第84話 まだ届かない場所
目の前に絶対に自分では勝ち目のない実力者のランが居るだけに大人しくなったかえでを確認すると誠はベッドの隣に置かれた台の上の『賊将の剣』を見つめたまま、それに手を伸ばす訳でもなくただかえでによって乱された服装を正そうと自分の身なりを気にしていた。
そんな誠をカウラは少しうれしそうに見つめている。アメリアとかえでとリンのコンビ、そして満足げな表情のランも静かに誠を見つめていた。
「これ……僕が呼んだんですよね?そんな力が僕にあるだなんて……知らなかったです。あの『近藤事件』の時と同じ感覚がありますね……でも、もうすでにこんな状況に慣れてきているような気がします。不思議なものですね」
誠は目の前に置かれた古風な剣に眼をやった。 回転灯の赤と照明の白で照らされた刀身の銀色の光が誠に突き刺さるように感じられた。サイボーグにそれを突き立てた時に付いたであろう血は既に拭われていて、どこまでも銀色のその刀身がただじっと誠を見守っているように誠には見えた。
「貴様がこの刀を呼んだのか?まあ……そうかもしれないな。おかげで私達は今もこうして生きている。貴様があの時あの力を使う判断を下さなければおそらく私とアメリアは死んでいただろう。まあ、西園寺はどう見ても死体にしか見えなかったからあのサイボーグは無視して放置していただろうがな」
カウラは微笑みながら誠にそうささやいた。
「それだけの力がお前さんにはあるんだよな。それと、かえで。県警の捜査官がうようよいる場所での野外プレイは止めてくれ。義父であり隊長として管理責任者でもある俺の責任問題になる。お前さんがそういうことの常習犯だということは県警の職員ならほとんど全員が知っていることだとは思うが、あの人達も任務の都合上お前さんと神前とリンを逮捕しなきゃいけないことになる。そうなれば俺やランはそう言う教育をしているんだということが県警本部の偉いさんの共通認識として司法局本局にまで知れ渡ることになる。司法局本局もお前さんが変態なのは知ってるけど、いくら何でも警察官が取り巻くど真ん中でそんなことをするほどの変態だということまでは考えちゃいないから。その辺はわきまえてもらわないと困るんだよね」
そこに突然現れた長身の男が見えた。カウラが敬礼していることからそれが司法局実働部隊隊長嵯峨惟基特務大佐であることが分かった。
「隊長……僕はまた力に目覚めてしまったんですね……正直怖いですよ……」
誠はなんとか周りの県警捜査官の手前もあって珍しく嵯峨に敬礼しようとした。
「そんな面倒なことは後で考えるとして、お前さんは今はそこに寝ておけよ。正直今回のお前さんのそれはまぐれでしょ?別に力に目覚めてもそれを使いこなせなきゃどうにもなんないよね。今回はたまたま上手く使えた。たぶんあの状態のお前さんならかえでには勝てないが茜だったら勝てる程度になった。ただ、それでもその力を使いこなせるようになったらという状態だわな。だから、たぶん明日法術白兵戦訓練をやってもたぶんお前さんはまた茜に負ける。それが嫌なら今日使った力を自由に使えるようになんなさいということ。隊長として俺がお前さんに力について助言できることはそれだけなんだ」
嵯峨はいつもの脱力感満点の『駄目人間』口調でそうつぶやいた。誠はその中に誠がまだ嵯峨の望むレベルではないという意味を読み取って自分の表情が厳しくなるのを感じていた。嵯峨の言うことは全てその通りだった。何一つ反論する余地が無い。それでも、日常生活で駄目を極めている人間からそれを言われると少し腹が立ってきた。
「それよりも問題なのは今回の事件の顛末についてだ。まあ……お前さんが仕留めた義体だが……元アメリカ軍の兵隊さんだそうな。千要県警が証拠品として押収しようとしたところを米帝の東和連絡事務所付きの武官が来て外交官特権で持って行きやがった……まあちんけな悪党一人のために外交問題を引き起こしても損なだけだから俺も黙っていたけどさ。カウラから聞いたが、神前はあの水島のアパートで強力な法術師の存在に気付いたって話じゃないの。当然そいつも米帝の法術師だな。厄介な連中が出てきてしまって困ったもんだ」
嵯峨は皮肉たっぷりにそう言うとくわえているタバコを手に取った。
「元?なんで元なんですか?米軍の関係者なんでしょ?だったら現役の軍人と考えるのが自然なんじゃないですか?元軍人の引退した人に頼らないといけないほどアメリカって人手不足なんですか?」
嵯峨の言葉に誠は不思議そうに首をひねった。
「確かに私も持ち出される遺体を見ましたけど、アレはどう見てもかなめちゃんの東和の技術で甲武の上流貴族に売れる最高機密の義体よりも性能的に上の最新鋭の地球圏製の義体でしたよね?元というのは……普通、軍の支給品の戦闘用義体は退役時に回収するのがアメリカのどの軍でも決まっているはずですよ。それを個人でどうこうするなんてそれこそ偉い『超富裕層』の出身者でもない限り不可能なんじゃ……」
アメリアはそう言って嵯峨の言葉に首をひねった。そんなアメリアと同様に誠には言いたいことが山ほどあった。それでも口下手な誠には口にすることは出来なかった。
「アメリアも脇が見えてきてるじゃないの。結構なことだね。元軍人と言うのは完全に身分の偽装だな。現役軍人が同盟の司法機関と交戦したとなれば今後の展開は米帝の思う通りに進まなくなる可能性が高い。だから、そいつには一時的に軍を辞めてもらって軍人ではない民間人が暴れまわったので、遼州同盟の人達には迷惑をかけたけどその義体は軍の所有物だから持ち帰る。それがあの国のやりそうないつもの手口だよ。俺も聞き慣れたよくある話でうんざりするよ。まあそこらあたりの裏事情は突っ込んで調べてみるのもできなくは無いが……どうせ東和の連絡事務所の二等書記官クラスが左遷されて終わり程度の話にしかならんだろう。俺は動くのもばかばかしいから豊川署の署長には俺がそう言ってたと言うのを上に伝えておいてくれと言ったがね」
そう言って嵯峨は力なく笑った。誠はそんな自分の無力さを部下に吐露する嵯峨を初めて見た。カウラも、コーヒーに口を付けているアメリアもその表情は冴えない。ただ、かえでとリンは二人で誠の顔を穴が開くほどじっと見つめていた。
「そんなにがっかりするなよ。確かに状況証拠はどう見ても水島を囲ってたのは米軍だって事を示している。すでにべらべら自供を始めている水島もアメリカ連絡事務所の関係者の餓鬼から勧誘を受けていたとか訳の分からないこと抜かしてやがる。だがね。こちらとしても公にそのことを言うわけには行かない事情がある。ベルルカンの失敗国家で同盟成立以来三件、これから予定されているだけでも二件の選挙が行なわれる。失敗国家の選挙管理なんて言うのはどこでも非常にデリケートな問題だ。民間、政府機関のどちらにおいてもアメリカさんのお手を煩わせているのも事実だし、もしアメリカがその選挙を遼州同盟が仕組んだ茶番だと騒ぎ始めれば一気に地球圏と遼州圏の関係は前の大戦の直前並みに悪化することも考えられるわけ。外交問題にして得することは俺達には何も無いんだ。外交なんて言うのはちょっとした政府高官の一つの言葉の行き違いで大戦争が始まるもんなんだ。ましてや一人の軍人だか元軍人が死んでいるんだ。米帝に下手につけ入る隙を与えてやるほど俺はお人好しじゃ無いんでね」
それだけ言うと嵯峨はそのまま病院の建物へと歩き出した。誠はベッドに横たわりながら両の手を握りしめていた。目を向ければカウラも顔に出さないが嵯峨の言い方にはかなり腹を立てているように見えた。
「カウラちゃんも誠ちゃんも気持ちは分かるけど現実はそういう事としか言えないわね。二人とももっと大人になった方が良いと思うわよ。今回はかなめちゃんは正体不明の元アメリカ軍人のテロリストに蜂の巣にされたと言うことで終り。そう割り切るのが大人の態度というものじゃないかしら?ランちゃんも言ってたじゃないの。もし水島の身柄にこだわり続ければ遼州圏に駐留しているアメリカ軍の艦隊がいつの間にかどこかでコロニーの一つを何かの口実を見つけて攻撃を始めてたくさんの人が死ぬかもしれない。そんな大ごとにするのは二人とも嫌でしょ?だったらそれ以上は考えても無駄だし、考えない方がマシだわね」
誠にはアメリアの言葉が冷たく感じられた。ただし嵯峨の言うとおりこの惑星遼州の西半球に浮かぶベルルカン大陸の混乱収拾が同盟には不可欠な政治上の問題であることは誠にもよく分かった。ただ分かるがあれほどにかなめを痛めつけた相手を正体不明の死体一つを残して解決しようとする嵯峨の言葉には納得できないでいた。
「お前もこの決着には不満なのか?少なくとも私は不満だ。まるでアメリカにこの遼州圏の人間すべてが人質に取られているような気分だ。ただの変わった法術師を確保するためにそれをしてもかまわないというのがあの国の考え方なんだろう。不愉快極まりないな」
突然頭の後ろから声をかけられてびくりと誠は振り返った。
「カウラさん……驚かせないでくださいよ」
気の小さい誠はカウラの声に驚いてそう言った。
「驚かせたつもりは無いがな。とりあえず体を休めつつ腹の中で怒っておけ。それと西園寺だがすでに義体の予備があったそうだから再調整を二日くらいすれば原隊復帰ができるそうだ……アイツのことだまた机の二つや三つぶち壊すだろうが今回は私もつきあいで始末書でも書くつもりで私も一緒になって壊すかな」
カウラは自嘲気味にそう言うとコーヒーを口に運んだ。
「カウラちゃんまで馬鹿言わないでよ。それにしてもあの馬鹿みたいに高い義体に予備?さすが甲武四大公家筆頭のお姫様は違うわね」
アメリアがからかうように叫ぶ。もしこの場にかなめがいれば蹴りの二三発は飛んでいたと想像して誠が笑い始めたときだった。
『何がおかしいんだ?神前』
突然誠の右腕の携帯端末がしゃべりだした。そしてその声は明らかにかなめのものだった。
「西園寺さんですか?」
耳に付けられたままの感応通信機にかなめの声が響いた。
『他の誰が今の会話にツッコみをいれるんだ?それとかえで、おめえまた神前のこと襲いやがったな……色情狂の妹を持つと苦労が絶えねえぜ』
不機嫌そうなかなめの声に誠は頭を掻いた。それを見てアメリアはにやりと笑った。カウラは面倒に関わるのはごめんだと言うようにそのまま近くのパトロールカーの回りに群がる捜査関係者の方へと歩き出してしまった。
「かなめちゃん……今は棺桶そっくりの移送用パックの中にいるんでしょ?身動きとれずにじっとしている気分はどう?いっそのこと私が用意してあげる桐の棺桶でラボまで運ぶなんてどうかしら?最上級のお葬式気分が何度も味わえるなんてサイボーグの特権ね♪」
アメリアは心底面白いという表情でそう尋ねた。
『アメリア……明後日は覚えてろよ』
誠の端末から響く声に誠とアメリアは目を見合わせて笑っていた。
かなめとアメリアのいつもの馬鹿話を聞きながら時、誠は再び枕元の『賊将の剣』に目を向けた。この剣を呼んだのは確かに自分だった。だが、なぜ呼べたのかはまだ分からない。分からないまま、自分はまた一歩先へ進んでしまった。こうして馬鹿話を聞きながら誠自身はいつの間にかこれまでと違う場所まで飛ばされてきてしまっている。それをすべて流されてきた結果だと言うつもりはない、でも誠のほんの少しの覚悟や決意があまりに大きな時代の渦を生み出してきてしまっている事実に誠は少し怯えのようなものを感じていた。
「とりあえず終わったんだ……そして僕は変わった……いや、隊長に言わせれば変わる可能性を見せた程度のものなのかもしれないけど……そうならなきゃいけない場所は見えたかもしれない……」
事態の中途半端な収拾は腹に据えかねたがただとりあえずの決着を見たことに対する安心感が誠を包み込んでいた。そして睡魔が再び誠を静かな眠りへと導いた。




