第69話 待つしかない者たち
二月も半ばとなれば雪の一つも降るのが東和のこの辺りでは当たり前の話だったが、今年はそんな様子はなく、ひたすら冷えるだけの晴天の日々が続いていた。昨日、水島の前の住居の残留アストラル波の採取を行ったデータは司法局本局と千要県警に提出されていた。ともに結果が出るには時間がかかるという回答を誠達は受けていた。そんな中、誠はじっと端末をのぞき込みながら隣で野球のボールをいじっているかなめに目をやった。
「そう言えばここに出向してからはクバルカ中佐も居ないんで最近走ってませんね。これだけ椅子に座っている毎日が続くと隊のランニングの日々が恋しくなりますよ。確かに捜査中はあれだけ邪魔だった中佐もそんなところで恋しく思えてくるから不思議ですよね」
誠の一言にかなめはにんまりと笑いそのまま視線を正面のカウラに向けた。
「私は走っているぞ。夜なら時間は作れるだろ?貴様にはそう言う自主的に自分を鍛えるという考えが少し足りないんじゃないのか?我々は軍事警察に所属する隊員だ。現場においては何よりモノを言うのは体力だというのが中佐の教えのはずだぞ。それを中佐の監視が無くなると腑抜けた生活を過ごしても何の反省もない。その点は今すぐにでも改めるべきだな」
カウラはそう言って笑った。彼女は勤務中のランニングはしないのだが、帰宅後に1時間ほど走るのを日課としていた。それもパチンコ依存症を改善するためにランが組んだプログラムの一環だった。
「カウラちゃん……勤務終了後に深夜に一人で走るなんて危ないわよ。特に今は……あの女ばかりを狙う人斬りが歩き回っているご時世だもの。そうだ!誠ちゃんも一緒に走らない?私も少し走りたいのよ。最近体がすっかりなまっちゃって……それに来月になれば恒例の草野球リーグが始まるの!その為に今は自主トレ……ああ、それよりかなめちゃん。今年の冬のキャンプはどうするの?なんでも例のホテルが埋まってるって話じゃないのよ。あそこの球場は施設が充実してて良いんだけど、宿泊施設で大人数が泊まれるところは私も調べたけど、もうすでにほとんどの民宿とかは埋まってるわよ?じゃあ、どこでキャンプをやるの?せめて民宿でおいしいお魚でも食べなきゃかなめちゃんの無茶苦茶なトレーニングメニューに付き合うなんて御免よ!」
アメリアの言葉に呆れたカウラはそのままモニターに目を移して作業を始めた。一方、野球部のキャンプの件で話を振られたかなめはアメリアを一瞥した後、いかにも嫌な顔をしてそのまま視線を何もない虚空をさまよわせていた。
「そんなの、領主であるアタシよりも利益を優先したあそこのオーナーに言え。アタシの責任じゃねえ。それにキャンプをやるのがあそこだけって誰が決めた?その場所は監督であるアタシが決める。アメリア、四番サードと言うのが野球では一番偉いと思うんじゃねえ!オメエは所詮一選手だ。アタシの采配に口出しするのは選手の権限を越えている。そのくらいの自覚は持て。ただ、カウラの自主トレが部隊の隊舎でって言うアメリアの話に関しては……馬鹿なことを言いてえところだが……最近は辻斬りがここらでも出てるからな。ランニングに出かける時は得物でも持つか?神前に叔父貴から借りた『賊将の剣』を持たせて併走させて、何かあったら『光の剣』との合わせ技でその辻斬りを真っ二つにしちまえばいい」
かなめはそう言っていつものように愛銃スプリングフィールドXDM40を取り出した。その物騒な発想がいかにもかなめらしいと誠は思いつつ、たぶん100mも走らないうちに職務質問をされて銃刀法違反と言うことで島田やかえでやリンに続きこの豊川署の取調室に自分が連れられてきてランに迷惑をかけることになることが想像できて苦笑いを浮かべるしかなかった。
「だから、かなめちゃん!ここは士族なら刀や銃を持っていてもお巡りさんが何にも言わない甲武じゃないの!すぐ銃に頼ってばかりで……かなめちゃんはそのうち射殺魔として手配されることになるかもよ!」
指で銃の形を作ってみせるかなめにたしなめるような調子のアメリアの言葉が飛んだ。
「動けないのはつらいのは分かるんすが……野球部の話しやランニングの話しよりもう少し今は仕事の時間だということを自覚した方が良いんじゃないっすか?茜警部も皆さんの事かなり心配してたっすよ?」
ラーナが困ったように机にかじりついているだけで無駄な雑談ばかりしている四人を見ながら苦笑した。違法法術発動の容疑者である水島徹の身辺捜査の権限は彼が以前住んでいた東都警察が握っていた。放火や傷害などの嫌疑のある事件の発生時刻の水島のアリバイの有無の捜査は極秘裏に東都の捜査官達が行っていた。アストラル波の照合データの回答が司法局から出たとしても東都警察の許可がなければ誠達は指をくわえてみているしかない。その事実が重圧として誠達にのしかかっていた。
それに技術部の情報士官が絞り込んだ法術師15人の動向も気にかかるのは確かだった。ラーナは彼らの周囲を巡回しているパトカーから送られてくるアストラルゲージのデータを眺め続ける業務を忍耐強く続けていた。
「しかし……東都警察の奴等は嫌疑が裏付けられたらアタシ等に内緒で逮捕しちゃうんじゃねえのか?それこそ連中にとってはアタシ等を笑いものにした上に自分の手柄だと騒ぎ立てる大チャンスだ。あのデータを渡しちまった以上、アタシ等は連中の報告を待つしかねえ。その報告をする前に何らかの嫌疑をでっちあげてパクる。東和警察のお得意の別件逮捕って奴だ。アタシも東和の警察のやり口についてはある程度の知識はあるんだ。その手を使われたらアタシ等はこのかび臭い部屋で間抜けな面してそのニュースを後で知るしかなくなる訳だぞ」
ボールをもてあそぶのにも飽きたかなめの一言に思わず誠もうなずいていた。
「連中は先々月の同盟厚生局の事件では見せ場を私達が持っていったからな。今度は手柄を……などと言うのもありえる話だな。確かに別件逮捕で容疑者の身柄を押さえ、裁判所が認めた拘留期間中にすべての事件についての証拠を集めてから起訴をして再逮捕する。東和警察の得意とする手口なのは私も十分承知している」
いつもなら苦笑いで済ませるかなめの言葉にカウラは同調しながら弱弱しく微笑む。アメリアは何度かうなずきながら時折ラーナに視線を送っていた。
「どうっすかね……アタシとしちゃたぶんそれは無いと思うっす。虎の子の法術部隊は相手が他人の法術を勝手に発動すると言う事件の特性からあまり動かしたくは無いっすし、どこまでその能力を水島とか言う被疑者が力を身につけているかも分からない状況っすから。それに現在の水島の居住地は千要県。千要県警の面子を潰すようなことは東都警察にもできないっすよ。警察の垣根はそれほど高いっすから」
ラーナは申し訳なさそうにつぶやいた。
「手柄は自分で確保して厄介事はアタシ等に押しつけるわけだ……世渡りが上手いねえ、あの小太り署長。さすがキャリア組は違うわ。茜にしろあの白い小太りの若造署長にしろキャリア官僚は抜け目なくて信用できねえ」
かなめの愚痴にラーナは力なくほほえむ。彼女は真ん中分けのおかっぱ頭の髪を手櫛ですきながらモニターに目を戻した。誠はかなめと同じ気持ちでなんとなく釈然としないまま、モニターの中の再びこれまでの犯行の手口を載せているファイルのデータを読み直していた。
「まるでうちは便利屋ですね。危ないところは全部僕達がこなして手柄は偉い人が持っていく。そんな役目ですよ」
思わずつぶやいた誠にアメリアが笑いかけた。
「今頃気づいたの?遅かったわね。うちが損ばかりなのは今に始まったことじゃないわよ。だから今までは日頃は暇して遊んでいても他の組織も何も言わないんだから。それをうちを『特殊な部隊』扱いしている連中に見せつけるために私の運航部は暇な時は遊んでるの。だってどうせ後で面倒なことを押し付けてきて手柄は横取りなんて言うのは世の中では良くある話だもの。だったら暇な時に遊んでいて何が悪いのよ。どうせ手柄は後で自分で持っていくつもりなんでしょ?手柄はくれてあげる。でもこちらが遊ぶのは邪魔しないで。そんな開き直りも時には大切よ」
アメリアは皮肉めいた笑みを浮かべてかなめの顔を覗き込んだ。
「なんだ?アメリアは警察の肩を持つのか?それとも自分たちが遊んでいることを合理化してえのか?どっちにしろ迷惑な話だ。アタシらまで遊んでいるように思われる」
むっとしたようにかなめは立ち上がりかける。それをアメリアがにらみ返す。
「くだらないことは止めておけ。たとえすべての準備を整えたとしても東都警察にも県警には手に余るのは間違いないんだ。逮捕自体は簡単だとしても、以前言ったように水島と接触している地球圏の国なんかがあれば、おそらく外交官特権でその手柄も東都警察からその国の既に水島に接触している国に持っていかれる。その国が状況を穏やかに済ますつもりが無ければ捜査官はその場で全滅だ。そんな想定くらい県警もしているはずだと思うぞ」
それだけ言うとカウラは再び端末へと視線を向ける。時間が経つごとにイライラが増していくのが感じられる。誰もが結論を、結果を待ち望んでいた。
「ラーナさん。どのくらいまで検証が進んでいるとかわかりませんか?ちょっとこんな雑談だけしているなんて気が引けるんで」
耐えきれなかった誠の言葉にラーナはため息をついた。
「神前さん。そんなこと県警が漏らす訳が無いじゃないっすか。一応警察にもプライドがあるんすよ。自分の管轄した場所で起きた事件。その容疑者を特定するならできれば自分の手で捕まえたくなるものっす……確かに最終的には手に余ってうちに回ってくるっすけど。たぶん犯人逮捕による捜査官の被害想定が目も当てられないって分かるまではうちには情報は降りてこないと思うっすよ。まあ、この法術師の能力から考えるとそうなるのは間違いないんっすけどね」
ラーナは面倒ごとだけは押し付けてくる割に手柄は持っていく警察の体質に憤りを感じながらそう言った。
「縦割りの弊害だな……まあ、連中はアタシ等のことは『同盟司法局なんて無駄な組織を作りやがって』って思われているかも知れねえがな」
思い切りかなめらしい言葉に誠はうなずくと目の前の画面に目を向けた。東都警察と同盟司法局。結局は別組織による同床異夢の捜査活動に過ぎないことは嫌でも分かっていた。
ただその事実を確認するためだけに時間が流れているのではないか。誠はいつの間にかそう考えていた。
「慎重なのが信条の東都警察のご丁寧な捜査が続いているんだ。このまま一週間ぐらい待たされても不思議は無いぞ。楽にしてろよ」
かなめの言葉はある意味当然だとは分かっていても慣れない誠には待ち続けること自体が苦痛だった。
「でも……こんなところでくすぶっているのに意味はあるのかしら?どうせ今日も定時になったらこの部屋から追い出されるんでしょ?しかも連絡が携帯端末に届けばいつでも出動できる状態にしていろって言われてるんだから……無意味よね」
アメリアはそう言って立ち上がった。誠も左手の携帯端末に目をやった。小さな端末だが、その中の情報は常に東都警察と県警の最新情報が流れ込んできていた。
「私達はアウェーなんだ。我慢しかできないだろ」
カウラはまじめにモニターをのぞいている。げんなりしながら誠は再び画面へと目を向けた。
「うわー!イライラする!」
珍しく取り乱したようにアメリアは叫ぶとそのままどっかりと椅子に腰掛けた。
そしてまた沈黙が倉庫だった部屋の中を支配した。




