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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と低殺傷兵器  作者: 橋本 直
第三十三章 『特殊な部隊』と後の無い男

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第68話 戻れない場所に来た男

 水島徹は第六感というものを信じないリアリストだと自分を思っていた。現実をありのままに受け入れて理想に決して流されない傾向が遼州人と地球人の違いだと水島は高校時代に心理学の本の中で読んだことがあったが、そう言う意味では水島は典型的な遼州人なのだと思ったことを今でも明確に覚えていた。


 理想で決して自分に都合のいい未来を信じないリアリスト。それが自分の遼州人たる思考パターンの中核をなしている。水島自身はそう思い込んでいたが、実は意外に遼帝国の遼州人らしい遼州人とは違い、地球圏の影響を色濃く受けている東和共和国の遼州人らしく願望や希望をそれなりに持っているのかもしれないと、今の状況を振り返って考えてみると水島には思えてきた。


 今日は自習の為に訪れた図書館にも例のクリタ少年は現れなかった。そしてその帰り道、自転車で走っていても特に彼に注目する人などいないことは分かっていた。その間も、数人のいつもの引っ掛かりを持つ人間には遭遇したが、そこでいつもの快楽を伴う悪戯をする気にはどうしてもなれずにそのままその脇を自転車をこいで素早く通り過ぎて忘れるように心がけている自分を見つけた。

挿絵(By みてみん)

 こうして考え事をしながら自転車をこいでいる間も明らかに何かに監視されているような感覚はあった。勘や神の啓示などではない。どこまでも、法術師である自分の感覚がもたらす確固たる確信がそこにはあった。明らかにこれまでと違う動きを警察は見せてきている。自転車ですれ違うパトカーの数も警察官の数も明らかにこの数日で増えているのが水島にも分かってきていた。


『まさか……法術絡みの件となれば現行犯逮捕が基本のはずだ。法術犯罪は基本的に物的証拠を残すような犯罪を起こさずに犯罪を起こすことが特徴である以上、いまだに法術が明らかになる前の証拠至上主義で判決を下す裁判所に検察が刑事告発をしたとしても証拠不十分で無罪になる確率が高いから警察も現行犯逮捕以外の行動はとらないはずだ。これまで法術発動と俺の関係は立証されていないはずだから捜査が俺のところまで及んでいるわけがない。たとえ法術の発生と俺の因果関係が立証できても起訴まで行くかどうか……警察もそこまで馬鹿じゃないさ。連中も世間の目が怖いんだ。誤認逮捕で釈放なんて言うのは刑事にとっては最大の恥だからな。それをテレビで大々的に放映された上に、それが今注目の法術絡みとなればなおさらだ。連中に出来る事なんて限られている。だからあくまで俺を現行犯で逮捕しようとこれだけ監視を強めているんだろうが……残念だったな、俺が法術を使わなければそんな場面にお目にかかることは永遠にないわけだ。まったくの徒労だ』 


 商店街の上のアーケードが冬の北風を受けてばたんばたんと唸りを上げた。だが気にすることなく水島はペダルをこぎ続けた。


 その間にも数回引っ掛かりを感じるが、水島はそれを無視して家路を急いだ。


 今は周りには法術師の気配は無かった。そのことが水島の不安をさらにかきたてた。それでも水島を追い抜くようにパトカーが走っていく。その度にひやりとした感覚が水島を襲った。


『お仕事ご苦労様。でも、力がある人間がいなければ俺も無力なんだよ。俺自身には何の力もない。人の力に依存するだけの存在。まるで寄生虫だ。だから、お巡りさん。俺を追っても無駄なんだ。俺の近くに法術師を常に置いておけば俺が変な気を起こして力を使うかもしれないが、今の俺にはそんな度胸は無い。だから永遠に俺がこれまでの事件を起こした張本人であるという事実にはアンタ等は永遠にたどり着かない。残念だね。でもまあ、俺も刑務所にぶち込まれたりそこまで行かなくても執行猶予で年がら年中法律を盾に監視される生活は御免なんだ』 


 自分の能力を思い出し、少しばかり自虐的な笑みを浮かべた。


 その時だった。

挿絵(By みてみん)

 一瞬だが明らかに以前の水島が変な気を起こしたせいで死人が出た時に引っ掛かりを感じた清掃員の女性と同じ力のある法術師の存在を感じた。背筋に寒いものが走りペダルを踏んでいた足がずれて思わず転倒しそうになるがなんとか自転車の体勢を立て直した。


 あの何もかも破壊し尽くせるような強力な気配が根深く染みついているというのに肝心の引っ掛かりの本体が存在しない。これまでの経験から水島はそんな力の持主がこのあたりを頻繁に行き来しているからそんな現象が起きるということを理解していた。


『法術師の気配……いや、残像だ。この付近に強力な法術師のたまり場がある……これだけの力……初めてだ。こんな力の持主が居るとは……俺も知らなかった。このクラスの法術師……あの俺に付きまとって来るアメリカの手先の少年とその連れの姉ちゃん以外に感じたことが無いぞ……どんな奴なんだ?しかも今ここにいなくてもここまで俺を驚かすなんて相当に場数を踏んでると俺は見た。しかも、あの力を持ちながらまだ社会で普通に暮らしているとは……羨ましいというかなんと言うか……俺とは住む世界が違う人間と言うことか?糞忌々しい!』

挿絵(By みてみん)

 水島はそう直感して身体を竦めた。そして自転車を止めて周りをぐるりと見まわす。別に当たり前の豊川駅前の商店街だった。おかしいところが何一つないことだけが不自然と言えば不自然だと水島は感じていた。


『こいつは俺の力の及ぶところでは無いクラスだ……もしその持ち主がここに現れたら俺はどうする?この力の大きさはあの米軍の手先の餓鬼くらいに……どうする?俺はどうしたらいい?逃げるか?いや、挙動不審に思われるだけだ。ここは普段通りを装った方が良い。これだけの力を持ちながら誰にも目をつけられずに普通に同じ場所に来られる人間と言うことは警察もその存在を認めていると考えるのが自然だ。そんな人間に関わっても得になることは一つも無いだろうな』


 水島の脳裏を焦りと不安が支配した。そして、そこにはそれだけの力を持ちながら社会に認められているその存在への嫉妬と、自分と言う米軍さえ興味を持つような希少な能力を持ちながらそれを隠して生きるしかない自分のみじめさを感じて思わず自転車のペダルを踏み外した。


「……大丈夫ですか?ちょっと見慣れない顔ですけど……なんだか顔が青いですよ」


 目の前の『月島屋』と言う焼鳥屋の暖簾を出していた紺のブレザー姿の典型的女子中学生に声をかけられた。水島はその少女に法術の気配を感じないことに安心感を感じて自然と笑顔が浮かんでくるのを感じていた。


 おそらく少女はこの巨大な法術の持主の顔を知っている事だろう。もしかしたら、その人物が法術師であることも知っているかもしれない。思わず水島はこの力の持ち主について尋ねてみたい衝動に駆られるが、そんなことをしても何一つ得なことは無いと思い直した。

挿絵(By みてみん)

「あ……大丈夫……大丈夫ですよ。ただふらついただけですから……ああ、お嬢さんは悪くないですよ。考え事をしていていただけですから」 


 何とか言い訳をするがそこで力の源となる法術師の気配が残像が複数あることを水島は理解した。恐らくこの店にその法術師達は頻繁に出入りしているのだろう。水島に本能的な恐怖を呼び起こすほどの力の残像に水島の鼓動が早まっていくのを感じて思わず苦笑いを浮かべた。


『この店……法術師の気配が染みついていやがる……しかも一人や二人じゃないな……そんな数の法術師が年中出入りしている店。この店はそんな法術師を集めてテロでもやろうって言うのか?いや違うな、もしかすると司法局の法術師でも通っている店なのか?あそこの巡洋艦を一撃で撃破する法術を使う法術師……恐らくそいつがこの店の常連なのだろうな……それならこの店に法術師の気配がこれだけ強く染みついている理由が説明できる。ただ、その理由が俺にはこの上なく不愉快に感じるのはどうしようもない事実だがな』 


 黙ったまま水島は少女からその動揺を気付かれないように気を付けながら店を見上げた。実にこんな繁華街にはありがちの三階建ての店舗を兼ねた住宅があるだけ。少女は呆然と水島が自分の店を眺めているのを見つめるだけだった。


「本当に大丈夫……?顔色が悪いですよ?救急車とか呼びますか?さっきから妙に神妙な顔をして……本当に気分が悪そうですよ?大丈夫なんですか?」 


 少女はしつこく心配そうに水島に向けて声をかけて来る。その人懐っこい態度が人間嫌いな水島には妙に癪に障った。


「大丈夫ですよ。心配しないで良いから。余計な気を回さないで良いから!」 


 強い調子でそう言って少女が手を伸ばすのを振り切ると水島は再びペダルをこぎ始めた。


『確かにいるんだな……あの空間を切り裂く感覚と……死に行く恐怖の感覚……あの感覚を共有できる法術師が……ここは不吉だ……不吉な法術師の巣だ。俺がこの街に来たのは失敗だったのかもしれないな。この街は危険すぎる。俺のような能力を持ってしまった人間にとっては。そしてそれを使って犯罪を犯してしまった犯罪者にとっては』 


 沈黙を続けながら水島はペダルをこぐ足に力を入れた。そしてこの通りは二度と通るまいと心に決めた。


『この街はやはり危険すぎる……俺はとんでもないところに来てしまったようだ。だからと言って逃げ出すか?無理だな。金銭的に正直これ以上の転居は不可能だ。そして、そうしていくら逃げてもあの米軍の子供は俺を追ってくる。そして、警察も俺を追ってくるだろう。ここは下手に動かずにじっと時を待つ。いつまでも俺が力を使わずに何の事件も起きなければ、命令で動いている警察も次第に監視の目を緩めるかも知れない。そうすれば俺は再び自分には何の力も無かったと信じていた頃の俺に戻れる。そうなれば米軍のあの餓鬼も俺を見放す。それで良い……それが俺の理想の生き方なんだ。それが……』

挿絵(By みてみん)

 水島はこれまでの自分の選択を深く後悔すると同時に自分の不幸を呪って皮肉な笑みを浮かべて自転車で雑踏の中に消えていった。


 背中に突き立つ少女の好奇の目が水島には苦しかった。そんな目で見られるようになった自分を想像して自分がどうやらもう戻れない所まで来てしまったのかもしれないと水島は考えつつ、その事実をなんとか認めないで済む必要があると水島は考えていた。


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