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西方の魔法師  作者: 榊さん
暗流
21/22

3-4

磨き抜かれた大理石の床に、頭上の巨大なシャンデリアから無数の蝋燭の光が降り注いでいた。


広大な大広間を埋め尽くしているのは、煌びやかな衣装に身を包んだ貴族たちだ。優雅な弦楽の旋律が響き渡るなか、談笑する彼らの手元では、繊細なグラスが触れ合う涼やかな音がいくつも重なっている。


壁際に据えられた長テーブルには、芳醇な香りを放つ肉料理や新鮮な魚介をはじめ、趣向を凝らした贅沢な料理が所狭しと並んでいた。その間を縫うように手際よく立ち回る給仕たちが、貴族たちのグラスへ次々と黄金色の美酒を注いでいく。


まさに、一国の富と権力が凝縮された宴だった。


「リチャード王太子殿下、ならびにイルゼ=バーンシュタイン令嬢、ご入場!」


その声とともに音楽が高らかに鳴り響いた。


リチャード王太子がパートナーであるイルゼ嬢を伴い、大広間へ入ってくる。

これから挨拶などが執り行われ、いよいよ晩餐会が本格的に始まるのだろう。




――その頃、当のイオスはというと。


待機室でリアと向かい合いながら、本番までのわずかな時間で最低限の礼儀作法を叩き込まれていた。


「今回、イオス様には私のエスコートをお願いいたしますね」


「リア王女が僕の右側に立って……こうして少し腕を引いて、お連れすればいいんですよね?」


「はい。その調子です」


言葉では理解している。

だが、イオスにとってエスコートなど、童話か演劇の中の出来事でしかなかった。

まさか自分が、しかも本物の王女を相手に、それをすることになるとは夢にも思っていなかったのだ。


(……これは、相当胃が痛いな)


これまで鍛錬と冒険者ギルドの仕事に明け暮れ、女性とこうして正式に腕を組んだことすらない。

下手に意識して身体が強張り、変な歩き方になって恥をかかないだろうか。

心の中で冷や汗を流しながら、イオスは必死に表情の強張りを解こうとしていた。


「本当にイオス様は覚えがいいのですね。そう思わない、ヨミ?」


リアが花の咲くような笑顔で尋ねると、少し後ろに控えていたヨミは深々と一礼し、静かに口を開いた。


「そのようですね。作法の飲み込み自体はお見事です。……あと足りないのは、ただ単に経験かと」


抑揚のない声で事実だけを指摘するヨミに、イオスは苦笑いを浮かべながら頬をかいた。


「いや、普通だと思いますよ?」


「イオス様、過度な謙遜は王宮では余計な傷になることもございます。どうかお気をつけください。――それとリア様、ひとつご提案がございます」


淡々とイオスをたしなめたヨミが、向き直ってリアに発言する。


「何かしら?」


「イオス様が今後、正式に守護騎士となられるのであれば、お互いの呼び方を変えられた方がよろしいかと」


「あ……そうですね……」


ヨミの指摘に納得しつつも、リアはどこか名残惜しそうに視線を落とした。


「主従関係がはっきりしますからね。……これからは『リア姫』とお呼びすればいいでしょうか?」


イオスがそう尋ねると、リアはほんの少しだけ残念そうな表情を浮かべた。


(なんでそんな顔をするんだ……?)


良かれと思って提案したつもりのイオスは、リアの浮かない反応に密かに首を傾げる。

するとリアは扇子を広げ、上目遣いでイオスをじっと見つめ、恥ずかしそうに頬を染めながら、口を開く。


「こ……公式の場では、リア姫でお願いします。でも……私的な時は『リア』と呼んでいただけますか?」


「呼び捨ては……さすがに気が引けますね。学院などでは『リアさん』でよろしいですか?」


「……はい」


リアは少し照れくさそうに頷いた。

けれど、その表情にはどこか物足りなさが滲んでいる。


(今は、それで我慢します)


そんな気持ちを胸の内にしまい込み、リアは小さく唇を尖らせた。


(これは……距離を縮めるのに、だいぶ時間がかかりそうですね)


進展しない二人のやり取りを見つめながら、後ろに控えるヨミは、誰にも聞こえないほど小さな溜息をつくのだった。


「リア王女、ならびに守護騎士イオス様。ご入場――!」


重厚な大広間の扉が左右へゆっくりと開かれ、執事長の朗々とした声と盛大な音楽が響き渡った。


「イオス様、行きますよ」


さっきまでの少し照れた素顔を隠すように、リアの表情が完璧な王女のものへと切り替わる。


イオスは差し出した腕にそっと手を重ねる彼女を支え、息を整えて歩みを進めた。

足元には、眩いほどの赤い絨毯。

その上を、華やかな衣装に身を包んだ王女と並んで歩く。

押し寄せてくるのは、会場を埋め尽くす貴族たちからの果てしない視線、視線、視線――。


(これは……とんでもないことになってきたぞ)


一介の冒険者だったイオスは、背中に刺さる無数の思惑を感じ取りながら、必死に平静を装って足を進めるのだった。


「リチャードお兄様、お久しぶりですわ」


リアは裾を優雅になびかせ、綺麗な所作で一礼した。


「おお、リア! また一段と綺麗になったな。見違えたぞ!」


リチャードは胸を張り、大袈裟に両手を広げて笑顔を向ける。


「イルゼお姉様もお久しぶりです」


リアがその隣に立つ女性に視線を向けると、リチャードのパートナーであるイルゼが、少し困ったように眉を下げて微笑んだ。


「お久しぶりね、リア。早く学院を卒業して戻ってきてほしいわ。リックったら本当にわがままばかりで、あなたがいないと私一人じゃ手に負えないのよ」


親しみやすい冗談で場を和ませるイルゼに、リアもくすりと小さく笑う。


「ふふ、私が戻ったところで、お兄様はあまり変わらないと思いますけれど?」


「……違いないな」


貴族たちの間からそっと同意する声が聞こえると、リチャードは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。

そのままイオスの隣へ歩み寄ると、堂々とした声で周囲を見渡した。


「さて、皆に紹介しよう。先ほど話した、リアの守護騎士となったイオスだ。正式な任命は建国祭の最終日だが、この宴の間は守護騎士として振る舞ってくれ」


「おお……!」


会場から一斉にどよめきと歓声が上がり、数多の興味と好奇の視線がイオスに注がれる。

イオスは背筋を伸ばし、ぎこちなくも深く一礼してみせた。


リチャードは満足そうに頷くと、さらに言葉を続けた。


「それからだ。守護騎士には子爵待遇が与えられるわけだが、平民出身の彼には後見人が必要となる。誰か名乗りを上げる者はいるか?」


王族付きの騎士が平民出身の場合、その地位を保証するため、王家と縁の深い有力貴族が後見人となるのが慣例だった。

そして、その後見人が誰になるかは、時として王女の婚姻を巡る意思表示にも等しい。


(やばい……なんかとんでもなく重要なことが、僕の知らないところで決まっていく気がする……!)


展開の早さに置いていかれそうになりながら、イオスは内心で冷や汗を流す。


「リチャード王太子。聞くところによると、守護騎士の任も先ほど決まったばかりとのこと。イオス殿とて、急すぎる展開に思案の時間が要るのでは?」


貴族たちの間を割って進み出てきたのは、ベリル辺境伯だった。


「父上からは、この件について全権を預かっているのだがな」


「ですので、その権限に余裕を持たせられる、このベリルにお任せいただければと……」


なんと、ベリル辺境伯が真っ先に後見人として名乗りを上げたのだ。

長年、最前線で国に貢献し続けてきた重鎮であり、「次の辺境伯領はリア王女とその婿に譲る」と公言して憚らない男である。


その言葉が出た瞬間、周囲の貴族たちがどっとざわめいた。


ベリル辺境伯が後見人に就く――それはつまり、イオスを単なる一守護騎士としてではなく、実質的に「リア王女の婚約者候補」として後ろ盾となることを意味していた。


「リチャード殿下。イオス殿の知識、ならびに指揮能力を鑑みれば、我が騎士団としても見過ごすわけにはまいりません。後見人はぜひ、この私にお任せいただきたい」


ベリル辺境伯に続いて進み出てきたのは、騎士団長その人だった。


リアの護衛任務の際、道中をともに旅したあの騎士である。


「ヴァルターまでもが名乗りを上げるか……!」


会場のざわめきは、先ほどとは比べものにならないほど大きくなった。


(知識……? 指揮能力……? 僕が……?)


イオスはといえば、旅先での無茶な立ち回りを高く評価されてしまい、身を固めることしかできないでいた。


一国の重鎮と軍の頂点に立つ男。


二人の名が並んだだけで、会場には大きなどよめきが広がった。


そして――。


「ヴァルター、お前までしゃしゃり出てくるとはな」


「お前こそ、抜け駆けして囲い込むつもりだったのだろう、ベリル」


互いに一歩も引かず、火花を散らす二人。

どうやらどちらにも譲る気はさらさらないらしい。


「イオス、どうやら大御所二人が揃って君の後見人を希望してくれているぞ? どちらがいい?」


リチャードが楽しそうにイオスへ問いかける。


その言葉の裏にある意図を察し、イオスは引きつった笑いを浮かべた。


「……どちらがいい?で選べるような人たちじゃないでしょう、どう考えても……」


「まあな」


「つまり、僕にこの場をどうにかしろってことですよね?」


「そうともいう」


人事のように笑いながら、リチャードは頷いてみせるのだった。


「リア姫、騎士団長もベリル辺境伯も、昔からの知人ということでよろしいですか?」


「ええ、そうですわ。幼い頃からよく面倒を見ていただいておりました」


「わかりました」


意を決したイオスは、二人の威風堂々たる重鎮の前へと一歩踏み出した。


大広間の視線が一斉にイオスへと集まる。


イオスは背筋を正し、二人の顔をまっすぐに見据えて言葉を続けた。


「ベリル辺境伯、ならびにヴァルター騎士団長。この身に余る格別のお申し出、誠に光栄の至りにございます。……ですが、どうか今しばらくお待ちいただけないでしょうか」


その立ち居振る舞いは、まるで舞台の主役のようだ。

イオスは胸にそっと手を当て、堂々とした通る声で大広間へと語りかける。


「実は先ほど、国王陛下より直々に守護騎士の任を賜ったばかりでございます。現在、王家と学院側で私の待遇など細かな条件を詰めている最中であり――もちろん私としましては、この栄誉あるお申し出を謹んでお受けする所存です」


そこまで一気にまくし立てると、イオスは不意に言葉を切り、深く一呼吸を置いた。

静まり返る大広間の中、静かに、だが熱を孕んだ瞳で言葉を重ねる。


「ですが、私はこの身も、この杖も、すべてはリア姫に捧ぐもの。私ひとりの都合ではなく、何よりもリア姫にとって最善の道を見極め、選び取りたいのです。

ゆえに……すべての条件が整いましたその暁には、王家、私、そしてお二人を交えた場にて、改めて膝を突き合わせたく存じます。

――すべては、リア姫のために」


イオスが優雅に一礼すると、その見事な切り返しに、会場のあちこちから感嘆の溜め息と大きな歓声が漏れ聞こえた。


「さすが守護騎士だ。二人とも、それでいいな?」


リチャードが楽しそうにベリル辺境伯と騎士団長に問いかける。


「はっ!」


「御意!」


二人ともイオスの返答に満足したように、深く頷いた。


(あれ……? あっさり引いた。もしかして、この二人も最初から僕を試すために演技をしてたんじゃ……?)


真相は分からない。

けれどイオスは、この華やかな大広間の裏に蠢く、貴族社会の底知れない怖さを身をもって体験したのだった。




リチャードとリアが揃って貴族たちへの挨拶回りをしている間、イオスは少し離れた壁際から、その華やかな様子を静かに見守っていた。


「いい演技だったよ、イオス君」


背後から掛けられた声に振り向くと、そこにはラクシュが立っていた。

しかし、先ほどまでとガラリと変わったその装いに、イオスは思わず目を丸くする。


「ラクシュさん、その服……」


ラクシュは、深い藍色の長衣に毛皮で縁取られた黒の外套を纏い、銀細工の留め具と北方の繊細な刺繍をあしらっていた。

腰には幅広の革帯と重厚な剣を佩いており、北方貴族らしい気品ある佇まいが、彼の精悍な風貌をいっそう引き立てている。


「ああ、これかい? これは私の国の……」


「……イルクの伝統衣装、ですよね?」


イオスは思わず身を乗り出すように尋ねた。


イルク――通称『凍る国』。


一年を通して厳しい寒さに包まれる、北方の厳しい風土を持つ国だ。


「おや、よく知っているね。そう、私はそこの出身でね」


「ラクシュさん、貴族の方だったんですね……」


「あれ? イオス君には言っていなかったっけ。オロチには話したんだが……」


首をかしげるラクシュに、イオスは苦笑いを浮かべて首を振った。


「オロチさんは他人の身の上を自分から喋るような人じゃないですよ。それに、冒険者として旅をしているなら、貴族の肩書きなんて要らないでしょうし」


(オロチさんにとっては、単に『無駄な情報』だと判断されただけなんだろうな……)


納得はできた。

だが、よくよく思い出してみれば、ラクシュの洗練された立ち居振る舞いや知識の深さなど、気づく機会はいくらでもあったはずだった。


(もっと周りをしっかり観察できるようにならないとダメだな……)


華やかな宴の片隅で、イオスは己の洞察力の甘さをひそかに反省するのだった。


「まぁ、そうだね。それが彼の良いところだしね。しかし、視線がすごいな、ここは」


「……ラクシュさんがいるからじゃないんですか?」


周囲を見渡すと、案の定ラクシュとイオスに熱い注目が集まっていた。

イオスは必死に気づいていないふりを決め込む。


「はは、今回私はオマケだよ。君のことだ、本当はわかっているだろう? ……それからイオス君、王宮の宴はある意味で政治的な戦場でもあるからね。気をつけるように」


「か……帰りたい……」


予想はしていたものの、やはり一筋縄ではいかない場所だと痛感し、イオスは心の中で深く落胆するのだった。


「こんなとこで、若いのが二人、何をやっておる」


ベリル卿が大きな声でやってきた。

少し酒を飲んだのか、顔がほのかに赤くなっている。


「ベリル卿、先日ぶりです」


ラクシュが優雅に一礼し、イオスもそれに合わせて頭を下げる。


「よいよい。……ふぅ、流石に歳だな。火酒は強すぎるわ」


「あれはドワーフの飲み物ですからね。人間には少々刺激が強すぎますよ」


ラクシュが苦笑交じりに応えると、ベリルは酒杯を手に豪快に笑った。


「お主達の仲間のミロ御仁より一瓶頂いてな、ヴァルターの奴と飲もうかと思って持ってきたんじゃが……あの野郎、速攻で潰れおったわ!」


「騎士団長とは昔からの古馴染みなんですか?」


イオスが尋ねると、ベリルはどこか懐かしそうな目を浮かべ、手元の酒を煽った。


「そうよ。若い頃から互いに背中を預け、戦った間柄でな」


その言葉と温かな眼差しに、イオスは先ほどの後見人を巡る問答に納得がいった。

あのやり取りには、各派閥の牽制や意地の張り合いもあったのだろう。

それでも、その根底には若いリア姫を想う気持ちがあるのだろうと、イオスは理解した。


「色々とお心遣いありがとうございます。今後とも何かとお力添えをいただけますと助かります」


「ふむ……ディオスもそうであるが、魔法師というのは、皆こう飄々としているものなのか?」


「……多分、僕がディオスさんの弟子だからかと」


「違いますね。イオス君が特殊なんです。この若さでここまで達観しているのは珍しいと思いますよ」


ラクシュがさらりと言う。


(こういう難儀な質問への回答は、全部ディオスさんに丸投げしておけば良かった……失敗したな)


心の中で後悔するイオスをよそに、ベリルは上機嫌で声を上げて笑った。


「まぁ、本音も聞いておるしな。とはいえ、先ほどの後見人の件は本気だぞ。前向きに考えてくれ」


「……はい、承知いたしました」


楽団から軽快な舞踏曲が流れ始めると、会場の雰囲気が変わった。

一組、また一組と、中央の踊り場で優雅なダンスを踊り始める。


ベリル卿がヒゲを撫でながら尋ねた。


「で、最初の質問に戻るが、若いのが二人で何をやっておる?」


小さくため息をつき、ラクシュが苦笑いを浮かべる。


「先ほどから熱い視線をいただいているのでね。ベリル卿の仰るとおり、私は愛想を振りまいてくるとしますかね」


「はは、そう言うな。せっかくの宴だ、楽しんでこい」


「では、失礼します」


ラクシュが優雅に一礼して歩き出すと、そのまま華やかな貴族令嬢たちの輪へと飛び込んでいった。

ダンスの誘いだろうか。

彼が近づくだけで令嬢たちの輪から黄色い歓声が湧き上がる。


「……さすが、ラクシュさん」


華麗に場を彩るラクシュの背中を、イオスは半ば呆れつつも感心したように見送る。


「で、イオスはどうするのだ?」


「……田舎者に社交ダンスができるとでも? それに……」


ちらりと離れた場所にいるリアへ視線を向け、イオスは静かに言葉を続けた。


「今は護衛の最中です」


「ふむ、そばに付いていなくていいのか?」


ベリルは案じるようにイオスへ問いかけた。


「物理的な攻撃なら、ここからでも十分に障壁を張れる距離にいますので」


「ほう……杖も使わんのか?」


「魔法は使い慣れてくると、触媒としての杖を使わずに行使することもできるんですよ」


「なんと! 本当か!」


ベリル卿は心底感心したように目を丸くした。


「ちなみに、お主の死角はどう対処しておる?」


少し試すような意地悪な視線を向けながら、ベリルが問いかける。


「そこにはヨミさんが控えていますので、問題ありません」


「なるほど、なるほど! これは任せても安心だな! いやはや、年甲斐もなく野暮な質問をして悪かった」


豪快に笑いながら、ベリルがイオスの背中を力強く叩く。


「いえ、滅相もございません……」


強い衝撃に軽く引きつりながら、イオスは苦笑いを浮かべて首を振るのだった。

ダンスが始まり、周囲の賑やかさが増したところで、二人はそのまま小休止に入ったようだ。

そのまま二人はイオスの方へと近寄ってくる。


「リア姫、お疲れ様です」


「イオス、問題はなかったですか?」


「ベリル卿とラクシュさんが話し相手になってくれましてね。色々とお話を聞かせていただきましたよ」


「おいおいイオス、俺にも労いの言葉くらいくれてもいいだろう?」


リチャードが少し呆れたように肩をすくめる。


「……リチャード様もお疲れ様でした」


「硬い!」


間髪入れずにリチャードからダメ出しが飛んできた。


「いいかイオス、先ほどの紹介の時は公的な場だ。だが今は気心の知れた者しかいない私的な時間だぞ。公私の切り替えをうまく使い分けないと、気苦労で早死にするぞ」


どうやら、ここではもっと肩の力を抜いて良いらしい。


「わかったよ、リック。お疲れ様」


「そうそう、それだ! その感じでいいんだよ。あとはゆっくり楽しんでくれ」


満足そうに笑うと、リチャードは軽やかな足取りで婚約者の元へ歩み去っていった。


「本当にフットワークの軽いお方ですね……」


「ふふ、まあお兄様ですから」


リアが楽しそうにくすりと笑う。


「イオス様、何か食べましょう。実はお腹が空いてしまって。ベリル卿がこの晩餐会のために、とても美味しいお肉を持ってきてくださったそうなのです」


「姫様がお好きな、グレートシュヴレットですぞ」


ベリル卿が胸を張って答える。


シュヴレットとは、メスの鹿肉のことだ。

過去にイオスも旅の途中で味わったことがある肉だった。


(ただ……『グレート』って一体なんだ……?)


首を傾げるイオスをよそに、リアは弾んだ声で言葉を重ねる。


「さあイオス、ヨミ、行きましょう。本当はベリル領にいた時に食べたかったのですが、あの時はとてもじゃないですが、そんな状況ではありませんでしたからね」


互いに顔を見合わせ、一同は笑みを浮かべながら、賑やかな食事のひとときを楽しんだ。




「ヨミ、少し休みます。椅子を」


「承知いたしました」


喧騒から少し離れた壁際へ移動すると、リアはヨミが素早く用意した椅子へ優雅に腰を下ろした。


長時間の立ち姿と気疲れからか、小さな吐息がこぼれる。


「美味しかったですね、イオス様」


「ええ。『グレート』とは一体何だろうと思っていましたが、本当に美味しかったです」


イオスが過去に旅先で食べたシュヴレット――メス鹿の肉とは、柔らかさも旨味の深さもまるで別物だった。


給仕の話によれば、ベリル領の豊かな山々で採れる良質な牧草と特別な飼料を与え、長年にわたって品種改良と飼育を重ねてきた、まさに至高のブランド肉とのこと。


きめ細かな肉質は舌の上でほどけるように柔らかく、上品な脂が口の中に広がっていく。その旨味はしつこさがなく、いくらでも食べられそうなほどだった。


「やはり美味しいものは、しっかり食べないと生きていく活力になりませんからね」


「ふふ、イオス様らしいお考えですね。でも、本当にその通りですわ」


二人が交わすのは、取り立てて特別なわけでもない、ごく何気ない会話だ。

しかし、先ほどまでの刺々しい政治的牽制が嘘のように、二人の間には柔らかく穏やかな空気が流れていた。

遠巻きに様子を窺っていた周囲の貴族たちも、若き王女とその守護騎士が見せる親しげな様子に、思わず目元を緩めている。

中には、うっとりした表情を浮かべる令嬢の姿もあった。




そのとき、リアの前へ一人の貴族が歩み寄った。

年の頃は三十代ほど。

仕立ての良い豪華な礼服に身を包み、張り付いたような笑みを浮かべている。


(……今、リアが休んでいるのが分からないのか?)


イオスは密かに眉をひそめた。

他の貴族たちも空気を読み、この時間はあえてリアへの挨拶を控え、気遣って遠巻きに見守っている状態だったのだ。


「これはこれは、リア王女殿下。ご帰国を心よりお喜び申し上げます」


大げさな身振りで、その貴族が慇懃無礼に声をかける。


「ありがとうございます。お久しぶりですね」


リアも完璧な社交用の笑顔で応じる。


「学院での生活はいかがでしたかな? ずいぶん長く向こうにおられたようですが」


「ええ。とても有意義な時間を過ごさせていただきましたわ」


「それは何よりです。ですが……」


貴族はわざとらしく少しだけ首を傾げてみせた。


「失礼ながら、王女殿下ほどの御立場でしたら、早々に国へ戻って学ばれるべきことも多かったのでは?」


「ご心配には及びませんわ。学院で学んだことも、きっとこれから国のために役立てられると思っております」


一見すると穏やかな会話だが、言葉の端々に探りと嫌味が混じっているのを、イオスは見逃さなかった。


「なるほど。それならば安心いたしました」


貴族は素直に頷くと、視線をかたわらに立つイオスへと向けた。


「ところで……そちらが噂の守護騎士殿ですかな?」


「はい。イオスと申します」


「なるほど。随分とお若い」


「よく言われます」


「しかも平民のご出身だとか」


「はい」


貴族は満足げな笑顔を浮かべた。


「いや、これは失礼。何も悪く言っているわけではありませんぞ」


「……」


「むしろ感心しているのです。平民の身から王女殿下のお側にまで上り詰めるとは、大したものだ」


褒めているようでいて、その口調には明らかに「平民上がり」と見下す意図が透けて見えていた。


リアが不快そうに少し眉を動かす。


「イオスは、そのようなつもりで守護騎士になったわけではありませんわ」


「もちろん、そうでしょうとも」


貴族は薄く笑みを浮かべ、わざとらしく頷いた。


「ですが、王女殿下。どうかお気をつけください。身分の違いというものは、本人たちが思っている以上に大きな壁となりますので」


「……何がおっしゃりたいのです?」


リアの声音から一瞬で温度が消え、冷ややかな雰囲気が場を包む。


「いえいえ、滅相もございません。ただ、王女殿下も学院で長く自由にお過ごしになったことで、少々世間のお考えや価値観が変わられたのではないかと、老婆心ながら案じただけでございます」


さらに貴族はイオスを軽く一瞥すると、言葉を重ねた。


「王女殿下には、それ相応に相応しい立場とお相手がおられるはずです。どうか一時の感情や同情で、将来を誤られませんよう……」


露骨な牽制と嫌味に、リアの手元にある扇子がピクリと跳ねる。


だが、当のイオスは怒るでもなく、困惑するでもなく、ただ静かにその貴族を見つめていた。


(なるほど……「平民の分際で王女に近づくな」ってことを、貴族っぽい遠回しな言い方で忠告しているわけか)


イオスは心の中で小さく息を吐いた。


怒りよりもむしろ、「本当にこういう嫌味なやり取りがあるんだな」という冷めた感心の方が勝っていた。


リアが明確に不快感を示し、場が緊張感に包まれる中、貴族は満足そうに「忠告はしたぞ」と言わんばかりの笑みを浮かべている。


「もっとも……王妃殿下も平民のご出身でしたな」


「……母上が何か?」


「いえ。そう考えれば、王女殿下が身分の違いをそれほど気にされないのも無理はありません」


リアの顔から、今まで保っていた笑顔が消え去る。


「母上を……」


「これは失礼。もちろん王妃殿下を侮辱するつもりはありませんぞ」


貴族は悪びれもせず、白々しい笑みを浮かべたまま言葉を続けた。


「ただ、王妃殿下は幸運なお方だった。陛下に見初められ、王妃という地位を得られたのですから」


「…………」


「しかし、リア王女殿下まで同じ幸運に恵まれるとは限りません」


場に凍りつくような沈黙が流れる。

リアを直接貶めるだけでなく、その母親である王妃まで持ち出して侮辱する言い回しに、控えめで温厚なリアの瞳に、うっすらと怒りの色が灯る。


その空気を察したヨミが、静かに一歩前へ出ようと腰の柄に手をかけた――その瞬間。

イオスが静かに手をかざし、ヨミの動きを制した。


(やれやれ……黙って聞いていれば、随分と好き勝手に言ってくれるじゃないか)


イオスは呆れたように心の中で溜息をつくと、感情を一切表に出さない無表情のまま、貴族とリアの間にすっと割り込んだ。


「失礼。少々よろしいでしょうか」


「ん? 何だね、平民の守護騎士殿。王族と貴族のありがたいお話の最中なのだが」


イオスの胸元の紋章と、特に目立たない控えめな立ち位置から身分を測っているのか、貴族は鼻で笑い、イオスを見下ろした。


イオスは顔色ひとつ変えず、至極冷静な口調で問いかけた。


「……それ以上はやめてください」


貴族は不快そうに鼻を鳴らし、イオスをあからさまに見下す。


「君は黙っていたまえ」


「僕はリア姫の守護騎士です」


「だから何だというのだ? 平民風情が、王族の会話に割って入るな」


イオスはさらに一歩前へ踏み出し、リアをかばうように貴族との間に立ち塞がった。


「王族の会話に口を挟んだつもりはありません」


「では何だ?」


「リア姫が嫌がっているので、やめてくださいと言っただけです」


明確な否定を真正面から突きつけられ、貴族の顔が引きつる。


「……貴様」


「僕は、あなたに喧嘩を売っているわけではありません」


「黙れ!」


頭に血が上った貴族は、思わずイオスの胸元へ激しく手を伸ばした。


(あ、これは手を出したらまずいやつだな……)


貴族がぐいっとイオスにつかみかかるが、当のイオスは一切動じることなく、ただ静かに相手を見つめている。

胸元を掴む手のあまりにも弱い力に、イオスはわざとらしく大きなため息をついた。


「リアさん、この方はお知り合いですか?」


「クローゼン子爵の長男です。確かガルドだったような……」


「最近、こういうこと多くないですかね?」


「まったくです」


イオスは胸元を掴まれていることなど意に介さず、リアと軽快に会話を続ける。


「僕個人としては、貴族も騎士も国にとって必要な人材である認識があるのですが」


「ええ」


「どうも一部の貴族は、相手を見下すことにばかり長けているようですね。これも貴族のお仕事なんですかね?」


イオスは、えらく皮肉めいた視線を青筋を立てているガルドへ向けた。


「あら、ベリル卿や騎士団長も貴族なんですよ?」


リアは可憐な笑みを浮かべながら、すかさず言葉を挟んだ。


「あの方々は別格ですよ。国を守る誇りと実力をお持ちですから。……それに比べて、自分の身分しか誇れるものがないお方というのは、どうにも滑稽に見えてしまいまして」


「平民の分際で、この私を愚弄するか!」


掴んだ手に力を込めようと顔を真っ赤にするガルドだったが、イオスは痛がる素振りすら見せない。

それどころか、呆れたように肩をすくめてみせた。


「胸元を掴むのも結構ですが、そんなみっともない真似をしていてよろしいのですか? ほら……周囲の皆さんが冷ややかな目で見ていらっしゃいますよ」


周囲から向けられる刺すような軽蔑の視線に気づき、我に返ったガルドは慌てて後ろへ下がった。


「……やはりこの程度ですか」


ガルドにしか聞こえないほどの小さな声で、イオスが呟く。


「き、貴様ぁっ……!」


さらに煽るイオスの言葉に、屈辱と怒りで完全に理性を失ったガルドは、腰の剣の柄へと手をかけた。

大広間が一気に緊張感で凍りつく。


「……抜いてもいいですが、足元を確認してください」


イオスの冷ややかな声に、ガルドが視線を落とす。

下がった足元には、いつの間にか淡い赤色の魔法陣が妖しく光を放っていた。


「私の得意魔法は火属性です」


「い、いまさら何を……っ!」


ハッタリだと言い聞かせるように、さらに顔を歪めて怒りを露わにするガルド。


「今まで多くの盗賊を焼いてきましたが……大体は爆散して四肢が残らないか、残った死に顔を見ても、幸せそうな顔ではありませんでしたね」


感情の籠もっていない、淡々としたイオスの脅し――いや、数々の実戦を潜り抜けてきた者だけが持つ、本物の「実績」の重みに、ガルドは背筋に冷たいものを感じた。


「ひっ……!?」


「ここが戦場ならば、すでに火柱が上がっているところです。……さて、剣から手を離していただけますか?」


イオスが静かに見つめ返すと、ガルドは剣の柄から弾かれたように手を離し、尻餅をつく勢いで後ずさった。


「何をしとる! この馬鹿もんが!」


尻餅をつくガルドのもとへ、ヨミに連れられて慌てて駆けつけてきたのであろうクローゼン子爵が現れ、いきなり息子の頭を思いっきり蹴り飛ばした。


「姫様、大変申し訳ございません!」


ガルドを突き飛ばすやいなや、クローゼン子爵はその場に平伏した。


「クローゼン子爵、お久しぶりです。相変わらずお元気そうで何よりですわ」


リアは手にしていた扇子を優雅に広げ、顔の下半分を隠しながら、目元だけで冷ややかに相手を見つめた。


「ところで子爵……お子様は何人おられますの?」


「はっ、はい! 三人で……男は、こいつの下にもう一人おります!」


息の詰まるような緊張感の中、子爵はガルドの頭を無理やり床へ押し付け、親子揃って深々と土下座させた。


「そうですか。では、そのように。――これで終わりとします」


リアが静かに告げたその一言の意味を、イオスは頭の中で反芻した。


(つまり……長男のガルドを廃嫡して継がせず、クローゼン家の責任のもとで二度と関わらせるな、ってことか……)


直接的な処分や追放を命じることなく、たった一言の質問と暗黙の圧力だけで、相手自身に後始末をつけさせる。

その静かで一切の迷いを見せない王女の立ち回りに、イオスは今日何度目かわからない冷や汗を流すのだった。


(やばい……王家、本当に怖い……)


「イオス、明日もあります。今日はここまでにしましょう」


「わかりました」


イオスは入ってきたときと同じようにリアをエスコートし、大広間を後にした。


「……疲れますね、王宮って」


「ふふ……そうですね」


リアが小さく笑う。

その笑顔には、どこか嬉しそうな色が滲んでいた。

宿に戻り、一階の食堂で、イオスは今回の晩餐会の報告を始めていた。


「ということがありまして……」


報告を終えると、さっそく仲間たちから呆れた声が飛んでくる。


「イオス君、やりすぎ」


カグラが呆れたように告げると、ミロは「やらかしたな」と言いたげな視線を向けた。


「自重せよ」


オロチは静かに言い放つ。

非難されたイオスがエールを煽って飲み干し、不服そうに言い返す。


「僕だって精一杯頑張ったんですよ」


「協力を頼むところまではすごく良かったのよ。問題はその後」


肉の串焼きを突きながら、カグラが呆れたように言う。


「そんなに問題ですか?」


すっとぼけるイオスだが、確かに色々やりすぎた感は自分でも自覚している。


「守護騎士に後見人だっけ? それに王女に強権を使わせて守護騎士を守らせたら、もう後戻り不可能よ?」


「いや、守ったのであって……守ってもらってはいないというか……」


「イオス君、甘い! 農民上がりで、宴にも慣れていない騎士が、勇気を振り絞って横暴な貴族をやっつけた。そしてそれを支えた王女、あーなんて素敵な二人なんでしょう!」


カグラが両腕を組み、目を閉じて身悶えるように大げさに表現する。


「今頃、貴族のサロンではこの話題で持ちきりよ」


過剰に脚色された噂を想像し、イオスは引きつる。


「そんなもんですかね?」


「実際どうするのじゃ?」


ミロが心配そうに酒の入ったカップを傾けた。


「ディオスさんが上手くまとめてくれると思います。塔の話はまだしていませんが、呪いが継続しているということと、別件で話があることは伝えてますので」


「まぁ、ならいいか。良い経験になったでしょ」


「はい……」


イオスが力なく頷くと、周囲は自然と滞在中の話題へと切り替わった。


「皆さんは建国祭中どうしますか?」


「ワシはあれの相手に向けて、武器に新しい能力をつけられないか、知り合いの鍛冶屋に出向く予定だ」


「神殿……戦神に加護をもらいに行く」


「私はオロチのお守りね」


仲間たちが、まだあの漆黒の魔法師と真っ向からやり合う気でいるのを知り、イオスは思わず目を見開いた。

ミロは頼もしく胸を張り、オロチは頼むぞとばかりに腕を組んで頷いてみせる。


「皆さん、王家とつながりができても、まだ、漆黒の魔法師に挑むつもりなんですか?」


「当たり前じゃ。イオス単独では無理じゃろ」



「そうそう、それに私たちも一緒に首を突っ込んでいるからね。ここまで来たら一蓮托生よ」


「イオス、あれは倒さなくてはいけない。……もっと頼れ。俺たちは強い」


自分一人の問題ではないとばかりに背中を預けてくれる仲間たちの姿に、イオスは胸が熱くなるのを覚えた。


ただ守られるだけの存在ではなく、共に戦う仲間として信頼されているのだと実感し、深く頭を下げる。


「皆さん……本当に、ありがとうございます……!」


「オロチのいうとおりじゃのう、もっと頼るといい」


ミロが酒を飲みながら笑みを浮かべる。


「ところで、イオス君はどうするの?」


「何か連絡があるまでは、祭りを回ろうと思いますが……ひとまず明日は……寝ます!」


「違いない!」


仲間たちの答えが一致し、その場に和やかな笑いが起きた。

オラクルを出発してからというもの、イオスは毎日限界まで体力と魔力を使い切っていたのだ。

疲れていて当然だろう。


「イオス君、寝る前にこれ飲んでね。眠気を促して、体力も回復する効果があるから。これは中毒性はないから大丈夫よ」


カグラが小瓶を差し出す。


「ありがとうございます。こういうのってどうやって作っているんですか?」


「聖水とか、魔法薬学とかかなぁ。今度教えてあげるわ」


話しているうちに、イオスの視界がだんだんとぼやけてきた。


「そう言われたら、急に眠くなってきました……。今日はこれでお開きでいいですか?」


「おう。わしらも明日に向けてすぐに寝るわい」


そろそろ場の空気も緩んできた。


「しょうがないな、私が部屋まで連れて行ってあげる」


カグラが疲労困憊のイオスの手を取り、部屋まで引っ張っていく。


「手を引かれたのなんて、子供の頃以来だ……」


「はいはい、おやすみなさい」


イオスはうつらうつらしながら寝床に入ると、頭が枕についた瞬間、深い眠りに落ちてしまった。


カグラはイオスが眠りについたのを確認すると、静かに瞳を閉じ、かすかな詠唱を始めた。

彼女の指先から零れ落ちた淡い光の粒が、夜の闇に溶け込むようにイオスの身体を優しく包み込み、消耗した魔力と疲弊しきった肉体を、心の奥底からじんわりと癒やしていく。


その神秘的な光に導かれるように、空間の裂け目から一匹の小さな犬型の精霊が姿を現した。

まるで深い眠りに落ちた主を護るかのように、イオスの枕元へと静かに歩み寄る。

そして、いとおしそうに寄り添うと、その温もりを分かち合うように丸くなって目を閉じた。


「よろしくお願いね、精霊さん」


カグラが声をかけると、精霊は尻尾を一振りし、彼女は静かに部屋を後にした。

食堂に戻ると、仲間たちが待っている。


「イオスはどうじゃった?」


ミロが、日々無理を重ねるイオスを心配そうに尋ねる。


「身体は問題なさそうね。疲れは相当たまっていたみたいだけど、明日の昼ぐらいまでしっかり寝れば大丈夫でしょう」


「他に何か問題はあるのか?」


「また、魔力量が増えてたわ。すでに平均的な宮廷魔法師の三倍はあるわね」


「それは頼もしいのう」


「あの子は頭がいいからね。力がついても増長とかはしないと思うけど……」


カグラは腕を組み、少し思案顔になる。


「貴族連中が心配じゃのう」


「釘を刺しておくか?」


オロチがいつになく物騒なことを言い始める。


「まだ大丈夫でしょ。まぁ、私から国王には一言言っておくわ」


「しかし、なんじゃカグラ。なんだか弟がもう一人増えたようじゃのう」


「何言ってんの、人間でいう年齢なら私はもうおばあちゃんよ。しかし、よくもまぁ、あんな短時間で色々とこなしてくること」


カグラは呆れたように言う。


「これだから人間の生活は見ていて飽きないのう。うちらの感覚じゃ考えられない速さじゃわい」


「本当ね」


人とは違う二人が、しみじみと語り合う。


「オロチ?」


カグラが振り返ると、オロチも船を漕ぎ始めていた。


「まったく……。くっくっく、頑張れお姉さん」


「もう! 少しは手伝ってよ!」


カグラのちょっとした悲鳴が、夜更けの宿屋に響き渡った。




――そして、翌朝。


(イオス君! イオス君!)


微睡みの中で自分を呼ぶ、焦りの混じった声が聞こえる。


「ん……あれ? もう朝ですか……」


寝ぼけ眼をこすりながら、イオスは起き上がった。


「そろそろ日が上り切るところだぞ」


イオスの目の前に立っていたのは、いつになく真剣な表情をしたラクシュだった。


「どうしましたか……?」


目をこすりながら、イオスはラクシュに問いかける。正直、もう少し寝ていたいところだった。


「驚かないで聞いてくれ……」


少しためてから、ラクシュが言う。


「リア王女が、行方不明になった」




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