3-5
イオスは焦っていた。国王のもとへ向かう足も、自然と早くなる。
(昨夜、僕は王城を出てしまった……)
正式な任官前だからといって、リアの警護を王家に任せきりにしたのがいけなかったのか。
(いや……僕の自覚が、まだ足りなかったんだ)
事態を予測できなかったにせよ、何かしらの対策はできたはずだ。
イオスは激しく自分を責めていた。
やがて応接室に到着すると、控えていた使用人に入室を促される。
「…………」
中へ足を踏み入れたものの、イオスは何を言えばいいのか分からず、その場に立ち尽くした。
「イオス君を連れてきました。現在の状況はどうですか?」
先に入ったラクシュが、シルク国王へ問いかける。
「現在、調査中だ。……イオス、近くへ」
「はい……」
暗い顔のまま、イオスが国王のもとへ歩み寄る。
「話は聞いていると思うが、リアが行方不明なのだ。イオスにも、リアの捜索に協力してほしい。こんな時期にすまぬな。今回は王家の失態だ。申し訳ない」
かけられた言葉は、捜索への要請と謝罪だった。
てっきり責められると思っていたイオスは、国王の真摯な言葉に戸惑いを隠せない。
「え、あ……はい。もちろんです。全力を挙げて協力させていただきます」
「うむ。では、少し早いが叙任を――」
「王様、ちょっと待って」
重苦しい空気を断ち切るように、カグラが唐突に割って入った。
不敬な振る舞いに騎士団長が鋭い視線を向けるが、シルク国王はそれを静かに手で制する。
「イオス君、ちょっとこっち見て」
「カグラさん、何を――」
カグラは有無を言わせず、思い切りイオスの太ももを蹴り飛ばした。
「痛っ……!? 何するんですか!」
あまりの痛みに、イオスは思わずその場で腰を折る。
「って、え? カグラさん!?」
顔を上げたイオスは、目を白黒させた。
極度の焦りと混乱から、ここまで彼女が同行していたことすら、完全に頭から抜け落ちていたのだ。
驚くイオスをよそに、カグラはそのまま彼の両頬を両手で挟み込んだ。
「あんた、魔法師でしょう?」
「……そう、ですね」
「若い君にこんなこと言うのも気が引けるんだけどね。それが魔法師の姿? いつも言っていた魔法師の心得はなんだっけ?」
逃げ場のない距離から真っ直ぐに見据えられ、イオスは師の言葉を思い返す。
「……『常に冷静であれ』」
「でしょう? 今のあんたは、それになれてる?」
「あ……」
カグラの容赦ない一撃と痛烈な問いかけに、イオスは我に返った。
自分を見失い、ただ焦燥感に呑まれて浮き足立っていたことに気づく。
このままでは駄目なのだ。
強引に引き戻された冷静さが、少しずつイオスの頭を冷やしていく。
「ふぅ……分かりました。ご迷惑をおかけしました」
カグラの荒療治のおかげで、イオスの瞳に確かな光が戻った。
「迷惑じゃないわ。心配したのよ。大切なお姫様がいなくなったら、焦る気持ちも分かるわ。だからこそ、今が踏ん張りどころよ」
「ええ。もう大丈夫です」
立ち上がったイオスは、両手で自分の頬を叩き、気合を入れ直した。
迷いの消えたその顔に、カグラは「よし」と満足げに頷く。
そして今度は、真っ直ぐにシルク国王へ向き直った。
「国王様、取り乱した身内がお見苦しいところをお見せしました。――あと、私は一介の冒険者なので、面倒な礼儀作法は省かせてもらうわ。そのうえで、いくつか要望を言わせてもらってもいいかしら?」
相手は一国の王である。
しかし、カグラの態度はどこまでも堂々としていた。
「……よかろう」
「今回のリア王女の捜索を、イオスの守護騎士としての任官条件に加えてもらうわ。それから、私たちのパーティーにも正式な依頼として出してちょうだい。
リア王女が無事に戻れば依頼達成。その報酬として、イオスと王家の『守護騎士の契約』を正式に進めてもらう。もちろん、私たちにも別途、相応の褒賞をお願いするわ。
――王女を取り戻すんだから、それくらいは当然でしょう?」
「君たちの協力については、元よりラクシュを通じて頼もうと思っていたところだ。褒賞についても問題はない。だが……『守護騎士の契約に絡ませる』とは、どういう意味だ?」
国王が鋭い眼光で問い返す。
カグラは一歩も引かず、国王の目を真っ向から見据えた。
「うちのイオス君には、王女の護衛以外にも『やらなきゃいけないこと』が山ほどあるのよ。だから、王家の都合だけでこの子を縛り付けて、邪魔をしないでって言ってるの」
あまりにも不敬で、強気な宣言だった。
室内の空気が一瞬にして凍りつく。
居並ぶ者たちが、息を呑む。
一国の頂点に立つ王と、底知れぬ実力を持つ凄腕の冒険者。
二人の間に、火花を散らすような鋭い視線が交差した。
「ディオス、この展開もお前の策か?」
不意に投げかけられたシルク国王の問いに、それまで静かに控えていたディオスが、やれやれと言わんばかりに肩をすくめて前へ出る。
「だから、急ぎすぎだと申し上げたでしょう、シルク陛下。まあ……彼らがやって来るなら、今でしょうね」
食えない笑みを浮かべるディオスの言葉に、シルク国王は小さく息を漏らした。
そして、再びカグラへ視線を向ける。
「カグラと言ったか。――分かった。条件をすべて呑もう。契約の細かい内容については、事件が解決した後に改めて話し合うことにする」
そこで一度言葉を切り、国王はカグラへ視線を移した。
「……リアを頼んでよいか?」
「できるだけ早く片付けるわ」
カグラが迷いのない口調で請け負うと、シルク国王は重々しく頷いた。
そして、真っ直ぐにイオスを見つめ直す。
「イオス、いい仲間を持ったな」
「……恐縮です」
深く頭を下げながら、イオスは胸の奥に温かなものが満ちていくのを感じていた。
国王を前にしても一歩も引かず、自分のために堂々と交渉してくれたカグラ。
その背中を支えるように、黙って見守ってくれている仲間たち。
そして、この場に立ち会いながらも、自分のことを案じてくれている師。
(……本当に、僕は恵まれているな)
もし一人だったなら、突然降りかかった事態に呑まれ、王家という大きな力を前に、ただ立ち尽くしていただけかもしれない。
先ほどまで胸を締めつけていた焦りも、自分を責める気持ちも、もうどこにもなかった。
自分一人で背負う必要はない。
信じてくれる仲間がいる。
背中を預けられる仲間がいる。
ならば、今やるべきことは決まっている。
一刻も早く、リアを取り戻す。
イオスはゆっくりと顔を上げた。
そこに、先ほどまでの迷いや弱気さは欠片もなかった。
澄んだ瞳で真っ直ぐに国王を見つめ、その重厚な視線を静かに受け止める。
「……必ず、リア様を見つけ出します」
決意の籠った言葉が響くと同時に、乾いた手拍子の音が室内に大きく響き渡った。
カグラだ。
「よし。そうと決まったらディオスさん、イオスの頭に現状の情報を全部詰め込んであげてくれる? 今のままだと、ただの魔法馬鹿になっちゃうから……」
「……酷い言われようだ」
カグラの容赦ない言葉に、イオスは思わず苦笑いを漏らす。
依然として室内には張り詰めた空気が漂っていたものの、全員の肩からかすかに余計な力が抜け、確かな団結感が生まれ始めていた。
◇ ◇ ◇
ディオスから共有された情報は、次のようなものだった。
リアは午前中に二名の人物と面会を行った後、昼食を摂った。
その後、食後の休憩のために宮殿内の温室へ向かったのを最後に、消息を絶っているという。
当時、温室に同行していたのはメイド一名と護衛の騎士一名。
だが、その二人もリアと共に姿を消しており、現在は騎士団が総力を挙げて城内および近郊を捜索しているとのことだった。
なお、午前中にリアと面会した人物は二人。
一人は、昨夜の晩餐会で息子のガルドがいざこざを起こしたクローゼン子爵。
そしてもう一人は、王太子リチャードの婚約者であるイルゼの兄、ゼノン=バーンシュタインだった。
「どう見ても、同行していた護衛とメイドが怪しいですね。ですが……王女を拐う手口としては、あまりにも安易すぎます」
得られた情報を頭の中で整理しながら、イオスがぽつりと呟く。
「確かにそうだね。同行者がそのまま消えたんじゃ、真っ先に疑われて足がつく。急拵えの計画にしても、雑すぎる」
ディオスも顎に手を当てて同意する。
「それに、犯行の目的が見えてこないのも不気味だね。王女の身代金目的や政治的脅迫なら、何らかの要求があっていいはずなのに……それすら提示されていない」
二人が不自然な点について考察を深めていると、一足先に部屋を出ていたカグラが戻ってきた。
「オロチとミロに頼んで、冒険者ギルドへ向かってもらったわ。ここ一年くらいで王都に何か変な動きや、怪しい噂がないか探らせているところよ」
「ありがとうございます。何か進展があったら教えてください」
カグラは深く頷くと、イオスを試すように少し目を細めた。
「イオス君、やっぱりあの『漆黒の魔法師』が関わっている可能性も疑ってるの?」
「こればかりは、まだ情報が足りませんからね。ただ、前回の漆黒の魔法師との戦闘は、奴らの計画に僕たちが後から飛び込んだ形でした。今回は王宮の内部でリア様が姿を消している……状況が違いすぎます。今は、全く別の事件として考えるようにしています」
思い込みで視野を狭めないその冷静さに、カグラは満足そうに口元を緩めた。
「それならいいわ」
「そういえば……建国祭のパレードはどうするんですか? 王女不在となれば、中止にするのも大ごとでしょうし……」
イオスがふと思い立って尋ねると、カグラは苦笑いを浮かべた。
「ああ、それに関してはね――」
カグラが答えかけた、その時だった。
応接室の重厚な扉が、静かに開いた。
部屋へ入ってきたのは、リチャード王太子と――いなくなったはずのリアだった。
「えっ……リア様!?」
一瞬、イオスは目を見張った。
だが、次の瞬間。
彼女の全身を包む気配――そのかすかな『違和感』に気づき、静かに眼光を鋭くする。
(違う……姿形は完璧なリア様だ。だが、身に纏っている魔力の波長が、まるで別物だ)
「……ヨミさん、ですね?」
イオスが確信を込めて呟くと、隣に立つリチャードが驚いたように目を丸くした。
「おお……! さすがだな、イオス。一体どうして分かったんだ?」
「ざっくり言うと……魔力の観察です」
「だから、イオス様には分かると申し上げたではありませんか」
呆れたような口調や肩をすくめる仕草は、紛れもなくヨミのものだった。
「いやぁ、聞くところによると日に日に成長しているらしいじゃないか。今日できないことも、明後日にはできるようになっているかもしれないと思うと、いろいろと試さずにはいられなくてね」
「これ以上悪戯が過ぎると、リア様からもイオス様からも嫌われますよ?」
「それは御免こうむりたいな」
リチャードは参ったというように両手を上げ、おどけてみせる。
「……イオス様」
リアの姿をしたヨミが、静かな足取りで近づいてきた。
見た目は、どこからどう見てもリアそのものだ。
「すごいですね。変身の魔法ですか?」
「はい。ですが……そんなことよりも」
ヨミは一度言葉を切り、真摯な瞳でイオスを見つめた。
「リア様のことを、どうかよろしくお願いいたします」
そう言って、ヨミは深々と頭を下げた。
主の側にいられなかった己の不覚に対する悔しさと、イオスへの強い期待が、その動作に滲んでいた。
「全力を尽くします。……あ、一つ聞いておきたいのですが。リア様が温室にいらっしゃった間、ヨミさんはどこにいらしたのですか?」
イオスとしては、本来なら片時もリアの側を離れないはずのヨミが、なぜ不在だったのかが気になっていた。
「……建国祭のパレードにおける警護の打ち合わせに参加しておりました」
悔しさを噛み殺すように、ヨミが答える。
「騎士団長や、騎士団の主だった方々もその打ち合わせに?」
「はい。その場におりました」
「んー……」
イオスは腕を組み、深く考え込んだ。
「何か懸念でも?」
「いえ……王女の誘拐が目的なら、警備が手薄になる時間帯を正確に狙った、組織的な犯行のはずです。なのに、犯人側の目的や背景が全然見えてこないな、と……」
意図的に作られた死角。
そして、不自然なほどの痕跡の少なさ。
思考を巡らせていたイオスは、ふと思い立ってリチャードに向き直った。
「そうだ、リック。一つ許可をいただきたいのですが」
「なんだ? 捜査に関することなら全面協力するぞ」
「今後、政治的な裏事情や貴族間のいざこざについても調査を進める必要があります。……少々強引に首を突っ込んでも構いませんか?」
「よいぞ! イオスに任せる。私はイオスを全面的に信頼しているからな」
「昨日お会いしたばかりですが、本当にいいのですか?」
「ハハッ、俺の人を見る目はリアと同じで、結構確かだからな!」
豪快に笑うと、リチャードはリアの姿をしたヨミを引き連れ、応接室をあとにした。
「あの王太子、すごいわね……。使える手駒や有能な人間は、なりふり構わず使うっていう気概が、すごく伝わってきたわ」
去っていったリチャードの背中を見送りながら、カグラが若干引き気味に呟く。
「現在のシルク国王も、名君としてかなりの善政を敷いていますからね。後継者として、それ以上の治世を目指すとなれば、あれくらいの貪欲さが必要なのでしょう」
ディオスが苦笑を交えながら言った。
「さて、まずは午前中にリア様と面会した人物から話を聞いていきましょう。すでに、どなたか到着していますか?」
イオスが切り出すと、ディオスが手元の資料へ目を落とす。
「昨日いざこざを起こしたクローゼン子爵と、息子のガルドがすでに別室へ到着しているようです」
「聞き取りを担当されるのは?」
「騎士団長殿ですね」
(騎士団長か……威厳もあるし、適任だな。相手も下手な嘘や誤魔化しはつけないだろう)
イオスが心の中で納得していると、カグラが棚に置かれた小さな魔道具を指さした。
「私たちは、ここからこの魔道具を使って取り調べの様子を見聞きするのよ。何か気になることや不審な点があったら、すぐに騎士団長をこちらに呼べるようになっているからね」
「なるほど、助かります」
イオスは深く頷き、意識を集中させた。
こうして、失踪したリア王女の行方を追う、本格的な聞き取り調査が始まった。




