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地響きのような蹄の音が、オラクル城下街の石畳を揺らしていた。
街道を凛とした佇まいで進むのは、馬の産地として名高いレベレース王国が誇る騎馬隊だ。整然と居並ぶ軍馬の力強い躯体と、光を反射する重厚な鎧。王女の護衛という絶対の任務を帯びて派遣された二十名の精鋭騎士たちは、小隊規模でありながら、通過するだけで周囲の空気を鋭く緊張させるほどの圧倒的な威圧感を放っていた。街道のあちこちから歓声と感嘆のどよめきが湧き起こる。農業を主産業としながらも、最高峰の実力を持つ騎士団の精悍な姿に、街の人々は息をのんで見とれていた。
――だが、そんな賑わいをよそに。
オラクル城下街にある高級宿屋の応接室にて、イオスは強面の騎士たちにぐるりと囲まれていた。
「姫様の守護騎士に、敬意と感謝を!」
規律正しく列をなしたレベレースの騎士たちが、同時に胸へ手を当てて深く首を垂れる。威圧感に満ちたその光景のただ中で、イオスは額に冷や汗を浮かべながら密かに思った。
(最近、応接室に来るたびに厄介ごとに巻き込まれている気がする……)
「みなさん、そこまでにしてあげてください。イオス様が困っておられますわ」
リア王女が助け舟を出し、イオスに向けて穏やかな笑みを浮かべる。
「ですが、リア様! 騎士物語にでも出てくるようなお覚悟と振る舞い、当方はいたく感動しておるのです」
隊長らしき騎士が、情熱を込めて熱弁を振るう。
リア王女からの一報を受けた時、レベレースでは軍議が行われ、今後の対応についての話し合いが難航していたという。そんな中、突如現れた一人の魔法師が王女を守り、決闘まで受けて立ち見事に勝利を献上した。しかもその勝ち方は圧倒的で、王家も騎士団も溜飲が下がったという。その上、相手国の体面や外交にまで配慮したとあっては、王家および騎士団からの評価がうなぎ上りになるのは自明の理であった。
イオスは事の詳細を聞き、曖昧な笑みを返すしかなかった。そのとき、脳裏に先日ヨミから告げられた言葉がよぎり、背筋がぞっとする。
(卒業後の事も、そろそろ真剣に考え始めないといけないな……)
「まだ早計ですわね。イオス様がこれからどのような選択をなさるのか、もう少し側で拝見させていただきましょう」
リアが声のトーンを落としてつぶやく。
「リア様、本題に移られた方がよろしいかと」
ヨミがテーブルに地図を広げながら、話し合いを進めるよう促した。
「そうですね。ひとまずオラクル内の移動についてはイオス様の案を聞いてみて、考えてみましょうか。」
こうして旅程を巡る打ち合わせが始まった。
イオスは冒険者として過ごした歳月の中で、各村を回っていたこともあり、オラクル内の地理や情勢に詳しかった。彼は移動の途中で宿泊に適した村や、比較的安全な街道を次々と提案していく。 提案は常に複数示し、最終判断はすべて騎士団へ委ねた。余計な責任を背負わない――それが冒険者としての流儀だった。
「では、後の調査などは騎士団の方々にお任せします。」
イオスがひと通り案を出し終えて深く息をつくと、思い出したように手を合わせた。
「あ、そうでした。移動についてお願いがあります。」
「何でしょうか」
リアが首を少し傾げ、興味深そうにイオスの言葉を促した。
「時期的に、村の食糧にはあまり余裕がありません。日持ちする食料は、なるべく各自でご用意ください。必要であれば荷車を増やし、食料を十分に積んでいただければと思います。最後に、村側は無理をしてでも重臣の方々を歓迎しようとすると思いますので、少しばかりの心づけを置いていただけると助かります」
農家育ちのイオスだからこそ思い至る提案だった。そこには各村々がレベレースに対して不快な印象を抱かないための配慮もあり、十分な予算が割り当てられている行軍であれば当然通る要求であった。
「さすが、イオス様。騎士団長、問題ありませんね?」
リア王女がイオスの意図を的確に読み取り、騎士団長に意見を促す。
「問題ございません。いやはや、長年騎士をやっておりますと、食料は現地調達、水は川の水を沸かして飲むのが当たり前となっておりましたからな。こういった細やかなお心遣いは思いも寄りませんでした。イオス殿、改めて感謝いたします」
深々と頭を下げる騎士団長に苦笑を返しつつ、準備は滞りなく進められた。
――こうして入念な打合せを終え、帰郷の旅が始まったのだ。
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道中、見上げた空はどこまでも高く、どこまでも蒼かった。
眩しさに目を細めると、日差しを遮る雲の影が、緑の波を打つ草原の丘をゆっくりと滑っていくのが見える。空を巡る風はどこか冷たく、心地よく頬を撫でては、遠くの街の賑わいの予感を運んでくる。
イオスはあてがわれた荷馬車の荷台で探知魔法を使っていた。
「ひとまず、オラクルの国境付近までは異常なさそうです」
イオスは探知魔法を解き、額の汗をぬぐう。
「了解、後は進みながら、目視で確認だね」
カグラは、馬車から四方を確認し、後方の騎士団へ支障なしの合図を送る。馬車の御者台を握っているのはミロだ。
「移動で馬車が使えると楽でいいですね」
「馬がいなくならない限りは便利だよ」
馬車の旅は、馬が命である。それなりにしつけられてはいるが、驚いて逃げ出したり、魔物に襲われたりすれば、それだけで旅が破綻してしまうことも珍しくない。
「今回は、良い金額の依頼だし、騎士団もいるから楽できそうだね」
カグラが手持無沙汰そうに短剣を指先で弄びながら言う。
「都合の良い方法に頼る時こそ、油断して失敗しやすい。警戒は怠らないようにな」
ミロが手綱を握り直しながら釘を刺す。さすがベテラン冒険者、締めるところはきちんとしている。
「分かってるよ」
短剣を指先で弄びながら、カグラが応える。軽口を叩きつつも、その視線は警戒を怠っていなかった。
「イオス、少し休むといい。朝から魔法の使用が多いからな」
オロチが気遣うように声をかける。
「それが、まだまだ使えそうです。具体的には中級魔法を、あと四、五発ぐらいはいけますよ」
「最近、使える魔法の種類もそうだけど、魔力の量も増えたよね」
カグラが最近のイオスを見て感じていたことを口にする。
「成長してるんですかね?」
イオスが首を傾げた。
「だが無理は禁物じゃ。休めるときは休むのも、冒険者の鉄則じゃぞ」
ミロが後方から諭すように言った。
「そうさせてもらいますね」
イオスは荷台の樽に腰をかけ、風景を見渡した。 街道の脇に広がる麦畑は、初夏のやわらかな陽光を浴びて、どこまでも眩しい黄金色に輝いていた。実った麦の香りが鼻をくすぐる。その匂いに、幼い頃、家族総出で刈り入れをした日の光景がふと胸によみがえった。農家にとって待ちにまった収穫の季節(麦秋)である。風が吹き抜けるたび、豊かに実った穂先がさざ波のように揺れ、香ばしい草の香りを運んでくる。 イオスはそっと目を閉じ、車輪が刻む規則正しい音に身を委ねた。
やがて空が茜色に染まり始める頃、前方には国境沿いの町並みの影が浮かび上がっていた。間もなく到着する賑わいを予感させながら、揺れる荷馬車の上でイオスは探知魔法を使いながら言った。
「もうすぐ国境ですね。確か町では川魚の燻製や干し肉のスープが有名でしたっけ」
「おお、良いのう! そこで飲む冷えた果実酒はまた格別じゃぞ」
ミロが満足そうに喉を鳴らしながら、前方に見える町並みに目を細めた。
「ミロさん、仕事中のお酒はほどほどにお願いしますね」
イオスが呆れたように息を吐く。
「わかっとるわい」
ミロは苦笑いを浮かべながら、軽く手を振ってみせた。そこへ、荷台から身を乗り出したカグラが会話に割り込んでくる。
「そういえば、国境沿いで別の冒険者と合流するんだっけ」
「そうです、レベレース側の土地勘は、あちらの冒険者の方が詳しいですからね」
「合理的で良い判断だ」
荷馬車の手綱を操りながらオロチが、深く頷いて満足そうに呟いた。見知らぬ土地での護衛任務において、現地の情勢に通じた味方が増えるのは頼もしいかぎりだった。
「ん……?」
手綱を握るオロチの手が止まる。その直後、イオスの探知魔法が猛烈な魔力反応を捉えた。
「前方に多数の反応を確認!行商人にしては数が多すぎます、総員警戒を!」
イオスが表情を一変させ、喉を絞り出すような声で叫んだ。
オロチが即座に手綱を引き絞り、荷馬車を停止させる。ミロが大斧を握り直して先頭の騎士へ疾走し、カグラも後方へ手信号で素早く指示を飛ばした。夕暮れの街道に、馬のいななきと武具の擦れ合う金属音が鋭く響き渡る。
「イオス殿、何かありましたか!?」
ただならぬ雰囲気を察した騎士団長が、馬を寄せて駆けつけてくる。
「前方から、多数の人が向かってきています」
「商団ではないのかね?」
「もう日も落ちそうな刻限です。今からオラクルに向かうとすれば夜道を突っ切ることになりますが、商団がそんな危険を犯すはずがありません」
「確かに……では、待ち伏せか!」
「探知魔法でさらに探ります、陣形を整え、迎え撃つ準備を!」
イオスの切迫した言葉を受け、騎士団長が剣を抜き放つ。
「総員、抜剣! リア様をお守りしろ!」
騎士たちの凛とした号令と鞘から刃を解き放つ音が重なり、一瞬で緊迫した戦時体制へと移行する。
「イオス君、あの汚い身なり、あの歩き方……盗賊だね。荷も持たずにこれだけの数が湧いて出るなんて、不自然すぎるよ」
カグラが弓に矢を番えながら、細めた目で街道の奥を睨みつける。
「一応、警告だけはしておくかの。行くぞ、オロチ」
ミロとオロチの二人が重い足取りで前へ出た、その瞬間――。
空を切り裂く不吉な風切り音とともに、一本の矢が二人の足元へ突き刺さった。
「ふん!」
ミロは鼻を鳴らし、間髪入れず飛来した二本目の矢を大斧の腹で力任せに叩き落とす。火花が散り、金属音が周囲に響き渡った。
「野郎ども、かかれえええっ!」
「一人残らず叩き潰せ! 身包み剥ぎ取れっ!」
街道から、殺気を剥き出しにした男たちが次々と向かってくる。地鳴りのような怒号とともに、刃を閃かせた盗賊団が一斉に襲いかかってきた。
イオスは探知魔法の精度を上げ、周囲をさらに細かく探る。だが、警戒していた側面に反応は確認できない。
「側面に反応なし! 敵は前方のみです!」
イオスの報告を受け、騎士団長が刃を高く掲げた。
「王女殿下の護衛を除き、全員突撃準備!」
「僕が一発叩き込みます! その直後に突撃してください!」
イオスは杖を構え、深く息を吸い込むと一気に魔力を練り上げた。
「――集え、束ねよ、炎の柱となれ!」
短く力強い詠唱とともに、展開された魔法陣の中心に青白く眩い光球が凝縮されていく。
「ミロさん! オロチさん! 下がって!」
「おうっ!」
前線で警戒していた二人が、イオスの声に反応して即座に後方へ跳び退いた。
「穿てっ!」
イオスが回転させた杖の先端をまっすぐ突き出す。直後、青白い光球が魔法陣の中心から解き放たれ、空気を裂いて突き進んだ。
光球は前衛の盗賊数人を焼き焦がしながら破竹の勢いで突き抜け――集団の中心に到達した瞬間、イオスは短く言い放った。
「はじけとべ!」
直後、激しい光とともに猛烈な爆風が周囲を払い、爆炎が盗賊たちを容赦なく吹き飛ばした。遅れて押し寄せてきた強い衝撃波が、街道の草木を激しく揺らす。
「なんと……!」
「これほどの威力の魔法を一瞬で……!?」
イオスが放った圧倒的な一撃に、後方に控えていた騎士たちから驚愕と称賛の声があがる。
「こっちにも魔法師がいるぞ、散れ!」
逃げ惑う声が交錯し、盗賊たちが見る間に一目散に敗走していく。
爆炎に呑まれた盗賊たちの半数が、その場で戦闘不能となる。さらに突然の爆発で混乱した敵陣へ、騎士団が一斉に突撃した。
「騎士団、突撃! 生き残りは捕縛せよ!」
騎士団長の声が響き渡るが、勝敗はすでに決していた。いや、最初から勝負にすらなっていなかったのだ。
焦煙の匂いが漂う中、カグラがイオスの肩を軽やかに叩く。
「ご苦労様、派手にやったね」
「相手の位置関係が幸いしました。乱戦になる前に決着をつけられて良かったです」
「なるほどね……私はてっきり、イオス君はこういう相手にも極力慈悲をかけるタイプだと思ってたんだけど」
「それはないですね。あれらは害獣ですから」
何一つ生み出さず、何も残さず、他人の実りを掠め取る者たち。 農民として育ったイオスにとって、盗賊とは作物を荒らす害獣と何ら変わりなく、心底から忌み嫌う対象であった。
「それに、生かして捕らえたところで結局は斬首ですしね」
盗賊は死罪――それがこの世界の定められた法であった。
「そっか……ちゃんと自分の中で整理できてるならいいよ」
「ご心配ありがとうございます」
「さて、私はリア王女のところを見てくるよ」
カグラはイオスの肩を一度軽く叩くと、軽快な足取りで後方へと下がっていった。抜け目のない彼女のことだ。王女の護衛に向かうと見せかけて、周囲の警戒や偵察も同時に兼ねているのだろう。
イオスは表情を引き締め直すと、今後の動きに頭を巡らせた。
「国境の町が心配です。至急確認しに行きましょう」
イオスは先を急ぐよう騎士団に促した。
(頼むから、ただの心配性で終わってくれ……)
祈るようなイオスの思いを乗せて、荷馬車は夕闇を追うように速度を上げ、茜色に染まる国境の町へと急いだ。




