第78話 『廃帝』配下との接敵
かなめは静かに自分に気付いていない様子で誰かを探している様子の北川を追尾していた。そして誠達は先頭を行く彼女に黙って付き従った。その行進は三階の開けたフロアーまで続いた。暗がりの中、不意に北川が足を止めた。
「いい加減……出てきても良いんじゃないですかね?あれだけパニクってたオッサン相手に手間取るなんて……俺も焼きが回ったか?まあ、これだけの大病院だ。そう簡単に見つかると考える方が俺の甘さと言うことかね?それにこれが桐野の旦那との最後の仕事なんだから……それなりに歯ごたえのある相手じゃないと俺としても桐野の旦那に申し訳が無いか」
北川の言葉に自分達の存在がばれたと思ったかなめがショットガンの一撃を加えた。銀色に光る板のような干渉空間に殺傷能力の低い弾丸が中に入っている粉を振りまきながら飲み込まれた。
「消えた?違う!北川!何をしやがった!」
かなめの言葉の通り北川の姿は干渉空間が消滅した時には消えていた。誠はすぐに北川の意識の断片が吹き抜けの階段に現われるのを確認して叫んだ。
「上です!西園寺さん!真上を見てください!」
階段の手すりを盾にするようにしてその上に銃口から光る赤い弾が二つ光った。それと同時に誠の正面にいたかなめは右肩を抑えて銃を取り落とした。
ショットガンを取り落としたかなめの隣には切り落とされたかなめの右腕が、踊り場の中央でショットガンと一緒に転がった。
「西園寺さん!右腕!」
右腕の斬り落とされたあとを抑えて後退するかなめの姿を見て思わず誠は声を上げていた。かなめの右腕からの出血は一瞬だけで、そのサイボーグの止血作用によりすぐに出血が止まり、かなめは左手で抜いた拳銃を構えてそのまま恐らくこの病院の営業中は患者のリラックススペースだったらしいロビーに置かれたソファーの残骸の後ろに身を隠した。
「神前!来るな!他にもいるぞ!カウラ!アメリア!おそらく桐野孫四郎も近くに伏せている!北川は水島を追ってるアタシ等みたいな侵入者があった時の囮だったんだ!連中はのこのこ降りて来る水島をここで待ち伏せるつもりだ!ならばここから見えない場所に動くわけなんかねえ!カウラ!アメリア!姿は見えるか!確認したら撃ちまくれ!」
かなめの叫び声が響いた。そして再び彼女の前に銀色の干渉空間が出現した。かなめが身をかわさなければそのままそこから刀身だけ突き出た日本刀でかなめの首は斬り落とされていたことだろう。干渉空間越しに一瞬見えた大男の影が再び消え失せた。誠はカウラに背後から襟首を捕まれて何もできずに北川の火線の中で孤立したかなめを置き去りにしてフロアー手前の壁際まで引きずられた。
振り向いた誠の目に飛び込むのはカウラの真剣な表情だった。後衛にいたアメリアが孤立したかなめの元に姿勢を低くして駆け寄った。
「どこよ?どこにいるのよ!さっきから干渉空間を展開して跳びまわって!どこにいるのかなんて分かんないわよ!」
アメリアは誠の見上げていた階段に銃口を向けたまま叫んだ。
「このままじゃ……あの二人だけじゃなくって水島をここに跳ばした法術師までいるんですよ?そんなのを僕たちだけでどうにかしろって言うんですか?そんな無茶苦茶な話なんてありませんよ!」
目の前に次々と展開する干渉空間と、その度にあちこちのこの病院が閉鎖された時に置き去りにされた枯れた観葉植物の枝や階段の手すりが斬り落とされる様を見ながら思わず誠は持ち前の気弱さを発揮してそんな弱音を吐いていた。
北川の先手を呼んだ跳躍と圧倒的な大男の剣技。どちらも誠達のローリーサルウェポンで対応できる相手では無かった。
「どうやら北川と桐野を同時に相手にするのは今の貴様には無理なようだな。でも、私は諦めるわけにはいかない。そのような諦めるという思考の持ち合わせは私には元々ないからな。私はそのように作られた存在なんだ。神前、貴様には冷たく映るかも知れないが我々には任務を放棄することはできない」
低威力のショットガンを手にカウラはそのままフロアーの向こうの壁に張り付いた。
今度は階段の反対側からの銃声が響いた。何とか残った左手で拳銃を抜いたかなめの手前で銃弾が跳ねるのが見えた。かなめをかばうように片膝を立ててアメリアは反撃した。カウラがかなめの元に飛び出してきたのは彼女の背後から刀を手にした大男が現われたからだった。
誠は、辺りの障害物をむやみに切り裂く様子や、先行する三人とは見当違いの所に干渉空間を展開して刀身を振るう桐野の様子を見て相手には自分達の位置が正確には理解できていないことが分かってきた。
「今のところ……相手はこちらの存在には気づいてはいても致命傷を与えるような攻撃は出来ないみたいですよ。でも……この範囲で動かずにいたらそのうち見つかって一方的に各個撃破とでも行こうと思ってるんじゃないですか?西園寺さんが先行してポイントマンなんて無理ですよ。確かに西園寺さんの方が相手よりも先にあの二人を見つけられるかもしれませんが、西園寺さんの拳銃じゃあ干渉空間に弾かれてお終いですよ!それじゃあ僕たちはそのまま一人一人殺されて行って何もできずに全滅ですか?」
そう言いながら誠はショットガンを握りしめた。自分が行っても足手まといになるだけ。それは十分に分かっていた。カウラが廊下を悠々と歩いて誠達の正確な位置を探す大男に発砲するが弾はすべて北川が遠隔で展開する銀色の干渉空間に消えた。
じりじりと大男が刀を手にしたままフロアーの中央で負傷したかなめをかばうように立膝でショットガンを構えるアメリアに歩み寄った。北川の発砲の様子は無い。
『ヤバい!桐野は二人の場所に気付いた!』
桐野の向かう方向がかなめ達の隠れているソファーの残骸に向けられていることに気付いた誠はそれを察した。
桐野はそのままかなめ達が隠れているソファーの3メートルほど前で立ち止まると、間合いが詰まったと判断したように太刀を大上段に振り上げた。
「うわー!」
夢中だった。誠は繰り返し発動する法術の気配を感じながら手にしたショットガンの銃身を手に持って桐野に殴りかかった。振り下ろされたショットガンのストックは桐野の前に展開された干渉空間にぶち当たった。
「こなくそ!」
誠は力を込めて振り下ろしたショットガンを干渉空間に向けて押し込んだ。その銃を中心に誠の干渉空間が展開された。桐野はそれまでの無表情を驚愕の表情に変え、背後に展開された干渉空間に姿を消した。
かなめの指示で、アメリアは桐野に誠が間抜けな戦いを挑んでいる間ににソファーからそのまま階段下の倒れかけたロッカーの山の裏に移動した。誠は後ろで誠のバックアップの為に銃口を桐野に向けていたカウラと一緒にそのままかなめ達の所に走った。
「馬鹿か!神前!銃は剣じゃない!そんなことしても貴様まで死ぬだけだ!そんなことをしろと誰が命令した!そんな風に銃を扱えば最悪暴発で自爆だぞ!」
カウラはそう言いながら周りの気配を探った。再び階段の上から銃弾が誠の足下を掠めた。
「カウラ!がたがた抜かす前に銃を撃て!だが、神前……助かったぜ。桐野の野郎にはこちらにはショットガンで殴り合いをしようとする馬鹿が居るなんて言う考えはなかったみたいで驚いて引きやがった。おかげで今飛んできてる北川の『サタデーナイトスペシャル』の着弾点から見て北川もアタシ等を見失ったみたいだわ。それにアイツも銃を見て干渉空間を展開したり逃げたりしてるってことは拳銃は効くってことだ!とりあえず弾幕を張ってればなんとかなる!」
かなめは左手の拳銃を握り直すと階段を駆け上がっていく北川の背中に三発の銃弾を発射した。
すべての弾丸が銀色の空間に消えた。
「人斬りはどこへ行った。右腕の貸は返してもらうからな」
かなめが誠の耳元でそう吐き捨てるように言った。
誠は勘でロッカーの積み上げられた場所から顔を出して一歩踏み出そうとショットガンを突き出すと辺りで広がった銀色の空間から現れた刀に両断された。
「今度は桐野?見つかったわ!逃げるわよ!」
ショットガンを諦めたアメリアは拳銃を抜いてそのままロッカーの山から飛び出すと階段の反対側の壁めがけて転がるようにして張り付いた。再びこの階に転移してきた北川の弾丸がかつてアメリアのいた場所に着弾して煙を上げていた。
「西園寺!下がるぞ!タイミングを見てこちらまで走れ!相手の方が一枚上のようだから開けた場所での戦闘は不利だ!とりあえず後退する!走るくらいのことはできるだろ!」
カウラの言葉で我を取り戻したかなめはロッカーの山から飛び出すと、踊り場の中央に転がる切り落とされた自分の右腕をちらりと見た後そのままアメリアのいる壁際に後退してきた。
「まったく人使いの荒い小隊長様だねえ……とんでもねえ!ありゃ化け物だ。本気の北川ってのは本気を出すとこんだけ強いのか……やってらんねえよ!」
ようやく北川の銃撃から逃れてきたかなめが吐き捨てるように叫んだ。切り落とされた右腕の血は止まり、相変わらずひねくれたような笑みを浮かべながら北川が隠れていた物陰をにらみつけた。
「西園寺さん、大丈夫ですか?大丈夫じゃないですよね?右腕が無いんですから」
片腕を切り落とされたかなめだが、戦闘用のサイボーグの身体は傷口からの出血を止めていた。
「そうだな、右腕がねえからな……そんなの誰が見たって分かる話だ。まあアタシの体は自動で動脈を閉じてるから出血は無いが、片腕切り落とされたら痛いぞ。オメエも経験してみろ。うちにはひよこと言うヒーリング能力がある法術師があるから、落ちた右腕が壊死するまでにアイツの力を使えば繋がる。オメエも一度体験すればアタシの気持ちがよく分かるようになる」
苦笑いを浮かべながらかなめは残った手に握った銃に力を込めた。
「まあ、ひよこちゃんが居るから大丈夫と言う理屈は分かるけど、今は誠ちゃんの『光の剣』での大逆転が無くなるからそれは止めておいてね……ってこの状況であっちは水島を待ち伏せればいいだけなんだから私達相手に怪我をしない程度にあしらうだけで動き放題。それに対してこっち水島を確保しないといけないからここで待ち受けてるあの二人の前を嫌でも通らないといけないから相手の間合いに入るたびに完全に狙われっぱなし。それじゃあ誠ちゃんに逆転の一撃を放ってもらうような状況には……なりそうにないわね」
腰の拳銃を取り出してけん制射撃をしながらアメリアがつぶやいた。反撃がないことから北川がすでに移動していることはすぐに分かった。
「今からでも救援を呼ぶか?」
カウラの言葉にかなめは天を仰いだ。
「なんだよ、到着時に念押しの救援要請もしてなかったのか?頼むぜ隊長さん……こういう時はかえでクラスの法術師ならあの大男と互角にやれる……まったく神前は頼りにならねえ!かえでならこの状況くらいすぐにひっくり返せる!その為にアタシはアイツの変態行為を耐えてきたんだよ!その努力をカウラは無駄にする気か?ラーナが言った程度の危機感だったらかえでのことだから出かけるまでにあの馬鹿は身だしなみを整えるのにいくら時間がかかるか分かんねえぞ!オメエから通信入れて急がせろ!今は一人でも戦力が欲しい!」
カウラを呆れたような顔で見るとかなめはすぐに立ち上がった。
「西園寺、神前。貴様等のショットガンはもう無いんだ。弾をよこせ。私が使う……ベストのポーチにあるものをすべて私に渡せ」
静かに壁際で踊り場の様子を伺いながらカウラがそう言った。誠は自分の防弾ベストからショットシェルを抜き出してカウラに渡し、左手しかないかなめのベストにあるポーチを開けてこれもカウラに渡した。
「あの刀の化け物と法術師のコンビネーション……舐めない方がいいわね。ただ、ここを抜けないと水島にはたどり着けない。とりあえず不正確な射撃からして北川はこう言う場には慣れていないみたいだからそっちから潰す?」
アメリアは北川の射撃があまり上手くないことを察してそう言った。
「まあその方が賢いやりかただな。今は優位に戦況を動かしているがアタシ等に出会ったのは連中にも想定外の事件のはずだ。さもなきゃリボルバーとダンビラで喧嘩を売ってくる意味がわからねえ。連中もアタシ等以外に水島に接触を持ってる法術師を擁する勢力があることは分かってるはずだ。だからここでのんびり水島を待ち構えていたんだ。さっきはその隙を突けたからアタシの右腕だけで済んだが、その第三勢力が来ないとなるとアタシ等を先に潰してから水島を待つという方針になるかも知んねえ。こっちから動かないとやられるぞ」
かなめはそう言うとそのまま北川のいた物陰に銃を向けた。
「かなめちゃんも、北川達にとって私達が来たことは予想外だと思ってるんだ……私も同感。となると……あの方々と私達。どちらが先に水島さんに出会うかが勝負の分かれ目になりそうね……私達は上がってきたけどここまで来る間には運動不足の中年男には出会わなかった訳だし」
アメリアは覚悟を決めたようにて拳銃を構えて立ち上がった。
「北川が撃ってこないわね……私達が来たことを知って方針を変えたのかしら?私達の相手よりも水島の相手をした方が得だと判断したわけね……となるとこの階段を上に上がったわけね……」
立ったままアメリアは笑みを浮かべて周りを警戒した。カウラもその死角をカバーするように位置をとってショットガンを構えた。誠は緊張感に胃が痛くなるのを感じながら拳銃を抜いて周りを見回した。
廃病院がつかの間の沈黙に包まれた。
「こっちもかえでクラスの使い手がいれば楽なのにな……アイツは変態だが剣と法術の腕だけは確かだ。ランの姐御とマジでやりあえるのはうちではかえでだけだ。さすがにあの二人相手にランの姐御を頼ったとなったら後で姐御にどんな無茶なトレーニングを課されるか分かっちゃもんじゃねえ。姐御はアタシの生体部品は使えば減るっていまだに理解してねえんだから」
この場に居ない妹の名を上げながら責めるような視線でかなめは誠をにらみつけた。
「西園寺さん、すみません」
頭を下げた誠を心底呆れたという顔でかなめが見つめ返した。
「謝って済むなら少しは鍛えろ。あの二人も水島探しに動き出した……先に連中が水島にたどり着いたらアタシ等は終わりだ。それじゃあ行きますか!」
かなめはそう言うと残った左手の銃を握り直すと先ほど北川が昇っていった階段を駆け上がって行った。




