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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と低殺傷兵器  作者: 橋本 直
第三十五章 『特殊な部隊』と漏洩

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第70話 漏らされた機密

 見事な細工の石灯籠。その灰色の御影石には龍の文様が刻まれていた。見るものには主張が強すぎるように見えるその地球に中国と呼ばれた国が存在した時代に彼らが空想上で生み出した生き物には眼が入れられていない。一人の着流し姿の男が剣の手入れを休めてその空虚な空洞に目を遣った。縁側をなびく冬の冷たい風が手にした紙切れをサワサワと揺らした。男はその瞳が無いことに満足したというように笑みを浮かべた後、そのままの表情で手にした刃の流れるような波紋を眺めていた。その波紋は脂のようなものでテラテラと光る。その様がさらに男の笑みを薄気味悪いものへと変えた。

挿絵(By みてみん)

「旦那……寒空の下で着流し一丁……どてらでも着ないと寒くないですか?この季節にそんな格好で軒先で日向ぼっこなんて見ているこっちが寒くなってきますよ。せいぜい羽織くらい羽織ってくださいよ。俺まで凍えて来る」 

挿絵(By みてみん)

 男に後ろから話しかけた北川公平は革ジャンに首の周りには襟巻きを巻いて寒そうに手を合わせてさすっていた。彼もこんな男、桐野孫四郎と一緒に行動するのはうんざりしていた。昨晩は桐野の旧友だというこの家の主と飲んでいる時も居心地が悪いことこの上なかった。ただ、今回の任務が桐野との最後の任務だと分かっているからこそ、桐野の我儘を聞いて桐野の言われるがままにその知り合いだというこの家のそれなりの地主らしい男の家に寄宿していた。


 この近辺でも切っての土地持ちだと北川が知らされている主は次々と収集したという武具やら日本刀やらを二人の前に引き出してきては満面の笑み浮かべた。桐野は甲冑や鉄砲には目もくれずにただ剣が出てくるとその一つ一つを引き抜いてしばらく眺めてみては静かに鞘に収めた。こう言う成金にはとりあえずお世辞でも言えばいいのにと思う北川だが、そんな世渡りのことなど桐野には眼中にない。時々、『これは人を斬れば折れる』とか『この刃の研ぎ方と刀身の仕上げ……人を斬れる代物ではないな』などとケチを付ける度に家主の顔が醜く歪んだ。最後には勝手にしろとばかりに席を立った家主を何とかなだめてこうして家においてもらっているのに、肝心の桐野は自分の刀の手入れにしか関心が無いらしい。


 桐野はしばらく北川の問いかけを無視していた。ただひたすら自分の愛刀備前忠正を丹念に見つめ、じっと太陽の下でたたずんでいた。


「貴様はこの気温を寒いという。確かに俺も暖かいとは思わない。ただ、これ以上着込んで何が楽しい?人間は爬虫類とは違って寒さに耐える能力がある。ならばその能力を使って耐えることが出来て当然というわけだ。つまり貴様が寒がってそんな格好をしているのは要するに気合の問題だな……貴様はたるんでるから寒いと感じるんだ。そんな事では地球でも子はそう沢山は作れないぞ。俺としてはそちらの方がよっぽど心配だ。むしろ『廃帝』配下には貴様よりも若い法術師もいる。なぜ貴様がこの取引の材料に選ばれたのか俺には理解できない。つまらないことを言いに来たのならとっとと立ち去れ」 

挿絵(By みてみん)

 突然その薄い唇から言葉が発せられた。答えていると言うよりも自分に言い聞かせている。そんな様子はいつものことだった。北川はとりあえず桐野が自分の言葉を聞く用意があることを確認できてほっとするとそのまま縁側に腰掛けた。


「まあ、こんなつまらない雑談をしに貴様が俺の前に現れるわけが無い。俺のすることは全て気に入らないお前が何の用もなく俺の前に来るわけが無いからな。前置きはいい。昨日の俺の態度が気に入らないと言う愚痴も結構だ……それより……見つかったのか?俺の興味があるのはそちらの方だ。だから昨日の晩は俺の楽しみをしないでじっとしていた。それなりの結論が無いと、俺の楽しみの代わりに貴様の首で済ませることにするぞ」 


 自分の無愛想の自覚があるのか。桐野の妙な言い回しに思わず顔がにやけそうになるのを引き留めながら北川は懐から携帯端末を取り出した。


「へえ、旦那にもそんな我慢が出来るんですか。俺としては俺の代わりに旦那が今回の取引材料に使われるのではと冷や冷やしてたんですが……確かに女を見るとみんな斬る旦那じゃ、フランスさんも受け入れ拒否もしてきますわね。まあ、そんな話はどうでもいいんですよ。それより豊川警察署に勤務中の同志からの情報ですが例の法術師が見つかったそうです。今、豊川署には司法局の局員が出向という形で常駐しているんですが、そちらより先に俺達に情報が回ってきました。ついてますね、旦那。例の奇妙な法術師の居場所が分かりましたよ。こう答えれば旦那は満足なんでしょ?これで俺達のコンビ解消記念の最後の仕事はお終いってわけですよ」 

挿絵(By みてみん)

 そう言うとキーを操作してすぐに一人の男の顔写真を表示させた。映し出された一人の中年男。特徴がないのが特徴というような天然パーマのその顔を一瞥すると桐野はそのまま視線を庭に向けてしまった。


「ずいぶんと凡庸な男だな。所詮いたずらの末に人を殺した……いや、殺したという意識すらないだろうな。人が人を殺すにはそれなりの覚悟が必要だというのが俺の考えなのだが……そんな覚悟の色はまるでない。あれはただの事故と言うところか。とても犯罪者の顔ではないな。そもそも自分の力が理解できそうな顔ではない。まあ、俺にこんなことを言われてもこの男はその意味を理解できずに俺の手にある刀に怯えてその場で気絶でもしかねそうだ」


 画面の男を見つめながら桐野はそう言い放った。


「確かにどこにでもいる面ですね。個性が無いのが個性とでもいう面だ。それでも法術師かと言いたくなる。でも前も言ったとおり、出会ったら突然バッサリってのは止めてくださいよ。コイツの顔なんかどうでもいいんですよ。俺達が興味を持っているのはこいつの法術。それ以外は性別年齢全く俺達は希望なんて何もないんだから。コイツがどんな顔をしていようが俺達の仕事には何の関係もないんだ」


 北川の言葉に桐野も薄ら笑いを浮かべながら同意した。


「それにしてもこの凡庸な男……水島徹……聞いたことが無いな。少なくとも俺の知り合いにはこんな名前の人間は一人もいないな」


 そう言うと桐野は関心を失ったように庭の石灯篭に視線を移した。 


「旦那。それは冗談で言っているんですよね?俺だってこの東和の法術師の顔を全員知ってる訳でもないのに。時々旦那が何を考えているのか分からない時があるが、今のはその言葉の中でも最上級のそれだ。ああ、こんな言葉を聞くのもしばらく聞き納めになるとその中のとっておきを出したんですか?そんな気遣いは無用ですよ。俺と旦那の仲じゃないですか」 


 投げやりな言葉にすぐに桐野の虚ろな視線が北川に注がれた。肝を冷やすとはこのことか、北川は桐野の手が鞘に納まった刀から離れているのを確認して大きく息を飲んだ。


「そもそもこんなありふれた民間人面の平凡な男が、どういう了見で暴れてるのか分かりませんからね。だから何度も言いますけどすぐに斬りかかるのだけは勘弁してくださいよ。この能力は俺達の仲間にもいない能力ですから。戦力にしたいのは山々なんですからね。『陛下』にはそれだけはやめておけと俺も強く言われてるんだ。ああ、その時は旦那も隣にいましたね?まあ、その話を旦那が覚えていればの話しですが」 


 北川は冷や汗を流しながらその殺人狂に声をかけた。


「人を馬鹿にするのがそんなに楽しいか?北川。俺もきっちり覚えている。ただ、相手を目の前にして剣を抜いた時に相手を斬らないなんて言うことは保障はできないな。相手がこちらの能力を奪って来るならこちらもそれなりに覚悟はするつもりだ。相手にも力がある。しかもその力のほどは俺にも貴様にもよくわからない。なら不測の事態が起きる前に相手を斬るのは当然の話ではないのか?すべてはこの男がどう動くかだ。それに応じて俺がこの男を斬らないことで貴様に死なれるのは困る。だから、その際は容赦なくこの男を斬る。ただそれだけの話だ」 


 桐野はそう言うと再び剣を抜いた。突然の動きに驚く北川をあざ笑いながら桐野はすばやく剣を鞘に戻した。


「それにしても珍しい力ですね。力を乗っ取る……法術師の博覧会状態の我々の中にもこんな力を持った人間なんか一人もいない。『陛下』も大層関心を持っていらっしゃるのも当然という話だ。そんな希少種なんですからできれば生きたまま捕まえたいですよね?斬るのは最後の手段にしてくださいよ。俺を守るためだなんて屁理屈をこねて斬るのだけは止めてください。今はうちは戦力増強が最大の目標なんですから。この男の力が俺の見立ての通りならコイツは即戦力でそれなりに使える活動に従事させることが出来そうだ。そ斬るんなら役に立たない女でも斬って好きなように犯してください。これからはその事で意見してきた俺が居なくなるんですから、すべてはその後で思う存分斬ってくださいよ」 


 そう言うと北川は立ち上がった。


『この人殺しは……そのうち俺のケツにも火がつくかも知れねえな。今回がそれになったらたまったもんじゃねえよ。何しろ憧れのフランス行きが決まってるんだ。あっちじゃ良い女が俺の子供が欲しいって待ち構えてるんだぞ……面倒は御免だよ。まったくこの殺人狂を押し付けられる『廃帝』の娘さんと言うのも災難だな……いや、聞いた話じゃこの旦那と同じで人を殺すことに関しては頭のねじが一本抜けているらしいから、似た者同士で上手くやっていくのかもしれないな。ただ、俺はもう知らねえよ。今回の仕事が終われば……桐野の旦那……永遠におさらばだ』


 心の中でそう思った北川はそのまま暖房の効いた部屋へと戻っていった。

挿絵(By みてみん)

「北川……さらばだ。俺は貴様と違って『陛下』についてきた理由には別に理想があるわけじゃないんだよ。人が斬りたいんだ……斬った女を犯すのは格別だ。俺のような人殺ししか能のない怪物を産む装置を破壊するのが俺の生きている意味。だから俺は女を斬る。そして犯す。そのことはこれからも俺が生きている限り変わることが無い俺の行動原理なんだ」 


 独り言のようにつぶやいた桐野はそのままうっとりとした目で自分の業物をまじまじと眺めていた。



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