意見を発する事はせずに、事態が好転する事だけを期待していたのだった。
もっとも心情では、このままパーティが存続してくれればと切実に思い願っていたのだが。
引っ込み思案な性格はそのまま戦いの場でも表れており、戦士としては全く成長していないと言って良かった。このままパーティが解散となり放り出されても、どこにも所属出来ないのは自分自身でも分かっているのだ。
「ええ? 俺は嫌だよ」
そんなカメリアの意見を、キッソスは迷いもなく断った。表情は苦々しく歪められており、心底嫌だという感情を表していた。
パーティのリーダーをやりたいと言う者は、意外と言おうか当然と言おうか……少ない。
利点は多く、決定権を有し、自分の思うような編成を考え、その理由でメンバーを自由に選べる。
パーティの責任者である事から、報酬も他のメンバーより多めに得る事が出来る場合が多い。
また、そのパーティの方向性を決める事も出来、自身の目的に向けて行動出来るので、最短で望むものへと進めるのも大きいだろう。
しかしその反面、実は多大な責任を負う事になり、個性豊かなメンバーを統率し導くリーダーシップも求められる。揉め事を収めて、メンバー同士の対立や亀裂を抑える場合も必要となるだろう。
ギルドとの折衝や依頼内容の確認、場合によっては依頼主との話し合いもあり、ただクエストをこなす為だけに邁進していれば良いという立場ではなくなるのだ。
代表的な役目だけでもこれだけあり、やりたいと考える者が少ないのは仕方がないと言えた。
「そう言うなら、カメリアがやったら良いんじゃないか?」
「え……えええぇっ⁉ 私はその……無理ですよぉ」
キッソスがカメリアへとやり返すと、彼女は驚きを露にして、直後に拒絶を口にした。照れているでもなく恐縮や遠慮でもない。本当に嫌だという声音だった。
「……じゃあ、どうすんのよ? マリーシェ、サリシュ、あんたたちはどう? このパーティのリーダー、やってみる?」
「そう言うあんたはどうなのさ?」
「……ウチは、面倒くさいんはごめんやなぁ」
責任の擦り付け合いを横目に、デンテがマリーシェ達に話を振ると、マリーシェはデンテの考えを反問し、サリシュはウンザリした声で拒否を表明した。マリーシェの言い様は答えていないように見えて、彼女が否定を明示しているのは疑いようが無かった。
「あたいだって、そんなのやりたくないわよ」
そしてデンテも、パーティリーダーなどはやりたくないと考えている人物だった。
コミュニケーション能力も求められる存在だと考えれば、デンテの個性では向いてるとは言い難く、本人もその事を十分に理解しての返答だろう。
マリーシェに否を伝えたデンテが一同を見回すと、誰も肯定的な表情をしている者はいなかった。そして再び、沈黙が訪れる。
だがそれは、そんなに長い間では無かった。
「……じゃあ、解散って事で良いかな?」
これ以上の議論は時間の無駄だと考えたのだろう、キッソスは総括するように、その場の全員の意見を代弁するように告げると、ゆっくりと一同へと視線を向けた。
そしてその視線に対し、誰も意見を口にしようとしなかった。それはそのまま、キッソスの提案に対して賛成する旨を示している。
「短い……って訳じゃなかったけど、楽しかったよ」
真っ先に立ち上がったのはデンテだった。彼女は足元に置いていた弓矢を手にし、用意していた荷物を持つと、後ろ髪を引かれる素振りも見せずに食堂を後にした。
「あのぉ……そのぉ……。あ……ありがとうございました」
次いで動き出したのはカメリアだ。彼女は申し訳なさそうにおずおずと、それでも動きを止めるような真似はせずに、準備が出来ると去って行った。
「ぼ……僕も。……す、すみません」
次に立ち上がったのはカナヴィだった。言葉数が少なく、最後に口にしたのが謝罪だった事が、彼の気の弱さを反映していた。
先の2人と違い、彼はモタモタとしながら、手荷物と武器を纏めると食堂を後にする。
「……さて。それじゃあ、俺も行くよ」
ここまでの流れを、何も言う事無く見ていたキッソスが立ち上がった。
この展開の原因を作った本人だというのに、どこにも悪びれた様子が伺えないのは彼の性格だろうか。
それでもキッソスは、他の3人のように、すぐにこの場を後にする事はせず。
「……ああ、そうだ。マリーシェ、サリシュ、良かったら俺とパーティを組まないか?」
キッソスはこの後リーダー代理として、パーティ「獅子の牙」の解散手続きをする事になっており、予定ではギルドへ顔を出す事になっているはずだ。
間違いなく解散した事を確認する必要があり、最後まで残っていたのもおかしな話ではないのだが、このタイミングで声を掛けた事について2人が疑念を抱いたのも当然だった。
「……変な話ね。私たちをパーティに誘うんなら、解散しなくても良かったんじゃないの?」
その理由は、正しくこの台詞に凝縮されているだろうか。
マリーシェがこう口にしたのは当然で、パーティの新規登録となれば、これまでの実績は無駄に終わる。それならば、そのまま「獅子の牙」を受け継いだ方が良いに決まっているのは考えるまでも無いだろう。
「おっと、説明不足だったな。実は、俺の知り合いのパーティに合流させてもらう事になっているんだ。お前たち2人なら、紹介してやる事も出来ると思ってね」
悪びれる様子もないキッソスが饒舌に説明するが、これも聞きようによっては失礼で不快な話であり。
「……ならその話、何でさっきせぇへんかったん? ……あんたに付いて行くぅゆう奴もおったやろうに。……ウチらだけに話すぅゆう事は、あの子らは役に立たんゆうてるもんやと思うねんけどな」
そして、サリシュはあからさまに不快を表に出していた。もっともそれは、サリシュの感情論であり、合理的な観点からは筋違いなのだが。
本来、新人冒険者のパーティは、こういった離散集合を繰り返して煮詰められてゆく。自分たちに役立つかどうか、パーティを続けられる人材かどうか、それぞれが見極めを行いながら、自分をより高みへと引き上げてゆくのだ。
「おっと、これは……。どうやら、嫌な気分にさせてしまったみたいだな」
だがキッソスは、そんなサリシュとマリーシェの心情を理解したかのように、今回の勧誘は失敗したと認めたようだ。
頭を掻き、ばつが悪いという表情を浮かべ、挨拶もなくそのままその場を後にした。
そんなキッソスの様子を、マリーシェとサリシュは憮然とした表情で見送ったのだった。
結局、パーティ「獅子の牙」は解散となり、仲間たちは去って行った。
最期までその場に残ったのは、マリーシェとサリシュ。
今後も冒険者を続けてゆくつもりの2人は、互いの今後について話し出したのだった。




