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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と低殺傷兵器  作者: 橋本 直
第四十章 『特殊な部隊』の廃病院での戦い

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第75話 救出という名の囮

 大男の大上段から振り下ろされた日本刀から逃れるようにして飛び込んだ銀色の板の向こう側は夕暮れから沈みかけた日が差す世界だった。埃のたまったコンクリートの上に頭を打ち付けて水島は困惑しながら周りを見渡した。

挿絵(By みてみん)

 暗い。すでに日没が過ぎた上に窓が東側なので冬の日の光はあまり入ってこない部屋だった。しかもあたりを見れば、そこは壁材が剥がれて裏のコンクリートが露出した壁で覆われた一室でどう考えても少年が所属する米軍の施設とは思えない場所にしか見えなかった。


 初めは水島はこの部屋は元はマンションだった廃墟なのかと思った。しかし、その生活臭を感じさせない何もない空間を見ているうちにそれは入居者が立ち退いて長い事務所のようにも見えた。見れば見るほどこの場所は元々ここが何のために作られた部屋なのか分からないほど何もない空虚な部屋だった。


 本来ならばここで正確に自分が置かれた現状を理解してから動き出すのかもしれないと思いながらも、じっとここに座っているほど水島の肝は据わっていなかった。すでに日は沈もうとしている。日が沈んでしまえば暗闇だけがこの部屋のある建物を包むことになる。そんなところで一人取り残されたところで今の水島には何もすることができない。もし、あの大男が再び襲ってきたのならば水島の運命がどうなるかなどは水島にも予想がついた。


 まず水島はとりあえずこの場から遠くに去ろうと比較的マシに見えたアルミ製の扉を開いてそこに飛び込んだ。


 そこにも人の気配はまるで感じられない。よく見てみればそこは見渡せば廊下のような場所だった。遙かに続く薄暗がりの中、先ほど振り下ろされた日本刀がどこにも見えないことに気がついて安心した水島はその場にへたりこんだ。

挿絵(By みてみん)

『これまたずいぶんとおどろいちゃって……おじさん、もっとゆとりを持って行動しようよ。おじさんには宇宙最強のイーグルサムがついてるんだから。少しは僕たちの事を信頼してもらいたいものだな。確かに急な話だったから合衆国が完全に安全を保障できる場所で無かったのは事実だけど、少し大人しくしてくれれば、安全な場所に連れて行ってくれる人が到着する段取りはもう整えてあるんだ。もう少しゆとりをもって安心した笑顔でその人を迎えてくれると嬉しいな』


 まるで人ごとのような少年のつぶやきが頭の中に響いた。 


「どこにいる!お前が呼んだのか!あの人殺しを……あんな化け物が来るなんて俺は聞いていなかった!そんなことは君は一言も言っていなかった!君の言うことを信じていいのか今ではまるで分らないよ!本当に迎えは来るんだろうな!本当に身の安全の保障はしてくれるんだろうな!そのことを約束してくれると言うから俺は君と契約を結んだ!ちゃんと約束は果たせ!君も軍の関係者なんだろ?軍は政治家の意向で動いているはずだ!当然そこには国家の利益が関係している!俺の存在がその利益の核心に関わるんだったら、当然俺の安全をいかなる手段を用いても確保する義務が君にはあるんじゃないのか?」 


 冗談の過ぎる少年の言葉に叫び声で答えた。しかしどこにも人の気配はしない。そして水島はとりあえず廊下をそのまま歩き続けた。


 ドアに付けられたプレートやご丁寧な手すりが見えた。これまで見てきた様々な部屋にある手すりや見慣れない調度品から見るとどうやらここはどうやら廃病院らしいと水島は思った。だがそれが分かったところでどうなるものでもない。別にここが病院だとしても、廃病院には医者も看護師も居ない。ただの廃墟と言うことでは廃ビルだろうが廃工場であろうが変わりはない。どれであったとしても今の水島の境遇が変わる要素は何一つない。


 明らかにここが見捨てられた施設らしく、しばらく歩いても人の気配は無かった。むしろあちこちの壁の傷み具合からみてそれなりの年月放置されてきた建物だと言うことは分かった。


 その時、割れた窓ガラスが靴下だけの水島の足に突き刺さった。部屋から飛ばされて靴下しか履いていない水島の足にその破片が突き刺さり、薄明りの中で見下ろした水島の視線の中で出血で白い靴下がどす黒く変色していく様子が目に入った。


「痛っ!スリッパぐらい履いておくべき……そんなことを今さら言っても仕方がないか」 


 思わず後ずさった。右手には元調剤室と思われる空いた棚の無造作に並んだ部屋のガラスが砕かれ、それを割るのに使ったらしい水道管の切れ端がカウンターの下に何本も転がっていた。その有様を見て水島はここが誰の目からも置き去りにされた場所だと言うことを確認した。


『さっきからおじさんは僕のことを非難してばかりだけれど、そのほとんどの責任はおじさんにあるんだよ?その自覚がまるで見えないなんて本当におじさんは大人なの?初めに言っておくとおじさんが僕と出会ったその日に僕の所に連絡してくれればこんなことにはならなかったんだ。それに僕がアイツ等を呼んだなんてひどい誤解だよ。おじさん……人聞きの悪いことを言わないでよ……そんな勝手な思い込みで子供を非難するなんて大人のする事じゃないよ。おじさんがいつまで経っても煮え切らずにグズグズしていたらこんなことになったと言うことを今のおじさんに説明するのは酷かもしれないね。でもおじさんに興味を持っている人間なんてこの宇宙にはうんざりするほどいるんだからこんなことはこれまでもいつ起きてもおかしくない状況だったんだよ。今日がたまたまその日だったと言うことかな?そもそもその人たちが自力でオジサンの居場所を特定することを阻止するなんてさすがの無敵の合衆国にだって不可能な話さ。この宇宙で全能なのは神とその御子のイエスだけなんだからね。それに僕だってその中でやってくるのが一番質の悪いあんな化け物だとは思ってなかったんだから……まあ、あの二人の事は僕は知ってるけど……意外に早くオジサンにたどり着いたなあって感じ。あの二人も合衆国の敵だから。大丈夫、ちゃんと駆逐してあげるよ。と言うか、あの二人は僕の敵でね。いずれ排除する必要があると思っていたところだから。おじさんがその囮になってくれてこの場であの二人の始末まで出来ればおじさんはそれこそ勲章モノの殊勲者ってわけなんだ。これまで以上の好待遇を期待してくれても良いんじゃないのかな?』 

挿絵(By みてみん)

 足の裏の痛みをさすって誤魔化す水島の頭の中ににやけた笑いを浮かべたクリタ少年が映った。忌々しげに手元に落ちていた水道管を手にとって水島はガラスの破片を迂回して進む。


「化け物?アメリカの敵?じゃあ知っているんだな、あの日本刀の男のこと……何者なんだ?あの二人組は?とても軍人には見えなかった。地球圏の軍隊でも無いし遼州圏の軍隊や警察官もあんなことはしない。だとしたら連中は何者なんだ?それくらいのことは俺にも知る権利があるはずだ?俺は勲章モノの殊勲者なんだろ?教えてくれてもいいじゃないか?」 


 水島は自分の無知と少年の恐ろしさを同時に感じた。


『一応、噂ではね。でも僕にも守秘義務があってさ……生きてそこを出られたら教えてあげるよ。軍人には任務に関係する話についてはそう言う義務があることは法律家のおじさんも知ってて当然の話だよね?今は現時点ではまだおじさんは僕の協力者を志願している一市民でしかないんだ。おじさんが僕たちの迎えの人間と出会えばその時点でおじさんは僕の協力者となれる。そうなったらその人からあの二人が何者かを聞いてみると良いよ。その人の機嫌がよければ教えてもらえるんじゃないのかな?』 


 少年の言葉にはもはや恐怖しか感じなかった。どこまでも冷徹な組織の論理があのあどけない笑顔の下には動いている。それがあの少年を動かしている。そしてそんな少年以外に水島が今頼れる存在は何もない。その事実が水島の心を締め付けるがもはやどうしようもないという諦めがただ歩みを進めるという唯一の解決策を水島に与えていた。


「随分と他人事みたいな態度だね、君の言い草は。無責任なことを言うなよ。そんな事じゃあ、本気で協力者になる気なんて無くなってくると言いたいところだけど……それ以外の選択肢が俺には残されていないのは確かだからな……笑えよ。無様だろ?おじさんは」 


 怒りに駆られた水島は思わず目の前の壁を水道管で叩いた。火花が散るがただそれだけ。ぶつかった部分の塗料が剥げ、コンクリートの地肌が顔をだした。そうしているうちに水島は偶然かつては床を覆っていたらしい元の色すら分からないほど埃にまみれたタイルの下にスリッパの山があるのに気がついた。


 水道管を投げ捨て、スリッパに手を伸ばした。どれも湿気で黴を生やしているが何も履いていないより遙かにマシだ。そう思いながら水島は左右のスリッパを見つけると足に履いて履き心地を確かめた。


『あのさあ、そんなに暴れていいの?僕はすぐにおじさんを迎えに行く人間が到着するなんて一言も言ってないんだけどなー。それまで生き残るかどうかはおじさんの責任だよね。それが地球流の自己責任という奴だよ。まあ、遼州圏ではその考え方は評判が悪いみたいだけどね。そこまで合衆国は責任を負った覚えは無いよ。それにさっきの化け物。恐らく僕がおじさんを飛ばした場所を見つけているころだよ……逃げるなら今のうち……急いだほうが良いよ。そして同時にあの二人に見つからないように静かにね』 

挿絵(By みてみん)

 少年の言葉が終わらないうちに水島は走り出した。目の前に階段がある。とりあえずそこを駆け下りた。


『おじさんストップ!』 


 頭の中でまたクリタ少年の声が響いた。驚いて壁に張り付き息を整えた。


『来たよ。ぴったりさっきおじさんがいた場所だ。逃げた分だけ遠くなったよね。あの人斬りとコンビを組んでる法術師は切れ者だ。当然の話かな。なんと言っても地球人類の敵の『廃帝』の手先なんだから』


 少年の言葉はどこまでも他人事だった。 


「責任を取れよ……貴様らに協力するんだから……ちゃんと助けろよ……」


 運動不足の水島には恐怖と戦いながら廃墟を巡るのは酷な作業だった。百メートルも移動していないというのに心臓は激しく波打って息もかなり上がってきていた。


 少年の満足そうな笑みが頭の中に浮かんだ。 


『まあ、できるだけのことはするつもりだよ。もっともおじさんがなかなか決断してくれないからできることは限られているかもしれないけどね』 


 焼け石に水と言うような調子の言葉を最後に頭の中から少年の気配が消えた。水島はその時になって初めて自分が本当の意味で孤独であることに気づいた。


 所詮、自分はアメリカの人体実験の材料に過ぎない。あの斬殺魔に水島が殺されたところで少年は多少の同情はするだろうがあの残酷な笑顔を浮かべてため息をついてそんな言葉を口にして終わりにする事だろう。

挿絵(By みてみん)

「誰も頼りにならないのか……この世の中なんてそんなものなのか」


 水島はそんな独り言を口にしながらどこに向かうべきか途方に暮れていた。



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