第8話 殺さないための銃
会議室を出て空調の効きの悪い廊下に出ると冷たい風が吹きぬけたので誠は思わず首を竦めた。後ろに続くかなめはそれを見て何か言いたいことがありそうだがあえて黙っているという表情でそのままアメリアの後に続いて進んでいった。
「早くしろ。重要な会議を中座してまでの訓練だ!気合い入れろよ!これがただのいつもの西園寺のストレス解消の銃をおもちゃにしての射撃大会だったら後で40キロは走ってもらうからな!定時を過ぎる?そんなこと関係ねー!訓練なら前より上手くなっていて初めて訓練の意味がある!そーでねー訓練はただの遊びだ!金の無駄だ!金もかからない上に筋肉もつくランニングの方がよっぽど生産的だ!」
ほとんどパワハラ的な暴論を吐き続けるランに背中を叩かれて我に返った誠はそのまま廊下を小走りに進んで勤務服のポケットに手を突っ込んだまま足早に歩くかなめに追いついた。
「さっきアメリアさんが西園寺さんに言ってた制圧用の火器ってガス弾か何かですか?東和宇宙軍では小火器って最低限の自衛手段と教えられていて、そう言う警察とかが使いそうな武器ってまるっきりわからないんですけど?」
誠の問いにいかにも不機嫌そうな顔をしてかなめが振り向いた。そして大きくため息をついて後ろを歩いているカウラに目をやってまたため息をついた。
「そんなもん警察の機動隊がデモ隊相手に使う道具じゃねえか。うちの任務には暴徒鎮圧ってのもあるがアタシ等の扱う暴徒はそんなガス弾なんかでどうにかできるほど理性がまだ働いてる連中じゃねえんだよ。うちはもっと怒り狂って制御不能な暴徒を相手にする非常事態に適したのを使うんだよ。うちは武装警察。時に必要があれば催涙ガスなどの暴徒鎮圧系の警察が使う武器も使うがそんなもんで済む程度のデモ隊相手にアタシ等の出動を願うほど遼州同盟の加盟国の警察のプライドは軽いもんじゃねえわな。まあ、警察連中の面子なんてどうでもいいって話なら、うちにも一台ある高圧放水機の方が効果的なんだけどな。催涙ガスだって、アレルギー体質の人間が暴徒の中にいれば死人が出るんだぞ。その点、放水ならぶっ倒れるだけで死人は出ねえ。まあ、圧力を間違えて後ろの壁に頭をぶつけて死ぬところまではアタシは責任持てねえけどな。ただ、どの国だって機動隊には暴徒鎮圧用の高圧放水車なんて配備している。アタシ等が持っていくまでもねえだろ」
それだけ言うとかなめは満足したように早足でアメリアの後を追った。誠はまだかなめの言葉の意味もつかめずに彼女達の後を追った。そのまま機動部隊詰め所と管理部の前を通り過ぎハンガーの広がる景色を見ながら階段を下りた。
「待ってくれないかな?神前曹長。君には僕が必要だ。今はそう言う場面と僕は見たが……違うかな?『許婚』である僕の勘は確かなんだよ。あてにしてくれても構わない。と言うかあてにしてほしい。特に今回の銃は僕の得意とする銃だ。神前君の成長の一助になれるとなれば僕としてもうれしいんだ」
駆け寄ってきたのはかえで率いる第二小隊の面々だった。
誠はこの突然の別名『18禁小隊』の登場にうんざりした表情を浮かべた。
この訓練は誠にとっては訓練にはなりそうにない……特に性的な意味で。その事だけは誠にも理解できた。
ただ、善意を向けて来る男女ともに魅了してやまない『男装の麗人』であるかえでに声をかけられること自体は嫌なことでは無いことだけは事実だったので誠の心境は複雑だった。
「日野少佐も来たんですか……日野少佐も訓練ですか?僕はガス弾とかの射撃は経験したことが無いんで……いわゆるガスが入った弾頭を打ち出すということはグレネードランチャーみたいなものを使うんですか?日野少佐はそう言った装備関係に詳しいんで頼りにしていますけど……変なことをしないでくださいね?」
誠は自分の『許婚』だと頑なに主張するこの『男装の麗人』がそのあまりの変態的な欲求により自分に迫っていることに少し不安感を隠せずにいた。
「変なこととは何のことかな?僕は一度も僕の倫理観で変なことなどしたことが無い。ただ世界が僕の美しさに嫉妬して理解不能な法律を作っているだけだと僕は感じている。無粋な千要警察の警官たちに逮捕されるたびにそう主張しているのだが、彼らには美を理解する教養の持ち主は一人としていないんだ。クバルカ中佐も……いや、これは上官の悪口を陰で言うのは軍人失格だから言わないでおくべきだね。先ほどの話だが、かなめお姉さまと神前曹長の居るところには必ず僕が現れる。そしてお姉さまと君は必ず僕を必要とすることになる……違うかな?君はガス弾等の暴徒鎮圧兵器の使用に関しての知識が少ないという。僕は甲武海軍の軍令部でその使用規定などを編纂していた人物だよ。もっと僕を頼りにしても良いんだよ。遠慮はいらないんだ。なにせ君は僕の『許婚』なんだから」
いつものさわやかな笑顔を浮かべて迫ってくるこのナルシストの気のあるかえでの態度に誠はいつも違和感を感じていた。
「かえで、なんでオメエをアタシが必要とするんだ?アタシは自分の事は自分でできる。ガスの使用法?神前、そんなことはそこの変態では無くてアタシに聞け!アタシは致死性のモノから非致死性のものまでガスに関してはほとんどの使用経験がある。アタシは非正規部隊の元隊員だ。国際戦争法なんていう面倒なものとは無縁なアタシにとっては対象に致命的なダメージを与えられるのなら何でもありなんだ。そんなアタシが居るんだ。かえで、オメエは消えろ!ただオメエが必要になるのはストレスが溜まった時の虐め甲斐のある雌奴隷としてだけだ!」
かなめは自分が『女王様』として調教したかえでに向けて冷たくそう言い放った。
「いいえ、お姉さま。お姉さまにはまだ法術師としての覚醒が無い。もし敵として法術師が現れた場合、即戦力になるのには神前曹長は荷が重すぎる。その点、僕はお母様に鍛えられたクバルカ中佐の本気を引き出すほどの実力を持つ法術師です。その辺はお忘れなく。『己を知り敵を知れば百戦しても危うからず』とは孫子の言葉ですが、それは事実です。お姉さまも自分の実力と僕の実力をお考えになって行動されないといざと言う時に痛い敗北を喫することになりますよ?」
自信を込めた調子で言うかえでのいつものさわやかな笑顔に誠はつい引き込まれそうになるが、ランからの『恋愛禁止』と『かえでとの結婚は絶対に認めない』と言う二つの言葉により凝り固まった理性がそれを押しとどめた。
「確かに、日野少佐の法術師としての能力は隊長を遥かに凌ぐものだとは知っているが、あまり自分を過信するのは好ましい傾向ではないな。貴様は『自分を知っている』と言うが、私には日野少佐は自分を過信しているように見える。それよりも貴様の変態行為の迷惑をこうむるクバルカ中佐の健康が心配になるくらいだ。クバルカ中佐は決して泣き言を吐かない指揮官だから貴様の変態行為による逮捕の事実を知って貴様を迎えに行くたびに明らかに疲れた表情をしている。不死人である中佐をあそこまで疲弊させている貴様の変態行為がいかに隊に迷惑をかけているかに関しては少しは学習してもらいたいものだ。それは年中乗用車やバイクを盗んだりして逮捕されることを繰り返しているあの学習能力を期待すること自体がむなしくなる島田と同じレベルだと言えるぞ」
ここは一人冷静だったカウラの言葉で場が収まると誠達は先に行ってしまったアメリアの長身を目印に射場を目指した。
「ベルガー大尉。僕は別に自分を過大評価したわけでは無くて事実を言ったまでの話だよ。僕の力は義父上を遥かに凌駕することは事実なんだから。それは実戦力としての明らかな事実で、その事は義父上もお認めになっている。だからこそ僕を養女に迎えたんだ。確かに義父上は不死人だが、能力制御がアメリカの実験でまるでできない状況なんだ。その点、僕は全ての能力を自由自在に使いこなすことが出来る……まあ、手の内は君達にも見せるつもりは無いがね。『法術師同士の戦いでは先に手の内を見せた方が負ける』これは法術師の戦いの鉄則だからね。ああ、僕の手の内を知っている人物が我々の隊にも二名居たね。義父上とクバルカ中佐だ。あの二人なら僕の力のすべてを使い尽くしてくれるだろう。ただ、そこまでの敵となると数えるほどしかいない。そんな敵に出会えば中佐が本気を出して粉砕してしまうから僕の出番が無くなってしまうかと言うのが僕の心配するところなんだ。力のないお姉さまやベルガー大尉には無縁な心配かもしれないけどね」
かえではそう言うといつも通りのさわやかな笑みを浮かべた。
そんなかえでが自己陶酔に浸るような演説が続く中で歩き続ける誠達は隊舎の本部棟を出てハンガーのある建物にたどり着いた。ハンガーでは修羅場の様相が展開されていた。部隊長の嵯峨曰く『上から押し付けられた』と表現される高性能機の運用状態へ持ち込むための整備手順の確認訓練がいまだに続いていた。司法局実働部隊の制式採用機である『05式』よりもより古代遼州文明が使用していた人型汎用兵器に近いとされるオリジナル・シュツルム・パンツァーである隊内での通称『全自動温泉卵製造器』と呼ばれるその『法術増幅触媒』の劣化による発熱でハンガーの気温をサウナ状態にしている『武悪』が鎮座していた。
一面を硫黄に似た香りが覆い、それが『武悪』の『法術増幅触媒』の空気に触れることによる化学反応であることを誠は思い出し、やはりあのシュツルム・パンツァーは『全自動温泉卵製造器』の別名にふさわしいなどと誠は関係の無いことを考えていた。
そしてその後ろには真っ赤で誠達の重装甲が売りの05式よりも少しスリムに見える『遼南内戦』で無敵を誇ったシュツルム・パンツァーである『方天画戟』の姿があった。こちらの方は開発が東和共和国で行われたということもあり、『法術増幅触媒』には05式と同系統のモノが使用されているので発熱しないのが唯一の救いだった。
もしここで『方天画戟』までもが『武悪』並みの発熱をするということになればここには耐熱服無しで過ごすことができない状況になるであろうと思えるほどにハンガーの中の空気は熱せられて走り回る整備班員は多くが上半身裸か、前をわざと開けた作業着姿で同じように首からかけたタオルで顔を拭いながら作業に従事していた。
たった二機増えただけだと言うのにハンガーを走り回る技術部の技師、島田正人准尉の部下を叱る怒声はいつもよりもはるかに鋭く感じられた。それが『武悪』の発する熱とそもそも現状では使い物にならない改修計画の立案を任されていることに対するいら立ちによるものだということは誠にも分かった。
「お疲れさんです!」
誠は寮長を兼ねている島田に頭を下げた。島田はそれを見るとにんまりと笑いながら駆けつけてきた。
島田は流れる汗をぬぐいながら良い笑顔で誠達を見つめる。
「おっ!皆さんおそろいで。あれですか?あの面倒な銃の訓練ですか?俺達整備班はこいつ等の処理の関係でその銃の訓練は免除なんでねえ……楽しちゃってすいません!」
島田は媚びるような調子でヤンキーである島田を上回る暴力馬鹿のかなめに声をかけてきた。
「なんだよ、お前等には関係ねえだろ?だったらとっとと消えろ!仕事しろ!仕事!あの叔父貴の専用機になる『全自動温泉卵製造器』を本来の製造目的である人型機動兵器として役に立つようにして見せたらオメエが仕事をしたってアタシも認めてやる!」
さすがに死にそうな表情で作業をこなしている部下に背を向けて声をかけてきた島田にかなめは呆れたようにそう答えた。
「そんなこと言わないでくださいよ、西園寺さん。そもそもそうしたくても必要な資材をそろえる予算が無いんですから。しばらくは『全自動温泉卵製造器』としてしか使い道が無いですね。西園寺さんもよく食べてるじゃないですか?あれで作った温泉卵。ああ、それと西園寺さん。西の野郎はショットガンは撃ったことがねえって言うんでアイツだけは後で撃たせる予定なんで。そのこともありましてね」
喫煙場所でもないと言うのにタバコを取り出した島田がかなめにそう言って笑いかけた。
「へえ、西の野郎以外は撃ったことあるんだ……知らなかったわ。まあ、射撃訓練は整備班も課せられてるし、閉所戦闘訓練もローテーションでやってくるくらいだから当然か」
かなめの声に島田は頭を掻いて周りを見回した。島田の言葉が聞こえたと思われる隊員はさらに続くだろう二機の手のかかる機体の整備作業を想像したらしくげんなりした表情で機材の影に消えていった。
「おい!西園寺!神前!何ちんたらやってんだよ!置いてくぞ!」
ランの怒鳴り声がハンガーに響く。かなめは舌を出すとそのままランのところに急いだ。
「神前、お前も呼ばれてるみたいだぞ」
二人の会話に呆然としていた誠に島田が声をかける。誠も我に返って島田を置いて技術部の詰め所が入っている一階のフロアーに駆け込んだ。
「西君もやるんですか?あの制圧兵器とか言う奴。やっぱりグレネードランチャーじゃないみたいですね、今聞いた話だと」
誠の問いにかなめはただニヤニヤ笑うだけだった。そして先頭のアメリアは小火器の管理を担当する下士官のいる技術部第二分室の扉のドアをノックした。




