実に簡単なパーティ崩壊の危機
当面の、パーティの方向性は決まった。
ランクを上げるのではなく、個々のレベル上げに勤しむ事にしたのだ。
その判断自体は間違っておらず、マリーシェとサリシュたちは精力的に行動していたのだった。
しかし事故と言うのは、得てしてその様な時にこそ起こるのだった……。
当面はレベル上げを行う事に決めた「獅子の牙」の面々は、精力的に討伐依頼を受け、依頼が無ければ自主的に郊外へと出向き、安全を考慮しつつ適当な魔獣を相手に戦っていた。
……のだが。
「な……何を連れて来てんだよっ、キッソスッ!」
「す……すまんっ、みんなぁっ!」
思いも依らぬ事態に見舞われていた。
もっともそれは、新人冒険者ならば遭遇する可能性の高い、特段珍しい事象と言う訳では無いのだが。
「ちょ……サリシュッ! あ……あれってっ⁉」
「……うん。……〝巨蟷螂〟やな」
マリーシェ達が待ち構えている場所にキッソスが引っ張ってきたのは、目的の魔獣である「巨犬」や「悪猫」ではなく、4本の鎌を持つ巨大な昆虫型魔獣「巨蟷螂」だったのだ。
未だレベルが高いとはいえず、メンバー内でもバラツキがある「獅子の牙」は、やや弱い魔獣であるが「巨犬」や「悪猫」をターゲットにしていた。
魔獣「巨犬」はその名の通り、体躯の大きな野犬型の魔獣だ。もっともその大きさは、野獣である「野犬」の二回りほど大きく、俊敏性も高い。
野獣と魔獣の境界におり、それだけに強さもそれほどではなく、冒険初心者の相手にはうってつけだった。
群れで生活しているがその数は多くなく、1体ずつおびき出して戦うのが基本であり、マリーシェ達もそのように狩りを行っていた。
魔獣「悪猫」は、大きな体躯を持つ野獣「山猫」と酷似しているが、こちらは明確な違いを持つ。それは〝魔法を使う〟と言う点にあった。
悪猫は基本的に単独行動を好み、誘き出すと言う点では非常に楽なのだが、魔法を使うと言うその一点において、巨犬よりも厄介と認識されていた。
それも当然の話で、魔法を使ってくる敵への対応は、新米冒険者たちにとってはこれが初めての経験となる場合が多い。
ガトズローの使う魔法は最低位で威力も弱いのだが、やはり初心者たちには十分に脅威であった。それでも、倒すのがそれほど厄介と言う訳では無い。
どちらの魔獣もレベルが2から5であり、パーティでの攻略ならばそれほど厄介と言う相手ではない。ほとんどの冒険者は、この魔獣たちで始めはレベル上げを行うのだ。
それぞれ生息域がギルドでも紹介されており、比較的余裕をもって相対できる魔獣ではあるのだが、当然に例外がある。
それは、その生息域に必ずしも目的の魔獣しかいない……と言う訳では無いという事だ。大自然の中では多くの生物が生息しており、無論魔獣も多種存在する。
だからこそ、安心して戦える場所を選んで、そこまで魔獣を誘き寄せるのだが、今回はそれに失敗した事例と言える。……そして、更に厄介なのが。
「そ……それだけじゃないよぉ。あれってもしかして……『大ファルクス』じゃないかなぁ」
「……っ⁉ ほんとだっ! 腕に黒い模様があるよっ!」
キッソスが連れてくる巨大な蟷螂を見て、カメリアが恐々と自身の考えを呟くと、目が良いデンテが細部の特徴を捉えて叫んだ。
魔獣には、「希少種」と呼ばれるその種族の上位種が存在する。もっとも、希少種は生息域や生態も違ってくるので、出会う事は稀なのだが。
しかしそれとは別に、同種でありながら特別強い存在が生息している場合がある。
そういった場合は、他の個体よりも体躯が大きかったり毛色が違ったりするのだが、ファルクスの場合は4本持つその鎌に、それぞれ黒い模様が刻まれているのだった。これを持つ個体は非常に力強く俊敏であり、高い体力を持つ。
ファルクスのレベルは5からなのだが、「大ファルクス」と呼ばれる個体は推定でレベル7と言われており、今の「獅子の牙」では手に余る敵だと言って良かったのだった。
「と……とにかく、まずは足止めだっ! カナヴィッ!」
戦士であるニックスは、前に出ながら同じ戦士職を目指すカナヴィに声を掛けた。2人で盾を前にファルクスを止めれば、まだ勝機も見えようというものなのだが。
「む……無理だよぅっ!」
ファルクスの大きさや俊敏さ、何よりも獲物と見定めたこちらへ一直線に向かってくる様を見て、当のカナヴィは怖気づいてしまっていた。ただし、それも仕方がないと言える。
カナヴィもレベルが上がったのだが、それでも未だにLv3である。推定Lv7のファルクスの動きを見れば、多少の戦闘経験を持つ者ならば尻込みをしても仕方がないだろう。
「なっ!? カナヴィッ!?」
ただし、その返答に虚を突かれたのは、指示を出したニックスだった。彼の考えでは、2人がかりで足止めを行うつもりであり、その案にカナヴィが否を示すとは考えてもいなかったのだ。
2人並んでファルクスの前に立ちはだかる予定が、結果としてはニックスだけが前に出た形となった。
「く……くそっ! ……グバッ!?」
怯えて竦むカナヴィに悪態をついたその時、急襲したファルクスがその手である大鎌を持ち上げ、そのまま獲物に振り下ろした。
レベル差もありその動きは速く、ニックスが視線だけをカナヴィへと僅かに逸らしたその瞬間に、肩口から胸にかけて大きく切り裂かれてしまったのだった。
「キャ……キャアアアァッ! ニックスウウゥッ!」
血しぶきを上げるリーダーを見て、真っ先に大声を上げたのはデンテだった。無論、他のメンバーも動揺を隠せないほどに狼狽していた。
初心者冒険者たちが、パーティを組んで、比較的弱い魔物と戦闘経験を積む。
魔獣は駆け出し冒険者たちよりも個体レベルで上を行くが、パーティを組んでの1対多数ならば、早々不慮の事故は起きにくい。
この近隣に生息している巨犬や悪猫程度ならば、噛みつかれても手足が欠損するほどのダメージは受けないだろうし、悪猫の魔法を受けても、火や雷ならば火傷程度で済む。
しかし今、巨蟷螂の襲来を受けて、冒険者パーティ「獅子の牙」はあっさりと崩壊の危機を迎えていたのだった。
「……このままやったら、あかんでぇ」
「……そうね。それに、逃げられそうにないし」
サリシュの言葉に同意したマリーシェのセリフには、実は若干の語弊があった。今、この瞬間ならば、ニックス以外のメンバーは逃げ延びる可能性が高かったからだ。
……ただし、ニックスを犠牲にしてではあるが。
だが残念ながら、駆け出しや若い冒険者は正直で真っすぐで、正義感が強い傾向にある。つまり、この場で仲間を犠牲にし、置き去りにしてでも助かろうと考えた者はいなかったのだった。
「こ……このぉっ!」
まず狂乱のままに行動を開始したのは、やはりデンテだった。以前から、ニックスに淡い憧憬を抱いていた風情のある彼女は、ニックスを助けようと矢を無数に射掛けたのだった。
しかし当然ながら、そんな闇雲な攻撃は、固い外皮を持つ巨蟷螂には通用しない。
「……こんな状態や。誰がどんな指示出しても、まともに聞くもんなんかおらんやろ」
「……同感ね。……なら、どうするのよ?」
「……ウチに考えがある。……せやから」
「……ふぅ。……了解、足止めね」
そんな中で、マリーシェとサリシュだけは冷静だった。……いや、冷静を装っていたと言えるだろうか。それでも、虚勢であっても、努めて平静を保とうとする事は大事である。
「カナヴィッ! 私と一緒に、前へ出るわよっ! 男なら、少しは意地を見せなさいよねっ!」
まずマリーシェは、茫然自失のカナヴィに発破をかけた。呆けていたカナヴィだったが、マリーシェの言葉でビクリと正気を取り戻す。
「う……うんっ!」
そして、女性であるマリーシェにこのような事を言われれば、カナヴィとて怯えてばかりもいられないのだろう。
「行くわよっ!」
「う……うんっ!」
マリーシェとカナヴィは盾を前にして並び突進すると、そのままニックスの息の根を止めようとしていたファルクスに体当たりをした。それが功を奏したのか、ファルクスは大きく体勢を崩して後退した。
「……ちょお、落ち着きぃや」
「でも、ニックスがっ! ニックスがっ!」
「……そのニックスを、助けたいんとちゃうん?」
一方でサリシュは、後衛の掌握に務めていた。現状で、決定打を出せるとすれば、それは後衛の……魔法使いの魔法だけだ。その為には、無闇矢鱈な攻撃などしても意味は無いのだ。
「……ごめん。それで、どうすれば良い?」
自分が恐慌状態だったと理解したデンテは、表面上だけでも落ち着きを取り戻すと、サリシュに指示を仰いできた。現状ではレベルが自分よりも上なのだから、実力者に指示を求めるのは間違いではない。気づけば、近くにはカメリアも待機している。
「……別に、そんな難しい話やないでぇ」
そんな彼女たちに、サリシュは普段と変わりのない声音で説明を開始した。
混乱するパーティの立て直しに奮闘するマリーシェとサリシュ。
2人は、それぞれの役割を基に、強大な敵に立ち向かう。
果たして、新人パーティ「獅子の牙」は、この局面を乗り切る事が出来るのか……。




