3-6
「イオス君、温室にはいつ調べに行くの?」
騎士団員たちが聞き取り調査の支度をしている間、カグラが尋ねた。
「ひとまず、聞き取りの後ですね。どのような方々なのか、まずはこの目で見ておきたいですし」
クローゼン子爵の息子ガルドとは昨夜いざこざがあったものの、その人となりまでは詳しく知らない。そして、父親であるクローゼン子爵やゼノンについても、イオスが知っていることはほとんどなかった。
「なら、私が先に行って調べてこようか?」
気遣うカグラに、少し頼みづらそうにイオスは口を開いた。
「実は……僕、こうした聞き取りの場に立ち会うのは初めてなんです。ですからカグラさんに、嘘を見抜く方法や、本音を見極める秘訣を教えてもらえたらと思いまして」
珍しく頼み事をしてきたイオスに、カグラの顔がほころぶ。
シーフとして長く活動してきたカグラにとって、相手の本音を引き出し、言葉の裏を読むことは得意分野だ。頼れる経験者として扱われたことが嬉しかったのか、彼女は意気揚々と引き受けた。
「そうね! 分かったわ。隣でしっかり教えてあげるから、ちゃんと覚えなさい」
聞き取り調査が始まった。
別室では、クローゼン子爵と騎士団長が向かい合わせに座り、当たり障りのない雑談を始めていた。
その様子を魔道具越しに見つめながら、カグラが静かにイオスへ耳打ちする。
「いい? イオス君。まず聞き取りで見るべきなのは――目、表情、声色、それから態度よ」
「はい」
「分かりやすく言えば、敵意があれば目が鋭くなるし、人を騙そうとしている奴は不自然に笑みを浮かべることもある。嘘をついていると、声がわずかに高くなることもあるわ」
「……態度についてはどうなのですか?」
「嘘をついたときや破綻しそうになったときに、身体が強張ったり、指先が落ち着かなくなったりするとかね。態度は意外と分かりやすく出るから、特別目が肥えていない人でも気づくことがあるわ」
(カグラさんは、いつもこんなことを頭の中で考えながら人と会話しているのか……)
イオスは驚きながら、長年修羅場を潜ってきた彼女の観察眼に、改めて感銘を受けていた。
「カグラさん。イオス君は魔法師なんですから、あまり物騒な技術を教え込まないでくださいね」
横からディオスが呆れたように注意する。
呑み込みの早いイオスのことだ。下手に教えれば、この観察技法すら自身の『魔法探知』の精度を上げるための情報として組み込んでしまいかねない。そこまで突き詰めれば、「探知」の域を超えて「看破」に至ってしまうのではないか――そんな懸念が、ディオスの脳裏をよぎっていた。
「いいじゃない。できて困るようなことでもないでしょ?ね、イオス君」
「そうですね。……それより、あちらで本題に入りそうですよ」
イオスの言葉に、一同は魔道具へ視線を戻した。
「ベルンハルト、そなたと私の仲だ。これからの会話は、この部屋の中だけに留めておきたいのだが、構わないな?」
どうやら、クローゼン子爵の名はベルンハルトというらしい。
ベルンハルト=クローゼンとヴァルター騎士団長。
国の中枢を支えてきた二人は、どちらも実に腹が据わっている。
「……うむ」
重々しく頷くベルンハルトに対し、ヴァルターは声を潜めて切り出した。
「実は、リア姫様が昼食後に姿を消されたのだ」
「なんだと!?」
驚きのあまり、ベルンハルトが勢いよく立ち上がる。
「行き先も理由も一切分かっていない。ゆえに調べの一環として、午前中に面会していた貴公に足を運んでもらったのだ」
「あー……そうか、そういうことか」
ベルンハルトは即座に己の置かれた状況を察した。
「昨日の件で、私が姫様に恨みを抱いて何か仕組んだと?」
「そこまでは言っておらんよ。お前の性格は知っているからな。不満があれば、裏で何かをやるより、直接陛下へ直談判しに行く男だ」
「……違いないな」
「だろ? だからこそ、率直に尋ねたいのだ。リア姫様と何を話していたのか、教えてはもらえないだろうか?」
ヴァルター騎士団長が、真っ直ぐにベルンハルトを見つめる。
「姫様には昨日の件についての謝罪と、不敬による家のお取り潰しを免れたことへの礼を伝えていたのだ。それと……ガルドの奴をベリル辺境伯の軍に預け、根性から鍛え直すことにしたという報告もな」
「そのときの姫様のご様子は?」
「特に意に介されたご様子もなかったよ。『私の新しい守護騎士にとっても良い経験になりました』と、温かいお言葉までいただいた。あの小さかった姫様が、今や人の上に立つ立派なお方になられて……子供の成長というのは早いものだな」
しみじみと懐かしむように、ベルンハルトは遠い目で窓の外へ視線を向けた。
「……他には何か話したか?」
「ああ。それと、下の息子のことなのだがな。実はあいつには魔法の才能があるのだ」
「ほう。確かあの子は頭もかなり回ると聞いておるぞ。貴族学院での成績も優秀なのだろ?」
「うむ。だからこそ姫様と同じく、オラクル魔法学院へ編入させようと考えていてな。前々から個人的に相談に乗っていただいていたのだよ」
その後、少し世間話をしたのち、クローゼン子爵の聞き取りは終わった。
「クローゼン子爵は問題なさそうね。イオス君はどう感じた?」
別室での会話が一段落し、魔道具から流れる映像から目を離したカグラが、腕を組んで問いかける。
「そうですね。先ほど教えていただいた態度や声色の変化も見られませんでしたし、言葉の節々から見ても、リア様を恨んでいるようには見えませんでした」
「ディオスさんは?」
「私も問題ないと思うよ。息子の不祥事に恐縮しつつも、姫様への感謝や子供の将来を案じる様子に、嘘偽りはなさそうだ」
三人とも、クローゼン子爵に関しては疑わしい点はないということで意見が一致した。
「あ、そうだ。……そこのメイドさん?」
イオスが不意に、部屋の隅に控えていたメイドへ声をかけた。
「はい、何でしょうか?」
「ヨミさんに、今日聞き取りを行った方々の『その後の動向』について調べるよう伝えてきていただけますか?」
「え?わ、私はただの給仕のメイドですので……」
戸惑いを見せるメイドに、イオスは畳みかけるように微笑みを向けた。
「伝言だけで構いませんので。よろしくお願いしますね」
「わ、分かりました……!」
メイドはどこか動揺した様子で、慌ただしく部屋を退室していった。
「へぇ……イオス君、なかなかやるじゃない」
カグラがいたずらっぽい笑みを浮かべ、感心したように口元を緩める。
「あの人、まだ配属されたばかりの新人さんですかね。立ち振る舞いが分かりやすかったですよ」
王家には、表には出ない仕事を担う『影の部隊』が存在する――以前、カグラからそんな話を聞かされていた。
イオスも当初は、ヨミをリア専属の護衛だと思っていた。
だが、王城で過ごすうち、シルク国王やリチャードの周囲にいる使用人たちの、不自然な視線や仕草を何度か目にしていた。
ふと、それらを思い出す。
(……もしかして、カグラさんが言っていた『影の部隊』って――)
そして、その視線の先には、いつもヨミがいた。
「イオス君、もう使ってるじゃない」
「え?」
「さっき教えたばっかりでしょ。相手の態度を見るって」
「……あ」
「しかも、本人に気づかせないように利用するなんて。魔法師って怖いわねぇ」
「いや、そんなつもりは……」
カグラに冗談交じりに指摘され、イオスは困ったように頬を掻いた。
「あのメイドさん、あとで相当怒られるわよ?」
「う……少し悪いことをしてしまいましたかね。後でお詫びに、何か甘いものでも買って、機嫌を取っておきましょうか」
「買収って……イオス君、たまに抜け目がないわね」
カグラは可笑しそうに肩を揺らし、イオスの予想外に図太い一面に苦笑いを浮かべた。
「次は、昨日騒ぎを起こしたガルドね」
カグラが手元の書面を指で軽く弾きながら呟く。
「実際どんな人なんでしょうね。僕には彼がなぜ突っかかってきたのか、よく分からなかったのですが……」
イオスが少し困惑したように首を傾げる。
一同が魔道具の映像に視線を向ける中、画面の向こうで次の聞き取りが始まった。
「して、昨日の件についてなのだが……」
ヴァルター騎士団長が重々しく問いかけると、ガルドは弾かれたように立ち上がり、深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ございませんでした! 父からも、ベリル辺境伯の元で一から鍛え直してくるよう厳しく言い渡されております」
言葉を詰まらせながら、非常に恐縮した様子で頭を下げ続けた。
「それで……昨日はなぜあのような真似をしたのだ?」
「い、以前、姫様へ婚約者候補の書面を提出しておりました。それが保留のままになっておりましたので、今回戻られた際に確認していただけると思い……少しでも印象を良くしようとしたのですが……」
「それで?」
ヴァルターの視線が一層鋭さを増す。
「……いきなり守護騎士の任命が発表され、その上、後ろ盾に有力な貴族までついたと聞いて焦ってしまい……」
「はぁ……そういうことか」
ヴァルターは小さく溜め息をつくと、冷徹な眼差しで語りかけた。
「ちなみに聞くが、君は圧倒的な強さを誇る巨人を前にして、真っ先に攻撃を仕掛け、自分へと敵意を集中させることができるか?」
ガルドは一瞬沈黙し、自身の能力と照らし合わせるように考えてから答えた。
「……た、たぶん、無理です」
己の未熟さを認めるように、静かにそう答える。
「それを成し遂げたことこそが、イオスが今回守護騎士に選ばれた理由だ。しかも姫の身代わりに呪いまで受け、それを短期間で解呪し、護衛を再開して、王都まで送り届けた。……この功績の重さ、君なら分からぬわけではないだろう?」
「……はい」
ガルドは返す言葉もなく、ただうなだれた。
「べた褒めね」
カグラが画面を見つめながら口元を緩める。
「聞いていたが……イオス君、少し持ち上げられすぎではないかね」
ディオスも呆れたように肩をすくめた。
ガルドの慢心を挫くためとはいえ、騎士団長によるイオスへの評価があまりにも破格だったからだ。
イオスは照れくさそうに苦笑いを浮かべつつ、話題を元に戻した。
「それはそうと……ガルド殿も嘘をついているようには見えませんでしたね」
「嘘はついていないわよ。でもね、まだ言っていない『隠し事』があるみたい。……ほら、彼の動きをよく見てごらんなさい」
言われてイオスが魔道具の画面へ再び視線を向け直すと、騎士団長に問い詰められているガルドのわずかな動作に目が留まった。
「……追及されると目を伏せていますね。それに、手元で指を忙しく動かしています」
「そうそう。必死に頭を巡らせているときに出る仕草ね」
カグラは画面を覗き込みながら、ガルドの指先をじっと観察していた。
「でも、それだけじゃないわ」
「え?」
「よく見て。あの指の動き、ただ落ち着かないだけじゃない。親指と人差し指を擦って、そのあと中指で机を叩いてるでしょ?」
カグラに言われて、イオスは目を凝らした。
確かに、ガルドは騎士団長から質問を受けるたび、カグラの言った通り、右手の親指と人差し指を擦り合わせ、その後に机の縁を中指で軽く叩いている。
「……何か意味があるんですか?」
「カードの賭け事をやる人間に、よくある癖よ」
カグラは声を潜めた。
「カードの賭け事では、あと一枚カードを引くか、それともここで止めるか……そういう判断を迫られることがあるの。そんなとき、迷っている奴は無意識にチップやカードへ触れることが多いのよ」
「なるほど……」
「もちろん、それだけで賭博をしているとは断定できないわ。でも、もう一つある」
カグラはガルドの動きを指差した。
「騎士団長に質問されたとき、彼は一度答えを口にしかけてから、ほんの少しだけ間を置いているでしょう?」
「……はい」
「これも賭場ではよく見るの。カードを引くか迷っているときや、勝負を続けるか決めるとき、相手の表情を見てから判断する。あの子も同じように、答える前に騎士団長の顔色を窺っているわ」
イオスは黙ってガルドを見つめた。
確かにガルドは質問を受けるたび、すぐには答えず一瞬だけ指を止める。 よく見なければ分からないほどの僅かな間だが、相手の顔色を窺い、言葉を選んでいるのが見て取れた。
(……何を答えるか考えているというより、どう答えれば自分にとって一番都合がいいのかを探っている?)
「それに――」
カグラがさらに声を落とした。
「さっきから一度も、手を膝の上に置いていない」
「え?」
「賭場で負けが込んでいる奴ほど、手元をいじりたがるのよ。チップを持っていなくても、何かを数えたり、指を擦ったりね」
カグラはそこで一度言葉を切った。
「無意識に、次の一手を探しているみたいに」
イオスは先ほどまでの会話と照らし合わせる。
(婚約者候補の書面を早く確認してほしかった……少しでも印象を良くしたかった……)
そこまでは分かる。
だが――。
(だけど、どうしてそこまで焦っていたんだ?)
リアとの婚約は、確かに多くの貴族が望むだろう。
しかし、子爵家の息子であるガルドが、守護騎士に任命されたイオスを敵視するほど執着する理由としては、どこか弱い。
「あれ?」
イオスが呟いた。
「なぜ彼は、そこまでしてリア様との婚約に執着していたのでしょう……?」
カグラの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
「そう。そこよ」
「……?」
「賭博に手を出している人間が、何を一番欲しがると思う?」
「お金……ですか?」
「正解」
カグラは小さく頷いた。
「でもね。負けが込んでいる奴は、単純にお金が欲しいんじゃない。『次の一回で取り返せる』と思い始めるのよ」
「……次の一回で」
「そう。だから借金が膨らむ。負けを認めるんじゃなくて、次の勝負に勝てば全部ひっくり返せると思ってしまう」
カグラはガルドを見つめたまま、少しだけ目を細めた。
「もしあの子がそういう状態なら、リア姫との婚約に執着している理由も、少し違って見えてこない?」
イオスは息を呑んだ。
(婚約そのものが目的なのではなく……)
ガルドの置かれた状況。
そして、先ほどから繰り返される「焦り」という言葉。
ひとつひとつを繋ぎ合わせる。
「……借金」
イオスが呟く。
カグラはニヤリと笑った。
「たぶんね」
「でも、まだ推測ですよね?」
「もちろん。だから――」
カグラは魔道具の向こうにいるヴァルター騎士団長へ視線を向けた。
「ぜひ、聞いてもらいましょう」
そこからの展開は早かった。
一度騎士団長を別室へ呼び出して事情を説明し、ガルドを詰問したところ、賭け事に手を出していたことを白状した。
さらに調査を進めると、多額の借金の存在まで判明した。
最終的には、父親であるクローゼン子爵とも話を詰めた上で、計画的に返済していく旨を記した書面に署名させ、ようやく彼を解放した。
「思ったより、ありきたりな結末だったわね」
予想通りの退屈な顛末だったのだろう。カグラが呆れたように息を吐き出す。
「なぜこう……借金を背負った人間というのは、揃いも揃って愚かな行動に走ってしまうのだろうな」
ディオスも心底参ったという様子で頭を抱えた。
「お金がないというのは人を追い詰め、心を荒ませますから……」
困窮したときの必死さや切迫感なら、イオスにも痛いほどよく分かった。
だからといって、一攫千金を狙って賭け事などに手を染めようとは到底思わないが。
「まあ、根が勤勉な君には、賭け事狂いの気持ちなんて分からないわよね」
「……イオス君、こういった悪習については今後も一切覚えなくていいからね?」
真顔で念を押してくるディオスに、イオスは苦笑いしながら頷くしかなかった。
「あの、イオス様」
ヨミに報告をしに行ったメイドが戻ってきた。
その隣には、もう一人、見慣れないメイドが増えている。
「どうでした?」
「委細承知しました、とのことです」
(やっぱり、ヨミさんには、かなり権限があるんだな……)
イオスは、自分の予想がある程度当たっているのだと感じた。
「ちなみにパレードはそろそろですか?」
「これから国王陛下が国民に向けて建国祭の宣言をします。その後、少ししてからパレードになります」
「そうですか」
イオスは、メイドがそわそわと落ち着かない様子であることに気づいた。
(あ、この人が調査に行くのか……)
イオスは魔法でさらりとした綺麗な布を取り出すと、テーブルの上のお菓子をいくつか包み、メイドに近寄った。
「ヨミさんには、上手く伝えておきますので、心配なさらず職務を行ってくださいね」
イオスは、お菓子を手渡しながら優しく声をかけた。
「よ、よろしくおねがいしましゅ」
緊張のあまり噛んでしまったメイドは、顔を赤くしながら応接室を後にした。
「イオス君、誰にでもそういうことするの?」
カグラがテーブルの上の焼き菓子に手を伸ばしながら、どこかジト目でイオスを見つめる。
「やだな、さっき言ったじゃないですか。お菓子でご機嫌伺いをするって。……まあ、ちょうど目の前にお菓子があって助かりましたよ。自腹でお菓子代を出さずに済みましたし!」
「まったく、ちゃっかりしているんだから……」
少し不貞腐れたように呟き、カグラは焼き菓子をひとつ口に放り込んだ。
「――ん! 美味しいわね、このお菓子!」




