第66話 ターゲットが浮かび上がる時
また今日も元荷物置き場の片隅での警邏隊から送られてくるアストラルゲージの反応を見るだけの仕事が始まった。
反応があるたびに、ランの通信端末でランの居る位置を確認するとだいたい近くにランが居るというお約束を繰り返しつつ、その度に近くのアストラルゲージのデータにフィルターを掛ける業務が誠達の気分を重くした。
「みなさんも少しは緊張した顔で調べてくださいよ。状況的にはいつ犯人の反応が見つかってもおかしくないんすから。皆さんも十分注意お願いするっす」
今日も今日とて豊川署の元物置だった部屋である。ラーナの言葉を待たずに誠達はそれぞれの端末にかじりついて警邏車両に積んでいるアストラルゲージの検索結果に目を通していた。
「言われるまでもねえよ。まったく茜が居ないからってラーナの態度はデカくねえか?確かに警察だとアタシとカウラは警部補扱いで、茜と同格なのはアメリアってことになる。しかも、そのアメリアはラーナには絶対に手を上げねえ。だからいい気になって命令口調でアタシ等に向って指図するんだ。なんだかおもしろくねえ気分だな」
そう言うとかなめは首のジャックに端末のコードを接続していた。
「退屈よね……今日あたり見つかってくれないかしら。いい加減ランちゃんの行動記録を取るのは嫌になって来たわ。でも、あの仕事のことしか話さないと思ってたランちゃんが、結構住まいと隊の間であっちこっち寄り道をしてたなんて驚きよね。出勤の度にコンビニに3か所くらい寄るし、帰りもあの寿司屋以外にもいつも寄る場所があるなあっって思って地図で調べたらカラオケスナックだったり。ランちゃん……ランちゃんは何時から菱川の三次下請けの町工場の社長になったの?そんなどうでもいいランちゃんの秘密の私生活なんて知りたくも無かったけど」
アメリアにはランの意外な私生活が次々と明らかになるのに最初は喜んでいたが、もうここまでいかにもあの伝説の『昭和のおっさん』そのものの行動パターンをランが持っていたことが分かってくると他に言うことが無かった。
「言うことはそれだけか?それにクバルカ中佐がやたらコンビニに寄っても別に何の問題もないだろう。警察官がコンビニに立ち寄るのは防犯の観点から言っても好ましいことだ。ただ、その防犯の中にその場で万引きをしようとしている島田が含まれていなければの話だがな。ただ我々が息抜きに一階の取調室のあるフロアーに行っても島田が大騒ぎをしているのを見ていない以上、その現場にも中佐はこの数日は立ち会っていないようだ。それよりも仕事だ。無駄口を叩いている暇が有ったら計器に集中しろ」
不機嫌そうに流し目を向けてくるアメリアにカウラは厳しい視線を送った。誠は苦笑いを浮かべながら目の前のモニターに目を向けていた。平坦なグラフが見えた。時々跳ね上がる数値に驚いて以前の事件の際のデータを引っ張り出すが、すぐにゲージは穏やかに下がってしまう。
「邪魔になってしょうがないランちゃんは別にしても、意外と法術師って多いのね。東和は法術適正検査を義務化したほうが良いんじゃないの?そうすれば今回の犯人みたいに法術を乗っ取る系の法術師に勝手に法術を乗っ取られるような事件は起きないわよ。そもそも法術適性が任務で検査を受けていない警察も知らない法術師がこんだけうようよいたら犯人に悪戯を続けてくださいと言ってるみたいにしか見えないわよ。東和政府ももう少し対応を考えて欲しいわよね。これは東和警察だけの問題じゃなくって政治家さんのお仕事の領分の話だと思うんだけどなー」
アメリアの言葉にカウラがため息をつく。誠もただ引きつった笑みを浮かべるだけだった。
「そんな自分ではどうしようもないことを話題にしてもむなしいだけっすよ。この国は個人の自由を尊重する東和共和国なんっす。だから法術検査を受けるかどうかは東和では個人の意思っすから。同盟も東和への内政干渉はできなっすよ。同盟がその最大のスポンサーである東和に内政干渉なんかをしようもんならそれこそ遼州同盟は終わるっす」
同盟機構の原則は他国への内政不干渉である。ラーナはその原則を口にした。
「同盟は内政干渉は行わないか……まあ理屈では分かるんだけど面倒くさい原則よね。確かに司法局の偉い人は東和の政府には明らかに色目を使ってるし、そもそも東和警察の出身者が司法局の多数派だものね。そう言う私も籍は東和海軍にあるんだから人のことは言えないわね」
ラーナの弱った顔に満足したようにうなずいたアメリアはそのまま画面へと視線を戻した。
「見つかるものなら早く見つかるといいな。つーか、ランの姐御が居なければもう見つかってるとアタシは思うぞ。アタシ等の仕事の半分は姐御のノイズを除去することで無駄になってる。その無駄な時間を生産的な分析に使えればもう事件は解決してるんだ。あのちんちくりん……本当に邪魔にしかなんねえな。ただ、姐御がアタシ等に内緒で決まったカラオケスナックに通っていることが分かったのは収穫だ。今度、姐御が居る時を見計らって顔を出して驚かしてやろう。どうせいつもの下手な『王将』とかを歌ってるんだろ?村田英雄と高倉健以外の曲はその店では歌うと罰金なんだぜ。そうに決まってる」
首筋に刺したジャックをさすりながらかなめがそう言っていやらしい笑みを浮かべた。
「西園寺。中佐の好きな歌に関してはどうでもいいが、貴様も良いことを言うもんだな。確かにクバルカ中佐の為に発生した無駄な業務が捜査の妨げになっていることは事実だが、それはこの捜査に限ってのことだろ?これまで西園寺にしろ私にしろ神前にしろ中佐に何度助けられたと思ってるんだ?これも中佐の個性だと割り切って見せろ」
かなめもカウラも昨日一日同じことをしていたのを思い出したかのようにうんざりした表情を浮かべていた。
「二人とも無駄口を叩くんじゃないわよ。要するにランちゃんが邪魔だって二人が言いたいんなら昨日かなめちゃんが言ったように二人してランちゃんに隊の地下の営倉で生活してもらうようにお願いすればいいだけの話じゃないの。私は絶対嫌だけど」
アメリアが珍しく画面に意識を集中して仕事をしていた。
「一番無駄口を叩いてる奴に言われたくねえよ。それに昨日話した通り、そん時はアタシとカウラの首は姐御の白鞘で胴体と永遠の別れをすることになる」
アメリアもすでに飽きていた。人造人間とサイボーグ。どちらも忍耐力は通常の人間よりも有るはずなのに明らかにその限界は近くまで来ていることを知って誠はただ苦笑いを浮かべるだけだった。
「神前、飽きねえか?さっきから黙って画面を見て……姐御はオメエを一番かわいがってるからな。だからその分頑張ってるのか?伊達に入隊直後の数か月は毎日40キロ近く姐御に言われて走ってただけのことは有るな。大したもんだ」
一人黙々と画面を見つめている誠に向けてかなめがそう言った。
「これも仕事ですから。それに中佐のあの反応は中佐自身にもどうしようもないので、僕たちが割り切るしか仕方がないと思いますよ」
真面目な誠は生返事をするだけで画面から目を離そうとしない。
「ふーん」
まじめにモニターを見つめている誠の言葉にとげのある表情を浮かべながら再びかなめの視線はモニターに向かった。
「また反応だ……どうせまた外れだろ?反応が小さいから姐御じゃねえけどな」
かなめは嫌な顔をしながら脳内に展開するデータの照合を行う。
「ちゃんとチェックしろよ。中佐のあの巨大な反応で無ければノイズはすぐに除去できるはずだ」
カウラの声にかなめはうんざりしたような表情を浮かべた。
「隊長命令か……ちょっと待て!来ちまった……どうやらアタシが当たりを引いちまったみたいだ……悪かったな、オメエ等……」
かなめが突然立ち上がった。その叫びに全員が立ち上がり彼女のモニターに目をやる。時々数値が跳ね上がった。特徴的なアストラルパターンがそこに表示されていた。
ただ、歓喜の笑みを浮かべるかなめの言葉の意味を最初は他の誰もが分からずにいた。
静まり返る一同を見てかなめはまるで遠くの相手に意志を伝えようとするように大きな身振りで自分の画面を指さした。
ようやく我に返った一同はかなめの端末の画面の前に集まった。かなめはそこに表示された誠達が見たことが無いアストラルパターンを表示する画面を指さした。
「ほら見ろ、またすぐに出やがった……特徴的なベータ波と……アストラルゲージは常に反転限界点で進行中だ」
得意げなかなめだがカウラがまじまじと画面を見た後ですぐに横からキーボードを叩いてこれまでのすべての事件現場で同じように計測されたアストラルゲージパターンと照合した。
「例の事件現場で採取されたパターンとはよく似てはいるが……」
カウラは慎重にそう言った。
「だろ?」
得意げな笑みを浮かべるかなめにアメリアが冷たい視線を向けた。
「馬鹿ねえ、かなめちゃんは。似てるから即犯人とは限らないでしょ?そう簡単に見つかれば苦労しないわよ。東都警察が初期の段階で犯人を捕まえてるから私達がこんな苦労をする事なんかなかったわよ」
アメリアの言葉に頬を膨らませながら一人自分の端末のキーボードを叩いているラーナに目をやった。
「東寺町……3丁目。古いアパートが多い場所っすね。ただ、あそこは前の戸別訪問の時も回りましたけど、かなり住人の出入りの激しいところで隣の人間のすることに関心なんて無い人が多い場所っすから……犯人が居てもおかしい場所じゃないっすね」
淡々とつぶやくラーナの言葉が終わる前にかなめはそのまま腰の拳銃を確認するとそのまま部屋の奥にかけられたコートに向かっていった。
「西園寺!どこへ行く!」
慌ててカウラはそう言ってかなめを止めようとした。
「なんだよ!犯人かどうか片っ端から訪問してそいつが怪しいかどうか確かめれば済むことだろ?簡単な話じゃねえか!ランの姐御の馬鹿波動にフィルターを掛ける仕事はもううんざりだ!事件は現場で起きるんだよ!データの中では事件は起きねえ!」
相変わらずの無茶な理屈でかなめはそう言ってカウラをねじ伏せようとした。
「そんな警察国家の甲武じゃないんだから。そんな事東和でやったら即職権乱用でお払い箱よ!」
アメリアの言葉に含まれた『甲武』と言う言葉がかなめの暴走を止めてくれた。コートに伸ばしていた手を引っ込めるとかなめはそのままラーナのところへと歩み寄った。
「西園寺さんも分かってるとは思うっすが、政治犯が山ほどいる甲武なら予防検束はできるっす。でもここは東和っす。確かに東和の警察もその手はよく使いますが、それこそ別件で十分な証拠がある案件がある時にそちらで起訴できるだけの証拠を集める時間稼ぎのために取る手段であって一つの容疑だけでの予防検束なんてやったら懲戒ものっすよ。それ以前に何度も繰り返し申し合わせをしたとおりアストラルパターンデータは証拠としての力がないっすから……」
手を止めずにラーナはつぶやいた。
ただ、かなめは大きくうなずくと座り直して端末の画面を切り替えると猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。誠も彼女が何をしているのか気になってそのまま立ち上がりかなめの横に立った。
「何してるのって……ははーん。ここで例の不動産関係の資料を生かすわけね。あの情報士官の情報もこれなら無駄にならないわね」
納得がいったようにアメリアはうなずいた。ようやく自分の行動を理解してくれる人物が現れたことに安心したようにラーナは椅子に座りなおした。
「おい!ラーナ!最新データに更新済みだ!今ならいけるぞ!」
かなめはそう叫ぶとラーナは満足したようにうなずいた。
「まず……情報士官共からもらったキーワードで……」
ラーナは落ち着いてキーボードを叩いていた。
「なんだ?アイツ等はラーナにはそれを教えてたのか?それをアタシには教えてねえ……まるでアタシが信用されてねえみたいだな。不愉快だ!」
不機嫌そうなかなめの肩をアメリアが静かに叩いた。その様子を見て切れそうになる自分を収めるためのようにかなめはゆっくりと深呼吸をした。
「出ました。直近の転入者の名前は……水島徹……この前の15人には入ってない名前だな」
カウラはそう言うとキーボードを叩いた。画面に一人の人物の戸籍謄本が映し出された。
「前科無しか……別件で引っ張るわけには行かないか?」
相変わらず逮捕しか頭にないかなめはそう言って舌打ちをした。
「西園寺。貴様は逮捕することしか考えていないんだな。それに例の15人はどうする?無視か?」
カウラの諦めたように一言にかなめは舌打ちで答えた。
「例の15人は県警の皆様に調べていただくとしても……法術犯罪は現行犯が基本よ。とりあえず身辺を探ることから始めないと」
そう言うとアメリアはすぐに先ほどかなめがコートを取りに戻った場所へと向かった。
「制服着てか?それこそ現行犯は無理になるだろうが」
今度はかなめは現行犯逮捕を提案してきた。
「かなめちゃん……いきなり身辺に張り付いてその人が犯罪を犯すのを待つつもりなの?そんな馬鹿な真似をするのはかなめちゃんだけで十分よ。ラーナちゃん!水島とかいう人の以前の住所は分かるかしら?その人の以前の住所を当たってみるなんてどう?そうすれば東都湾岸部で起きてた事件とのつながりがつかめるかもしれないわ」
冷静にアメリアはそう言ってラーナに指示を出した。
「ええ、……城東区砂町……」
事件のあった都心部からの転出者。それだけで十分に怪しかった。
「なるほど、まずはその水島という男と都心の事件の関係性の裏づけを取るのか。アタシもそこまでは考えてなかった。ただ、そっちの線で裏付けが取れれば警邏隊を集中してその水島に張り付けることができる」
納得したようにかなめもコートに手を伸ばす。ラーナは二人とは別に再びキーボードをたたき始めた。
「それでは水島の動向についても警邏隊に把握してもらう必要があるな。ラーナ、頼む」
カウラもそう言うと椅子にかけていたジャンバーを引っ掛ける。誠も遅れまいと同じくジャンバーを着た。
「東寺町交番には資料を回しておくっす。それとデータ再確認の為にアタシはここに残るっす。15人の動向も気になるっすから」
そう言うとラーナは再び端末に集中した。
「じゃあ行くか。ここまで来て動かないなんてアタシらしくねえ」
かなめの一言でうなずいた誠達はそのまま倉庫のような部屋を後にした。




