第6話 法術師の条件
「さてと……いいですか?皆さんに事前にお渡しした資料にはちゃんと目を通したうえでここにいらっしゃったと考えても良いんですね?面倒な説明は要らないっていつも西園寺さんが言うんでちゃんと準備はしてきたんです。それなりの準備を皆さんに私がお願いしても問題ないですよね?」
始業前だというのにそこには司法局実働部隊付き看護師兼法術研究担当の神前ひよこ軍曹の姿があった。遅刻常習犯のひよこが最近定時に来るようになったのは、母の容態が悪化して入院したからだという。
そう思うと誠はいつも遅刻ばかりだったひよこに比べて今のひよこは少し悲しげに見えた。
「来てたんだ、ひよこ。いつもは低血圧と弟の弁当作りで遅刻してるのに。こりゃあ雪でも降りそうだ。それに事前に資料を読む義務をアタシ等に課す理由にアタシを言い訳にするな。不愉快だ」
どちらかと言えば高血圧に見えるかなめがそう言って遅刻常習犯のひよこを笑った。かなめにデリカシーというものを期待するだけ無駄なのはこの場にいる全員が知っていたのでひよこをいじるかなめの言葉に全員が無視を決め込んでいた。
「来てたんだじゃ無いですよ!それに私はそんなに遅刻はしていません!それより西園寺さんが遅刻しないのはカウラさんの車に乗ってくるからじゃないですか!カウラさんは几帳面だからいつも始業時間よりかなり早く来ますからそのおかげでしょ!自分の手柄にしないでください!西園寺さんはあの寮に住むようになるまでは『自分は自由人だ』とか言って始業後に顔を出しただけでそのまま帰るなんてこともやってたじゃないですか!人のことばかり言わないでください!」
ひよこは母の入院についてはかなめに話すだけ無駄だと思っていたようで、強がるように怒りながらそう言うとボードを前に誠達にレクチャーを始めようとしていた。
かつて地球人に征服された惑星遼州の政治経済共同機構である『遼州同盟』。その司法実力部隊『同盟司法局』には『法術』と切っても切れない関係にあると言われ続けてきた。
司法局の存在が世に最大のインパクトを残した『近藤事件』と呼ばれる事件があった。同盟加盟国『甲武国』のクーデター阻止がその出動の内容だったが、そこで誠が使用した法術『光の剣』が一般に知られる法術の使用の最初の事例だったのは事実だった。
それから人々はこの遼州に住む人々の持つ法術に関心を持ち、それを以前から軍や研究者が知っていたという事実を知ることになった。
そんな軍の法術研究の部署もかつては実在を疑われていた力を扱う奇妙な集団として扱われるか、トップシークレットとして機密の中に閉じ込められるのが宿命だった。
それが今では花形の技術である最先端の研究者集団と言う評価を受けるようになっていた。誠はその状況に人の評価などちょっとしたことで変わるものなのだと恐怖を感じていた。
そしてその自分の使った法術『干渉空間』と『光の剣』の威力を思い出し、その力で奪った数百の命について考えると憂鬱な気持ちになった。
自分を棚に上げていい加減なことばかり言うかなめをにらみつけるひよこの表情はその言葉に反比例するようにどう見ても曇りがちだった。その原因は彼女の母の様態が主因なのは間違いなかったが、それ以上にこの部屋に置かれた荷物にあった。
その有様は、見慣れている誠から見てもほとんど多目的ホールか何かのイベントの直前の時の混乱ぶりのようにしか見えなかった。来月豊川市街で行われる節分行事のために用意された鎧兜が所狭しと並べられ、その合間には同じ日に上映される自主制作映画の為のコスチュームの入った箱などがてんでんばらばらに並べられていた。
この部屋の状態はほとんど映画撮影スタジオの倉庫に机を並べたという状況である。そんな中でこれから深刻な法術犯罪について語ろうというひよこの気持ちが憂鬱にならないと考える方がどうかしていると誠は考えていた。
これまでに無い事件を検証するにはあまりに乱雑である意味シュールにさえ見える部屋はその場としてはあまりに不似合いだった。ひよこは複雑な表情で、周囲ばかり気にしている誠達を見下ろした。
「あのなあ、ひよこ。そもそもその大事な案件を討議する会議の会場がここで本当にいいのか?なにもこんなに邪魔なものが一杯ある部屋で会議する必要なんかねえだろ?そもそも会議なんてする必要があるのかよ。オメエは必要な情報をアタシ等にくれればそれで良い。アタシ等はそれを見て勝手に動く。それで何の問題があるって言うんだよ」
座っているパイプ椅子を傾けながら相変わらずデリカシー皆無のかなめがひよこに無遠慮に自分の感想だけをつぶやいた。ひよこもとりあえず半笑いで周りを見渡した。彼女がどんなに自分のこれからの言葉に自信を持っていようがずらりと並ぶ着ぐるみや鎧兜の存在が消えるわけも無い。
「しゃーねーだろ?他の部屋は整備班の野郎共の為の雑兵衣装であふれかえって足の踏み場もねーんだから。この部屋が一番マシなの!西園寺!少しは我慢と言うモノを覚えろ!それに人と人とのつながりはメールや電話じゃわからねーもんなんだ。面を突き合わせて意見をぶつけてこそ意味がある。それがアタシの方針だ!西園寺はそのアタシの方針に異議があるって言うのか?いつからオメーはこの隊の副隊長になったんだ?アタシは副隊長の地位をオメーに譲った覚えはねーな。アレか?血縁と言うことで隊長にでも頼んだか?それでもあの『駄目人間』が自分より考えの足りねーオメーをアタシの後釜に据えるなんてことは考えられねーな。無駄口も大概にしろ」
頭をペンで掻きながらランが答えた。現在、捜査の中心は法術特捜の嵯峨茜警部だが、彼女と部下のカルビナ・ラーナ巡査はすでに5件もの違法法術発動事件を抱えて身動きが取れない状況だった。それを茜の父親で司法局実働部隊隊長嵯峨惟基特務大佐が下請け仕事と銘打ってこういう仕事を法術特捜の人員不足を補うために誠、かなめ、カウラ、アメリアの為に取ってくるのはいつもの話だった。そしてそうなると本来は人型ロボット兵器を使って軍事行動が商売のシュツルム・パンツァー部隊が暇人だと言うことで担当させられることになるのもいつものことだった。
特にまだシュツルム・パンツァーの操縦に慣れない第二小隊に比べ、実績のある第一小隊にそう言う事件の捜査依頼は必ず回ってきた。
シュツルム・パンツァー部隊隊長のランはしばらくひよこを観察していた。自分のこれまでに無い法術の側面の発表の場が余りにカオスなことにショックを受けているひよこにランは同情するしかなかった。
「あのー説明始めていいですか?私もこの部屋にいつまでも居たくないんで。この鎧の革の匂いが私にはどうしても慣れなくって……」
かなめ達のやる気のない様子にひよこは確認するようにそう言った。
「ひよこ、こいつ等のこと気にかけるだけ無駄だぞ。てきとーに話して終わりにしよーや」
投げやりなランの言葉に説明をするということでひよこの低いテンションはさらに低くなった。
「じゃあ、はじめます」
円グラフ。そこにはテレパス、空間干渉、意識把握などの法術の能力名が並んでいる。
「見ての通り法術師の発生確率は0.01%以下とされています。まあ、この数字自体が東和の厚生省が公式に出しているデータなんですが、私としては明らかに意図的に少なく操作されているのは見え見えなんですが……それは置いておいて。そのほとんどが遼州系の人物ですが、確率は落ちますが純血の地球系の住民にも法術師の発生が確認されています。法術師との接触が多い地球人が連鎖的に法術師として覚醒するという事例です。特に法術師の男性と性的接触を持った地球人の女性にその傾向が強いというのも少数ですが確認されています」
ひよこはようやく覚悟が決まったと言うように説明を始めようとした。
「先生!いいですか?」
そこに明らかに茶々を入れたくて仕方が無いと言うようなかなめの声がこだまする。
「なんですか?西園寺大尉。出来れば早めに説明して会議を切り上げたいのですが」
話の腰を折られて吐き捨てるようにつぶやくひよこをいかにも楽しそうなかなめが眺めていた。
「血筋云々の話は別としてアタシみたいなサイボーグに法術師の発生例はあるんですか?アタシも典型的な遼州人と地球人のハーフで、お袋は覚醒した法術師だ。だからかえでも法術師。でもアタシは今のところ法術が使えるような兆候はねえ。かえでが使える法術をアタシが使えねえってのは飼い主として顔が立たねえんだ。そこんところ何とかしてくれよ」
かなめはそこでこの場の隅で落ち着いて話を聞いていた妹の日野かえで少佐に目をやった。
司法局実働部隊機動部隊第二小隊長であるかえではドMでシスコンだった。今は大人しくしているが、普段となればかなめを怒らせて虐められるためにありとあらゆるセクハラをかなめに行う非常識な変態だった。その変態のかえでの隣ではすました顔でかえでの家である日野家の家宰としてかえでを支える存在で第二小隊の二番機担当であるリンがいつもの無表情でじっと座っており、その隣では会議の意味をまるっきり理解していない元少年兵の『男の娘』であるアン・ナン・パク軍曹が珍しいものを見る目で会議よりむしろ部屋に置かれた鎧兜に目をやっていた。
「そう言えば西園寺大尉と日野少佐の母親の康子さんは空間干渉の達人だったな。日野少佐も同じ程度の力を持っている。となると西園寺にその力が眠っていても不思議なことは何もない。確かに我が小隊にも神前以外に法術師が居れば今後の作戦行動で有利になることは間違いない。ひよこ軍曹。私からも確認したいが、そのような事例は他にないのか?」
かなめのもっともな話にカウラがうなずきながらそう付け加えた。かなめの実母、西園寺康子は『甲武の鬼姫』と呼ばれる薙刀の達人で、その法術師としての能力は空間制御能力によりほぼ無敵の戦闘能力を誇る人物だった。
8年前の二人の出身国である甲武国で起きた『官派の乱』と呼ばれたクーデターではその薙刀一本でシュツルム・パンツァー一個中隊を壊滅に導いたと言う。法術が伏せられていた当時はただの与太話にしか聞こえない話も法術の存在が明らかになった今では当たり前すぎる普通の出来事だった。
「そうですね、今のところサイボーグの法術師の発生例は1件しか無いんですがね。まあ、その人はすでに法術師だった人が戦場で負傷してサイボーグになったという話ですから、法術師として覚醒していないサイボーグが法術師として覚醒したという事例は今のところありません。ただ西園寺大尉がその最初の例になってもおかしくないですね。血統的には覚醒した法術師と他の星の人間との間に生まれた子供はほぼ百パーセントの確率で法術師として覚醒すると言うデータもあります。ここに居らっしゃる日野少佐しかり、あの法術特捜主席捜査官の嵯峨茜警部もともに遼州人と地球人のハーフです。ですから、西園寺さんが今ここで法術師として覚醒しても私はそれを不思議な現象だとは思いません。それでよろしいですか?西園寺さん。私の知っている知識はそれがすべてです」
ひよこはようやくまともな質問が来たことに安堵しながらそう答えた。
「と言うとなんだ?」
退屈そうなランの一言にひよこは大きくうなずいた。
「ふうん。アタシが第一号ねえ……そりゃあ気分がいいや。でも地球人でも法術師とヤレば法術師になれる可能性があるか……そんなデータを公表したら東和や遼帝国に地球人の女が押し寄せるぞ。叔父貴みたいな不老不死の身体を手に入れたいとか言って……まあ叔父貴は女好きだからいくらでもヤラせてくれる女が次々現れると知ったら喜ぶだろうがな」
満足したと言うようにかなめは椅子の上で伸びをした。
「それじゃあ私がその力を得ても良いわけだな?私も常に神前と行動を共にしている。法術師との接触機会は通常の人間より非常に多いわけだ。しかし、性交渉と言うのは……私は神前とそう言う関係にならねばならないのか……所詮は私は戦場での兵士の性処理の為に作られた存在だ。より強い力を持つ為ならそのくらいの覚悟はしている」
今度はカウラだった。説明するだけ面倒だと言うようにひよこは笑ってうなずいた。ようやく話が軌道に乗ってきたので先ほどまでの憂鬱な表情はひよこの顔からは消えていた。
この場に呼び寄せられている誠は女性陣の発言にどう反応すれば良いのか迷うこと以外何もできずにいた。下手に動けばかなめが下ネタを連発し、それに合わせるように今は黙って前髪のチェックに余念がないかえでが何を言い出すか分かったものではない。さらにそれにカウラが加わり、それをランが階級にモノを言わせて暴れまわるという修羅場を誠は見たくなかった。




