↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
西方の魔法師  作者: 榊さん
暗流
25/25

3-8

「やっと追いついたぞ、イオス! この城はでかいな!」


メイドに案内されたミロが、太い髭を揺らしながら快活に追いついてくる。

頼もしい味方の合流に、少し胸を撫で下ろしたのも束の間。

中庭の奥へ足を踏み入れた瞬間、イオスは思わず足を止めた。


「なんとも立派じゃのう」


見上げるミロが、感心したように声を漏らす。

目の前にあるのは、庭園が丸ごと巨大なガラスと結界に覆われた、大きな建築物だった。


ガラスのアーチをくぐると、外の冷気が一瞬で引き、春のような暖かさが肌を包む。

天井からは柔らかな光が差し込み、季節外れの花々がそこかしこに咲いていた。


「これは……かなり贅沢な庭園ですね」


イオスが漏らした呟きに、ミロも周囲を見渡しながら頷く。


「もはや単なる『温室』と呼べる規模ではないのう」


「『ソラリスの箱庭』――それが、温室の名前みたいね」


カグラが入り口のアーチにある銘板を指さす。

柱や外観に取り付けられた魔道具が淡く光り、常に一定の温度を保っているようだ。


「イオス君、ちょっと待ってね。リアちゃんの痕跡がないか調べてみるわ」


「お願いします」


カグラは視線を落とし、地面を確認しながら歩き出す。


(三人への聞き取りが終わった。となると、次はどう考えるべきだ……?)


イオスは固く拳を握りしめ、必死に頭を巡らせる。


早く真相を解き明かさなければ……。


そう意気込むイオスだったが、手掛かりが少なすぎて、失踪の目的も、姫がいなくなった経緯も、いまだ暗雲に包まれたままだ。


(ダメだ。早く事件を解決に導く決定的な何かを見つけなきゃ……!)


――そんな気負いと焦りが、イオスの心を強く締め付けていた。


「イオス君、ここを見て」


カグラに呼ばれ、イオスたちが近寄る。

土の上には、かすかに足跡が残っていた。


「足跡は三人分。報告通り、リアちゃんとメイドさん、それから護衛の人だと思うわ」


カグラはさらに奥へと進み、一角を指さした。


「三人はいろいろ見て回ったみたいだけど……この辺りに足跡が集中しているわね」


見ると、目の前の花壇には、百合の花が色彩を分けて咲いていた。


「他にも歩き回っているけど、あっちのテーブル席にも向かっているわ」


視線を移すと、テーブルにはティーカップが三つ置かれたままになっていた。


「空気にかすかな魔力反応がありますが……読み取れませんね」


イオスはカップを見つめながら首をかしげる。


三人で訪れた場所に、なぜ魔力の痕跡が残っているのか。

リアは魔法師なので、魔法を使っても不思議ではない。

だが、こんな場所で不必要に魔法を使うとも思えなかった。


「イオス君は、さっきのところを調べてみて。私は足跡をもう少し調べてみるわ」


「分かりました」


カグラが別の場所へ向き直り、イオスとミロは百合の咲く花壇へ向かう。


歩きながら、ミロがぼそりと問いかけた。


「なあ、イオス。姫さんが攫われたんだとしたら、激しく争った痕跡があってもおかしくないと思わんか? 護衛もいたんじゃろ?」


「……そうですね。でも、温室内に荒らされた様子はなさそうです」


見回してみても、庭園は綺麗に整っており、不自然に乱れた場所はない。


「そうなるとじゃ、姫様たちが自ら歩いてどこかへ行った、と考えるわけじゃが……」


「どこかで目撃情報が入るはずですね」


「一国の姫さんじゃしのう。しかも、あの姫さんは目立つ。歩いていたら、すぐに分かるはずじゃ」


ミロが考え込むように髭をさする。


「移動に魔法を使った可能性もありますが、結界が反応するので、今のところは考えなくてもいいと思います」


「そうなるとじゃ、抵抗もせず、誰にも見られずに三人が消えた、という事実だけが残る」


その言葉に、イオスは胸を突かれたような衝撃を覚えた。

頭の中で複雑な理屈をこねくり回していた自分に対し、ミロは目の前にある現実だけを鋭く切り出してみせたのだ。


「ワシらは探偵じゃなく、冒険者じゃ。推理よりも、一つ一つの情報を繋ぎ合わせていくのが、この手の依頼の鉄則じゃぞ」


笑みを浮かべながら語るミロの眼光には、数々の現場をくぐり抜けてきた者だけが持つ、確固たる自負が宿っていた。


イオスは無意識のうちに、完璧な理屈を組み立てて答えを出そうと気負っていた。

だが、ミロは冒険者としての本来の役割を教え諭してくれているのだ。


己の未熟さに恥ずかしさを覚えると同時に、経験に裏打ちされた先輩の言葉が、すっと胸の奥へ落ちていく。


「……勉強になります」


「よし。ならワシは、庭園の外の様子を見て回ってくる」


「はい、よろしくお願いします」


離れていくミロの背中を見送り、イオスは改めて百合の咲く花壇へと視線を向けた。

よく手入れが施されており、彩り豊かな百合が綺麗に揃って咲いている。


(そうだ。事実を一つ一つ積み上げる……基本に立ち戻ろう)


イオスは気を引き締め直し、花壇へ足を進めた。


「メイドさん、いますか?」


温室の入口に向かってイオスが大声で呼びかけると、外からメイドの返事が返ってきた。


「はい!」


「ちょっと教えてほしいことがあるのですが、こちらまで来てもらえますか?」


「分かりました。すぐに向かいます」


足音とともにメイドが姿を現す。

応接室から案内を担当してくれたメイドだった。


「お仕事中にすみません。教えてほしいのですが……この百合は、リア姫がお気に入りだったのですか?」


「はい。たいそうお気に召されていて、ご自分でも苗をお植えになっていたほどです」


リア自身も手植えをしていたというのは、少し意外な情報だった。


「留学中の手入れは、庭師の方が?」


「手入れは大変ですので、基本的には庭師が数名で管理しております」


「ちなみに、百合は何色くらいあるのですか?」


「この庭園の百合は白が基本ですが、ピンクや赤、ほかにも黄色や緑といった珍しい色もございます」


「だから色とりどりに咲いているんですね」


イオスが納得して頷くと、メイドは「あの……」と、そわそわしながら口を開いた。


「なんでしょうか?」


「お耳に入っているか分かりませんが……姫様と一緒に行方が分からなくなったメイドのことです。実は、あの子は私と同室でして」


イオスにとって、それは初耳の話だった。


「そうだったのですね。そのお話は、騎士の方にも?」


「メイド長に言われ、騎士様からも何か変わったことがなかったか聞き取りを受けました」


「それで、なんと?」


「最近のリリーの様子を聞かれたのですが、特に問題もなかったので……そのままお答えしました。あの子、名前をリリーというんです」


「百合と同じ名前ですね」


「そうなんです。ですから姫様とも仲良くさせていただいて、よく百合の花のお話をしていました。あの子は本当に姫様を慕っていて、今回の帰郷もとても楽しみにしていたんです。ですので……」


メイドは込み上げる感情を抑えるように、拳を握りしめている。

おそらく、リリーが姫の失踪に関わっているとは思えない――そう伝えたかったのだろう。


「状況は分かりました。大丈夫ですよ。僕もリリーさんを最初から犯人だと決めつけたりはしません。ですから、いなくなったリリーさんのことを信じて、心配してあげてください。また何か思い出したら、できるだけ早く教えてくださいね」


「はい……ありがとうございます! 姫様とリリーのこと、どうかよろしくお願いします」


深く頭を下げると、メイドは安心した様子で庭園の入口へと戻っていった。


(お付きのメイドとリアさんは、それほど仲が良かったのか)


少なくとも、リリーが自らの意思で誘拐に加担した可能性は、かなり低くなった。


「とにかく、百合の周辺を詳しく調べてみるか」


イオスは集中し、探知魔法を展開する。

だが、百合そのものに怪しい魔力反応は見当たらなかった。


百合の花壇をじっくりと観察する。


(……ん?)


白を基調に、ピンクや赤など、色ごとに分類されて綺麗に育てられている。

しかし、その花壇のところどころに、ぽっかりと不自然な空洞が残されていることに気づいた。


(おかしいな……間引いたのか?)


これだけの規模の温室だ。

風や虫が運んだ花粉によって予期せぬ色の花が咲くこともあるだろう。それを整えるために抜いた跡なのだとしたら、何も問題はない。


だが――。


イオスは百合を掻き分けて土を確認する。


目視では何も確認できない。


(目に見える異常がないなら……魔力の痕跡はどうだ?)


イオスは意識をさらに研ぎ澄まし、探知魔法の精度を極限まで引き上げる。

ぽっかりと空いた土の隙間へ手を当て、意識を深く没入させていく。


――反応があった。


ごく微弱だが、確実に「何か」が残されていた痕跡。

しかも、この独特な魔力の波長には、どこか覚えがある。


(この魔力……どこだ? どこで遭遇した……!?)


脳裏の記憶を猛烈な勢いで手繰り寄せる。

過去の文献、あるいは過去の危険な依頼。

薄暗い記憶の糸が一本に繋がった瞬間、イオスの背筋に冷たい戦慄が走った。


「――クリムゾン・ペタル……!」


「イオス君、何かあったの!?」


イオスが思わず漏らした叫びに反応し、別の場所を調べていたカグラが素早く駆け戻ってきた。

驚く彼女に対し、イオスは花壇の土を指さしながら答える。


「ありました……! この百合の花壇から、以前僕たちが遭遇した魔導植物と、まったく同系統の魔力反応があります」


「魔導植物……? それは大きな収穫ね! でも、私の方だって負けてないわよ」


カグラは一瞬驚いたものの、すぐに自信ありげな笑みを浮かべて胸を張った。

そしてイオスの手を引くようにして、庭園の出口近くの地面へと誘導する。


「これを見て。これがリアちゃんの一番新しい足跡よ」


カグラが誇らしげに指さした土の上には、小さな靴跡が残されていた。

それは、咲き誇る花々を後にし、まっすぐ庭園の出口へと向かっている。


「リアちゃんが自分の足で歩いて、この出口まで来たのが最後の足跡ね」


(……だとしたら、リアさんは襲われたわけではなく、自らの足で庭園を出るところまで歩いてきたわけだ)


イオスが思考を巡らせていると、カグラは一転して両手を上げ、参ったというように肩をすくめた。


「でね……悲しいことに、ここから先の足跡が完全に消えているの。流石にこれ以上はお手上げね」


「いや、カグラ、待つんじゃ」


そこへ、庭園の外の敷地を調べ回っていたミロが低い声で割り込んできた。


「ミロ? 何か気付いたの?」


「うむ……荷台じゃな」


ミロが地面を指し示す。


そこには、帯状になった車輪の跡が残されていた。

カグラは首をかしげる。


「荷台の跡なら、屋敷の庭師たちが毎日使っているんじゃないかしら?」


「ただの作業用なら、そうじゃろう。じゃが、周囲の車輪跡と見比べてみるが良い。この轍だけ、不自然なほど深く沈み込んでいる」


ミロの言葉に促され、全員で泥を観察する。

確かに、その車輪跡だけが他のものより深く土へ沈み込んでいた。


「荷台そのものが重かったのか、それとも……何か重いものを載せていたのか」


ミロが顎髭を撫でる。


「そこまでは、今の痕跡だけでは分からん。じゃが、少なくともこの荷台は、普段より重い荷物を載せていた可能性が高いのう」


イオスは、リアの足跡と荷台の轍を交互に見つめた。

どちらも、庭園の出口へ向かっている。

偶然なのか。


それとも――。


(……まだ、決めつけるのは早い)


イオスはそう自分に言い聞かせながら、深く息を吐いた。


「ミロさん、この溝がどこまで続いているか調査をお願いできますか?」


「了解じゃ!」


ミロは力強く頷くと、地面の不自然な凹凸に視線を走らせながら、温室の出口の外へと車輪の跡を辿り始めた。


続いて、イオスは入口の近くで待機していたメイドを呼び寄せる。


「メイドさん、申し訳ありませんが、ディオスさんに庭師を全員集めるよう伝えていただけますか? それと、苗の帳簿も欲しいとお伝えください」


「分かりました」


「カグラさん、オロチさんからの追加情報がないか、聞いてもらえますか?」


「了解、ちょっと待ってね」


カグラは通信用の魔導具を取り出し、少し離れた場所へ移動しながら意識を集中させ始めた。

二人がそれぞれの行動に移り、静寂を取り戻した温室の中で、イオスはひとり深く息を吐いた。


(ミロさんの言う通りだ。頭の中で犯人像を勝手に作り上げるんじゃない。ここにある事実を、ひとつずつ繋ぎ合わせるんだ)


イオスは周囲に咲き誇る花の甘い香りに包まれながら、これまで得られた情報を脳内で整理し始める。


まず、政治的な動機について。

有力貴族たちの関与を探ったが、直接的なメリットは見当たらなかった。


次に、お付きのメイドであるリリーについて。

同室のメイドの切実な証言からも、彼女が自らの意思で裏切り、姫の連れ去りに加担した可能性はかなり低い。


そして、この庭園に残された痕跡。

温室内には荒らされた形跡も、激しく争った痕跡もない。

リア姫は、自身の足で出口へと歩いている。


百合の花壇には、不自然な空洞が残され、そこには『クリムゾン・ペタル』の魔力痕跡があった。


そして出口の外へと伸びる、不自然なほど深く沈んだ車輪の轍。


思考の糸が、少しずつ繋ぎ合わされていく。


(……もし、リアさんが自らの意志で歩いたのではなく、何かによって『歩かされていた』としたら?)


あるいは、本人が抵抗できない状態にされてから、連れ去られたのだとしたら――。

そう考えれば、争うことなく三人を温室から連れ出したことにも説明がつく。

だが、魔導植物がどのように関わっているのかまでは、まだ分からない。


(だとすれば、最大の鍵はあの花壇だ)


誰が、いつ、あそこに魔導植物を持ち込み、そして、いつ消えたのか。

庭師の中に協力者がいるのか。

それとも、外部から何者かが侵入したのか。

庭師たちの証言と苗の帳簿を照らし合わせれば、不自然な空白が生まれた時期や、苗の動きを特定できるはずだ。


「よし……」


イオスは気を引き締め直し、拳を軽く握りしめた。

迷いはすでに消えていた。

仲間たちが持ち帰る次の『事実』を受け止める準備は、もうできている。


「――イオス君、取り急ぎ伝えなきゃいけないことがあるわ」


カグラが戻ってきた。


その表情を見た瞬間、イオスは嫌な予感を覚えた。


「どうしたんですか?」


カグラは一度、言葉を飲み込むように唇を噛んだ。


そして――


「護衛の騎士が……殺されて、スラムの川で見つかったわ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。