3-7
ゼノン=バーンシュタイン。
リチャード王太子の婚約者であるイルゼの兄であり、近衛兵として腹心を務めると同時に、親友でもある男だ。
二人は同い年で、貴族学院時代からの固い絆で結ばれている。
非常に優秀で、「リチャードの傍らにこの男あり」と称えられるほどの実力者。その本質は愚直なまでに義理堅く、主君と家族のためならば、身を賭すことも厭わない熱情を秘めている。
妹のイルゼと同じ美しい銀髪をなびかせるその姿には、日々の厳しい鍛錬で培われた逞しい肩幅と隙のない身のこなしがあり、武人としての気品と覚悟を漂わせていた。
イオスは騎士団長と共に面会室へ入り、静かにゼノンの正面へ腰を下ろす。
それまでの聞き取りにおいて、ゼノンは一言も口を開こうとしなかった。
己の信じる義のために口を割らない男だと察したからこそ、イオスは自ら彼との対話を望んだのだ。
「はじめまして、ゼノン殿」
「君はイオス君だったね。歳も近い。ゼノンでいいぞ」
「では、ゼノンさんで」
イオスは軽く会釈をして、改めて姿勢を正した。
「ゼノンさん、リア姫が失踪した件は聞いていますか?」
「ああ……」
「僕はシルク陛下より、リア姫の捜索の任務を承っています。それでも、お話しいただけませんか?」
「ああ。だが、私はリア王女の失踪については何も知らない。また、王家にあだなすようなこともしていないと誓おう」
これほどの人物が言うのであれば、言葉に偽りはないのだろうとイオスは思った。
ただ、理由が分からない以上、解放できないのも事実だ。
ならば、なぜゼノンは黙秘を続けているのか。
「そう。そこなんです」
イオスは静かにゼノンを見つめた。
「なのに、なぜあなたは口を閉ざすのですか?」
顎に手を当て、イオスは考える。
リアと何か『約束』を交わしているのか。
何かを知っていても、確証がなくて言えないのか。
あるいは、誰にも知られたくない事なのか――。
(……いや)
先ほどから、ゼノンは一貫して口を噤んでいる。
王家にあだなすことはないと言っていたが、嘘をついているようには見えない。
ただ、何かを隠している。
それも、リアを庇っているというより――。
(誰かに知られることを、恐れている?)
イオスは隣に座る騎士団長へ視線を向けた。
そして、別室で待機しているディオスとカグラのことを思い浮かべる。
「騎士団長。この聞き取り、僕に任せてもらってもいいですか?」
「いや、でもだな……」
ヴァルターは驚いたようにイオスを見る。
(騎士団長には悪いけど……畳みかけよう)
「私は陛下から捜索の任務を受けています。私を疑うということは、陛下を疑うことになるのでは?」
「うっ…………わ、分かった」
ヴァルター騎士団長は、渋々ながらも立ち上がった。
「では、これも持って行ってください」
イオスは盗聴や会話への介入を防ぐため、通信用の魔道具を騎士団長へ手渡した。
「後は任せた」
「はい」
騎士団長が部屋を出ていき、重い扉が閉まる。
ゼノンとイオスの間に、静かな無言の時間が流れた。
しばらくして、ゼノンが探るように口を開く。
「……よく分かったな」
「いえ、ただの予想です」
「理由を教えてくれ」
ゼノンが絞り出すような声で問いかけると、イオスは静かに頷いた。
「あなたが、なぜここまで無言を貫いていたのかを考えました」
イオスは一度言葉を切り、ゼノンの目を真っ直ぐ見据える。
「ちなみに、リア姫との会話の内容を、リチャード王太子は知っていますか?」
「いや……知らない」
「そうですか」
イオスは一度だけ頷いた。
「ここからは僕の予想です。この王宮には、いくつかの派閥がありますよね?」
「……」
「国王を中心とする派閥。騎士を中心とする派閥。そして、貴族を中心とする派閥。細かく分ければ、もっとあるのでしょうが……大きく分ければ、この三つではありませんか?」
ゼノンは何も答えなかった。 しかし、その銀色の瞳がかすかに揺れ、静かな光を宿す。
「そして、リア姫との会話の内容は、騎士派の筆頭であるヴァルター騎士団長には、決して聞かせられないものだった」
イオスは一拍置く。
「無論、外部の人間である僕や、他国の人間であるディオス主任にも」
その言葉を聞いた瞬間、ゼノンの表情が僅かに強張った。
微動だにしなかった眼差しが、ほんの一瞬だけ揺れる。
すぐに平静を取り戻したものの、その僅かな変化を、イオスは見逃さなかった。
「……私が黙っていることで、そこまで読んだというのか」
「元々、あなたが裏切っている可能性は、黙秘をした時点で低いと考えていました」
「それも、なぜだ?」
「ゼノンさんは国王を中心とする派閥……いえ、リチャード王太子の側近ですよね」
イオスは言葉を選びながら続ける。
「仮にシルク国王がリア姫に王位継承を行うとしていたら、あなたがリア姫を狙う理由は考えられます。でも、リア姫が他国であるオラクルの魔法学院へ進むことになった時点で、王位継承に関わる可能性はかなり低くなっている」
「……」
「次期国王ともなれば、国内の学院へ進み、そこで人脈を築くのが通例なのでしょう? オラクルの魔法学院でも、似たようなことは行われています」
ゼノンは黙ったまま、イオスを見つめている。
「だから、今の時点でリチャード派とリア姫の対立を疑う理由は薄い」
「では、貴族派だった場合は?」
「それでしたら、ベリル辺境伯が黙っていないでしょう」
イオスは即答した。
「貴族派の有力者として、あなたをリア姫の婚約者に据えようとするはずです。そうなれば、ベリル辺境伯領との結びつきも強くなる。ですが、今のあなたはリチャード王太子の側近として仕えている」
「……なるほど」
「そして、リア姫との会話には、騎士派にも明かせない何かがあった。だから、ヴァルター騎士団長には聞かせられない」
イオス自身、断言するには材料が足りないと感じていた。
だが――
「頭が切れるとは聞いていたが……ここまでとはな」
ゼノンが僅かに苦笑する。
(どうやら正解だったようだな……)
イオスは一歩前進したことに安堵した。
「時間が差し迫っていますので、単刀直入にいくつか質問しますね」
イオスが改めてゼノンを見る。
「リア姫との面会で話したのは、姫自身に関することですか?」
「違う」
返答は早かった。
「では、国に関することですか?」
「…………」
今度は答えが返ってこない。
ほんのわずかに、ゼノンの視線が揺れた。
「……なるほど」
イオスが呟く。
「王女殿下自身に関することではない。ですが、国に関することではある」
「…………」
ゼノンは否定しなかった。
「もしかして……王国内の派閥争いに、大きな変化が?」
その瞬間、ゼノンの目が僅かに細くなった。
「……よくそこまで辿り着いたな」
「だとすると、おいそれとは発言できませんね……」
イオスはゼノンの立場を思い、静かに息を吐いた。
ゼノンもまた、苦々しげに口を開く。
「分かっていると思うが、誰がどの派閥に属しているのか。誰が誰を支持し、誰と繋がっているのか――それを明らかにすれば、王国内の均衡が崩れる」
ゼノンは苦々しげに続けた。
「ましてや、リア姫が失踪しているこの状況で、そんな情報を公式の聞き取りの場で口にできるはずがない」
「……なるほど」
イオスは静かに頷いた。
「リア姫の失踪を利用して、各派閥が動き始める可能性があるということですね」
イオスの言葉に、ゼノンの表情が僅かに曇った。
「……その通りだ」
「分かりました」
イオスは立ち上がった。
「騎士団長には、僕から上手く伝えておきます。ゼノンさんは、リチャード王太子の警護に戻ってください」
「……いいのか?」
「あなたが守ろうとしているものまで、僕が暴く必要はありませんから」
ゼノンはしばらくイオスを見つめた。
やがて、静かに立ち上がる。
「……君は、不思議な男だな」
イオスは答えず、ただ小さく笑った。
イオスが応接室に戻ると、待機していたカグラ、ディオス、そしてヴァルター騎士団長が一斉に詰め寄ってきた。
「どうだった!」
とりわけヴァルター騎士団長は、今にも飛びかかってきそうな勢いだ。
「リア姫の誘拐には関わっていませんね」
「では、姫様に不敬な発言でもしたというのか!」
ヴァルターはイオスの両肩を掴み、激しく揺さぶる。
「そもそも、ゼノンさんがそういう御仁でないことは、騎士団長が一番ご存じなのでは?」
「じゃあ、一体なんだったんだ!」
「姫様が戻られたら、直接聞いてください。……まあ、話してくれればですがね」
「イオス殿!」
必死に詰め寄る騎士団長の追及を、イオスは肩を揺さぶられながらも、かろうじて追及をかわす。
その様子を見かねたカグラが助け舟を出した。
「イオス君、あなたが聞き取りをしている最中に、オロチから魔法の手紙が届いたわよ」
手紙には、簡潔にこう記されていた。
『ここ半年ほど、王都周辺で女性の失踪事件が散発しており、冒険者ギルドへの調査依頼が増えている。また、他国の戦争から逃れてきた孤児たちが教会へ多く預けられており、特に月の神の神殿が積極的に保護に動いているようだ。
現在、ラクシュと合流した。これより二人で月の神殿の調査へ向かう』
文章を読み終えたイオスは、顎に手を当てて呟く。
「えらく端的な報告ですね……ですが、女性の失踪事件というのも、無関係ではないかもしれません。オロチさんには、そのまま調査を継続するよう伝えていただけますか?」
「そう言うと思って、もう伝えておいたわ」
「助かります。ところで、ミロさんはどうなりましたか?」
「そろそろ王城に着くみたいよ。念のため、裏門へ向かうよう伝えてあるわ」
「分かりました」
イオスは応接室の控えにいたメイドへ視線を向ける。
「メイドさん、ミロというドワーフが来ますので、案内してもらえますか? 僕たちはこの後、温室へ向かいます」
「かしこまりました」
深々と一礼し、メイドは応接室を出て行った。
午前中にリアと面会した三人への聞き取りを終えたものの、行方につながる手がかりは、ほとんど得られていない。
「……次は、温室の調査に行きましょうか」
イオスは拭いきれない不安を胸に抱えながら、応接室を後にした。




