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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と低殺傷兵器  作者: 橋本 直
第二章 『特殊な部隊』と他人頼みの法術
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第7話 法術を奪う者

「まあそれじゃーいくらでも法術師は増えるわけだな。あの『駄目人間』が喜びそうな方法で増えるってのがアタシには気に食わねーが。あの『脳ピンク』のことだ、きっと『まるで梅毒みたいだね』とか言うぞ、アイツ。……ああ、脱線した。すまねーな。話を進めてくれ」 


 ランのまとめで次の話題に移るところだが、すぐにひよこは首を振った。


「確かに隊長の病気はいろいろ問題があるのは事実ですけどね。事実、隊長が風俗店の従業員には課せられていない性病以外の伝染病をばら撒いたのは一度や二度じゃないですから。それはあの人の保護者であるクバルカ中佐がなんとかしてください。ただ、法術師が無限に増え続けるかと言うと実情は違いますね。それこそが一番今回現れた犯人の能力である『他能力制御』の肝ですから」 


 そう言うとひよこはモニターの画面を切り替えた。そこには各能力とその能力がどのように発動するかの図が載せられていた。


「多くの法術は視床下部のこの部分の異常活性化を原因としていると言う説が現在の定説ですが、この……」 


 説明を詳しく始めようとしたところをランが咳払いでそれを遮った。


「御託はいーんだよ。アタシ等は法術の平和利用について討議する義務を負っているお役人じゃねーんだ。そんな法術師が暴れだした時にそいつに落とし前をつけさせる方法さえわかれば良ーんだ。さっきの話の決着つけてくれ。アタシは今すぐにでもあの『駄目人間』の教育的指導に行きてーんだ。今こうしている間にもあの『駄目人間』はろくでもねーことを考えてるに決まってる。そんな奴をいつまでも放置していられるか。ひよこもアイツの保護者はアタシだと言ったよな?だったらその義務を果たさなきゃなんねーんだ」 


 小さいランの一言に研究者としてのプライドを傷つけられたと言うように大きく深呼吸をするひよこの姿は実に面白くて誠は噴出しそうになるのを必死にこらえた。それはすぐにひよこに見つかり、冷ややかな視線が誠に集中した。

挿絵(By みてみん)

「手っ取り早く言うと法術師の法術発動の際の特殊な脳波は周りの人々の脳波にも影響を与えるんです。その際に法術に似た現象をその人物が使える可能性がわずかながらあります。ただ、この『他能力制御』の法術の持ち主はそれを自由自在に行える場合があるんです。ただ、その相手の法術師がクバルカ中佐や日野少佐クラスの強大な法術を発動できる法術師だったりした場合の研究はまだ進んでいませんが……私の推測ですが、おそらくお二人の力を乗っ取るだけのキャパシティーのある『他能力制御』型法術師は存在しえないというのが私の結論です」 


 誤解を恐れず端的にひよこはそう言い切った。


「で?例えばアタシは法術師であるかえでや神前と常に行動を共にしてきた。でもかえでや神前……そしてあのお袋がかえでを法術師として鍛える時の訓練の場にもアタシはいたがアタシには何にもできなかったぞ。今こうしているアタシも法術師じゃねえよな?」 


 そうつぶやいたかなめはひよこの説明を理解しているとはとても思えないように誠には見えた。


「西園寺さんは人の話を聞いていましたか?先ほど言ったように法術師の発する特殊な脳波は法術発動時にのみ発せられるんです。『他能力制御』の使い手が、待機状態の法術師を刺激すると、その法術を本人の意思と無関係に発現させられる現象が起きるんです。いわゆる『法術暴走』と同じような状況になるんです。ですが、暴走とは違い、その法術は『他能力制御』法術師の管理下に置かれ、その意のままに使用されることになります」


 ひよこはそこまで言うと静かに周りを見回した。そして事の重大性を認識しているのがかえでとリンとカウラだけと言う状況を確認するとそれは予想通りだというように再び資料に目を移した。


「この中の法術師の方はお分かりのように待機状態にしておける法術を自分が法術師だと自覚し、待機状態の法術を常に準備している者はわずかです。ただ、常に法術が発動されている法術師と頻繁に接触するような機会が多い場合は違いますね。例えば『不死人』や『身体強化』。隊長やクバルカ中佐や島田班長などとの接触が多い場合は常に法術が発動している状態でこれらの脳の部位が刺激を受け続けて法術師のそれへと変質していく可能性があります。ですので、ここにいる第一小隊や第二小隊の方々はクバルカ中佐から、整備班の隊員は島田さんとの接触の回数が増えると法術師として覚醒する可能性は上がります。ただ確率が上がるだけで絶対法術師になるわけではありません。その確率がゼロから、限りなくゼロに近いがゼロではない状態に上がるという程度の意味です。ただ、それだけでも十分脅威なのは確かなんです」 


 ひよこは法術が法術師を食いつくす現象である『法術暴走』と言う言葉を使ってこの場の一同を不安に陥れた。それと同時に嵯峨やランや島田の特殊性を語る口調から自分が法術師になる可能性があると知ったかなめとカウラは目を輝かせていた。


「西園寺とカウラはアタシに期待しているみてーだが。西園寺やカウラが法術師として覚醒することを前提とした出動命令を出すつもりはアタシにはねーんだ。アタシの主義は今ある戦力で最大限の効果を上げる作戦指揮を執るのが理想でね。今、法術師ではねーオメエ等には法術師としての素質を期待している神前や第二小隊の面々のような活躍は要求するつもりはねー。今ある戦力をどう生かすかが遼州人の戦い方だ。その鉄則をアタシは曲げるつもりはねー。それよりもだ、その脳波を発した人物。『他能力制御』が使える演操術師の意のままに近くにいる、まだ自覚のない覚醒済み法術師の法術は発現するってーわけか……こりゃー面倒な話だな。アタシも低威力の法術を発動してそれが『他能力制御』が出来る奴の扱えるものだったりしたら乗っ取られるって意味だろ?」 


 ランの顔が引きつる。そこには『人外魔法少女』認定されているランの力が奪われることに対する恐怖の色が見て取れた。


「はい、姐御はアタシ等には期待してねえってことでしょ?分かりましたよ。それよりひよこ、つまりあれか?『他能力制御』が出来る奴が手に負える程度の法術ならほとんどの能力の乗っ取りが可能なわけなんだな?特にパイロキネシスなんかを扱えるってことは十分ヤバいんじゃねえのか?それこそ一人近くに自分にその能力があることを知ってるけど使い方を知らないパイロキネシストが一人いるだけで辺り一面を火の海に出来るってことなんだから」 


 かなめは珍しく真剣な表情を浮かべていた。その問いにひよこは大きくうなずいた。


「クバルカ中佐や西園寺さんの心配ももっともですね。結論から言いますと、再生能力なんかの接触変性系の法術以外はその『他能力制御』の能力を持つ法術師のキャパシティーを超えない範囲であれば自由に発動可能です。ただ、これまでの二名の例から考えるとクバルカ中佐や日野少佐クラスの法術師の能力を乗っ取るのは出来ないというのが現在の研究結果です。パイロキネシスのように発動形式が単純な能力や、干渉空間の初歩的な展開程度ですかね。それでもそれ以外の高度な法術を展開できる法術師の能力を相手の法術師が持っていた場合にはその人の法術を乗っ取る法術師は一切無力であるというのが現在までの法術研究の成果です。ただ、それはあくまで現時点での話であってそれが今後塗り替えられる可能性が無いかと言われると私としてはなんとも言えません」


 ひよこはランを一瞥した後、はっきりとそう言った。 


「接触変性?初めて聞く言葉だな。ひよこ軍曹。説明を頼む」 


 カウラはそう言うと周りを見回す。


「アタシや島田の再生能力やひよこの治癒能力のことだよ!再生や治療系の能力は直接触ってねーと駄目なの!それと身体強化もそう!アタシの力は他の人には与えらんねー!そんなことが出来るんなら最初からやってる!ただ、それはアタシ等には好都合だ。つまりそいつは確実に神前や日野やアタシより弱いってことだ。その辺はうちでも対応可能ってことだよな。そこだけが救いと言えば救いだ」


 ランはその8歳女児にしか見えない体に似合わぬ大きな声でカウラを怒鳴りつけた。 


「クバルカ中佐のおっしゃる通り『不死人』の再生能力はその人物固有のものであって他者に影響を与えることはほとんどありません、同じように私の『ヒーリング能力』もその治癒対象に対して接触して初めて意味のある能力です。これもいくら『他能力制御』が可能な法術師でも勝手に操ることは不可能です。同じようにクバルカ中佐の『身体強化』これも本人と搭乗している機体に対してのみ効果を発揮する法術ですので『他能力制御』の法術師がこの力を得ようと思えばクバルカ中佐と接触する必要があります」


 珍しくカウラを叱りつけるランを見てフォローするようにひよこはそう付け加えた。


「ああ、なるほど。でもそれを聞いて安心した。今後の捜査や出動でクバルカ中佐が隣にいるだけでクバルカ中佐並の敵と戦わなければならない状況に追い込まれたら私としては何もできないからな」 


 カウラのどこか戸惑ったような言葉が部屋に響いた。

挿絵(By みてみん)

「どうでも良いけどよう。要するに能力を持ってる奴の能力を勝手に使うことができる能力の持ち主がいる……って結構やばいことなんじゃねえの?確かに姐御やお袋クラスの化け物が増えたらヤバいってことは分かるよ?そこまで怖い状況はねえってので安心しろって言われたってそりゃあ、ランの姐御やかえでや神前はそれで良いかも知んねえが法術を使えねえアタシにとっては十分脅威なんだ。パイロキネシストだっていきなりこっちは消し炭にされるんだぜ?そんな時にアタシ等みたいに法術が使えねえ人間はどうすりゃいいんだよ」 


 察しが悪かったかなめもひよこの言葉の意味が理解できてきてその視線を誠に向けた。誠はかなめのタレ目に見つめられて反射的に照れ笑いを浮かべた。


「西園寺。そん時こそオメーの言ってる『先手必勝』だろ?アタシ等の『殺人許可』はそん時の為にあるんだ。そいつに出会ったらためらわずに撃っても構わねーぞ。まあ、話を戻すが法術を意識して探査してそれを利用しようとする。法術を知らなきゃ使いこなせない能力だ。元々法術自体が表ざたにされていない状況ではそんな能力を持っている奴も一生法術とは無縁で暮らせたのがこれまでの世の中だ。半年前の神前の能力を見たおかげでそんな面倒な能力に目覚めちゃったってーわけなんだからな……。意外と本人も迷惑に思ってるんじゃねーか?それに西園寺の想定した戦場では戦闘とは無関係なパイロキネシストが近くにいることが前提になってねーか?うちにパイロキネシストは居ねーぞ?だったら何の問題もねーじゃねーか。オメエの近くで一番弱い法術師で危険性の高い能力を持ってるのは神前一人なんだから、これまで通り神前の護衛をしてりゃー良ーだけの話だ」 

挿絵(By みてみん)

 ランのまとめにひよこがうなずいた。そしてどうしようも無い重い空気が会議室中に流れた。その空気の意味は誠にも十分分かった。最初に法術を公衆の面前で堂々と使って見せた最初の人間が自分である。それは誠自身が常に自覚し、時に自分を責めている事実だったから。ランもそれに気づいて咳払いをするとなんとか部屋の雰囲気を良くしようと部下達の顔を眺めてみた。


「あのー……クバルカ中佐。いくらなんでも射殺が前提なのは早すぎませんか?」

挿絵(By みてみん)

 誠がそう言いかけると、ランは片目だけで彼を睨んだ。


「おい、神前。オメーは本当に甘ちゃんだな。アタシは最悪のケースを想定してそう言ったんだ!いつでも最悪のケースを考える!そうしなくて済めばそれでいーってこった。そんなことも考えてねーからオメーは何時まで経っても『漢』になれねーんだ。『漢』は常に死を考えて動く……アタシもそーだ。そのくらいの覚悟が出来ねーオメーはそれだから駄目なんだ」


 ランの諦めた口調に誠は頭を掻くがランのいつもの極端な考え方にはついて行けなかった。


 そんな憂鬱な機動部隊と法術特捜を交えたひよこによる法術レクチャーの行われている会議室の扉が突然開かれた。

挿絵(By みてみん)

「皆さーん!元気して……無いわね。何か深刻な新事実でもひよこちゃんが告げたの?私に秘密にするなんて水臭いじゃないの。どうせこの会議の議事録は後でランちゃん経由で私の所まで来るんだから隠し事なんて無しにしましょうよ!」 


 沈鬱な雰囲気を破って現れたのはこういうときは必ず現れると言っていい運航部の騒音製造機と呼ばれているアメリアだった。


「なんだ?オメーがここに来る用があるのか?確かに法術特捜の協力者にオメーの名前があるのは事実だが……オメーは問題を面倒くさい方向にもっていくこと以外何もしてねーよな?特に口から先に生まれて……ああ、オメーの場合は製造されたというべきか……そんなオメーがこの場に居たら結論にたどり着くのに何時間かかるか分かったもんじゃねー!オメーのどうでもいーボケが会議で役に立ったこと一度でもあるのかよ?」 

 

 当然のように重い面持ちのランの言葉にアメリアは入り口で固まる。


「いやあ……それをランちゃんに言われちゃうとなんとも言えないんだけどねー。まあ、見たところひよこちゃんの説明も一段落してどんよりした雰囲気になって嫌な気分になったという感じじゃない?だったら、その場の雰囲気を変える為にも気分転換になるお仕事をしましょうよ!なんでも、銃器担当が制圧用兵器の試射をかなめちゃんに頼めないかって言われてね♪」 


 真剣なランにもアメリアの笑顔と糸目は崩れることが無かった。しかも元々かなり目つきの悪い悪童という感じの視線ににらまれるとさすがのアメリアも回り道せずに用件だけを口にすることでかなめの次に激しやすいランの機嫌を損ねないのが要領のいいアメリアらしいところと言えた。だがそれまでの憂鬱な空気にうんざりしていたかなめはやる気十分で立ち上がっていた。


「ぐだぐだ考えるのはちっちゃい姐御とひよこに任せるわ。アタシは自分のできることをするよ。ランの姐御が撃っていいって言うんだからそいつを見つけ次第射殺すればいいだけの話だ!」 


 明らかに会議が嫌いだから抜け出しますと言う宣言に近いかなめの言葉に一同はあきれ果てた。


「ほー、言うじゃねーか。まあ一応気にかけといてくれってことだ。今回の事件は法術がらみだが初動捜査が東都警察が仕切っているからな。アタシ等の出る幕がねーほーがいいんだ。だからオメーがその犯人を射殺したことでアタシが県警から文句を言われてわび状を書くようなこともあり得ねー話だ。要するにこれまでひよこの言ってきたことは万が一のレアケースってわけだ。頭の片隅にでも入れておきゃ―良ーだけの話ってことだ。そんなに暗い顔すんじゃねーぞ」 


 そう言うとランは立ち上がった。ひよこは自分の講義が中途半端に終わったことが不満なようで手にした小さなディスクを机の上でくるくると回していた。


「おい!オメエ等も来いよ!」 


 入り口で叫ぶかなめを見てカウラと誠は顔を見合わせた。


「オメー等も来い。こっちの実演の方がアタシ等には重要なんだから。さっきも言った通り今回の事件は東和警察のお仕事だ。アタシ等には関係ねー話だ。茜やラーナには関係ありそーだから三人はしばらくここで内容を詰めるのも良ーんじゃねえのか?」


 戸惑っていた誠とカウラにランが声をかけてきたので二人は渋々席を立った。



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