力を合わせて生き延びろ!
キッソスの失敗で、狙いとは違う魔獣「大ファルクス」を相手にしなければならなくなったマローシェ達。
しかも、レベルの高い前衛であるニックスは、戦闘の始まる前に倒されてしまった。
このままでは、パーティ全員が蹂躙される事は明らかだ。
そしてこの局面で、マリーシェとサリシュは1つの賭けに出る為動き出す。
最前衛へと飛び出したマリーシェは、盾を前にしてファルクスを押し込んでいた。
「ぐぎぎぎぎ……」
全力を出して、ただ突き出した盾を巨蟷螂に押し当て只管に押すだけの行動だが、マリーシェ渾身の力を以てしても、ファルクスの体は微動だにしなかった。
「ふぬぬぬぬっ!」
それは、隣で同じように頑張っているカナヴィが助勢したところで、大差はなかったのだった。
ファルクスの一般的なギルド指定レベルは3から5。一方で、マリーシェはLv4でありカナヴィはLv3だ。個々のレベル差を考えれば、一方的に蹂躙されるような事は無くとも、苦戦は免れないといったところだろうか。
それでも、この2人が協力して押し遣ろうとしているのだから、本来ならば多少は優勢に事を進められるだろう。
しかし残念ながら、目の前の魔獣はその本来とは違っていた。
「大ファルクス」と呼ばれる強靭な個体で、亜種とまではいかなくとも、一般のファルクスよりも強い力を持っており、指定レベルも7と高いものだったのだ。
「い……今のうちにぃっ!」
「……デンテ! 行ってや!」
「わ……分かったっ!」
それでも救いであったのは、そのレベルが魔獣の指定レベルだったと言うところだろう。
歯を食いしばるマリーシェの合図にサリシュが応じ、デンテに指示すると彼女は1つ頷いて動き出したのだった。目的は言うまでもなく、倒れたままで動かないニックスの救助だった。
「ニックスッ! ニックスッ! しっかりしてよっ!」
意識があるようには見えないニックスを引き摺りながら、デンテは涙声で彼の名を呼び掛けた。それでも、ニックスは微動だにする事無く引き摺られるままだ。
「そんなのは後にしてっ! 早くどいてよっ! ……キッソスッ!」
モタモタと戦闘出来ない者が周囲にいては、体勢を立て直し動き出したファルクスの的になりかねない。マリーシェはデンテに強い口調で命じると、後方で待機していたキッソスの名を叫んだのだった。
女神フェスティスの加護を受けた人のレベルの場合は、その差は致命的だと言って良い。1つ変わるだけで、その身体能力は大きく変動すると言っても過言ではない。
しかし魔獣の場合は強さも然る事ながら、その危険度でレベル認定される。ファルクスの場合は、その巨大な鎌による殺傷力が注視されているのだ。
魔獣の多くは特徴が強調されている場合が多く、身体能力と言う点では隔たりが多い。
この場合マリーシェ達が幸運だったのは、本来ならば敵わないだろうレベル7の魔獣である「大ファルクス」だが、膂力だけで言えばそれほどの差は無かった事だろう。だからわずかな間であっても、マリーシェ達がファルクスを押し留める事に成功したのだ。
「お……おう」
「あんたのせいでしょっ! あんたも動きなさいっ!」
大ファルクスを引き連れて来たキッソスは、戦闘に参加せず後方で傍観していたのだが、マリーシェの檄に突き動かされた。
レベルで言えばニックスと同じLv5なのだが、如何せん戦闘力が乏しく、殆どの場合は後方で控えるか、撹乱役を担っていた。今回もその位置で大人しくしていたのだが、この場合は総力戦となる為に、遊ばせておく戦力などない。
「……あんたはあいつの後方に回って、注意引いて撹乱役や」
「わ……わかったよ」
即座に近付いてきたサリシュが、キッソスに向けて囁くように命じた。それは、有無を言わせぬほどに低く深い声音であり、キッソスには拒否する事など出来なかったのだった。
もっともその指示は的確であり、反論の余地が無かったのは言うまでもない。この場のメンバーではレベルが最も高いキッソスでも、ファルクスを相手にするには戦力的に心許ないのだから、出来る事は陽動程度だ。
「……せいっ!」
サリシュに答えたキッソスは即座に動き出し、ファルクスの後方から攻撃を開始した。もっともそれは致命傷を狙ったものでは無く、あくまでも魔獣の気を逸らす役割程度でしかないのだが。
それでもファルクスはその攻撃を嫌ったのか、マリーシェ達に背を向けてキッソスの方を向こうとする。
「……今よっ!」
「だぁっ!」
その瞬間を狙ってマリーシェが合図すると、カナヴィが手にした剣を渾身の力で振り下ろした。マリーシェもそれに続き、細身の剣を突きさすように振るった。
「ぐっ!」「硬いっ!」
だが残念ながらその攻撃は、どちらもファルクスの甲殻を抜く事は出来なかったのだった。
昆虫型の魔獣は総じて硬い甲殻を持ち、生中な攻撃では傷をつけるに至らない。マリーシェ達のレベルや膂力では、ファルクスの体に傷をつける事は出来なかったのだった。……それでも。
「デンテ! 援護射撃しぃやぁ!」
「わ……分かってるわよっ!」
マリーシェ達は攻撃の手を緩める事はなく、サリシュたち後衛もその援護に動いていたのだった。
「……カメリア。ウチらも、準備すんでぇ」
「りょ……了解っ!」
ただし後衛で攻撃参加しているのはデンテの弓攻撃のみで、サリシュたちは参加していなかったのだった。無論それには理由がある。
「……炎の飛礫」
「……飛来する稲妻」
より魔力を高めて、魔法を行使する為の準備をしていたからだった。
彼女たちの使える魔法は、未だレベル1のものばかりだ。ファルクスに対しての攻撃に関しては、これでは心許ないだろう。
それでも、非力な前衛に任せるよりも、より可能性のある魔法で決定打を出す方が現実的だったのだ。
それに何よりも、彼女たちの目的は。
「……良い? あたしが合図したら、大きく後ろに下がるのよ。……キッソスッ!」
後方でのサリシュたちの動きを把握したマリーシェは、隣で奮闘するカナヴィに指示を出すと、彼は額に汗をかきながらも頷いて応じた。
同じくマリーシェは、離れた場所で囮役をしているキッソスにその名前だけを叫んだのだが、彼はそれだけで理解したように頷いて見せた。
「……今ぁっ!」
彼らの応答を確認して、サリシュたちへとわずかに視線を送ったマリーシェは、大きな声を上げて合図を送った。それはカナヴィとキッソスへ向けたもののようであり、サリシュたちへの信号のようにも聞こえるものだった。
「……火球」
「……雷光ッ!」
マリーシェたちが大きく後退すると同時に、サリシュとカメリアからそれぞれ魔法が放たれた。
魔力を十分に溜め込んだ結果だろう、サリシュの放った火球は数こそ1つだったが、その大きさは通常のものより一回り程大きく、カメリアの電撃は一般的なものよりも太さがあった。一見すれば、それぞれに威力が上げられているのが瞭然だ。
「グギュウッ!」
狙いは違わず、それぞれの魔法は直撃し、サリシュの火球は後ろ脚を1本焼失させ、カメリアの雷光はファルクスへの胴体に直撃した。
昆虫型の魔物には、外見や反応だけではどれだけ痛手を与えているのか解り辛い。片足を失ったくらいでは、その動きに影響は殆ど見られない上に、腹部に電撃を食らっても、どの程度怯ませられるのかは不明だ。
「ギャギュウウウゥゥ……ッ!」
だがどうやら、マリーシェ達の目論見は成功したようで、大ファルクスはマリーシェ達との距離を僅かに広げると、彼女たちが追撃してこない事を確認したのか、そのまま踵を返して逃げ出したのだった。
「や……やった!」「やったあぁっ!」「やったやったっ!」
敗走する魔獣の姿を見て、マリーシェは脱力して、デンテとカメリアは大声で勝鬨を上げるも。
「は……はは」「……ふいぃ」
カナヴィとキッソスは、大きく息を吐くとその場にへたり込んでしまっていた。それくらいに、紙一重の内容だったのだ。
今のマリーシェ達に、この「大ファルクス」を倒すだけの実力はない。善戦はしているものの、地力では大ファルクスには遠く及ばないのが実状だ。
だから彼女たちの取った戦法は、魔獣を退けると言うものだった。
動物系ならば生存本能が顕著であり、身の危険が最大限に高まれば逃走するだろう。
しかし、昆虫系はどのような行動に出るのかは分からない。だからこその賭けでもあった。
マリーシェ達は、その賭けに勝ったと言えるだろう。
現在の彼女たちで、出来るだけの痛手を相手に与え怯ませる。その後に隙を与えれば、魔獣ならば逃げ出すだろうと踏んでの策だったのだ。
「……さぁ、休んでる時間はないでぇ。戻ってこぅへん内に、この場から逃げだそか」
弛緩した空気の中で、サリシュだけは毅然とした態度を崩しておらず、その場からの移動を進言したのだった。
実際、先ほどの大ファルクスとは言わず、通常の個体が襲ってきても、今の彼女たちに対処は難しいだろう。それを踏まえた上での、サリシュの指示でもあった。
戦闘時間に反して疲労の色が濃い一同だったが、それでも重い腰を上げて、意識のないニックスを連れてその場から離れたのだった。
何とか大ファルクスを逃走させる事に成功したマリーシェ達。
パーティとして満身創痍だが、何とか全員生き延びる事に成功した。
だが、致命傷を負ったパーティの傷は、癒す術が無かったのだった……。




