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巨大な魔力反応を捉えた場所へ辿り着くまで、それほど時間はかからなかった。
反撃を受けた後も進み続けるにつれ、鬱蒼と茂っていた木々は次第にまばらになり、代わりに周囲には苔むした石柱や古代の建造物と思われる瓦礫が目立つようになっていく。森を満たしていた不気味な気配は薄れていく一方で、空気には禍々しい魔力の残滓が色濃く漂い始める。肌を刺すような魔力が全身を苛んだ。
森を抜けた先に広がっていたのは、かつてそこにあったであろう、人の営みがあったことを物語る重厚な建物の瓦礫群だった。 しかし、その中心にあったはずの建造物は跡形もなく消え失せている。広大な敷地の中央は何か凄まじい力で激しく凹み、大地は巨大なすり鉢状に抉られていた。
瓦礫の調査は後回しだ。今優先すべきは、この異変の元凶を押さえること――そう判断したイオスたちが、破壊を免れた石壁の前へたどり着いた、その時。
石壁の陰から、二つの影がゆっくりと姿を現した。
背は大きく曲がり、生気のない足取りでこちらへ歩み寄ってくる。
「すみませーん!」
カグラが呑気に声をかけ、一歩足を踏み出した、その瞬間だった。
「まってください!」
イオスの切迫した叫びが響く。
「……!」
二つの影は問いかけに答えることなく、懐から短剣を引き抜いた。鈍く光る刃を構え、凄まじい殺気を放ちながら一直線に向かってくる。
「ごめんね」
カグラが呟いた、次の瞬間だった。
鋭い風切り音とともに、彼女の短剣が飛びかかってきた男の首筋へ深々と突き立てられる。
さらに間髪を容れず、オロチの背の大剣が一閃した。銀色の円弧が闇を切り裂き、もう一人の首を刎ね飛ばす。襲いかかってきた二人は、悲鳴をあげる間もなく即座に返り討ちにされた。
血飛沫が薄闇を染める中、鮮やかな連携を見せた二人に、ミロは満足げに髭を撫でた。
「ふむ、相変わらずいい手際じゃ」
「これが熟練の冒険者か……」
イオスは、その洗練された動きと鮮やかさに、恐れも忘れて思わず感嘆の吐息を漏らしていた。
カグラは短剣に付いた血を手際よく拭き取ると、鞘へしまい直し、石壁の向こうを指さしながら尋ねた。
「イオス君、中を確認してきていい?」
イオスは不安を拭いきれない表情のまま、真剣な眼差しをカグラとオロチへ向けた。
「ここから先は危険です。オロチさんと二人でお願いします。あと、中で何を見ても、絶対に深追いせず一度戻ってきてください。」
敵の拠点である可能性が高い以上、慎重にならざるを得ないのだ。
イオスの真摯な言葉を受け、カグラは隣に立つ無口な剣士へ視線を向けた。
「了解。オロチ、行こっか」
「うむ」
短く言葉を交わすだけで十分だった。そこには長年の信頼関係に裏打ちされた、無駄のない阿吽の呼吸があった。合図を合わせた二人は、影のように滑らかな足取りで、静かに石壁の奥へと消えていった。
「では、僕達はこの者達を調べますか」
「そうじゃのう。死体あさりは趣味じゃないが……背に腹は代えられん」
ミロは不機嫌そうに息を漏らしつつも、愛用の酒樽を地面へ下ろし、屈み込んだ。二人が奥へ向かった以上、残された自分たちにできるのは、倒した者たちの所持品から少しでも手掛かりを探ることだ。イオスも膝をつき、手袋を嵌めた両手で手際よく所持品を改め始めた。
「この神官服、どこのものか分かるかの?」
一通り確認したのち、ミロが問いかけてくる。その衣装は一見すると格式ある神官服のようだったが、一般的な教団のものとは生地の質感も意匠も異なっていた。
「……いえ、見たことがありませんね」
イオスは首を振って答えながらも、倒れた男の胸元にふと視線を留めた。服の隙間から、小さな首飾りの細鎖が覗いている。
(何か手掛かりがあるかもしれない……)
イオスは慎重に魔力を流し込んだ。 罠の反応はない。特別な術式もかかっておらず、首飾りは至って静かなままだ。
だが、その表面には見慣れない精巧な紋章が刻まれていた。学院で叩き込まれた知識を幾ら探っても、一切思い当たる節のない、異様な意匠だった。
「……妙ですね。魔道具というわけでもなさそうですが、この紋章は一体——」
「おいイオス、同じものをこいつも持っておるぞ」
ミロがもう一人の男から回収した首飾りを掲げてみせた。
「一人だけなら個人の趣味とも思えたが、二人とも身につけておるとすると……」
「特定の組織を示す、共通の刻印……ですね」
イオスは受け取った二つの首飾りを見比べ、表情を硬くした。異形の神官服に身を包み、同じ刻印を掲げる者たち。この崩壊した遺跡の奥で何が行われているのか、不気味な謎が静かに広がっていた。
「何か良いものあった〜?」
「——ッ!?」
不意に背後から、すぐ近くで覗き込むように声をかけられ、イオスは大きく肩を跳ねさせた。激しく拍動する胸を押さえながら勢いよく振り返ると、そこにはいつの間に忍び寄ったのか、悪戯っぽく口元を歪めるカグラの顔があった。その隣には、気配を完全に消したまま静かに佇むオロチの姿があった。
「驚かせないでください……っ! いつ戻ってきたんですか!」
「えー、今さっき? イオス君が凄く真剣な顔で首飾り見てたからさー」
必死に呼吸を整えるイオスを見て、カグラは実に楽しそうにからかっている。
「で、何を見つけたの?」
ミロが手にある首飾りをカグラたちに見せるようにかざした。
「見たこともない刻印が刻まれた首飾りじゃ。倒れていた連中が身につけておった。……そっちの様子はどうだったんじゃ?」
カグラは先ほどの悪戯っぽい笑みを消し、表情を引き締めて言った。
「まず、石壁の向こう側は墓地だったよ。そのさらに奥に、神殿があったの」
「神殿、ですか」
イオスの問いかけに、カグラは静かに頷く。
「神殿自体はそんなに大きくないんだけど、外壁はすごくしっかりしていた。……ただ、おかしいのよね。建物も大地もこれだけ無残に抉られているのに、あの神殿だけは、大きな傷ひとつついてないの。まるでそこだけ何かに守られているみたい」
周囲一帯を抉るほどの破壊がありながら、不可解なほど無傷で佇む神殿。異様な光景を脳裏に浮かべ、イオスは呼吸を乱さぬよう息を呑んだ。
「何らかの強力な結界か、あるいは神殿そのものが未知の力に守られている可能性が高いですね……」
「ふむ……この怪しい首飾りといい、その神殿といい、中でろくでもない奴らが何か企んでおるのは間違いなさそうじゃな」
ミロは手の中の首飾りから神殿の方角へ視線を巡らせ、重々しく言った。
さらに、カグラは言葉を続ける。
「それとね……神殿の中も少し見てきたの。入ってすぐの祭壇の前に幾十人もの人影が倒れていて、その中央で……誰かが異様な儀式をしていたわ」
「何十人もの……!?」
カグラの報告を受けた瞬間、イオスの脳裏で散らばっていた情報が一気に一つの像を結び始める。
傷ひとつ負っていない神殿。
異様な刻印を身につけた者たち。
祭壇の前に折り重なるように倒れた人々。
そして、自分の探知魔法を容赦なく叩き潰した、あの異質な魔法反撃。
――すべてが、ひとつの凄惨な真実へと辿り着こうとしていた。
「……生贄だ」
絞り出すようなイオスの声に、場の空気が凍りつく。
「倒れている人たちはただの犠牲者じゃない、命だけでなく、魔力まで搾り取られた生贄だ。……正体不明の何者かが、人間を使って禁忌の魔法を完成させようとしている!」
イオスは蒼白な顔で、樫の木の杖を折らんばかりに握りしめた。
「……もう一刻の猶予もありません! 儀式が完了する前に止めないと、手遅れになる!!」
「……止めるぞ」
低いが、芯の通った声だった。これまで寡黙を貫いていたオロチが、静かに告げる。その瞳には一切の迷いも恐怖もなく、ただ眼前の脅威を見据えていた。
「そうね」
カグラもまた、真剣な面持ちで唇を結ぶ。腰の短剣に手を添える指先には、確かな覚悟が宿っていた。
「うむ」
ミロが重々しく頷く。長年の経験が、一刻の猶予もないこと、そして目の前の若者たちの判断が正しいことを告げていた。
イオスは深く息を吐き、手遅れになるかもしれないという恐怖を押し殺した。
言葉はそれだけで十分だった。過剰な威勢も、無駄な確認も要らない。
四人は無言のまま歩き出した。
死の気配を纏った神殿が、静かに彼らを待っていた。




